作品タイトル不明
29-20 帰る場所
「ふむ、『夢への挑戦』か、ジン殿らしいな」
『翡翠館』の大食堂に、新たな顔ぶれがやって来た。マキナと共に『シャーク10』に乗って大海原を疾駆していた面々だ。
先のセリフはセルロア国王セザールである。
「『崑崙君』によい仕事をしてもらうには、世界を平穏に保つ必要があるというわけですな」
これはフランツ国王ロターロ。
「あ、お、お帰りなさい」
仁は先の発言を聞かれたと知り、少し狼狽気味である。
「はは、ジン殿らしくていいじゃないか。我等軍人は夢なぞ見ることはできぬからな」
今度はエルザと一緒だった面々も戻ってきた。先のセリフはフリッツである。
「期せずして『崑崙君』の本音が聞けましたね」
「ええ、これは僥倖ですわね」
「……」
仁は心の中で頭を抱えた。
大勢……世界会議参加者のほとんど全員に本音を聞かれてしまったのだ。
だが、気にしているのは仁だけで、他の者たちは逆に深く感銘を受けていた。
こうまでストレートに、『何をしたいのか』を聞かされて、その純粋さが眩しかったのである。
政治の世界とは、多かれ少なかれ、いや、多くは、権謀と虚偽に彩られ、裏切りに怯え、己の地位を守ることに汲々とし、他者からの評価が気に掛かる、そんな世界である。
だからこそ、仁の本音は新鮮だったのだろう。
それに加えて仁という人物が、本当に魔法工学に傾倒しており、他のことなど考えてもいないであろうことがわかり、安心した者もいたと思われる。
何せ、仁が望むならば、今この場にいる首脳陣を瞬殺し、更には各国を滅ぼすことさえできるだろうからだ。
そんな力を持つ、仁という人物が、権力には微塵も興味がなく、あるのはただ純粋な魔法工学への情熱だけ、ということを知ることができて、心の底から安堵したのである。
蛇足として付け加えるなら、そうした効果を狙って、老君は人々が戻ってきたことを仁に知らせなかったのかもしれない。
* * *
「いや、振り返ってみればあっという間の3日間であった」
「充実していましたな」
「正直、あと10日間くらいここにいたいとさえ思いますよ」
「同感です」
しかしそれは、首脳陣には許されないことでもある。
7月13日朝、各国首脳陣帰国の日。
およそ50人の乗客を乗せて、『コンロン3』は空へと舞い上がった。
仁とエルザは、それぞれの心の中で、グロリアの恋の悩みが解決出来なかったことを気にしていた。
それでも『コンロン3』は空を翔る。
まずはエリアス王国の首都ボルジアへ。
ここでゴドファー侯爵、フィレンツィアーノ侯爵らが下船。
「『崑崙君』、楽しく有意義な日々を感謝します」
「世界会議は、素晴らしいものでした」
との言葉を貰い、仁は嬉しく思った。
次いでエゲレア王国の首都、アスントへ。
「ジン、父上の許可をもらうから、その時はきっと、魔法工学を教えてよね!」
との言葉を残し、アーネスト第3王子は、『コンロン3』を下りるや否や、専属護衛メイドのライラを引き連れて王宮まで一目散に駆け出して行ったのであった。
「……殿下……やれやれ……」
そんなアーネストの後ろ姿を見つめながら溜め息をついたボイド・ノイス・ガルエリ宰相は、仁に深々と一礼をした。
「『崑崙君』、今回の会議はいろいろと勉強になり申した。感謝致しますぞ」
仁も答礼する。
「ジン様、エルザ様、末永くお幸せに」
下船の際、耳元でそんな言葉を投げ掛けて去っていったのは 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) のリアンナとケイトだった。
3つ目の国はセルロア王国。
「ではジン殿、あの『モノレール』で行こうと思う。詳細を頼む」
「承りました、陛下」
「こちらも、運用のための方針を取り決めておくことにする」
国王セザールはそう言いおいて王城へと戻っていった。
その次はクライン王国。
「ジン殿、本当に貴殿は凄い。この世界の行く末を託す……とは言わぬが、マキナ殿と共に見守ってくれると有り難い」
そんな言葉を残して、アーサー王子は下船していった。
「ジン、また遊びに行ってもよいか?」
名残惜しそうなリースヒェン王女。
「ええ、近いうちに」
「そうか! 今度はティアを連れて行くからな!」
そしてグロリアはというと。
「ジン殿、エルザ殿、いろいろ心配掛けたが、忘れてくれ。私は私でなんとかやっていく!」
どう見ても空元気なのだが、何といって言葉を掛ければいいか、仁もエルザもわからなかった。それで、
「お元気で」
と声を掛けるに留まったのである。
そしてフランツ王国へ。
「ジン殿、いや、『崑崙君』、今回の会議は、新米国王には少々刺激が強かった。だが、それだけに学ぶことも多かった。いくら感謝してもしたりない」
国王ロターロはそういって仁の手を取った。
「我が国は、貴殿に心からの感謝を送る。また来てくれたまえ……できれば、エルザ媛と共に、母カトリーヌにも会ってやって欲しい」
ロターロの母、カトリーヌと仁たちは、かつて暴走した馬車から救った時からの知り合いである。
「そうですね。いずれ、折をみまして」
「うむ、いつでも歓迎する」
最後はショウロ皇国となる。
「ああ、楽しかったわ。ジン君、エルザ、どうもありがとう。40年と少し生きていて、こんなに楽しくて充実した日々は初めてよ」
名残惜しそうに下船していくショウロ皇国女皇帝ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ。
「陛下、こちらこそ、ご足労お掛けしまして」
そんな仁の言葉に、女皇帝は笑顔で答えた。
「エルザ、頑張れよ」
「……何を?」
何を、という目的語を抜かして掛けられた、兄からの言葉に、少し戸惑うエルザ。
「そりゃあいろいろ、さ。ジン殿の伴侶として、いろいろと大変だぞ」
「ん、わかってる。でも、それが、嬉しい」
「そうか。それなら、俺はお前を応援するだけだ」
「ありがとう、兄さま」
そして『コンロン3』は、ショウロ皇国の空に舞い上がり……。
ロイザートの『屋敷』、その屋上へと着陸したのである。
なんだかんだいってもう夕方。このまま蓬莱島へ帰れば夜中になってしまう。
それ以上に、かなりこちらの『屋敷』を空けてしまったため、留守を守っていたバロウとベーレを慰撫してやらねば、という思いもあったのだ。
「ジン様、エルザ様、お帰りなさいませ!」
「ご無事のご帰還、お祝い申し上げます」
着陸するや否や、2人が駆け寄ってくる。
「ただいま」
「留守番、ご苦労様」
ここも 正(まさ) しく2人の帰る場所であった。