作品タイトル不明
過去篇 肆 アドリアナの冒険 017 閑話60 手向け
隠された先代の書斎を発見した翌日、7月17日。
仁は礼子を伴ってツェツィ島を訪れていた。
「ようこそ、2代目様」
「いらっしゃい、礼子ちゃん」
転移門(ワープゲート) で移動した仁と礼子を出迎えたのは男性型 自動人形(オートマタ) の『ナギ』と女性型 自動人形(オートマタ) の『ナミ』。
先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、アドリアナ・バルボラ・ツェツィが作った 自動人形(オートマタ) で、2代目たる仁の手により再整備され、更なる強化を施されている。
「本日はどのような御用事でしょうか」
女性型 自動人形(オートマタ) の『ナミ』が質問をしてきた。
その洗練された姿を見ながら、仁は内心、
(ハンナも成長するとこういう姿になるんだろうか)
などと空想してみる。
なにせハンナは、先代の幼い頃に生き写しなのであるから。
「うん、今日は相談があってやって来た」
そんな空想はおくびにも出さず、仁は訪問した目的を説明し始めた。
「この島って殺風景だろう?」
「ええ、コケと少しの草、それにいくらかの林があるだけですね」
まずは前置きとして、仁は島の植生を確認。
「だろうと思った。……それで相談というのは、この島に花を咲かせようと思ってな」
「花……ですか」
「そう、花だ。先代のお父上であられる『 賢者(マグス) 』、シュウキ・ツェツィに手向け、としたい」
「それはよろしいですね」
そこで仁は、さらに質問をする。
「それで、だ。この島に無いような花を咲かせたりするのもなんとなく気が進まないんで、元々ある花を増やす方向で行きたいと思うんだが」
外来種を持ち込まない、という考えである。
「それはどうでしょうか」
だが、『ナギ』が異議を唱えた。
「どういうことだ?」
「はい、2代目様。……およそ1000年前、先代様が『 賢者(マグス) 』シュウキ様を埋葬なさったとき、この島は草も木も生えていない岩の塊のようなところでした。辛うじて苔の類が少々生えているだけの島でした」
「それから1000年で今のようになったわけか」
「その通りです。鳥が種を運んできたのやら、風に乗って飛んできたのやら、それはわかりません」
「我々はずっと『起きて』いたわけではありませんでしたので」
『ナミ』も補足説明をしてくれた。
「そうか……」
海底火山の噴火などでできた島には、まず苔が生え、僅かな土ができ、そこへ草が生える、という。
苔の胞子は風で、草の種は風や鳥の糞などから、というのが仁の知るところである。
「となると、植生とはなんぞや、ということになるのか」
「私どもはそう考えます」
ナギとナミが揃って答えた。
仁はしばらく無言のまま、考えを巡らす。やがて考えがまとまった仁は顔を上げた。
「わかった。それじゃあまず、この島の土壌改良を進めてしまおう」
仁も植物栽培は詳しくはない。精々が施設時代、花壇にチューリップやスイセンなどの球根を植えたことがあるくらいだ。
だが、一般的な知識として、植物を育てるための土の役割としては、『植物を支える』『必要な水分・栄養素・空気を供給する』などがあるくらいは知っている。
また、『有害な物質を含まない』ことも大切だ。
これらはまた、蓬莱島のゴーレムメイド『トパズ』たちが日夜試行錯誤をしたり、各地に派遣されている『 第5列(クインタ) 』たちがその行く先々で知識を仕入れてきたりし、それを取捨選択した老君がまとめ、ノウハウとして蓄えていた。
今回はそれを応用するのである。
「島の土は砂が多く、有機質が少ないから、蓬莱島から腐葉土と堆肥を持って来て混ぜようと思う」
腐葉土・堆肥は保水力も高めてくれる。
「この島は、雨はどうなんだ?」
「はい。雨は少ないですが、夕方から朝にかけて、霧が発生することが多く、それが凝結して水分となるので、それほど乾燥した環境ではないと思います」
「おお、それは朗報だな」
雨が降らず、水がないということになったら、魔導具で水を生成することも考えていたので、水に不足はしないと聞いた仁は喜んだ。
「じゃあ、始めよう」
* * *
その日1日掛けて、土を運び、耕し、島に咲いている花を株分けして移植し、また実から取った種を播いた。
島の中心部には、仁たっての望みで、カイナ村の奥山からクェリーの木の若木を移植したのである。
クェリーの木は春になると桜の木によく似た花を咲かせる。
日本人であるシュウキ・ツェツィに敬意を表し、この木を植えることに拘った仁であった。
「この木だけは、この島に適応していないから、十分に注意してくれ。必要なら、老君に連絡するといい。手伝いを寄越させるから」
「わかりました、2代目様」
「2代目様、承りました」
ナギとナミには、クェリーの木を植える理由を説明したので、きっちりと管理をしてくれるだろう。
併せて、種も播いてみることにする。
種から育った木であれば、より島の環境に適応してくれるだろうという考えである。
「これでよし。風が強いときには風避けの結界を張れるといいんだが」
「あ、それは既にございます」
「他には波避けの結界もございます」
どうやら先代は、この島の保護のために、強風と高波から護る設備を整えていたようだ。
それらの整備はナギとナミが行っているという。
「わかった。それなら安心だな。整備に必要な資材が足りなくなるようなら、老君に連絡を取ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「いずれ、この島には誰も近寄らないような対策もしたいと思う」
先代の書斎、その扉にあった 魔導式(マギフォーミュラ) を応用すれば可能であろう、と仁は考えていた。
そして一度蓬莱島に戻った仁は、今度はエルザも連れて、転送機で『マグス岬』へと再度転移。
仁、礼子、エルザは共に献花をし、黙祷を捧げたのである。
「ここも花が増えたらいいな」
風が強いため、ほとんど植物の育たない岬なので難しいかもしれないが。
「そういう花を探して植えれば……」
「そうだな。 第5列(クインタ) に指示を出しておこう」
この希望も、数ヵ月後には叶えられることになる。
* * *
何年か、何十年か、何百年かの後。
旧レナード王国の沖を行き交う船に乗る船乗りの間で囁かれる噂があった。
曰(いわ) く。
『とある場所に、小さな島があり、そこには四季を通じて花が咲き乱れている』と。
だが、そこを訪れた者は誰もおらず、どうしてそんな噂が流れたのか、誰もが首を傾げたのである。