作品タイトル不明
29-19 夢への挑戦
「ほう……」
「これは、興味深い」
「これはすごいや!」
既にラインハルトやエルザ、ビーナたちが来た時に行った擬装で十分なのだが、地下室の 転移門(ワープゲート) だけは見せるわけにいかないので、事前に封印してあった。
そんなダミー研究所である『館』を今、数名の男女が興味津々で見て回っている。
食堂、工房、居間。
特に工房は客たちの注目の的であった。
その筆頭はエゲレア王国第3王子のアーネスト。彼の婚約者であるクライン王国の第3王女リースヒェンは、意外なことにアンにべったりくっついている。
いや、意外ではないのかもしれない。乳母であったティアと同型……正確にはロットが異なり、実際に姉妹機であるのはレファなのであるが……なアンが気になるのであろう。
「こんなところで魔法工学を勉強できたらなあ」
無邪気にそんな呟きを漏らすアーネスト。
「アーネスト殿は、ゴーレムがお好きでしたね」
そんな彼に話しかけたのはショウロ皇国女皇帝であった。
「あ、陛下。はい、ゴーレムや 自動人形(オートマタ) は大好きです!」
「ふふ、そんなところはジン殿と相通じるものがありそうですね」
女皇帝はそう言って柔らかな笑みを浮かべた。
「ねえジン、僕に工学魔法を教えてくれないかな?」
唐突に、アーネストはそんなことを言いだした。
「え?」
「1週間でもいいから、ジンに教えてもらいたいんだよ……」
「……」
とはいうものの、アーネストは王族であるし、今ここで仁が承諾するわけにもいかない。
「アーネスト殿、ジン殿が困っていますよ? そういうことはまず、お父上に了解を取ってからお願いするのがよろしいでしょう」
またも女皇帝がフォローしてくれた。
「……うん……はい、そうですね。わかりました」
アーネストはおとなしく引き下がった。
「ジン、父上にお許しをもらえたら、教えてよね!」
「あ、はい」
そうまで言われては、仁も頷くしかなかった。
* * *
『シャーク11』と『シャーク12』が倒した 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) を引きずるその横を、客たちを乗せた『シャーク10』が並走していた。
「しかし、こうしてみると壮観ですな」
「マキナ殿、 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) はどんな素材になるのです?」
「そうですね、骨は丈夫なので剣や大型ナイフの柄になります。牙は更に丈夫ですので同様に使われます。肉は臭くてまずいので誰も食べません。焼却することになりますね」
マキナが説明すると、皆興味深そうに耳を傾ける。
「皮は弾力があって丈夫なので、革鎧や剣の鞘、珍しいところではエリアス王国のポトロックで『ベルト』という船の部品になっています」
「おお、マルシアの工房で作られている水車船ですな」
同乗していたエリアス王国のゴドファー宰相が我が意を得たりとばかりに発言した。マキナも話を合わせる。
「ああ、そうでしたね。ジンが部品加工して卸しているそうです」
「おお、そうなのか」
そこまで詳細な情報は知らなかったようだ。宰相の立場では無理もない。
「素材としては中の上といったところですね。日常的な用途なら十分すぎるレベルです」
マキナがそう言うと、ゴドファー宰相がいささか呆れた顔で言う。
「いや、この 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) を中の上などというのは君らくらいだよ」
「まったくだな」
セザール王も同意を示した。
「そんな貴公らとはずっと仲良くしていきたいね」
そう言ったのはアーサー王子である。
「ええ、私も争いごとは嫌いです。世界が平穏で、好きな魔法工学の研究ができればそれで満足なのです」
「おや、ジン殿と同じ意見ですか」
フランツ国王、ロターロが興味深そうに言った。
「ええ。私やジンのような技術屋は、世界を支配するというような欲望はまったく理解できませんので」
「なるほどな。人それぞれ、というわけか」
アーサー王子が感心したような顔で頷いた。
『シャーク10』は時速30キロほどで海上を快走していく。
その窓から外を見ながらアーサー王子は、
「そんな世界を見られる貴公らが少し……うらやましい」
と、独り言のように呟いたのであった。
* * *
大空を飛び回る『コンロン3』は、ゆっくりと高度を下げ、海上を行く『シャーク10』の真上を掠めた。
「陸、海、空。『崑崙君』の技術は底なしね」
フィレンツィアーノ侯爵がしみじみとした声音で呟いた。
「閣下、それもこれも、根っこは一つ、です」
エルザがそんな侯爵に向かって言う。
「一つ?」
「はい。それは、『夢の実現』という短い言葉に集約、されます」
「夢、か」
「夢、ね」
「夢……」
大地を風よりも速く駆け回りたいという夢。
大海原を自由に行き来してみたいという夢。
大空を思うがままに飛んでみたいと言う夢。
「まだ道半ば、ですが」
「半ば、ね……」
その言葉を聞いた者たちは溜め息をついた。
今の仁を以てして半ばなのか、と。
「満足してしまえば、進歩はそれで止まる、といっています。また、最高の作品はいつでも『ネクスト・ワン』だ、とも」
「それが『崑崙君』、なのね」
フィレンツィアーノ侯爵は目を閉じ、静かな声で言った。
* * *
「俺はいつでも挑戦者でいたい、と思っています」
『翡翠館』の大食堂で寛ぎながら、仁は女皇帝やアーネスト王子、リースヒェン王女らに語っていた。
自分、という一人称を使う事も忘れ、仁はそう呟きを漏らした。
「頂点に立った、と思った瞬間に、後退が始まります。ゆえに、永遠の挑戦者であり続けたい。それが今の目標です」
「なるほど、それがジンの心構えなのじゃな」
「ジン君らしいわ」
女皇帝のふわっとした微笑みが仁の心を解きほぐす。
「普段は、こんな話はエルザとくらいしかしないんですけどね」
だからこんな余計なセリフも口を付いて出てくる。
けれども、それが心地よい仁であった。