作品タイトル不明
31-16 贈り物
朝食の後は、『仁ファミリー』の皆から、2人への贈り物披露である。
仁はそんな気を使わないでくれと言ったのだが、誰も聞く耳を持たなかったのだ。
「僕たちの気持ちだから。ジン、エルザ、本当におめでとう! 我々『ファミリー』は、2人を祝福する!!」
とラインハルトが全員の代表で口上を述べた。
「ではまず、僕とベルチェからの贈り物だ」
そう言いながらラインハルトは小さな包みを差し出した。
「ありがとう」
それを受け取る仁。
「これは……剣だな?」
仁には心当たりがあった。もちろん、エルザにも。
貴族女性が身に着ける短剣。
『貴族の女性にとってその剣は、最後の尊厳を守るための防具なのだよ。どうしてもどうしても己の意志を曲げたくない、そんな時にだけ抜いていいのだ』
かつてエゲレア王国に滞在した時のこと。エルザの誕生日に、彼女が欲しがっていた短剣を仁が作り、ラインハルト経由でプレゼントした。
その時にラインハルトがエルザに贈った言葉だ。
「ジンには及ばないだろうが、精一杯の気持ちを込めた。受け取ってもらえたら光栄だよ」
仁は包みを開け、短剣を取りだした。
「きれい……」
白銀色の鞘に、黄金で控えめな飾り付けがなされ、柄の先端にはエルザの好きな 水石(アクアマリン) が嵌め込んである。
「エルザ、抜いてごらん」
仁は短剣をエルザに手渡した。
「ん」
受け取ったエルザは、そっと剣を鞘から抜いてみる。
「……素敵」
「見事だ」
ミスリル銀でできたその刀身は曇りのない輝きをたたえていた。
「ありがとう、ライ兄。大事に、する」
剣を鞘に戻したエルザは改めてお礼を言ったのである。
「次は私とビーナから」
クズマ伯爵は、真っ白なドレスと、同じく真っ白な男物の服を差し出した。
「ビーナが心を込めて作ったものだ。気に入ってもらえたら嬉しい」
「あ、あなた、そんなこと仰らなくても……!」
顔を赤らめて慌てるビーナ。そんなところは伯爵夫人になっても変わっていないな、と仁は微笑ましく思った。
「ありがとう。エゲレア王国で着させてもらうよ。……いや、今着て見せた方がいいかな?」
仁はそう言うと、エルザを連れて一旦部屋を出た。
10分ほどで戻って来た2人。
「おお……!」
「よく似合うわ!」
スリムなエルザのボディラインを際立たせると共に、フリルなどは控えめにし、少し大人びて見せるデザイン。
仁の服はエゲレア王国式の背広、といえばいいか。現代地球の服でいえばフロックコートに近い。
「ありがとう、ビーナ、ルイス」
エルザはともかく、仁は服装に無頓着なので、こうした贈り物は正直有り難かった。
「ジン君、これが我々の贈り物だよ」
「わたくしとトアとで探してきたの」
トア・ステアリーナ夫妻から差し出された贈り物。それはなんと『唐辛子』だった。
「先日、ミツホへ行っていたとき、偶然見つけたのよ」
これがあれば、料理の幅が一層広がる。
仁と 第5列(クインタ) たちも、まだ『唐辛子』は手に入れていなかった。
「ありがとう!」
嬉しそうにそれを受け取った仁は、トパズリーダーに手渡した。
この後、保管すると共に同じものを栽培するべくトパズたちの奮闘が始まるがそれは別の話。
「ジン、ボクからはこれだよ!」
サキが差し出したものも食材だった。
「これは……『ワサビ』か!」
蓬莱島にもワサビに似た、というかワサビ代わりに使える植物はあったが、どちらかというと『辛いひねた大根』である。ワサビよりも『辛味大根』に近い植物だ。
だが、サキが皿に載せて差し出したそれは、仁の目にも『ワサビ』に見えた。
「清流近くに生えているし、摺り下ろしたら辛いし、鼻にツーンと来る。花もアブラナ科……だっけ? ……に見えるから、ワサビでいいと思うよ」
実のところ大量に口にして、しばらく涙が止まらずにのたうち回ったことは黙っているサキである。
「おお、ありがとう、サキ!」
「くふ、喜んでもらえて何より。苗と種も入手してあるから、あとでトパズたちに渡しておこう」
ワサビは寒冷地を好むのだが、蓬莱島の高地なら冷涼だし、トパズは農業担当なので、栽培に適した環境も作れるだろう。
「楽しみだな」
和食への拘りはやっぱりなくならない仁であった。
「あたしと父さんからはこれ。気に入ってもらえるといいんだけど」
謙遜しながらマルシアが差し出したお皿に載っていたものは焦げ茶色の四角い小さな板。
「?」
首を傾げるエルザ。だが、仁はその質感に見覚えがあった。
「……チョコレート?」
一欠片(ひとかけら) 口に入れてみると、記憶にある味とは少し味わいは異なるものの、『チョコレート』と呼べるものであった。
「凄いな! 間違いなくチョコだよ」
「クゥヘがココアに近い味だとジンから話を聞いて、いろいろやってみたんだ」
簡単に言うが、造船所やゴーレム艇競技の合間にやっていたとしたら忙しかったろうと思う仁であった。
「あたしたちじゃこれが限界だ。製法のメモも渡すから、あとは蓬莱島で洗練したものを作ってもらえばいいよ」
「ありがとう、マルシア。……これ、チョコを売り出すなり製法を売るなりすれば儲かるぞ」
この後、ペリドたちによるチョコレートの作り方が確立するのは言うまでもないが、同時にポトロック銘菓となるのはもう少し先の話。
「それじゃあ私ね」
ヴィヴィアンが手を挙げた。
「はい、これ」
何やら小冊子を差し出してくる。
「これまでまとめた、500年前の宗教観よ。多少推測も混じっているけれど」
仁はそれを受け取りながら礼を言った。
「ありがとう。参考になるよ!」
老君の処理能力は高いが、その思考パターンは仁譲りであるから、こうした過去の補完には限界を感じることもある。
その点、ヴィヴィアンは『語り部』であるため、老君にもできない切り口からの推測を立てたりすることがあった。
「俺からはこれだ」
グースが差し出したのも小冊子だった。
「フソー、ミツホの伝説、それにこっちに来てから聞きまとめた伝説、それらを総合して取り纏めたものだ」
こちらは始祖の時代から現在にいたる流れ、その概略をなぞるものだという。
こうした歴史・文化人類学的な資料は貴重である。
「ありがとう、グース」
皆、生半可なものでは仁が喜ばないということを知っているだけに、考えに考えた末の贈り物なのである。
「あ、あの、私からは、これなんです」
最後はリシアからの贈り物。彼女からは花束だった。
「わ、きれい」
エルザの顔が綻んだ。
「皆さんのものと比べたら全然大したことないんですけど」
「ううん、嬉しい。リシアさん、ありがとう」
オーソドックスではあるが、やはり定番である。
ミーネとミロウィーナは、それぞれ実母と後見人であるので、皆のような贈り物はしない代わりに、言葉を贈る。
「エルザ、私は貴女にとって、決していい母親ではなかったと思います。それなのに、こうして母として娘を送り出す喜びを与えてもらえて、私は幸せ者です。……ジン様、どうぞエルザをよろしくお願い申し上げます」
「母さま……」
「ミー……いや、義母さん、これからもよろしくお願いします」
仁とエルザはミーネに向かって頭を下げた。
「私はレナード王国最後の生き残りらしいです。私は命を紡ぐことができなかったけれど、ジン君、エルザさん、あなた方は違います。お2人の命が紡がれ、後世に伝わらんことを」
蓬莱島は『仁ファミリー』の拍手に包まれた。
仁とエルザはただ黙って頭を下げたのである。