作品タイトル不明
31-20 昼食会
8月16日。
仁とエルザは珍しく8時過ぎまで眠り続けていた。余程疲れていたらしい。
礼子もそれを察しているので、起こすことなく、いやむしろ騒がしくならないよう気を配って2人を守っていた。
午前8時半、迎賓館担当の侍女が様子を見にやって来た。
「ちょっとお待ち下さい」
侍女を待たせた礼子であったが、時間が時間なので2人を起こすことに決める。
「……お父さま、エルザさま」
そっと揺すってみる。
「……ああ、朝か……」
「……ん……」
寝起きのいい仁がまず目を開け、エルザも目を覚ます。
「……今何時だ?」
「8時半を過ぎたところです」
「何!?」
仁は飛び起き、急いで服を身に着ける。
「……お父さま、そんなに慌てずとも大丈夫です」
礼子が 窘(たしな) める。
それで仁はようやく平常に戻った。
「ああ、そうか。寝かしておいてくれたのか……」
他国の迎賓館で寝坊したかと思い、慌てた仁であったが、昨夜のこともあってゆっくりと寝かせておいてくれたことを悟った。
エルザも起き出し、ゆるゆると着替えている。
礼子はエルザの着替えを手伝った。仁はもうほとんど終わっていたから。
口を濯ぎ顔を洗うと、ようやくさっぱりした。
そんな2人に礼子が声を掛ける。
「本日は午後0時半から昼食会です。まだ時間がありますので何か召し上がりますか?」
「うーん、そうだなあ……」
仁は少し考えると、
「俺は果物にしておこうと思う。エルザはどうする?」
「私もそれでいい。付け加えるなら、少しお腹に溜まる系がいいかも」
「わかりました。そう伝えます」
入口で待っている侍女に伝えるべく、礼子は寝室を出て行った。
* * *
アプルルとシトランを食べながら、仁とエルザはぼーっとしていた。
「……あとは昼食会か……」
「……ん」
「エルザはこういうの慣れてるんじゃないのか?」
「……全然。私は社交界デビューしてなかったから」
「ああ、そうか……」
エリアス王国首都ボルジアの夏はなんとなく気怠い。
仁とエルザは他愛のない会話をして時間を過ごすのであった。
* * *
午後0時半、昼食会の時間だ。
王城の中庭で行われる静かな昼食会。出席者は王族と一部貴族のみ。
具体的には第一王子アルフォンス、宰相ゴドファー・ド・トヴェス・ロッシ侯爵、総務相で接待役のフィレンツィアーノ侯爵。
なので仁とエルザも気楽である。
談笑を交えつつののんびりとした昼食会は、仁とエルザもそこそこ楽しめた。
「そうだ、実は……」
仁はこの場で『 引出物(ひきでもの) 』を渡すことにした。
「自分の方の習慣なんですが」
そう言いながら、サンプルとして持っている1枚を取り出した。
「こ、これは?」
第一王子が目を輝かせている。
「小判、といいます。あ、金色なのはメッキです。本体は真鍮です」
「ふむ、真鍮とはいえ、この加工精度は……もしかして、かの『ミニ 職人(スミス) 』が!?」
かつてショウロ皇国で開かれた技術博覧会で仁が披露した『ミニ 職人(スミス) 』の噂はエリアス王国にまで伝わっていたようである。
「ええ、そうです」
実際には仁や『 職人(スミス) 』にも作れるし、作業したのは『リトル 職人(スミス) 』だったりするのだが。
「いや、これを記念にもらえるのか? なんだか逆のような気がしてしまうのだが」
確かに、仁が開いた披露宴に来てもらったのではなく、仁が招待されたともいえるので『引き出物』とはいえない気がする、と仁は今更ながら思い始めていた。
「歓迎していただいたことに対するささやかなお礼、とお考えください」
エルザが助け船を出した。
そういった建前ならさほど違和感はない。仁はほっとした。
「いや、これは確かに素晴らしい記念だ。これを我々に下さると?」
宰相も嬉しそうである。
「はい、昨日出席してくださった方々も含めて……ええと、何人いました?」
「え?」
「え?」
「ジン殿……いや『崑崙君』、まさか昨日の全員に……?」
「そのつもりですが」
「……」
仁の返答を聞いた第一王子と宰相は呆れたような顔をしたあと、溜め息をついた。一方フィレンツィアーノ侯爵は泰然としている。
「……『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』でもあるのでしたな」
少し疲れた顔をする宰相であった。
* * *
出席者全員にとしては価値が下がるので、と説得された仁であったが、気持ちだから、と押し通し、出席者全員及び世話をしてくれた侍女・使用人たちにも渡すということになった。
「侍女や使用人にもとなると、更に価値が下がると思うが」
という宰相の言葉であったが、仁は、
「あくまでも記念品で、自分の気持ちですから」
と言って押し通した。
むしろ『崑崙君手製の結婚記念メダル』などと余計な価値を付加されるのは心外なのだ。
「……それが主賓の希望であるというなら、叶えなければなりませんね」
フィレンツィアーノ侯爵が宰相と王子に向かって進言する。
「そ、そうだな」
「『崑崙君』の気持ち、ということであれば尊重せねば」
若干残念そうな顔で頷く2人。
もしかするとこうした珍品のコレクターだったりするのかもな、と仁は思っている。そしてそれは当たっていた。
どうしてわかったかというと、 件(くだん) の技術博覧会で仁(というかミニ 職人(スミス) )が作った真鍮製のメダルを持っていると言われたからだ。どうやって手に入れたのかは不明だが。
グロリアという知り合いもいる仁には、そうしたコレクターとしての気持ちもわからなくもない。
とはいえこの『小判』は仁の気持ちからなので、この点は譲るわけにはいかなかった。
というわけで、仁は245枚の『小判』をフィレンツィアーノ侯爵に託すことにしたのである。