軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 肆 アドリアナの冒険  003 2本歯

「やっぱり……」

クルルの膝に巻かれていた布を 解(ほど) いたところ、傷が少し化膿していた。

「傷口に土が入り込んじゃってるわね。このまま放っておくと、脚を切り落とさなきゃならなくなるかも知れないわよ?」

「えー!? そんなの嫌だぁー!!」

ちょっと脅かすとクルルは涙目になる。アドリアナは慌てて彼女を宥めた。

「お、落ち着いて。そうならないように今から治療してあげるから」

「ぐすっ。……ほんと?」

「ええ、本当よ。ちょっとしみるかもしれないけど、我慢してね」

優しく諭すように言うアドリアナ。姉のマルルは妹の手を握った。

「マルル、お姉ちゃんもここにいるわよ」

「うん……」

ということで、3人は土間に移動した。

「じゃあ、治療するからね。……『 凝縮(コンデンス) 』」

まずはきれいな水を出して、傷口を洗うことから始める。

「あ、痛いっ!」

「我慢して。痛いのは今だけだから。『 分別(クラッシー) 』」

傷口に入り込んだ砂が取れないので、試しに工学魔法『 分別(クラッシー) 』を使ってみるアドリアナ。

「……取れたわ」

生体には効かない工学魔法であるが、砂は無生物なので取り出せたようだ。

「『 殺菌(ステリリゼイション) 』『 治療(キュア) 』」

後は殺菌し、治癒魔法を掛ければ……。

「もう痛くない! 治ってる!! すっごーい! アド、ありがとう!!」

その騒ぎを聞きつけ、母バイセが何ごとかと土間を覗き込んだ。

「あっ、お母さん、アドがね、あたしの脚を治してくれたの! ほら!」

きれいに治った右膝を指し示すクルル。バイセは驚いた後、嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、すごいわ。アドちゃん、どうもありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

喜んでもらえてよかった、とアドリアナは思った。

「アド、ありがとうね。今度は私たちの部屋へ行こう?」

「うん」

マルルに誘われ、2人の部屋へと向かうアドリアナ。

村長宅は平屋建て。土間、厨房、食堂、居間、応接間、客間、そして家人の部屋があり、そこそこ広い。

姉妹は2人で1つの部屋を使っている。とはいうものの、12畳くらいある広い部屋だ。

「2人とも、学校は?」

「がっこう? なあに、それ?」

妹クルルが聞き返し、姉マルルは首を傾げた。

「えっとね、読み書きとか計算とか、いろいろ教えてくれるところなんだけど……」

説明しながら、この村には、いや、大半の土地にはそういうものはないんだなあ……とアドリアナは察していた。

「あたし、字、読めるよ! 名前だって書けるし!」

「この村では、名前くらいは書けるように、お父さんお母さんが教えてくれるの。計算は……足し算と引き算なら私もできるかな」

マルルが説明してくれる。

アドリアナは、悪いことを聞いちゃったかな、と、少し反省した。

「え、えーっと、この村って、何人くらい住んでいるの?」

それで、話題を変えることにする。

「確か、41軒の家があるって聞いたわ」

「住んでるのはねー、172人だよー」

2人とも、村長の娘だけあって、よく知っている。

同年代との付き合いが少ないアドリアナだったが、人懐こい姉妹のおかげで、村のことをいろいろと教えてもらえたのだった。

* * *

いろいろと話をしていたところへ、バイセが顔を見せた。

「少し早いけど、お昼ご飯できたわよ」

「はい、お母さん」

「わーい、お腹空いたー」

食堂へ向かう姉妹の背を見送ったバイセはアドリアナに向き直り、さあどうぞ、と言った。

「あの、あたしも……?」

おずおずと尋ねるアドリアナ。バイセは大きく頷いた。

「もちろんよ。お客さんですもの」

「ありがとうございます……」

4人はテーブルに付いた。村長のメウトは仕事で外に出ており、その場にはいなかった。

「あっ、ムール鍋だ! お母さん、大好き!」

昼食が自分の好物だと知り、バイセに笑いかけるクルル。マルルも嬉しそうだ。

「今日は少し肌寒いものね。さすがお母さん」

アドリアナは、母親というものを知らない。なのでアドリアナは、バイセと笑い合うクルルとマルルを見て、少しだけ羨ましく思った。

『ムール鍋』というのは、この村特産の野菜と、海で捕れた魚、貝、海藻を一緒に煮込んだものだった。

現代日本でいう『石狩鍋』に少し似ている。

もっとも、味付けは塩であるし、出汁も取っていない。

それでも、魚や貝、海藻からいい出汁が出ているとみえ、なかなか美味しい。

「あ、初めて食べたけど美味しい」

思わず声に出すアドリアナに、バイセは微笑みかけた。

「そう? お代わりあるから、沢山食べてちょうだいね」

中に入っている魚の身はすぐにほぐれそうな程に軟らかくなっていたし、野菜もこれ以上煮ると煮崩れしてしまうギリギリの線。

対して貝の身はぷりぷりとした歯応えがあって美味しいのである。

初めて食べる家庭の味に、3杯もお代わりしたアドリアナであった。

「ごちそうさまでした」

食べ終わったアドリアナのセリフを聞いて、首を傾げる3人。

「あ、これ、あたしの家の習慣なんです」

シュウキから教えられた習慣である。

「へえ。そういえば、食べる前にも『いただき……』とか言ってたよね?」

クルルは耳がいい。小声で呟くように言った『いただきます』も聞いていたらしい。

「いただきます、と言うんです。どちらも、作ってくれた人、そして食材に感謝する意味があるって聞きました」

「『いただきます』、に『ごちそうさま』、ね。うん、いい言葉よね」

マルルがにっこり笑いながら頷いた。続いてクルル、そしてバイセも感心してくれたのである。

「言いやすいよね」

「なかなか深い意味をもった言葉なんですね」

ところで、アドリアナには一つ気になったことがあった。

出されたスプーンが木製なのはいいとして、フォークが2本歯だったのだ。

しかも、刃の断面が丸い。

というより、2本の針金を 捩(よじ) りあわせ、先を二又にして尖らせたようなものであるため、軟らかく煮た魚を刺して食べようとしてもなかなかうまく口まで運ぶことができない。

アドリアナは知らなかったが、彼等が使っている3本歯もしくは4本歯のフォークはシュウキが提唱したもので、まだまだ普及はしていなかったのである。

刺しそこなって崩れてしまった魚や野菜はスプーンですくって食べたのであるが、どうにも気になってしまう。

(あとで、鍛冶屋の親方に相談してみようかしら……)

と思ったアドリアナであった。

いつの間にか外は雨が止んで、霧も晴れ、青空がのぞき始めていた。