作品タイトル不明
31-19 ボルジアにて
聞く所によると、国王の『肺結核』は、もう10年も続いており、『いつもの持病』もしくは『体調不良』として扱われていたそうである。
軽い感染症、体調不良などを治す治癒魔法『 回復(ヒーリング) 』で症状がよくなるから、というのがその理由らしい。
「再発すると言うことは、原因が取り除けていないということです」
王城に勤める治癒師たちを呼び集めたエルザ。
「まだ感染した人がいるかもしれません。その場合には……」
彼女は、年上の治癒師たちを相手に、訓戒とも言える説明会を行っていた。
「わかりました。お教え、まことにかたじけなく」
説明を受けた治癒師たちは皆、エルザを尊敬の眼差しで見つめていた。
* * *
結核に感染していた国王やその縁者、また国の重鎮たちを治療した翌日、8月15日。
午前9時、王城を出発した一団がある。
もちろん、仁とエルザを乗せた幌なし馬車と、それを取り囲むお伴、それに護衛である。
他に、『 不可視化(インビジブル) 』で姿を消した『 隠密機動部隊(SP) 』や、上空から警護する 垂直離着陸機(VTOL) 、『ファルコン』が5機。
超高空から『ウォッチャー』が地表を監視。
そして礼子が仁の背後に付ききりである。
もちろん仁とエルザは 障壁(バリア) をいつでも張れる状態だ。その 障壁(バリア) も、老君の反応速度による展開が可能。
およそ考えられる事態への対処ができていた。
更には、周辺地域に派遣されている 第5列(クインタ) たちも観衆に混じって、警戒すると同時に、2人を陰ながら祝福していた。
そしてそういう時ほど何も起こらないもの。
仁とエルザを乗せた馬車は何ごともなく首都を巡回していった。
「何のお祭りだ?」
「『崑崙君』の結婚祝いだってさ」
「誰だ、そりゃ?」
等という反応がある一方で、
「あれが『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、ジン・ニドーか!」
「去年のゴーレム艇競技で優勝したチーム『MJR』の 魔法工作士(マギクラフトマン) だったよな?」
「聞くところによると、最近出回っている『浄水器』も彼ともう一人の作らしいぞ」
「トポポチップスを広める切っ掛けになったそうじゃないか」
という、ある程度仁のことを知っている者たちもいるようだ。
また、
「お嫁さん、きれい……」
「旦那と釣り合ってないな」
等という声も少しだがあって、耳のいい礼子は非常に腹を立てていたりする。
そんなパレードが首都ボルジアをぐるりと巡って王城に戻って来たのは午前11時半。
この後に待つのは大広間での宴である。
座るための椅子やソファも用意されているようだが、基本立食パーティだそうだ。
肩が凝らなくていい半面、入れ替わり立ち替わり挨拶しに来る有力者の相手をしなくてはならないのが難点である。
大広間の仕度が調うまでの間に、主賓の仁とエルザは城の応接間で軽く食事を摂った。
そして正午。
「『崑崙君』、奥様、お迎えに上がりましたわ」
予定どおり仁とエルザ、そして礼子は、エスコート役のフィレンツィアーノ侯爵に伴われて大広間へと向かった。
「それでは、『崑崙君』ジン・ニドー卿とニドー夫人、そして護衛であるレーコ媛の入場です」
大広間の扉が開くと同時に、そんな声が響き、列席者から一斉に拍手が贈られた。
(小さくでいいですから手を振って下さい)
フィレンツィアーノ侯爵に囁かれ、仁とエルザは小さく手を振った。
そのまま、上手にある主賓席へと導かれていく。
(座らずに立っていて下さい)
小声での指示に従い、席の前で立つ2人。横にいた侍女からワインの入ったグラスが手渡される。
(ここで一言お願いします)
事前の打ち合わせで聞いていたので、何を言うかは考えてあった。
「本日はこのような 宴(うたげ) を開いてくださり、お礼の言葉もございません。妻エルザ共々、厚く御礼申し上げます」
そこに再び声が響いた。第一王子、アルフォンスの声だ。
「ジン・ニドー卿とエルザ夫人の結婚を祝して」
「乾杯!」
「乾杯!!」
グラスが掲げられた。
「さて、皆の者」
第一王子アルフォンスが列席者を見渡して口を開いた。
「本日は『崑崙君』ジン・ニドー卿のご成婚祝いだが、もう一つめでたい知らせがある。我が父、ブリッツェン・スカラ・エリアス12世陛下の病が完治したのだ。いや、完治させてもらったのだ。ニドー夫人に!」
続いて一番の上座に座っていた国王、ブリッツェン・スカラ・エリアス12世が口を開いた。
「うむ。私はこの恩をけして忘れぬ。お二方は今後『特別名誉国民』として遇する」
その後、宰相からこの称号について簡単な説明がなされる。
それによると、王城内では侯爵に相当する待遇を受けられるのだという。
具体的にはアポなしでの王族への謁見申し込みができ、王族への臣従の礼も不要。もちろん税などの義務もない。
「ありがたくお受けします」
これについては事前に連絡がなかったため少々面食らったが、ショウロ皇国で以前受けた『帝室名誉顧問』と似たような肩書きである。
ここで一斉に拍手が沸き起こった。
「……えー、というわけですからして、彼の業績は……」
その後は、有力貴族たちの挨拶が延々と続く。
仁が見たところ、長々と話をする者ほど能力が低く、手短に、簡潔な話をする者ほど有能な印象であった。
そして宴の本番、自由な時間が始まる。
皆立ち上がって、思い思いの行動をとる。
ワイングラスを手に、軽い食事を始める者、そばの貴族と話を始める者、王子や宰相に取り入ろうと擦り寄る者。
だが一番多かったのは仁とエルザの所にやって来る者たちである。
「『崑崙君』、このたびはまことにおめでとうございます」
「ニドー夫人、相変わらずお美しい」
相変わらずも何も初対面だろうあんた、と言いたい気持ちをぐっと 堪(こら) える仁。
それからも顔を覚えてもらおうという貴族が引きも切らない。
いい加減うんざりし始めたとき。
「『崑崙君』、そして奥方。昨日は父がお世話になった」
集まっていた貴族が散り、代わって第一王子がやって来た。
「殿下」
鬱陶しい連中が一時的にせよいなくなりほっと一息を付く仁とエルザ。
「疲れた顔をしているな。うちの連中がいろいろ済まない」
「覚悟はしていましたよ」
とはいえ、思った以上に煩わしかったのでかなり辟易してはいた。
それから少しアルフォンス王子と会話を楽しめたのは、仁とエルザにとって救いであった。
王子が立ち去ってからは前にも増して鬱陶しくなったのだから。
* * *
『以降は『 分身人形(ドッペル) 』に任せないとお2人の疲労が大変なことになりそうですね』
蓬莱島で礼子から報告を受けた老君はさっそく対策を検討しはじめるのであった。
* * *
「……」
「……」
「……お疲れ様でした、お父さま、エルザさま」
午後9時、 宴(うたげ) も終わり、第一迎賓館のスイートルームに仁とエルザはいた。
備え付けの浴室から出てきたばかりで、まだ髪も濡れている。
「それにしても、思った以上だった……」
「……同感」
「もう寝よう」
「ん」
精神的な疲れは入浴だけでは取りきれなかったようだ。
2人はベッドに横になると、たちまち眠りに落ちていったのである。