作品タイトル不明
過去篇 肆 アドリアナの冒険 010 貰ったもの
筋肉痛というものは動き出してしまえばなんとかなるものだ。じっとしていて急に動こうとしたときが一番辛い。
「あいたたた……」
呻きながらも治癒魔法で少しだけ痛みを抑えて、アドリアナは起き上がった。起きだし、口を濯いで顔を洗えば何とか身体はいうことを聞くようになった。
「今日はクロムとニッケルを回収して……」
朝食を摂りながら1日の計画を立てるアドリアナ。
(住民分プラスアルファのフォークを作ったら、出発かなあ……)
居心地がいいのでつい長居を決め込んでしまったが、アドリアナには目的があったのだ。
(『北には高い文明を持つ民族が暮らしている……かもしれない』、か……)
父シュウキと諸国を巡っていた際に聞いた噂である。
所詮噂、と笑い飛ばすこともできるが、北上するにつれ濃くなっていく 自由魔力素(エーテル) 濃度を実感すると、より北方には、この濃い 自由魔力素(エーテル) を利用する、魔法技術の進んだ文明があってもおかしくない。
(それに、お父さまの奥さん……も北の方に住んでいた人だっていうし)
ごくごくまれにシュウキがぽつりと漏らす、最愛の妻アドリアナ、旧姓ティエラの話。
魔法工学の、より高みに至るため、アドリアナは北を目指していたのである。
「アドちゃん、考えごとしながら食事しちゃ駄目よ?」
「は、はい」
バイセに 窘(たしな) められたアドリアナは慌てて残りの海鮮スープを飲み干した。
* * *
少し慌ただしく朝食を終えたアドリアナは、大急ぎで海岸へ向かった。
クルルとマルルは、2人でクラリーの実を集めに行っている。鳥や獣に食べられないうちに、ということなので忙しいのだ。
アドリアナが海岸へ来たのは、もちろん『 魔導式物質抽出装置(マテリアルエクストラクター) 』の様子を見に、である。
「わあ!」
そこには、思った以上のクロムとニッケルが抽出されていた。
「クロムが……800グラム、ニッケルが520グラムね。これで十分な量のステンレスが作れるわ!」
これで、4444.4グラムのステンレス鋼を作ることができる。ニッケルは355.6グラム、鉄は3288.9グラム必要だ。
さっそくそれを鍛冶屋ファイトスのところへ持ち込むアドリアナ。
ファイトスはもう慣れたもので、彼女を待ち構えていた。
「嬢ちゃん、来ると思ったぞ。もう鉄は用意してあるからな」
「ありがとう、親方」
ファイトスさん、と名前を呼ぶより、『親方』と呼ぶ方がよほどしっくりくるので、アドリアナはこう呼ぶことにしたのだ。
早速作業を開始する。
何度もやっているので手慣れたものだ、親方ももうそれほど驚くことはなくなった。ただ感心するだけだ。
「しっかし便利なもんだな。そういうことができれば、もっといろいろなものを作れるだろうになあ」
魔法を使えない者にも工学魔法を使えるようにする。
そういった魔導具を研究したことはあったが、まだまだ完成の域には程遠い。
だが、まずは目の前の仕事、と、アドリアナはステンレス鋼の生産に没頭した。
「次はフォークね。……『 分離(セパレーション) 』。……『 変形(フォーミング) 』!」
「いつ見ても見事だなあ」
見ていた親方が驚きの声を漏らす。
彼女は10本分のステンレス鋼を分離させ、それから10本のフォークを一気に変形させて作り上げているのだ。ただし、細い『ランナー』とでもいうべき棒で繋がっている。
同じことのできる 魔法工作士(マギクラフトマン) は何人もいない。
「親方、お手間でしょうけど、切り離していただけませんか?」
「おう、任せておけ」
ただ見ているのも退屈である。親方は二つ返事でアドリアナの頼みを引き受けた。
ただ切り離すだけではなく、切った部分はヤスリ掛けをして仕上げていく。
その一方でアドリアナは全力の作業に掛かった。
「……『 分離(セパレーション) 』『 変形(フォーミング) 』。『 分離(セパレーション) 』『 変形(フォーミング) 』。『 分離(セパレーション) 』『 変形(フォーミング) 』……」
こうして、十数回で必要数のフォークが出来上がった。
「おいおい、早すぎるぞ。まだ切り離しが終わらんよ」
「ええ、あたしもやりますから」
こうして2人がかりでフォークの切り離しが行われた。
「ふう、終わったな」
170本のフォークがそこには並んでいた。
「ええ。あとは仕上げね。『 仕上(フィニッシュ) 』!」
「凄え……」
170本のフォークが一斉に鏡面仕上げを施され、輝きを放ったのだ。
「ふう、できたわ!」
先日作った分が30本、合計で200本。当面の目標数を達成した。
アドリアナは、出来上がった200本のフォークを持って村長宅へ戻った。親方も一緒である。というかフォークの入った箱を持っているのは親方である。
「おや、アド? それにお義父さん」
今日は家にいることが朝食時の会話でわかっていたのだ。
「今日は、お礼を持って来ました!」
「お礼?」
「はい、お世話になってますから」
「メウト、これだよ」
ファイトスは箱をどん、とテーブルの上に置いた。開けば、金属の輝きが。
「これは……フォーク?」
「ああ、そうだ。王都などで流行っている形だそうだ」
「へえ、これが……」
「ああ、形だけではないぞ。使いやすいのだ。刺した食べ物が抜けにくいし、物によってはこのフォークで切り分けられる」
フォークの側面を使って切り分けることも可能だ。針金とは違い、十分な強度がある。
「これを、アドが?」
「ああ、大したものだ!」
義父のファイトスが手放しで褒める 様(さま) を見て、村長メウトは考え込んだ。
「……で、いくらだね?」
「……はい?」
メウトの言葉の意味が分からず、アドリアナは聞き返した。
「いや、これだけのフォーク、しかもこの輝き! いくらになるのかと思ってね」
今の相場では、針金製のフォークで1本30トールから50トール(約300円から500円)。
聞くところによると『ステンレス』という新素材を使い、銀と見まがうほどの輝きを放つフォーク。しかも、錆びにくいという。
「村長とはいってもそれほど裕福ではないのでな」
それでアドリアナはようやく彼が勘違いをしていることに気がついた。
「これ、買って貰おうというんじゃありません。全部差し上げます」
「何だって!?」
驚くメウト。ファイトスも少しは驚いたようだが、なんとなくそんな気がしていた、という顔をしている。
「な、何だって!? これを全部くれると言うのかね?」
驚くのも無理はない。このフォークなら、最低でも1本100トールは取れるだろう。新素材ということ、流行りのデザインということを考え合わせれば500トールでも買う者はいるだろう。
それが200本。
10万トール……日本円で100万円ほどにもなるそれを、あっさりくれる、というのである。メウトが驚くのも無理はなかった。
「でも、素材の大半は親方……ファイトスさんにいただいた物ですし」
「いやいや、お嬢ちゃんは鉄なんかよりずっと稀少な何とかという金属を用意したじゃないか」
それだけでも10万トールの価値はある、とファイトスは言った。
だが、アドリアナは首を振ってそれを否定する。
「あたしは、メウトさんたちに、お金じゃ買えないものをいただきましたから」
「ん?」
メウトが首を傾げる。
「……あの雨の中、様子を見に来ていただいた時、本当に嬉しかったんです」
自分のような異邦人を気遣ってくれたメウトの心遣い。
「あたしを温かく迎えていただけて、涙が出るほど嬉しかった。そんな気持ちの、何分の一にもなりませんけど、あたしにできることって、これくらいしかないから」
そう言ってアドリアナは頭を下げた。
「だから、受け取って下さい!」
「ありがとう、アド。そういうことなら、有り難くいただくよ。そして、村人一人一人に配っていいんだろう?」
「あっ、はい! そうして下さい!」
こうして、シーコの村にステンレス製のフォークが普及したのである。