軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31-04 サリィとの会話

8月4日、仁は、礼子だけを伴って、まずカイナ村を訪れた。

二堂城ではなく工房地下の 転移門(ワープゲート) からだ。

因みにこちらを使うのは『私人』としての仁のときである。

「お帰りなさい、おにーちゃん。レーコおねーちゃん、久しぶり!」

いつもと変わらぬ、いや、少しだけ大人びた笑顔で、ハンナが迎えてくれた。

「ただいま、ハンナ」

「ハンナちゃん、お久しぶり」

仁も笑顔を返し、礼子も返事をする。

そのまま仁と礼子は村長宅へと歩いて行く。ハンナもとことこと付いてきた。

「あのね、今年も麦の出来が良かったんだって!」

「そうか、それはよかったなあ」

歩きながらハンナはいろいろと話をしてくれる。主に仁が聞いて喜びそうな話題だ。

「雪室にも雪がいっぱい入れてあるから、野菜の保存もできてるし、この夏は雨も適当に降って、みんな作柄は良好だって言ってるよ」

たどたどしかった言葉も、しっかりした発音になり、そんなところにもハンナの成長が感じられる。

身長も、いつの間にか礼子より少し高くなっていたくらいだ。

髪も腰くらいまで伸び、その色も『暗い金色』というより『アンティークゴールド』と呼びたいような艶がある。

「この前、ワイリーをいっぱい取ってきたんでジャムにしたの」

「そうか、みんないろいろやっているなあ」

カイナ村の村人たちは、いろいろ外貨を獲得出来るようになったので、エリックの店を通じて砂糖も購入できるようになった。

それを使ってジャムを作っているのだ。

そんな話をしているうちに村長ギーベックの家に到着した。

「ああ、立派な診療所になったなあ」

併設されているのは、ギーベックの妻となったサリィが開いている診療所。

当初は丸太小屋であったが、その後改装され、清潔そうな外観の立派な建物となっていた。

「おや、めずらしい人がいるね」

ちょうど診療所からサリィが顔を覗かせたので、仁は挨拶する。

「こんにちは、サリィ先生」

「やあ、こんにちは。……ギーベックは今留守にしているんだが」

「そうですか。では先生にお尋ねしましょう」

「ふむ、私でよければ何でも聞いてくれ。答えようのないものには答えられないが」

そう言いながらサリィは仁たちを診療所でなく家の方に招き入れた。

「お茶くらいしか今は出せないが」

あとで買い出しに行ってこようと思っていた、と言うサリィに、仁は礼子に持たせていたペルシカの実を差し出させた。

「これ、手土産代わりです」

「ああ、これは済まないね」

笑顔でそれを受け取ったサリィは、手早く皮を剥き、切り分けて仁たちの前に出した。

ハンナはさっそくそれを一つつまみ、美味しさに顔を綻ばせている。

その様子を横目で見ながら、仁はサリィに尋ねた。

「先生に聞きたかったことというのは隣村……トカ村のことなんです」

サリィは月に3日から4日くらい、トカ村へと診療に出ている。それで仁はサリィに聞いてみようと思ったのだ。

「ふむ、トカ村か。そうだね……」

サリィの話によると、トカ村の状況はおおむね良好なようだ。

特に今年の春から夏は天候が安定していたため、平年以上の収穫が望め、昨年末の飢饉によるダメージも緩和されてほっと一息ついているという。

加えて、サリィが主導して公衆衛生の普及に努めたため、腹痛や中毒が激減し、感染症もほとんど出ていないそうだ。

「領主のリシア嬢は一所懸命やってるよ。勉強熱心で、私の診療時は、たいていは一緒にいていろいろと手伝いがてら勉強しているな」

「そうですか……」

やはりリシアは優秀だ、と仁は思った。そしていつも一所懸命なところがいじらしい。

「とはいえ、一地方どころか村の領主ではいろいろと限界もあるからね。最近は何か悩んでいるようだよ」

「そうですか……」

「機会があったら、お隣さんとして相談に乗ってやったらどうかな?」

そんなサリィの言葉に、仁は頷く。

「ええ、むしろそのために今回は来たようなものですし」

「そうかね。それはいいことだ。峠に隔てられているとはいっても隣の村だからね。助け合うことも必要だよ」

サリィはそう言って剥いたペルシカを一切れ摘んだ。

「おにーちゃんのお城の図書室にあるようなご本を上げたらいいのに」

今まで黙って聞いていたハンナが口を開いた。

「ああ、そうだな。ああした知識は広く普及させた方がいいものが多い。特に農業や健康管理についてなどはな」

サリィも賛同したので仁もなるほどと思った。

「それはいいですね」

ショウロ皇国には『 指導者(フューラー) 』という名の 自動人形(オートマタ) 教師を贈ったが、そこまでせずとも、そうした参考書というのも大事である。

「木紙があるからな……」

印刷技術は発展していないが、仁の所には『ゴーレムプロッター』がある。手書きの数十倍の速さで筆写ができるのだ。

「考えてみます。今日はありがとうございました」

ちょうど、農作業中に怪我をしたという村人が診療所にやって来たのを潮に、仁と礼子、ハンナは村長宅を辞した。

「本か……」

二堂城にある本は、中にはかなり進んだ内容の物もあって持ち出し禁止になっている。

ハンナはそのほとんどを読破してしまっているわけであるが……。

「公衆衛生と園芸の基本なら問題ないかな」

農業といわないのは、仁自身、というか蓬莱島でも試行錯誤している内容もあるからだ。

現代日本とこのアルス世界の植物がまったく同じ生態をしているという保証もない。

やってみてうまくいった内容に限定し、さらに小規模な畑で試してもらう必要もあるだろう。

トカ村とカイナ村では地質も違うようであるし。

仁は老君に相談し、そういった一般向けの『参考書』を作り、適宜贈るなり販売するなりしてもいいと考えていた。

「おにーちゃん、今日はこの後どうするの?」

ハンナの声に仁は我に返る。

「そうだな、村長さんが帰ってきた頃にもう一度訪問して少し話をするだけだな」

「それじゃあ、この後エルメ川へ泳ぎに行こう?」

「ああ、それもいいな」

晴れた夏の日射しは強く、少し歩いただけでも汗が噴き出ていた。

ハンナは仁が贈ったワンピース水着に着替え、麦藁帽子をかぶった格好で川まで歩いて行くようだ。

それならと、仁も家兼工房の2階で着替え、パーカーっぽい上着を羽織って行くことにした。

礼子も水着に着替えている。

「おにーちゃん、早く早く!」

一刻も早く水に入りたいのか、小走りに駆けていくハンナは、時々立ち止まって、仁と礼子を促した。

そして二堂城の脇を過ぎればエルメ川である。

「お父さま、大勢来てますね」

「ああ、そうだな」

川には子供たちが大勢泳いでいた。

「あ、ジンにーちゃんだ!」

誰かが仁を見つけて声を上げる。

「ほんとだ、ジンにーちゃん!」

「ジンにーちゃん!」

「遊ぼうよ!」

集まってきた子供たちに囲まれ、仁は微笑んだ。

「よーし! 何して遊ぶ?」

カイナ村の夏は真っ盛りであった。