作品タイトル不明
29-15 朝食会
翌日12日は予備日である。
出席者たちは誰一人として帰ると言い出さなかった。
この俗世から離れた崑崙島で、せめて1日でものんびりと過ごしたかったのであろう。
元々日程としては、予備日を含め3日を予定していたので各国共問題はない。
「ほほう、今朝は粥ですか」
「いや、これは大麦ではない……?」
大食堂で出された献立に、各国の重鎮たちは興味津々である。
もっとも、わかっている人はわかっている。
「これはショウロ皇国産の『お米』で作ったお粥です」
仁が説明すると、感心した様な声が上がる。
「ほほう……これが」
「なるほど、麦よりも若干とろみが強いようですな」
「そのままでは味が薄いので、お好みで使って下さい」
そう言いながら、一連の食材を指し示す仁。
「基本は塩ですね。海塩と岩塩がありますので、試してみてください」
その海塩にも、普通に蒸留してできた塩と、藻塩……海水を含ませた海藻を燃やしてできた灰を水に溶き、その上澄みから作った塩で、海藻の旨味成分やミネラル分が含まれている……がある。
「ほほう、この茶色い塩はそれ自体が美味い!」
藻塩の美味さを確認した者はその味わい深さに驚いている。
「それからこちらはクライン王国の山地に多いプルメの実を塩に漬け、干して作った『ウメボシ』といいます。少量でも酸味と塩味があるのでよい付け合わせになります。もっとも、好き嫌いが分かれると思いますが」
「……うむ、酸っぱいが、お粥を合わせると味わい深いぞ」
フランツ王国のロターロ国王は気にいったようだ。仁は更に紹介を続ける。
「それからこちら。海で採れた小魚や小エビ、貝などを『醤油』などで煮た、『佃煮』というものです」
「ほう! これはいい。塩とはまた違った味わいのある塩辛さだ」
セルロア王国のセザール王は小エビの佃煮が気にいったようだった。
「それからこちらはトポポ(ジャガイモ)で作った煮物です」
仁が示したのは『肉じゃが』である。
「あらまあ、こういう食べ方もあったのね!」
真っ先に、文字どおり食い付いたのはフィレンツィアーノ侯爵であった。『芋侯爵』の二つ名は伊達ではない。
「味付けには先程の『醤油』を使っております。これはショウロ皇国で手に入るはずです」
ミツホとの交易により、出来のいい醤油が輸入されてくるはずである。
同じような煮物として、イトポ(サツマイモ)の煮物がある。
こちらは醤油も使っているが、それは少量で、むしろ砂糖を多めにして甘く煮た物だ。
「野菜の煮物は胃に優しいので朝のおかずにもいいと思います」
「あら、イトポにこんな食べ方があったのね! 醤油を少し使うと味わい深くなるわ!」
ショウロ皇国女皇帝も気に入ってくれたようである。
「そしてミソスープ……味噌汁です。今回はトポポとマルネギ(タマネギ)にしてみました」
「おお。これはまた美味い!」
その他、シトランやアプルル、エアベール(苺)などのデザートが並ぶ。
「このエアベール、ですか、美味いですな。ショウロ皇国産の方が大粒なようだ」
そう言ったのはクライン王国のパウエル宰相。
クライン王国にあるイチゴは、山地で採れる野苺……ワイリーとその近縁種だけなのだ。
朝食はおしなべて好評のようで、仁としてはほっとしたのであった。
「今回は、ショウロ皇国産の食材が多かったと思いますが、それは自分の婚約者であるエルザの母国ですので、御了承願います。代わりに、昼食はまた変わったものをお出しする予定ですので」
「なるほどなるほど、それでは昼にも期待させていただきましょう」
「将来の奥方に敬意を表したというわけですな、いや、初々しくて羨ましい」
等、好意的な反応が返ってきて、エルザが少し頬を染める一幕も。
締めはほうじ茶である。それも焙じ立てのものなので香りが良い。
「これはまた美味しい」
「こうした食文化だけでも、交流する価値はありますな」
今回仁が意図したところをおおよそ酌んでもらえたようで、仁としても嬉しい。
更に仁は、昨夜ロルから言われた注意を思い起こした。
「この辺で、当方の料理について少々説明させていただきたいと思います」
まずそう口火を切った仁は、ペリドリーダーを呼び寄せた。
「今回の料理、その全てを取り仕切ってくれたのはこのペリドリーダーです」
そして仁が肩を軽く叩くと、ペリドリーダーはゆっくりとしたカーテシーを行った。
「私どもの料理をお気に召していただけましたようで、誠に光栄に存じます」
そして仁が後を引き継ぐ。
「彼女等がいつも美味しい料理を作ってくれるその背景には、毎日のたゆまぬ試行錯誤があります」
列席者は、仁が何を言い出すのかと、聞き耳を立てている。
「彼女等の強みは、人間にはできない正確さです。水を何リッター、塩を何グラム、という最適値がわかれば、何度でもそれを繰り返すことができるのです」
おお、とか、なるほど、という声が漏れた。
「『ばらつき』というものが最小限で抑えられる。それが彼女等の強みであります」
先の説明と会わせて、何十回、何百回でも彼女等は 倦(う) まず繰り返し、最適解を求め続けることができるのだということを理解したようだ。
「加えて、王宮調理人の方々は、レシピ……作り方の手順や秘訣を秘匿される方が多いとか。それ自体は悪いことではありませんが、伝授の仕方が見て盗め、とか、口伝だけ、というのはいただけない」
きちんと決めた分量比を伝えていくべきだ、と仁は説いた。
「これは、我々技術者にもいえることなのです。より発展することを望むなら、秘匿するのではなく、門戸を開放する必要があるのではないかともこの頃考えているのですよ」
その発言に被せるように、女皇帝が口を挟んだ。
「……もちろん、世界平和、が前提で、ですね、崑崙君?」
「はい」
料理はともかく、魔法工学や科学技術は世界を大きく変える。それを野放しにするわけにはいかない。
「そういった教育問題も、次の世界会議で話し合いたいですわね」
女皇帝が締めてくれて、この話題はこれきり、となった。
というのも、急報がもたらされたのである。
《緊急連絡。北方より、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』5体が接近中。崑崙島西方10キロ地点を通過する模様》
太白からの連絡である。仁のみならず、来客全員に聞こえるように、館内放送という形で行われた。
「 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) だと!」
「この島には来ないようですが」
「だが、そのコースだとエリアス王国に向かうのでは!?」
凶魔海蛇(デス・シーサーペント) は、仁たちもかつてエリアス王国南端のポトロックで遭遇している。
肉食で凶暴。時には海岸沿いの村を襲ったりもする。その生存圏……北の海から出てきてしまえば、人類とぶつかる。共存は不可能だ。
「ご安心を。自分の配下が出ます」
仁が宣言した。
そのくらいの脅威を撃退できないようでは、信用が落ちると思ったのだ。
「海を守る部隊がいます。ごらんになりたい方は飛行船で上空からごらんになれますが、いかがされますか?」
これには、首脳陣全員が乗船を希望する。その他にもグロリア、フリッツ、フローラ、アーネスト第3王子、リースヒェン第3王女らも。
「では、行きます」
今回も操縦士はエドガー。仁、エルザ、礼子、ソレイユ、ルーナ、アンが共に乗船する。
一気に『コンロン3』は高度を取る。
およそ200メートルの上空から、人々は海上を見下ろすことになる。
そこでは、正に 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) との戦闘が開始されようとしていた。