作品タイトル不明
31-26 大騒ぎ
『 御主人様(マイロード) 、急ぎの報告があります』
8月20日、仁とエルザがのんびりしていたところ、老君から緊急連絡が入った。
「え!? 何だ、どうした?」
「……どうした、の?」
時刻は午前11時前、仁とエルザは疲れが抜けきらず、ソファでうとうとしていたところであった。
『ベルチェさんに赤ちゃんが生まれそうです』
「何だって!?」
「ほんと?」
それを聞いて仁ははっきりと目が覚めた。エルザも起き上がった。
「予定より1週間くらい早いんじゃ?」
初産だとそういうこともあるようだ。
2人は大急ぎで着替えて顔を洗う。
「で、詳しいことは?」
情報を統括している老君に尋ねる仁。
『はい、 御主人様(マイロード) 。現地……ショウロ皇国のカルツ村時間で20日の午前5時、陣痛が始まったようです』
「サリィ先生から聞いた。初めての人は半日くらい掛かるそう」
カルツ村と蓬莱島では5時間半くらいの時差がある。
今は蓬莱島時間で午前11時、カルツ村では午前6時半ころか。
「私、行ってくる。ジン兄はゆっくり来ていい」
「わ、わかった」
治癒師でもあるエルザなら頼りになるだろう。
転移門(ワープゲート) を使って、エルザはカルツ村へと移動した。
「さて、俺はどうするか……」
仁は直接には何もできないとはいえ、間接的に何かできることはないかと考えた。
「そうか、回復薬だ」
蓬莱島謹製のペルシカジュースや回復薬を持っていこうと仁は考えた。
「どうせならフルーツも持っていこう」
ペルシカ、アプルル、シトラン、ラモンなど、蓬莱島で採れる果物を籠に入れていく仁。
「よし、俺も行くか」
おそらくラインハルトがおろおろしているだろうと思い至った仁は、礼子をお伴にカルツ村へと跳んだ。
* * *
「ラインハル……」
「ジン! ベルチェが、ベルチェが!!」
領主館に着き、ラインハルトのいるであろう執務室へと向かった仁は、廊下でラインハルトと鉢合わせした。
「落ち着け、ラインハルト。エルザも来てるんだろう?」
「あ、ああ。だけど、だけど!」
どうにも落ち着かないらしい。
仁にしても出産に立ち会ったことはないので、どうすればいいのかわからない。
「2人ともあまり騒がないで」
そんなとき、エルザがやって来て 窘(たしな) めた。
「エ、エルザ、ベルチェはどうなんだ!?」
だがラインハルトの耳には入っていないらしい。
「……大丈夫。産婆さんも来ているし」
当然、数日前から村の産婆が詰めていて、いざという時に備えていたようだ。
「産婆さんの話だと、順調だって」
「そ、そうか」
少し力が抜けたようなラインハルト。
エルザは仁の背後にいる礼子がフルーツを入れた籠を持っているのを見つけた。
「周期的に陣痛が来ていて、今は落ちついている。できたらペルシカジュースを飲ませてあげたい」
「ああ、それも持ってきたぞ」
そちらは礼子が背中に背負っている。
「よかった。1本、ちょうだい」
「うん、持っていけ」
エルザはペルシカジュースを持って廊下を戻っていった。
「ラインハルト、ベルチェはどこにいるんだ?」
「あ、ああ。客間を改装して、そこに……」
「そうか」
まだ落ち着かない顔のラインハルトを、仁は少々強引に引きずって執務室へと連れて行った。
「まあ、落ち着け」
「ジンは他人事だから……」
抗議するラインハルトだが、仁は取り合わない。
「カイナ村でもここのところ赤ん坊が続けて生まれていてさ、エルザも何度か手伝ってくれたんだよ。だから安心して任せておくといい」
「……」
「これでも飲むといい。朝から何も食べてないんじゃないか?」
仁は持参したペルシカジュースを差し出した。その後、アプルルも取り出し、剥いてやることにする。
「……ふう」
ペルシカジュースを飲み、アプルルを食べたラインハルトは少し落ちついたようだ。
「腹が減ってると人間イライラするからな」
そう言う仁も昼食がまだだったので、アプルルを1個平らげた。
「そういえばエルザもまだのはずだな」
なにか手軽に食べられるものを差し入れるのがいいだろうと、仁は礼子と共に厨房へ向かった。
することのないラインハルトも付いてくる。
「ここはおにぎりだな」
ラインハルトたちも、お米を常食しているので備蓄は十分である。
炊くための羽釜も、仁が贈ってある。
「礼子、 竈(かまど) の準備を頼む」
「はい」
仁はお米を研ぐことにした。
3回ほど研ぎ、水加減を礼子にも確認してもらう。
そして 竈(かまど) に載せ、火を付けた。
火加減は礼子に任せる。
じきに炊きあがるだろう。
その間に、仁は何かつまめるものを作ることにした。
「お、パンの耳がある」
固くなりかけたパンの耳があったので、仁はラスクを作ることにした。
レシピは何種類かあるようだが、仁のやり方は以下の通り。
フライパンに無塩バターを入れて火に掛け、溶けたら砂糖を入れ、次いでパンの耳をいれる。
焦げないように気を付けながらバターと砂糖をからめて出来上がり。
「お、いい匂いだな」
バターと砂糖の匂いに、ラインハルトが鼻をうごめかす。
「さあ、食べよう」
仁は一つ摘んで口に入れてみる。さくっと、かりっと仕上がっている。
「うん、まあまあだ」
それを見たラインハルトもラスクを口に。
「これは美味しいな!」
やはりアプルル1個では空腹が収まらなかったのだろう。皿いっぱいあったラスクの半分以上をラインハルトは平らげてしまった。
「ああ、人心地がついた。ジン、ありがとう」
「はは、口に合って何より」
ここへきてようやく落ち着きを取り戻したらしいラインハルトを見て、仁もほっとしたのであった。