作品タイトル不明
29-23 ハンナの成長
「他に、このカイナ村で農業や牧畜をして貰うのもいいな」
バロウとベーレに向かい、仁は先を続けた。
「もちろん、ショウロ皇国で何か店でも開くというなら全面的に協力するし、故郷に帰りたいというならそれもいいだろう」
今の仁なら、大抵の希望を聞いてやれる、と思っている。
「もちろん、今のまま執事と侍女を続けてくれるというのもありだ。まあ、すぐに決めなくてもいい。俺としてはこの村に住んでもらえると嬉しいけどな。強制はしないよ」
「はい、わかりました」
時刻は午後4時半といったところ。
夏の日の午後はまだまだ明るい。
バロウとベーレに、今度こそ休暇を出した仁は、ハンナとエルザを前に考え込んでいた。
「今夜の夕食はどうしようかな……」
「おにーちゃん、うちへおいでよ!」
「そうだな、そうするか」
ハンナの家の真向かいには仁の家があるうえ、エルザの実の母、ミーネはハンナの祖母、マーサと一緒に暮らしていた。
「うん」
母親に会えるというので、エルザもご機嫌である。
* * *
「ジン、七夕以来かねえ。世界会議とかいうのやったんだろう? どうだったんだい?」
午後6時半。
仁たちはマーサ宅で食卓を囲んでいた。
「ええ、おかげさまでうまくいきましたよ」
「そうかい。それはよかったね」
「あたしも行ってみたかったなあ……」
残念そうにハンナが呟いた。
「そうだな、次回はハンナも助手として連れて行ってもいいかな」
「ほんと?」
ハンナの知識を考えると、十分に助手はできるだろうし、何より得難い経験が得られるだろう。
それに、顔見知りのリースヒェン王女もきっとまたやって来るに違いない、と仁は考えていた。
「エルザもお役に立ったのですか?」
エルザの実の母、ミーネはエルザに問いかけた。
「……うーん、あまり」
だが、これを聞いた仁はすかさずフォローする。
「そんなことないさ。エルザは『コンロン3』でお客たちの引率を務めてくれたし、何よりいてくれることで俺が助かっているよ」
「……そう?」
仁からの言葉に、少し顔を赤らめるエルザ。そんな彼女を見て、マーサが一言。
「ジン、エルザちゃんとの式はいつ挙げるんだい?」
「え?」
「え」
「あんまり待たせたら可哀想だよ?」
村長夫妻、つまりギーベックとサリィは、仁たちよりも後から出会って、先に一緒になってしまった、というマーサ。
「で……でも、バーバラさん、とエリックさん、は」
真っ赤になったエルザの口から2人の名前が出た。
「ああ、そりゃあね、あの2人はまだ生活基盤ができていなかったからさね。あんたたちはもう十分じゃないかね?」
「あ、う」
口籠もるエルザとは裏腹に、仁は顔を赤くしながらもきっぱりと言った。
「来月、挙式をしようと思っています」
「え」
エルザが仁の顔を見る。
「エルザ、待たせてごめんよ。ミーネさんのいる前ではっきりしておきたいんだ」
いつもはミーネ、と呼び捨てにしていたが、今回はエルザの母としてミーネを扱う仁。
「お義母さん、とお呼びしないといけませんね」
「やめて下さいよ、ジン様。……でも、ありがとうございます。エルザを、よろしくお願いいたします」
「はい、もちろん」
「あ、あ、う」
自分そっちのけで話が進み、エルザは慌てている。だが、決して嫌がっているわけではなさそうだ。その証拠に、目元が笑っている。
その時であった。
「お父さま、ちょっと」
礼子が、仁の服の裾を引っ張った。
「うん? どうした、礼子?」
仁はそう尋ねながらも、礼子に従ってマーサ宅の外へと出た。
外に出、マーサに聞かれていないことを確認した礼子は、口を開いた。
「たった今、報告が入りました。旧レナード王国北部の海岸で、『 賢者(マグス) 』の手掛かりが見つかったそうです」
「何!?」
朗報であった、
『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』アドリアナとも深い関係があった『 賢者(マグス) 』。
礼子にとっては祖父ともいえる『 賢者(マグス) 』。彼の足跡を辿ることはまた、先代 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの足跡を辿ることにもなるのだ。
「そうか、このあとゆっくり聞かせて貰おう」
仁はそう告げて、マーサ宅へと戻った。
「おにーちゃん、どうしたの?」
「ジン、なにかあったのかい?」
ハンナとマーサが同時に仁に質問を投げ掛けた。
「ああ、いえ、礼子が、表に……」
「『バトラー』が来ている、とお父さまにお教えしたのです」
仁が言い訳を考えていたら、礼子がフォローしてくれた。
「そうかい。彼も村長の補佐で忙しいようだねえ」
ここでいう『バトラー』はバトラーAのことで、仁の代理である。仁がいない時は村長の補佐を務めているのだ。
因みに、二堂城に詰めているのはバトラーBとCである。Dはロイザートの『屋敷』勤務だ。
「今ね、村長さんのところは診療所も兼ねているから忙しいの。近々診療所を増築するんだって」
「ふうん、そうなのか。それは援助しないといけないな」
領主として、村民の福祉に関する事柄であるから、全面的にバックアップすることに決めた仁であった。
「それにしても……」
「ん?」
ハンナの喋り方から幼さが抜けていることに、仁は気が付いた。
『おにーちゃん』『おばあちゃん』と呼ぶ時は昔のままだが、それ以外の言葉が大人っぽい発音になっていたのだ。
七夕で帰って来た時はそれほどとは感じなかったのだが。
(いつの間にかハンナも成長しているんだなあ……)
しみじみと思う仁であった。
「おにーちゃん、今夜はどこに泊まるの?」
そんなハンナからの質問。
「そうだな、こっちの家で寝るよ」
ハンナの期待に満ちた顔を見ていると、二堂城で、とはとても言えない仁であった。
「わーい、それじゃもっとお話できるね!」
無邪気に喜ぶハンナと、仕方ないですね、という苦笑を浮かべるミーネ。そしてマーサはやれやれ、と溜め息をつき、エルザは少し肩を落としていた。