作品タイトル不明
過去篇 肆 アドリアナの冒険 004 レアメタル
「晴れたみたいだし、ちょっと鍛冶屋の親方さんの所へ行ってみたいの」
「え、お祖父ちゃんのところ?」
すると、クルルの口から意外な言葉が出た。
「お祖父ちゃんですって?」
「うん、そうだよ」
聞いてみると、鍛冶屋の親方はクルルたちの祖父。つまり、彼女たちの母親バイセの父親だそうで、若い頃に王都で修業してきたらしい。
「そう、2人のお祖父ちゃんなんだ……」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
アドリアナは2人の姉妹と共に、鍛冶屋へと向かった。
「お祖父ちゃーん!」
まだ距離があるのに、クルルが大声で呼ぶと、工房から親方が顔を出した。
「おお、クルル、マルル。……と、昨日の嬢ちゃんかい」
「こんにちは。今は村長さんのお宅でお世話になってます」
「お友達になったのよ」
「おお、そうかい」
おっとりしたマルルに親方は頷いた。やはり孫は可愛いようだ。
「で、今日は何の用だい?」
「ええ、食器についてちょっと相談が」
「食器? どういうことかな?」
「はい、実は……」
そこでアドリアナは、特にフォークが使いづらいと説明を行った。
「ふうむ、お嬢ちゃんの住んでいたところではそんな形のフォークを使っていたのかい」
親方が修業していた頃の王都では、この村で使っているのと変わらない形状だったという。
(お父さまが広めたのね、きっと)
アドリアナは父シュウキを思い出し、ちょっと寂しさを感じたが、すぐにそれを打ち消すように明るい声が掛かる。
「アド、お祖父ちゃんに何をしてもらいたいわけなの?」
「え、ええとね。あの、親方……あら、あたし、親方のお名前知らないわ」
昨日限りと思っていたので、名前も聞かずにいたのである。
「お祖父ちゃんの名前はファイトスだよ!」
そばにいるアドリアナにも明るさが移るように元気なクルルの声。
「えっと、ファイトスさん。こういう形のフォークが、今王都や大きな町で使われているんです。この村でも使ったらいいんじゃないかと思うんですけど」
アドリアナは地面に木の枝で3本歯のフォークの絵を描いて見せた。
「ほう、こういうのが流行りなのか」
「いえ、流行りというより、使いやすいから広まっているんです」
「そうなのか?」
「ええ、まずは実物を見てもらった方が早いかも。……青銅少し使わせて貰いますよ」
「ああ、構わんが……」
工房の隅に転がっていた半端な大きさの青銅をアドリアナは手に取った。
「『 変形(フォーミング) 』」
「ほう?」
「わあっ、アド、すごぉい!」
「すごいわ、アド。そんなこともできるのね!」
ファイトスは前日に見ているのでそれほど驚かなかったが、クルル、マルルは初めて見る工学魔法に驚きの顔を見せた。
「……これが標準のフォークなのよ」
やや小さめの、3本歯のフォークを手にしたアドリアナは、それをまずファイトスに手渡した。
「ふうむ、歯の断面が四角いのか」
特徴の一つを瞬時に見抜くファイトス。
「ええ。だから突き刺したものが回転しにくく、抜けにくいのよ」
その他にも、接触面積が増えるので抜けにくくなるという効果もある。
「これはいいな。だが、素材がな……」
この国で食器に使われる金属は銀が多い。
銅は黒ずみやすい以上に、緑青を生じることがあり、それが著しく美観を損ねるのだ。
銀も黒ずむが、銅よりはその頻度は低かった。
だが、銀は高価である。軽銀と同じく、村の鍛冶屋に銀はほとんど置いていなかった。
装飾品の修理用として、数十グラム程度の在庫しかないのである。
メッキという手もあるが、すぐに摩耗し地金が出てしまうので、装飾品にはいいが実用品である食器にはあまり向いていないのだ。
「やっぱりここは鉄でなんとかしないとね」
先程、村長宅で用意されたフォークも鉄製であった。
「だがやはり鉄は使いたくないな」
「そうなのよね……」
昔から使っているフォークは鉄製。これはもう致し方ないとして、新たに作るなら錆びにくい素材を使いたかったのだ。
鉄は銅よりさらに錆びやすい。しかも、銅の黒錆は内部に進まないのに対し、鉄の赤錆は内部まで進み、最後には鉄製品をボロボロにしてしまうのだ。
ゆえに毎日の手入れが欠かせないのである。
「ニッケルとクロムがあればなあ……探してみようかしら」
シュウキもステンレス鋼の存在は知っており、これまで若干ではあるが、素材として使ったこともあったのだ。だからアドリアナもステンレス鋼については知識がある。
だが、この世界では、ニッケルやクロムなどという金属は完全に未知の物で、一般に流通してはいない。
そして、シュウキも、ニッケルやクロムを含む鉱石がどんなものかは知らなかったのである。
ただし。
「ねえクルル、マルル。緑色の石ってこの辺で採れないかな?」
クロムやニッケルを含む鉱物が、時には緑色に発色することだけは知っていた。そしてそれをアドリアナも学んでいたのである。
「んーとね、南の海岸でいーっぱい見つかるよ?」
「拾いに行く?」
「うん、行こう! ……親方、じゃない、ファイトスさん、また来ます」
ファイトスから見たら少女の気まぐれにしか思えない唐突さをもってアドリアナは外へと飛び出していった。
* * *
「ほら、ここ」
「うわあ……」
そこは湾になっていて、打ち寄せる波によって集められたのか、砂浜ではなく砂利の浜であった。緑色をした石がごろごろしている。
「『緑海岸』っていうんだよ!」
名前どおりの海岸である。
村の船を繋いでいる桟橋はここの北端にあった。
「じゃあ、調べてみますか」
鉱物について、シュウキはそれほど詳しくないので、娘であるアドリアナも同様に詳しくはない。とはいえ、工学魔法『 分析(アナライズ) 』を使えば、既知の物質は感知することができる。
「『 分析(アナライズ) 』」
さっそく分析してみたところ、ケイ素、酸素、アルミニウム、ナトリウムが検出され、それらの中、微量のクロムを見つけることができた。
「やった! 当たりだ!!」
アドリアナは喜び、さっそくクロムを抽出することにした。
「『 抽出(エクストラクション) 』」
銀色に輝く砂粒がアドリアナの手に転がる。石は緑色から白色に変わった。
「わあ、すごい! アドの魔法?」
「こんなこともできるのね」
2人ともびっくりしている。
しかし、取り出せたクロムは0.1グラムほど。アドリアナとしてはできればキログラム単位で欲しいのだ。
「この一万倍か……」
気の遠くなるような話である。
そしてさらに、緑色をしてはいても、その原因となっている元素が銅であったりもする。
日が暮れかかるまで頑張って、結局手に入ったのはクロム5グラム、ニッケル2グラム程度であった。
その他にマンガン1グラム、モリブデン2グラム、バナジウム1グラムなど。
だが、嬉しいことに金が0.3グラム、銀が0.5グラム手に入った。
(最悪、メッキという手もあるわね)
マルル・クルル姉妹と一緒に村へ向かうアドリアナは、手に入れた稀少な金属をどう使うか、考えを巡らせるのであった。