軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 肆 アドリアナの冒険  005 母

その日の夕食は大きな魚の塩焼きがメインディッシュだった。

「わあ、大きな魚」

アドリアナも初めて見る魚である。

「これはレテオラ、という魚よ」

クルルたちの母、バイセが教えてくれた。

「夏になると太って脂がのるのよ。それに油と塩を振って焼くと美味しいのよ」

海辺の村らしく、豪快な料理である。

「あ、美味しい」

一口食べてアドリアナはその味を気に入った。

「……このお塩も美味しい。あれ? 塩だけじゃない?」

独り言のようにアドリアナが呟いていると、マルルが微笑みながら教えてくれた。

「アドの舌は確かね。あのね、このお塩には香草をすり潰した粉が混ぜてあるの」

「へえ、そうなんだ!」

内陸では貴重な塩であるが、ここのような海辺の村ではありふれた調味料である。

「ん? 塩?」

(海……海水……もしかして!)

アドリアナは何ごとかを思いつき、危うく席を立つところだったが、何とか自制することはできたようだ。

(危ない危ない。とにかく明日よね)

村長一家は、そんなアドリアナに内心での葛藤など知らず、和気藹々と夕食を続けていた。

(家族、か。……ちょっと、羨ましいな……)

そんな彼女の心中に気が付いたわけでもないだろうが、クルルが笑顔を向けてきた。

「ねえねえアド、アドが言っていたフォークができたら、このレテオラも食べやすくなるの?」

「……うん、なると思うよ」

一瞬だけ反応が遅れたが、クルルは気にせず、むしろ答えの中身に食い付いてきた。

「ほんと? 楽しみだなあ!」

「これクルル、食事の時はもう少し静かにね」

「そうよ。お淑やかにね」

あまりはしゃぐものだから、母バイセと姉マルルに 窘(たしな) められるクルルであった。

* * *

夕食後、まだ薄明るい空の下、村長宅ではお風呂の準備が始まる。

このあたりは、井戸を掘れば潤沢な水が得られるので、各家庭ごとに小さいながらも風呂があった。

海の近くなので1年を通して湿度が高く、潮風で身体がべたつくというのも風呂が普及した要因だろう、と、準備を眺めるだけのアドリアナは思っていた。

ちょっと水を舐めてみると微妙に塩辛い。海に近いので、地下水に塩分が溶け込んでいるのだろう。

含食塩泉……に近いお風呂になるのだろうか。

村長であり一家の大黒柱であるメウトが、薪を用意し始めたのを見て、アドリアナはここで手伝いを申し出た。

「あ、お湯を温めるなら私が」

「え?」

「『 加熱(ヒート) 』」

工学魔法『 加熱(ヒート) 』。対象物を温める魔法である。

これにより、1分でお湯が適温になってしまった。

「アド、すっごーい!」

クルルはぴょんぴょん飛び跳ねて興奮気味。

「アド、ありがとう。凄いのね」

マルルは一見落ち着いているが、顔が少し紅潮している。

「アドちゃん、ありがとね。魔導士って凄いわねえ」

バイセはおっとりとした口調で礼を述べた。

「アドさん、助かったよ」

最後にメウトが礼を言った。

「いえ、お世話になっているんですから」

少し照れながらアドリアナは答えた。

* * *

「ああ、いいお湯」

やはり、お湯に浸かるのは心地よい。

『 浄化(クリーンアップ) 』などの工学魔法で体表面をきれいに保つ努力はしていたものの、こうしてお湯に浸かれると、いろいろな疲れも取れ、精神的にもリラックスできる。

「ありがとうございました」

お客ということで一番風呂を使わせて貰ったアドリアナは礼を言った。

「いいのよ。こちらこそ、お湯を温めて貰ったんだしね」

バイセはそう言ってふわりと笑った。

村長家が代わる代わる風呂に入っている間に、アドリアナはFー002に命じて、 魔結晶(マギクリスタル) や 魔導接続基板(リンクボード) など、彼女が考えている魔導具を作るために必要なもの一式を船まで取りに行かせた。

「作るのは明日になるわね」

そう独りごちて、アドリアナは星が瞬き始めた夜空を見上げたのである。

* * *

その夜は、村長一家といろいろ話をした。

「へえ、アドのお父さんって偉い先生だったんだ」

「王都で教えてたのね。だからアドもいろいろなことができるのね」

一家といっても、村長抜きでの、女性だけでの会話である。

「……でも、お亡くなりになったのね。アドちゃん、寂しいでしょう?」

優しいバイセの声に、アドリアナは母親とはこんな人なのか、と頭の片隅で思っていた。

それで知らず知らずのうちに、視線がバイセの方を向いてしまう。

そんな視線を無理矢理逸らせて返事をする。

「はい、いえ……もう、慣れました」

半分は本当で、半分は嘘である。

一人であることを受け入れはしたが、やはり寂しいものは寂しい、そうそう慣れるものではないのだ。

だが、アドリアナは人に弱みを見せるのは好きではない。

無理に笑顔を作って、

「……あたしは、父が目指した、魔法工学の可能性を探すために、一人、旅に出たんです」

と言った。

「へえ、すごいなあ!」

「アド、えらいのねえ」

だが、その内容に一番驚いたのはアドリアナ本人である。

『魔法工学の可能性を探して』。

そんなことを思って旅立ったわけではなかった。だが、そう考えると、妙にしっくり来る。

父の思い、父から聞いた、父の『最愛』だった人の思い。

それを受け継ぐアドリアナがなすべきこと。

魔法工学が一応の完成をみた今、新たなる可能性の模索こそが、自分のすべきことではないか、と思えてきたのである。

「頑張ってね」

「……はい」

バイセの優しい声が、アドリアナの胸を打った。

「あれ? アド、泣いてるの?」

「……え?」

気が付くと、アドリアナの目から一滴の涙がこぼれ落ちていた。

アドリアナは母親を知らない。

父シュウキの弟子の女性たちが可愛がってくれたが、やはりそれは母とは違う。

母親の愛情というものを知らずに育ったアドリアナはバイセの声に、会ったことのない『母親』を感じてしまったのだった。

「え、あ、あはは、違うんです、これ」

手の甲でぐい、と拭ったが、また新しい涙が溢れてくる。

「……おかしいな……」

その時、アドリアナの身体を、ふわり、と包んだものがあった。

「悲しい時は泣いていいのよ」

バイセの優しい声が、アドリアナの涙腺を決壊させた。

「うっ、うう……」

声を殺して泣くアドリアナをそっと抱き締めたバイセは、その背中を優しく撫でてやったのである。

その夜、アドリアナはバイセと一緒の部屋で眠った。