軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31-11 8月10日 午前

蓬莱島、8月10日。

少し雲があるが、空は青く、海から吹く風は涼しい朝。

「おはよう、エルザ」

「ジン兄、おはよう」

『家』の洗面所で、仁とエルザは朝の挨拶を交わした。

冷たい水で顔を洗うと、すっきり目が覚める。

「お父さま、タオルです」

「ああ、ありがとう」

礼子からタオルを受け取り、顔と手を拭った仁は、同じくエドガーにタオルを返しているエルザに話しかけた。

「いよいよ明日だな」

「……ん」

そんな会話をしつつ、2人と2体は『家』を出て研究所の食堂へ。

「おはようございます、ご主人様」

「ああ、おはよう」

そこではペリド1が、ちょうど朝食の仕度を済ませたところであった。

もちろん、仁が起きて顔を洗ったことを知り、こちらへやって来る時間を計算して仕度しているのだ。

「ジン君、おはよう」

「やあ、おはよう」

ヴィヴィアンとサキもやって来た。

明日に控えた結婚式のため、『仁ファミリー』の何人かは既に蓬莱島に来ているのだ。

ラインハルト夫妻やクズマ伯爵夫妻、それにリシアは政務などがあるため、今夜やって来ることになっている。

「おはよう」

「おはよう、ジン」

今蓬莱島に来ているのは、先程のヴィヴィアンとサキの他に、マルシアとロドリゴ、グース、トアとステアリーナの夫妻。

ミーネは元々こちらにいて、エルザの世話を焼いている。

『 御主人様(マイロード) 、おはようございます。先程ミロウィーナさまから連絡がありました。こちらの時間で正午頃到着されるようです』

老君からも報告が入る。

仁は朝食を食べながらそれを聞いていた。

「ごちそうさま」

仁が食べ終わり、ほうじ茶を飲んでいると、サキとヴィヴィアンも食べ終わったようだ。

そしてエルザも食べ終わったようである。

「さてジン、今日はどうするんだい?」

サキがお茶のカップを手に持ちながら仁とエルザのテーブルまでやって来た。

「もう仕度は全部済んでいるからな……」

あとはミロウィーナを迎えに行くくらいだ、と仁は答えた。

「くふ、そうかい。ボクとしてはあの『流体金属』について詳しい話を聞きたいと思っていたんだけどね」

「あら、わたくしも聞きたいわね」

ステアリーナもお茶のカップを持ってやって来た。

「ジン君、私も知りたいな!」

まだ食事の終わっていないトアがテーブルの向こうから大声を出した。

仁は苦笑しながら返事をする。

「それじゃあ午前中はその話をしよう」

* * *

「えーと、そろそろ始めようか」

仁の工房に、今蓬莱島にいる『仁ファミリー』のほとんどが揃っていた。

例外は、もう『流体金属』について知っているエルザと、その母ミーネ。2人は明日の式を前に、母子で何か話をしているようだ。

「まず本日の話題は『流体金属とその応用』でいいのかな?」

誰からも異論は出ない。それどころか皆早く聞きたそうな顔をしている。

「では。……まず、『流体金属』は水銀だった。これはいいな?」

皆無言で頷く。

「水銀の『 魔力同位元素(マギアイソトープ) 』、それが『流体金属』の正体だ。つまり、ただの水銀ではなく、魔水銀といえばいいか」

銀とミスリル銀のような関係だと仁は説明。

「水銀の原子核、その中性子が魔力子と置き換わっているものが『流体金属』だ。今のところ、産地は『南の島』としかわかっていない」

「『南の島』、ね……」

マルシアが興味深そうに呟いた。やはり行ってみたいのだろう。

「で、この『流体金属』の性質だけど、物理的性質は水銀とほぼ同じ。比重は約13.5、融点はおよそマイナス39℃」

その他の性質も通常の水銀とほぼ同じ。

「化学的性質もほぼ同じだから取り扱いには注意だ」

特に気化した場合、肺から吸収されやすくなり、体内に吸収された場合にはヘモグロビンなどと結合し毒性を示すので取り扱いには要注意、と仁はその危険性を強調する。

「特にサキ」

以前漆にかぶれた時より危険だから、と念を押す。

「あ、あはは、やだなあ、ジン」

苦笑いのサキであるが、その顔はちゃんと理解している表情であった。

「気を付けるに越したことはない。脳に蓄積すると、感情が抑えられなくなるようだ」

ジックスとガンノの症例を説明する仁であった。

「だが、普通の水銀と決定的に違うのは魔力に反応することだ」

続いて魔法工学の見地からの説明に入る。

「この金属は魔力を非常によく伝達する。この場合の魔力というのは『 魔力素(マナ) 』や『 魔力素(マナ) から生じたエネルギー』のことだ」

ステアリーナが身を乗り出した。

「だからこの『流体金属』を『 変形(フォーミング) 』するのは極々簡単だ。だから『 流体変形式動力(フルードフォームドライブ) 』に使われたんだろう」

魔導神経の配線がいらない、 魔力素(マナ) を蓄える性質がある、という利点は大きい。しかし、と仁は言う。

「使用可能な温度範囲が狭いのが欠点だな。それもかなり致命的だ。……『流体金属』の毒性を別にしても」

「確かにね。……あの『 凍結竜(フロストドラゴン) 』がいるような環境じゃ使えないんだろう?」

サキである。かつて『 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) 』の抜け殻を探しに、魔族領の更に北、『北極圏』まで行った際には、マイナス40℃というときもあったのだから。

「そうだ。それに火魔法にも弱いし……」

危険でもある。水銀蒸気があたりに立ちこめたらとんでもないことになるのだ。

「用途によってはいいと思うんだけどな」

「うーん、ジンならそういう欠点をカバーする方法も考えつくんじゃないのかい?」

意外なことにマルシアがそんな意見を出してきた。

「まあな……幾つかやりようはあると思う」

「聞かせておくれよ?」

「そうだな。……まず低温についてはヒーターを内蔵すればいい。これは簡単だな」

これについては誰でも思いつくだろう。

「高温も冷却器を内蔵すればいいわけだ」

その分全体的な効率は少し落ちることになるだろう、と仁は補足した。

「ただなあ……」

仁は難しい顔になる。

「水銀としての毒性はどうにもならないな。強いていえば、安全な液体金属を見つけるか作り出す必要があるかな」

「くふ、それも面白そうだね」

「ああ、面白そうだ」

サキとトアが顔を輝かせた。

「研究するのはいいけど、中毒にはくれぐれも気をつけてくれよ」

言わずにはいられない仁であった。