作品タイトル不明
過去篇 肆 アドリアナの冒険 007 迷信
「『 変形(フォーミング) 』」
作りかけのフォークを、最終的な形に変形させるアドリアナ。
「わあ! すごい!!」
「アド、本当にお見事ね」
「ううむ、魔法工学というのは凄えもんだな」
クルル、マルル、ファイトスの3人が3人とも感心したように声をあげた。
「『 仕上(フィニッシュ) 』」
最後は表面を鏡面仕上げにして終了だ。
「これが、今王都などで標準的なフォークです」
「まるで銀みたいね。元が鉄とは思えないわ」
マルルがそっと手に取り呟いた。
「うーむ。だが、なんとなく光り方が鈍いというか、黒っぽいというか……」
ファイトスの目は正しい。ステンレスの場合、いくら表面を鏡面仕上げしても、銀の持つ反射率には及ばないので、比べてしまうと黒っぽく見えるのだ。
とはいうものの、銀は手入れを怠るとすぐに黒ずむ(硫化)ので、その点ではステンレスの食器の方が有利である。
また、銀よりも硬いので傷付きにくいという利点もあり、普及用の食器としてはもってこいであろう。
そのことを説明すると、ファイトスは納得して何度も頷いた。
「なるほどなあ。だが、稀少な金属を使う上に加工しづらいというのが難点だな」
実際、その欠点があるがゆえに、現代地球でも、ステンレスと炭素鋼は使い分けをされている(それ以外の要因ももちろんある)。
「当分は魔法工学向きの素材かしらね……」
ファイトスの意見を聞いたアドリアナは考え込んだ。そもそもクロムやニッケルを添加してステンレス鋼を作るということ自体、一般的ではないのだから。
「そう思うぞ。ただ、素材として興味はあるがな」
少し肩を落としたアドリアナを慰めるようにファイトスが言い添えた。
「ありがと、親方」
そしてアドリアナは、朝早くFー002に託した魔導具がどのように働いているかを確かめに、海へ行くことにした
「クルルちゃん、マルルさん、ちょっと海へ行ってくるわ」
「あ、あたしも行く」
「私は家で待ってますね」
マルルは一旦家に帰り、クルルが付いてくることになった。
アドリアナとクルルは連れだって海へ。
「ねえアド、海に何があるの?」
「着いてからのお楽しみ」
「ぶー」
そんな会話をしながら歩いて行く2人。
「ねえねえ、道が違うよ?」
昨日、石を探しに行ったのとは違う方向へ行こうとするアドリアナを、クルルが呼び止めた。
「あ、いいのいいの。今日は石を探しに行くんじゃないから」
「なーんだ」
そんな返事をしながらも、クルルは楽しそうだ。
そしてやって来た砂浜。
そこにはアドリアナが乗ってきた船も置かれている。
「わあ! 大きな船だ! ねえねえ、あれが、アドちゃんの乗ってきた船なの?」
「ええ、そうよ」
案の定、クルルははしゃぎだした。
「ねえねえ、乗ってみたいな!」
「いいわよ。でもちょっとだけ待ってて。先に用事を済ませてしまうから」
アドリアナはクルルを宥めておいて、まずはFー002を呼び出した。
「どう?」
「はい、動作は順調なようです」
Fー002は魔導具のそばにある銀灰色の塊を指差した。
「うん、集まってるね。……『 分析(アナライズ) 』『 分析(アナライズ) 』……ちゃんとクロムとニッケルね、大成功!」
喜ぶアドリアナ。
「ねえねえアド、これってなあに?」
その時、クルルが黙っていられなくなったらしく、話に割り込んできた。
『これ』というのは魔導具のことである。アドリアナは少し考えてから口を開いた。
「えーとね、海水から特定の物質を取り出すための魔導具よ」
海水にはほとんど全ての元素が溶け込んでいるという。
金、銀、プラチナ、リチウム、アルミニウム、マグネシウム、ウラニウム……。
もちろん、今回アドリアナが欲したクロムとニッケルも。
但し、極々微量なので、取り出す手間が割に合わず、現代地球で実用化され、今も継続しているのは『塩』つまり塩化ナトリウムの抽出くらいである。
だが、この世界には魔法があり、それを用いることで、なんとか実用レベルで物質を取り出すことができたのである。
もちろん、アドリアナならではの技術であった。
後継者たる仁が空気中からヘリウムだけを分離して集めた技術も、元をただせばこれである。
「うん、かなり集まってるわね」
半日の稼働で、昨日の2倍くらいの量が集まっていた。
「このまま続ければかなり集まるわね。それより、同じ物をあと1つ2つ作った方がいいかも」
そこでアドリアナは、同じ魔導具……命名『 魔導式物質抽出装置(マテリアルエクストラクター) 』……を2つ作り上げ、海中にセットした。
もちろん、同じ場所にではなく、十分に離れており、海流や潮の満ち干で海水が循環する場所に、である。
「お待たせ、クルルちゃん」
「ううん、面白かったよ!」
待たせてしまい、悪いことをしたかな、と思ったが、初めて見る『魔法工学』での魔道具製作に興味を惹かれ、ずっと見つめていたクルルであった。
まずは船の中を案内する。……前に、 乗員(クルー) であるゴーレムたちの紹介だ。
「これがFー003で、これがMー002。で、あれがMー003。外にいるのがFー002ね」
「すごぉい。みんなアドが作ったのね?」
「うん」
すごいすごいとはしゃぐクルルを引っ張って船内を案内する。
大きいとはいえ、10メートルの船である。中に入れば家より狭く感じるものだ。
「ここが船室。船を走らせている時はここにいるの」
「ここが動力室。Mー002とMー003がハンドルを回すとスクリューも回って、船が進むのよ」
「ここが寝室。大抵は船を陸に揚げて寝るんだけど、念のため吊り下げ式にして、揺れの影響を抑えてるの」
「ここが……」
アドリアナの説明をどこまで理解出来たかはわからないが、クルルは目を爛々と光らせて説明を聞いていた。そして。
「あたしも海に出たいなあ……」
と、ぽつりと呟いたのである。
「お父さんに頼めば?」
昨日訪れた『緑海岸』にも船は沢山浮かんでいた。村長である父に頼めば、海に出ることくらいできるだろうとアドリアナは思ったのだ。
「それが駄目なの」
「どうして?」
だが、クルルは寂しそうに首を横に振った。
「村の掟……というか、女が海に出ると海が荒れるんだって」
「そんな……」
自分だって女であり、これまでの航海は穏やかだった、とアドリアナ。
「うん、アドはいいの。外の人だから。あくまでも村の者の話」
「そうなの……」
土着の信仰なのか迷信なのか。
シュウキと一緒だったときには気付かなかったことにまた一つ気が付いたアドリアナであった。