作品タイトル不明
過去篇 肆 アドリアナの冒険 018 間奏3/『福音』の氏族
ちょうど蓬莱島では今を盛りと咲く白百合を一輪手にし、仁は礼子だけを連れて先代の書斎を訪れた。
その白百合を、礼子が持って来た一輪挿しに飾り、机の上に置く。
「先代がこの花を好きだったかどうかはわからないけど」
「いえ、お母さまはきっと、白い花がお好きだったと思います」
自信ありげな礼子の物言いに、仁は疑問を持ち、問いかける。
「どうしてそう思う?」
「……いえ、なんとなしにそう思えただけです」
「そう、か」
もしかしたら、そうした記憶が僅かながら 制御核(コントロールコア) に残っているのかもしれない、と仁は思った。
そして、本棚に目をやると、『我がふみあと 三』と書かれた日記を取り出す。
この日記は、先代の目を通して、1000年前の世界のことを知ることができる貴重な資料である。
仁は留め具を外し、そっと表紙を開いた。
『『森羅』氏族の協力により、私の知識は飛躍的に向上した。だが、まだ目指すところは遠い。聞けば、奥地に『福音』という氏族がいることを聞いた。そこには、更なる向上への鍵が眠っているかもしれない。……』
* * *
「『始まりの地』ですって? それはいったいどのような所なのですか?」
世間話の折りに、ふと聞いた単語を、アドリアナは聞き返した。
「我々の祖先が初めて降り立った地……と伝えられている」
返すは『森羅』の氏族長、サイトス。
「初めて降り立った……ですか。どういう意味でしょう?」
「我等の祖先は『天翔る船』に乗って天空から来たり、この土地に定住した、というような伝説があるんですよ」
説明してくれたのはバシャーコ。
「『天翔る船』……空を飛ぶ船、ということでしょうね。それに乗って天空から来た、ですか」
アドリアナは考え込んだ。
父シュウキの元居た世界にはそういう『作り話』があることを聞いてはいた。
そして、この大地が平らではなく丸いこと、太陽の周りを回っていることも知っている。
さらに、シュウキの元居た世界では『スプートニク』という、人工の天体を飛ばすこともできるということを。
とはいえ、今のアドリアナには、まだ空への野心はない。
むしろ、そうした『空飛ぶ船』を作り出せる技術と知識への関心があるのみだ。
「そこへ行ってみたいんですが」
それで、自然とそういうセリフも出てくる。
「1人では無理かもしれんな。どうしてもと言うなら、案内を付けよう」
アドリアナの技術に深く心酔した『森羅』氏族は、全面的に協力を申し出た。
「ありがとうございます」
まさに渡りに船、一も二もなくアドリアナはその申し出を受けた。
* * *
それから2日後、アドリアナはゴーレム、Fー002、Mー002を連れて『森羅』氏族の集落を出発した。
道案内役はバシャーコである。すっかり慣れ親しんだ彼となら、アドリアナも安心である。
「バシャーコさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ。4〜5日掛かるかと思いますが、御了承ください」
「それはもちろんです」
荷物は全てゴーレムが持ってくれるので、体力的にはかなり楽だ。
万が一の時にはゴーレムに乗ることも可能。
「では、行ってまいります」
「気を付けてな」
季節は夏、北の大地にも草が萌え、花開く頃。旅にはもってこいの陽気である。
昼の時間は長く、夜は短い。
バシャーコの案内は確かで、アドリアナたちは一度も道を間違うことなく、内陸を目指していった。
3日目。
「アドリアナさん、予定より1日早く着けそうです」
「ほんとですか!?」
「ええ。荷物をゴーレムに持ってもらえたのが大きいですね。夕暮れ頃には着けると思います」
ほとんど空身なので、1日の移動距離が長く取れ、なおかつ疲労が少ないことが幸いしたようだ。
その言葉どおり、日が沈む前には、集落が見えてきたのである。
「あれですか?」
「ああ、そうだ。……ほら、こちらを見つけたらしいですよ」
その言葉どおり、集落から3人ほどがこちらへ向かってくるのが見えた。
「今回は、紹介状はないですが私が同行しているので御安心を」
『森羅』の氏族を訪ねた際には、『蒼穹』の氏族からもらった紹介状があったため、アドリアナもすぐに信用してもらえたのであった。
「……何か御用かな? ……おや、そちらは『森羅』のバシャーコではないか?」
近付いて来た3人の1人、1番年長に見える男は、バシャーコを知っていたようだ。これで話が早くなる。
「ご無沙汰しております、ハーキラー殿」
ハーキラーと呼ばれた男は身長は180センチくらいか。すらりとした初老の男であった。
その左右には40歳くらいに見える壮年の男がついており、護衛のようだ。
「珍しいこともあるものだ。そちらのお嬢さんに関係があるのかね?」
ハーキラーはアドリアナをちらと見て言った。
「ええ、そうなんです。こちらはアドリアナ殿と言いまして、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』なんです」
「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) ? 何だね、それは?」
この疑問に答えたのはアドリアナ。
「ええと、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) といいますのは、『魔法工学』を全て修めた者という意味です」
「ほう、魔法工学とな? 察するに、魔法でものを作るという学問だな? それは興味深い。で、ここへは何をしに?」
「もちろん、『福音』の氏族が有する知識や情報、それに遺物ですよ」
これはバシャーコ。
「何せ彼女は、我が『森羅』氏族に伝わる 古代遺物(アーティファクト) を全て解析し、動かなかったものを動くようにしてくれたのですから」
この言葉は効き目があった。
「何と? 確か、『森羅』に伝わる 古代遺物(アーティファクト) は20ではきかなかったと思うが?」
さすがのハーキラーも驚きを隠せない様子だ。
「ええ、そうですよ。全部で38台を修理してもらいました」
「なるほど……」
そこでハーキラーは、立ち話をしていることに気付く。
「これは失礼した。アドリアナ殿と仰るか、私は『福音』氏族の 長(おさ) 、ハーキラー。歓迎しますぞ」
「アドリアナと申します、よろしくお願いします」
自己紹介するハーキラー。アドリアナも名を名乗り、頭を下げた。
「では、今宵は我が家へお泊まりあれ」
「ハーキラー殿、よろしくお願いする」
バシャーコも軽く頭を下げ、一行は『福音』の集落へと向かった。
「え……」
アドリアナが驚いたのも無理はない。
『福音』の氏族長は、集落内ではなく、その背後にある巨大な岩山に横穴を 穿(うが) って、その中に住んでいたのである。