作品タイトル不明
31-06 悩み
仁たちはすぐにトカ村に到着した。
「うわあ! なんだあれは!」
「落ち着け、あれはたしか『飛行船』というものだ!」
駐在する兵士が右往左往しているのが見える。
だが、その騒ぎを聞きつけて、リシアが出てきたようだ。
「静かに! あれは『崑崙君』の乗機です。皆、失礼なき様に」
「……はっ」
言葉は聞こえないが、おそらくそのような指示が出されたのだろう、と仁は思った。
騒いでいた兵士や村人が静まり、着陸しようとしていた広場が空いたのだ。
仁は操縦しているエドガーに、いつも以上にゆっくり下ろすよう指示を出した。
そして着陸。
ゴンドラの窓から仁はリシアの顔を確認していた。つまり、リシアも仁の顔を確認したということである。
ゴンドラ式キャビンの正式出入り口である後方扉は、開けるとタラップとしての機能を果たす。
仁とエルザ、そして礼子はゆっくりと降りていった。エドガーは留守居役である。
「ジンさん!」
リシアが駆け寄ってくる。
「お久しぶりです!」
嬉しそうな笑み。だが、仁の隣にいるエルザを見ると、少しだけ寂しげな影がその顔をよぎった。
「久しぶり、リシアさん。元気そうですね」
「ええ、おかげさまで。……伺ってます。エルザさんとご結婚なされるそうで、おめでとうございます」
「ありがとう」
「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
リシアは仁たちを案内して領主館へと導いていった。
その領主館は、見違えるほど立派な建物になっていた。
「あまり質素すぎるのも、見下される元になりますから。それに、雇用ということで、少しですが村が活気づいてくれました」
聞けば、飢饉時の対応がよかったということを評価され、第3王女のリースヒェンから直々に資金の援助があったそうだ。
「それはよかった」
月並みな言葉しか言えない仁であるが、気持ちは伝わったようで、リシアは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、本当に」
そして案内されたのは応接室。
こちらも、質素ではあるが趣味のよい家具でまとめられている。
「お掛け下さい」
リシアに勧められて腰を下ろす仁とエルザ。礼子は仁の後ろに立っている。
ちょうどそこに、リシアの秘書だろうか、15、6歳の女の子がお茶を持ってやって来た。
「どうぞ」
「ありがとう」
女の子は礼をして立ち去って行った。
「あの子も村の子なんです。雇用を、ということで時間制で雇っています」
なるほど、アルバイトかパートタイムといったところか、と仁は理解した。
「頑張ってるようですね」
仁が言った、その一言が、リシアの顔を曇らせた。
「……」
「あれ、何か悪いこと言いました?」
急に黄昏れてしまったリシアを見て、仁は慌てた。
「いえ……済みません。何でもないんです」
「いや、何でもないことないでしょう」
「何か、悩みごと?」
その姿に何かを感じ取ったか、エルザも問いかけた。
「……」
リシアは無言だったが、その顔を見れば、疎い仁でも図星だったことが容易に想像できた。
「俺……いや、自分たちでよかったら相談に乗りますよ」
「……」
それでもリシアは口を開かなかったが、仁とエルザが交互に声を掛けた結果、ようやく重い口を開いた。
「……限界を」
「え?」
「限界を感じてしまって……」
それからリシアは訥々と思いを語っていった。
領主としてできることの限界。
村としての限界。
生活向上の限界。
自分の能力の限界。
「……ああ、なるほど」
やはりリシアは1人で抱え込みすぎている、と仁は思った。
相談できる人間が近くにいない、というのもあるのだろうが、何でもかんでも自分でやろうとして、どうにもならなくなりつつあるのだろう。
かつてブラック企業で、あれもこれもやらされていた仁だからこそすぐに気付けた。
「『 足(た) るを知る』、か……」
院長先生が時々皆に話していた言葉だ。
「ジン兄、何、それ?」
「ジンさん、どういう意味ですか?」
案の定、エルザとリシアが質問してきた。
「俺も正確な意味がわかっているかどうか怪しいんだけど」
と仁は前置いて説明を始めた。
そもそも元は『道徳経』(中国古代の思想家、老子の教えをまとめたもの)にある『知足者富』 ( 足(た) るを知る者は富む)から来ている言葉であり、こうした『漢文』は、日本語に比べて説明が不足しがちなので解釈によっていろいろ意味が変わることもあるからなのだが、仁はそこまで知っているわけではない。
「まず逆説的に言うと、人間の欲望には限りがない。もっともっと、というその欲望がある限り、心は安らかにならない。だから『満足することを知ろう』というくらいの意味だったと思う」
これは向上心を持つな、という意味ではない。
できもしないこと、手に入らないもの、などに拘って心を磨り減らすことを戒めているのである。
説明しながら仁は、カイナ村の人々のことを思い浮かべていた。
あるものを受け入れ、泰然自若とした生活をしている。
もちろん、仁がいろいろな道具や魔導具を作ればそれを受け入れてくれるが、もっと寄越せ、などと言う者は一人もいなかった。
(……旧レナード王国の血なのかなあ?)
それは仁にもわからなかった。
「……要するに、ものが豊かになると同時に、心が豊かにならなければだめということかもな」
仁は独自解釈も交えて説明した。
「『 足(た) るを知る』、ですか。いい言葉ですね」
リシアは少しだけ微笑みを浮かべた。
「……私もそうなのかも知れませんね。現状に満足しないといえば聞こえはいいですが、できることに手を付けず、大きなこと、華やかな内容に気を取られ、できないできないと悩んでいたのかも」
自己分析気味にそんな言葉を口にしたリシアは、更に笑みを浮かべられるようになった。
「ありがとうございます、ジンさん。……なんだか、初めてお会いした時を思い出しました」
「初めて?」
「ええ。私が初めて徴税官として、カイナ村に行った時のことです」
「ああ、あの時ですか」
仁が作ったリヤカーに麦を積み、村の若い衆たちと一緒にトーゴ峠を越えた時。
『今のままでいいんでしょうか』。
貴族として、国民のために何ができるのか、悩んでいたリシアが仁に尋ねた言葉だ。
「ジンさんは、そう言った悩みを持たない者が上に立つことに危うさを感じる、といってくれました」
「ああ、そうでした」
「それで、私なりにいろいろ考えて出した結論が、『自分にできることをやる』でした。それをすっかり忘れていたようです。できもしないことをやろうとして、壁にぶつかって……勝手に悩んでいたみたいです」
そう言ったリシアの顔は先程よりもずっと生き生きして見えたのである。