作品タイトル不明
31-25 魔法筋肉について
一番疲れる場面だけでも『 分身人形(ドッペル) 』に任せることができたので、仁とエルザは疲れたものの、なんとか立ち直っていた。
今は国賓用スイートルームで寛いでいる。
「なんとか乗り切ったな」
「……ん。『 分身人形(ドッペル) 』と老君に感謝」
「お父さま、明日はどうなさいますか?」
後夜祭という名称の昼食会らしい。
「立食パーティらしいから、まあ出てみてもいいかな」
一部を退避してしまった仁は多少の罪悪感を感じていた。
午前中はのんびりできそうであるし、ということでそう決める仁たちであった。
* * *
「ジン、おはよう!」
午前9時、アーネスト第3王子の来訪である。今日はゴーレムのロッテだけが付いてきていた。
「今日はゴーレムの筋肉について教えてよ!」
「ああ、いいよ」
仁も、この王子に教えるのは楽しい。
このまま勉強していけば、世界でもトップレベルの 魔法工作士(マギクラフトマン) になれるだろうが、王子という立場上、それはできない。
つくづく、人の立場と才能のマッチングというものはうまくいかないものだと思う仁である。
「さて、筋肉だったね」
物思いを振り払って、仁は本来の話題に頭を切り換えた。
「筋肉の動作はただ一つ。『縮む』ことだ。縮むことで、繋がっている骨を引っ張り、関節を曲げる。ただそれだけ」
「……確かにそうだね」
「だが、ただそれだけなだけに、奥が深い。縮む力は? 縮む量は? 縮む速さは? そして『縮め』という指示に対する反応速度は?」
仁は、高性能な 魔法筋肉(マジカルマッスル) に要求される項目を羅列していく。
「二次的な要求としては、動作温度範囲はどうか、つまり耐寒性と耐熱性は? また、耐久性は? 保存性は?」
「ふわあ、確かに筋肉というのは大事だね」
骨格以上に、要求されるスペックが厳しいとも言える。
「骨格は丈夫で軽ければ、9割方要求を満たすけど、筋肉は必要な性能の項目が多いからな」
「うーん……」
考え込むアーネスト第3王子。
「とはいえ、先人が試行錯誤してくれたおかげで、おおよその素材は決まっているんだ」
それが魔獣の素材だ、と仁は言う。
「一般的なものだと魔獣の革だな。……では、問題だ。まずは魔物。魔物というのは何でしょう?」
「え? ええと、 自由魔力素(エーテル) を糧とする生物の総称だって習ったよ」
不意を突かれて一瞬面食らったが、頭の回転の速いアーネストはすぐに答えた。
「うん、そうだな。で、その中でも力が強いものを魔獣、と呼んでいる。魔物と魔獣の間に明確な線引きはない。……が、今問題にするのはそこじゃない」
一息置いて、仁は説明を続ける。
「魔獣のほとんどは、身を守るために皮膚……つまり『皮』が丈夫だ。どう丈夫なのかというと、魔力を流すことで硬化させるものが多いな」
アーネストは黙って聞いている。
「また、皮膚に『しわ』が寄るというのは、そこが弱くなるということにも繋がるんで、かなり伸び縮みするものになっているのがほとんどだ」
「ああ、だから魔獣の革は『縮む』んだ!」
「そういうこと」
やはり理解力が優れている、と仁はアーネストの才能を惜しいと思うのであった。
「さて、魔獣の革は縮む。それを前提にして、その性能を上げる方法を考えよう」
次の段階に進む仁。
「魔獣の種類を吟味することでほとんどの特性は満たすことができる。まあ『 疑似竜(シャムドラゴン) 』なんか使えたら最高だな」
『 海竜(シードラゴン) 』などのドラゴン系素材はその頂点だが、一般的で無さ過ぎるため、 疑似竜(シャムドラゴン) を引き合いに出した仁である。
「 疑似竜(シャムドラゴン) !? 数年……いや、十数年に1頭くらいしか獲れないよ!?」
と思ったら、それもまだ過剰であったようだ。
「まあ例だから。去年、エリアス王国で『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』の死骸が沢山獲れたらしいけど、あれなんかは上級素材だな」
その張本人がここにいるのだが、それはおくびにも出さない。
「あとはショウロ皇国で獲れる『 砂虫(サンドワーム) 』、クライン王国で獲れる『 竜頭ウナギ(ドラゴニックイール) 』なんかもなかなかいいと思う」
「うーん、うちの国ではそういう魔物が獲れないんだよね」
エゲレア王国ではそういった魔物素材は輸入に頼っているのが現状である。
「その問題は今は置いておこう。で、革を使うわけをざっとおさらいすると、保存性に行き着くんだ」
魔物・魔獣の筋肉そのものを使わない理由の一つがこれである。
構成する物質の関係か、革と肉では保存性に雲泥の差があるのだ。
「その理由を解明するのは錬金術師にでも任せておくとして、この革ってやつは、特定の魔力を流すと縮む。それはいいな?」
「うん」
「ここで問題が発生する。筋肉として使った場合、縦方向にだけ縮んでくれればいいんだが、その性質上、こいつは横方向にも縮むんだよ」
「あ……」
要は方向性がなく、一様に縮むのである。
「これを改善するために、ある方法がなされている。それは知ってるかい?」
「ううん、知らないや」
まだそこまで勉強はしていないらしい。
「そうか。じゃあ説明しよう。普通に使われているのは、縮み方にも多少の差があるので、それを見極めて一番縮む方向を長さ方向に使うこと」
基本中の基本である。が、差があるといっても1割から2割くらいしか違わないので、効果的とはいえない。
「このままだと、縮む量がギリギリだったり、足りなかったりする。それを解決するために、また工夫がなされているんだ」
それは、革を 鞣(なめ) すときに、一方向へ引っ張って伸ばすことだ。これにより、縮み量は、その『伸ばした』量と本来の縮む量を足したものとなる。
「へえ、やっぱり工夫されているんだね」
これにより、 魔法筋肉(マジカルマッスル) に要求される性能はほぼ満たすようになったというのだから、この技法を考え出した先人は偉い、と仁は思った。
先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、アドリアナ・バルボラ・ツェツィは、この伸ばした革を細く仕上げたものを撚り合わせることで、柔軟性を向上させ、さらに『縮む量』を5割増しにするという工夫をしていたが、それは今のところ門外不出である。
更に仁は、人間の筋肉に『速筋と遅筋』があるように、異なる性質の魔導繊維を組合わせることまで行っている。
「筋肉と一口にいっても、いろいろな積み重ねがあるんだね!」
感心した顔のアーネスト。
「そろそろお 暇(いとま) するね。ありがとう、ジン!」
時刻は午前11時になろうとしている頃であった。
* * *
「ジン殿、エルザ殿。昼食会が始まりますのでお迎えにあがりました」
立場上の敬語を使い、クズマ伯爵夫妻がやって来た。
「わかりました」
今日は後夜祭、という位置付けなので、極々小規模な催ししか行われない。
なので仁とエルザは落ちついて参加できた。
後夜祭、と名が付いていても、夜までやるわけではなく、この昼食会で終わりである。
王城奥庭に設けられた宴席。
身分に拘らない象徴の円卓が置かれ、仁とエルザが。同じテーブルにはルイスとビーナの伯爵夫妻とケリヒドーレ魔法相。
隣の円卓には宰相と国王夫妻、アーネスト第3王子。
グラス1杯の軽い食前酒のあと、仁の好みを反映させたような、野菜と魚をふんだんに使った食事が並んだ。
「『崑崙君』、昨日は過分な記念品をありがとうございました」
隣の円卓から宰相が礼を述べた。記念品というのは『小判』のことだ。
老君が操縦する『 分身人形(ドッペル) 』が、来場者に渡したのである。
「あのような精緻な加工ができるという貴殿はやはり『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』ですなあ」
同じ円卓のケリヒドーレ魔法相が感心したという風に述べる。
「ジン、夕方には帰っちゃうんだよね? 名残惜しいなあ」
「これ、ネスト」
言葉を飾らないアーネスト王子と、それを 窘(たしな) める国王。
こうして、エゲレア王国における行事も滞りなく終わったのであった。