作品タイトル不明
05-15 街巡り
翌日、朝食を済ませると、今度こそ仁達はすぐに街へと繰り出した。
首都ボルジアの街構成は3層構造になっている。
中心はもちろん王城。エリアス王、ブリッツェン・スカラ・エリアス12世の居城があり、閣僚が住む。政務はここで行われている。
その王城を取り巻く1層目は、堅牢な城壁の外側に広がる貴族街。首都における各貴族の別邸があったり、高級な商店が軒を連ねており、これもまた外側を城壁で囲まれている。
2層目は貴族街城壁の外にある庶民街。裕福な商人、腕のいい職人、大衆向けの商店などがある。
3層目が庶民街の外側に広がっている農場。農業を営む者の居住地や、庶民街に住めなかった者達の居住地がある。
今、仁、礼子、エルザ、そしてラインハルトは王城の外、貴族街を2頭立ての屋根無し軽馬車で進んでいた。見晴らしはいいが少々埃っぽいのが難点である。
「どうだい、ジン?」
埃っぽいのはさておき、見る物全てが珍しいというように、さっきから仁はきょろきょろしっぱなしである。どう見てもお上りさんだ。
まあ、この世界に召喚されて初めての貴族街、無理もない。
「あ、ああ、なかなか見所があるな」
「そうだろう? ここの建物は、魔導大戦前からある物が多い。大戦で人口は減ったが、戦火に巻き込まれなかった分、この国には古い建物が多く残っているのさ」
地球で言うと、ゴシック様式のようなものであろうか。石造りで、尖った塔が多数建っているのが特徴的だ。装飾過多に見えなくもない。
ただ、全体に古びているので、その一見多すぎる装飾もその主張を弱め、全体的にバランスが取れているとも言える。
仁がそう感想を述べるとラインハルトは感心して、
「うん、ジンはいいところを突くな。僕も同感だ。大戦後の建築は実用本位になって実に味気ないと言われている。それに比べると様式美とも言えるこの建築は……」
そこまでまくし立てたラインハルトは、エルザの睨むような視線に気が付いた。昨日の今日、ラインハルトは口を噤む。
「まずは仕立屋へ行くとするか」
ラインハルトはそう言って、御者に命じる。御者は巧みに馬車を操り、大通りから角を一つ曲がった仕立屋の前に着けた。
「さあジン、下りてくれ。レーコ嬢も」
「え? 俺は仕立屋に用はないんだが」
だがラインハルトはまあそう言わず、といって仁をその仕立屋に連れ込んだ。
「これはラインハルト様、ようこそおいで下さいました」
すぐに主人が出て来て挨拶した。
「ああ、1日遅れたが来たよ。出来てるか?」
「はい、出来ております。お召しになられるのはこちらの方ですか?」
主人は、ラインハルトの隣に立つ仁を見てそう言った。ラインハルトはそうだ、と頷く。
「それでは、こちらへいらして下さい」
仁を奥へと連れて行こうとする主人。
「お、おい、ラインハルト」
「まあいいから、付いていってみろよ」
そう言われて、仁はわけがわからないまま奥へ。
* * *
「おい……これ」
しばらくして出て来た仁は、見事な上着を着ていた。
元々、仁の服装は、黒いズボンに白いシャツ、ベージュ色のベストという、平均的な庶民の物だった。
まあ素材はいずれも 地底蜘蛛(グランドスパイダー) の糸で織られている時点で家一軒買えるくらいの価値があるので、どこが平均的かと突っ込まれそうではあるが。
それは置いておいて、今仁は、その平均的な庶民の服装の上に豪華な上着を着ていたのである。
「お父さま、良くお似合いです」
礼子が褒めたそれは、色はわずかに紫がかった濃いグレーで丈は膝の上くらいまであり、大きな襟がついている。飾りボタンは銀色。刺繍で『J』の飾り文字が胸部分に施されていた。
「僕からの贈り物さ。標準的な 魔法工作士(マギクラフトマン) が着ている上着だ。それを着ていれば、一応他の貴族の前に出ても失礼にはならない」
これからの旅、道中で役に立つだろう、と言う。
「もうすぐ春とは言え、北上するから寒くなるしね」
そう言ってラインハルトは締めくくった。そこまでいわれては、仁も素直に受け取るしかない。
「わかった。ありがとう、ラインハルト。でもよくサイズがわかったな」
そう口にしてから仁は、言わずもがなだと思った。ラインハルトも一流の 魔法工作士(マギクラフトマン) である。外見から服のサイズの見当を付ける位できるだろう。
「と、いうわけで、さあ、いよいよ本格的に街を見て回ろう!」
ラインハルトの先導で、馬車には乗らず、2つ隣の宝石商へ入る一行。
宝石商では、一般的ないわゆる宝石の他に、 魔結晶(マギクリスタル) を使った宝飾品も扱っているので、エルザも仁も楽しめるだろうとの配慮だった。
「へえ」
現代地球と違ってショーケースは無かったが、豪華に飾り付けられた棚には原石、 裸石(ルース) 、そして加工品が並べられていた。
デザインが苦手な仁は、気に入ったデザインを記憶に留めると共に、こっそり礼子にデザインを憶えていてくれ、と頼んでおくのも忘れない。
「ああ、この石はいい色だなあ、エルザの目の色そっくりじゃないか」
そんな中。並んでいる 裸石(ルース) の中にあった水色の石に目を留めた仁。少し離れた所で別の棚を見ていたエルザが振り向く。
親指大のその石は薄い水色で、角度によって深い青色を見せる。楕円形のいわゆるカボッションカットに成形されており、ペンダントヘッドにでも使えそうだ。
「どれどれ、ほう、これはいいな」
仁の肩越しにのぞき込んでそう呟いたラインハルトは、店主を呼ぶと、その石を買う旨を告げた。
「これはこれはお客様、お目が高い。この 水石(アクアマリン) は、かのレナード王国から輸入した物ですよ」
そう言いながら店主は 魔導式(マギフォーミュラ) の書かれた手袋をはめて、その石をつまみ上げた。
なるほど、と仁は胸中で納得する。ショーケースに入っていなくとも、結界で保護してあるので一般人は手を出せないことを知ったのだ。
結界に対応する 魔導式(マギフォーミュラ) を書き込んだ手袋かそれに類する物がないと、棚の上の石には触れられないわけである。
まあ、棚に施してある結界を圧倒できるような魔力があれば別。つまり、仁や礼子なら可能と言うことだ。そんなことはしないが。
代金は12万トール。即金で払ったラインハルトは、
「もうすぐエルザの誕生日だからな」
そう言って包装されたそれを大事そうに内ポケットにしまった。
次に訪れたのは魔導具店。
エルザが渋い顔をしないかと心配した仁だったが、さっき自分の誕生日が近い、といいながらラインハルトが買った 水石(アクアマリン) の効果か、何も言わなかった。
「ふんふん、なかなか凝った作りをしているな」
仁は明かりの魔導具を眺めていた。そしてふと、ブルーランドで出会った 魔法工作士(マギクラフトマン) の少女、ビーナのことを思い出していた。
「なんとなく 魔導式(マギフォーミュラ) の使い方に類似性があるな」
そう思いながら製作者を見ると『グラディア・ハンプトン』と書かれていた。
確か、ビーナが師事した 魔法工作士(マギクラフトマン) だったっけ、と思い、そばにいたラインハルトに、
「この 魔法工作士(マギクラフトマン) 知ってるか?」
と聞いてみたところ、
「『グラディア・ハンプトン』? ああ、そこそこの物は作るが、今一つ突き抜けた所のない 魔法工作士(マギクラフトマン) だな」
と、やや辛口の評価が返ってきた。
「それより、これを見てくれ。こいつをどう思う?」
ラインハルトが示したそれに仁は見覚えがあった。冷蔵庫である。
「…………」
どう答えるべきか仁が長考していると、ラインハルトが先に自分の意見を口にする。
「なかなかのアイデアだと思うよ。魔力源を 魔結晶(マギクリスタル) ではなく 魔石(マギストーン) で済ませているところなんか、大したものだと思う」
「まあ、な」
「なんだ? ジンらしくない煮え切らない返事だな? 見ろよ、多分この部分に氷を作って、中のものを冷やすんだろうな。で、1度氷を作ってしまえば、その氷が溶けてなくなるまでは動作しなくて済むんだ。なかなか考えているじゃないか。一つ買って帰りたいよ」
「あー、うん」
「本当にどうした? でもな、何で上に 魔導装置(マギデバイス) を設置したんだろうな? 下に設置した方が大型化したりしやすいのに」
「ああ、冷たい空気は重いから下へ沈むんだよ。だから冷却部は上にあるんだ」
咄嗟に仁がそう答えると、ラインハルトははっとした様な顔になって、
「ジン、もしかしたらこれ、君が?」
と尋ねてきたので、仁も誤魔化しきれずに、そうだ、と答えたのである。