軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05-18 新しい名物

貴族街と庶民街の境で待たせておいた馬車に乗り込み、仁達はフィレンツィアーノ侯爵邸へと戻った。

「さて、と」

仁は買ってきた『トポポ』を持って、厨房へ向かった。厨房では夕食の仕度をしているところ。

とはいえ、侯爵邸だけあって、仁達の分を作るのはさほどの負担ではないようで、それほど忙しそうには見えなかった。

「おや? お客様ですか? どうなさいました?」

厨房の料理長だろうか、壮年の男が仁に気が付いた。

「あ、ああ、こんにちは。ちょっとだけ、台所を使わせてもらいたくて」

そう言って手にした袋を見せた。するとそれを見た料理人達は、

「それはまさか、トポポですかな? なぜそんな庶民の食べ物を?」

「それは何個かに一個、毒があるんですよ?」

等と口々に言う。仁は笑って説明する。

「毒ですか? それは、芽が出た芋に含まれるんです。芽の周りが毒なんです。これは芽が出ていないから大丈夫ですよ。ああ、それから緑色になったものは全体が毒ですから」

「なんですと? そんなことが……」

「ふむう、そう言われれば思い当たる節も」

「なら、緑色になっていないトポポを使うことと、また芽の出たトポポでも芽をくり抜けば食べられるというので?」

仁は彼等にむかってそうだ、と大きく頷いて見せ、

「それで、こいつでちょっと美味しいお菓子を作ろうと思いましてね、手を貸してもらえますか?」

そう言うと、料理長らしき男が進み出た。

「そういうことでしたら、お客様にはわたしがお手伝いしましょう」

まず、トポポ(ジャガイモ)を良く洗い、泥を落とす。

それを薄くスライスし、水に短時間さらす。

水を切って、高温の油で揚げ、熱いうちに味付けをする。

そう、仁はポテトチップスを作ろうとしていたのだ。

料理長はさすがに手慣れており、透けて見えるくらい薄くスライスしてくれた。

味付けはいろいろ考えたが、まずはシンプルに塩味とする。

唐揚げ用の鍋で揚げたので、試作品はあっという間に完成した。

「ほほう、簡単に出来ましたな」

「さあ、試食してみましょう」

そう言って仁が1つ摘んで口に入れようとしたポテトチップを、横から礼子がさっと取り上げ、自分の口に入れたのである。

「お、おい、礼子」

「毒味でしたらおまかせ下さい」

礼子の口の中には毒性分をはじめとした分析機能が付いている。

「毒性分、なし。塩味もちょうどいいようです」

よーし、と仁はポテトチップスを2、3枚摘んで一気にかじる。懐かしい味が口中に広がった。

「うん、いい出来だ」

それを見ていた料理長も、おそるおそるだったが、1枚摘んで口に入れた。

「う、うまい! ぱりっとした感触、サクサクとした歯ごたえ、浸み出す油と塩味がマッチして……!」

料理長の讃辞を聞いた他の料理人も、手空きの者から順にポテトチップスに手を伸ばし、

「うまーい!」

「こんな安い物がこんなに美味いなんて!」

「味は材料だけでは決まらないと言うことか!」

などと感想を口にしている。

そんなこんなで試作品のポテトチップスはあっという間に無くなってしまった。

「いやあ、お客人、これは兜を脱ぎましたよ」

料理長が仁に握手を求めてきた。

「これは軽食としてもよさそうですし、エールにも合いそうですな」

「味付けも工夫次第でもっと美味しくできるでしょう、あとはおまかせします」

ということで、夕食の付け合わせにこれを出してもらうこととなったのである。

* * *

そして夕食の時間。

今夜はフィレンツィアーノ侯爵も交えての夕食である。

「まずは『蒸留器』の量産体制が整ったことを話しておくわね。礼金は200万トールということでいいかしら?」

それで結構です、とラインハルト。仁も肯き、侯爵は仕事の話はそれで打ち切る。

「ラインハルト君、エルザ嬢、ジン君。今夜は無礼講で行きましょう、では、乾杯」

「乾杯」

皆、グラスを掲げる。今夜のグラスは透明度に加え、侯爵家の紋章である猛禽らしき鳥の図柄が入っていた。

1杯目のワインが空になる頃。料理長がやってきた。

「新しい料理、です」

そう言って置いていったのは先ほどのポテトチップスである。

「あら、面白いわね」

さっそく侯爵がそれをつまんで口に運ぶ。それを見て、ラインハルト、エルザも口にした。

「おいしいわ。さすがマテアス料理長ね」

「うむ、うまい!」

「……おいしい」

褒められた料理長は、

「いえ、これはお客人から教わったものでして」

と馬鹿正直に言ったのである。

そう聞いたエルザははっとして、

「も……もしかして……『トポポ』?」

「えっ? トポポ?」

「トポポですって? これが?」

エルザの発言に、ラインハルトとフィレンツィアーノ侯爵も驚いたような声をあげた。

料理長ははい、と頷いて、トポポの毒というのは心配いらないということ、料理すれば美味しく出来る事、を熱っぽく語った。仁も、

「トポポに毒がある、というよりも、トポポの芽に毒があるんですよ。せっかくの芽を動物に食べられたりしないようにする自衛手段と言えますね」

仁の説明に頷く一同。確かに、トポポを食べて中毒した、という話は、ほとんどが春以降、つまり収穫期から日が経ってから発生している。

何より、今食べた料理というか、菓子、というか、つまみ、というか……

「トポポチップス」

そう仁が言った。

昔から食べていた、とも。

「なるほどね、ラインハルト君がジン君を少し特殊な 魔法工作士(マギクラフトマン) だと言った意味がわかった気がするわ」

そう言ってまたトポポチップスをつまむ。

「後引くわね」

また口に運ぶ。

「侯爵、ずるいですよ」

ラインハルトもトポポチップスに手を伸ばした。仁も食べ始める。

最後に残ったエルザも、おずおずと手を伸ばし、1つ摘んで口に。それからは堰を切ったように続けて食べ始め、皿の上にあった山盛りのトポポチップスはあっという間に空になったのである。

「いやあ、綺麗に食べていただけて、料理人冥利に尽きますよ」

一礼して料理長は下がっていった。

フィレンツィアーノ侯爵は何事か考えていたが、仁の方を向くと、

「ジン君、いえ、ジン殿。この『トポポチップス』、うちで、いいえ、ボルジアで作ってもかまわないのかしら?」

仁は微笑みを浮かべながら肯き、

「ええ、もちろんです。お世話になったお礼とでも思って下さい」

「そう、ありがとう。それじゃあ料理を運ばせましょう。今夜は楽しんでちょうだい」

* * *

この後、ボルジアでは『トポポチップス』が名物になると共に、トポポが見直され、作物として普及したために農民の暮らしが楽になり、国の税収も増えたとのこと。

更に派生として『フライドトポポ』や『マッシュトポポ』など、名物が増え、フィレンツィアーノ侯爵がその功績を讃えられたのは後年のことである。

加えて蛇足として、食材保存のために冷蔵庫が普及したことも添えておく。

その際、トポポを油で揚げる際には短時間で済ませること、あまり油を高温にはしないこと、という仁の忠告が守られていたことも付け加えておこう。