軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29-13 好き嫌い

「それで、原因は何だったんですか?」

一応、集まりの主催者として、仁は『翡翠館』の一室で事情を聞いていた。

来てもらったのはグロリアとフリッツ。エルザと礼子も同席している。

「俺は止めに入っただけだ。来た時にはもうケンカが始まりそうだったからな」

と、フリッツ。

そしてグロリアは。

「……元はといえば、私が悪いのだろう」

などと言い出した。

「フランツ王国ではよい剣を使っていると聞いたのでな。見せてもらおうと思って声を掛けただけなのだが……」

言い淀むグロリア。

「それに対して因縁をつけられた、と?」

想像で仁が尋ねると、無言のままグロリアは頷いた。

「そうか。……グロリア殿、軍人の中には、装備品を理由なく他人、それも他国の人間に見せたがらないものも多い。気を付けた方がいいぞ」

フリッツが忠告する。グロリアは再び頷いた。

「……わかっている。だが、ここの雰囲気に当てられた、というのか、なんだか彼等とは旧知の仲のような気になってしまってな……」

「まあ、わからんでもないが」

世界会議の場、とはそういうものなのだろう。

「あとは下の者……いや、きっと、国民感情も、なんだろうな」

仁が少し暗い顔で呟いた。

「……かも」

エルザも同意する。

「それは仕方ない面もあるな。我がクライン王国とフランツ王国は長年いがみ合ってきた。小競り合いとはいえ、それでも戦死者は出る。それが100年以上だ」

家族、同僚の怒りは、当然相手国に向かう。そういった恨みが消えるのは、戦争がなくなってから数十年は掛かるだろう。

仁は、召喚される前に暮らしていた日本でも、未だにかつての戦争のことを持ち出す国がすぐそばにあったことを思い出した。

人の恨みというのは根強いものがあるのだ。

「さて、それじゃあ俺たちはもう行ってもいいかな?」

フリッツが腰を浮かし掛ける。そこへエルザが声を掛けた。

「あ、兄さま、どうせなら一緒に夕食、食べない? グロリアさんも、よかったら、ご一緒に」

* * *

エルザの一言で、夕食は仁、エルザ、フリッツ、グロリアの4人で摂ることになった。

今夕の食事は希望に応じて各部屋へ届けられることになっているので、2人が自室にいなくとも違和感はないはずだ。

「……これは?」

各人、各部屋では好きな料理を頼んでいるはずなのだが、この場には、4人とも仁が用意した献立が並んでいる。

「……少し不気味なんだが……」

並んでいたのは『寿司』である。

寿司ネタは『玉子』『かっぱ巻き』『かんぴょう巻き』『車海老』『甘海老』『マグロの中トロ』『マグロの赤身』『ヤリイカ』『ヒラメ』など。

もちろんネタの名前は、玉子以外『……に近いもの』などという注釈が付くが、十分に美味しい。

それらを醤油に付けて食べる、もちろん緑茶付き。

世界会議直前に開発された『寿司』であり、仁ファミリー以外で口にするのは彼等が初めてである。

参加者全員に出してみたかったが、好き嫌いの問題があるので、今回は見送ったのである。

代わりに、顔見知りのこの2人が実験台というわけだ。

「兄さま、こうして、食べる」

エルザは、寿司を手で摘んで醤油をつけ、一口に食べてみせる。

「ほう、面白い食べ方だな?」

「だが、素手で、というのが少々行儀が悪いようだが?」

フリッツは面白がり、グロリアは少し眉を 顰(ひそ) めた。

それに対して仁は、

「これは『寿司』といいます。手で摘むのは、持った感触も味わうための感覚に加えるためですよ」

箸やスプーン、フォークなどでは感じ取れない『触覚』のためだ、と説明する仁。もちろん持論である。

「面白い考え方なのだな」

「うむ、これは美味い!」

グロリアと仁が問答しているうちに、フリッツは寿司をいくつも口にしていた。

「兄さま、この味、気に入った?」

「うむ、美味いな!」

フリッツの反応及び食べたネタを見ると、好き嫌いはなく、魚もイカも海老もその他も味を楽しんでいるようだ。

一方、グロリアはというと、フリッツの食べっぷりを目にして、おずおずと寿司を口に運んでいた。ネタは玉子である。

「……!」

一口に食べた後、驚いたような顔をしたグロリアは、大急ぎで咀嚼し、飲み込んだ。

「ジン殿! これは美味しい! ほどよい酸っぱさの中にもほんのりとした甘味が感じられる! 米にこのような食べ方があったとは!」

意外なことに、かつてフリッツと共にセルロア王国まで旅をしたその道中で、グロリアは米を味わったことがあったようだ。

「お気に召してよかった」

と仁が言えば、フリッツは既に粗方食べ終わっていた。

「兄さま、おかわり、いる?」

「おう、この白い魚が美味かったな。それに黄色い甘いやつ」

ヒラメと玉子焼きが気にいったようである。

「うむ、魚を生で食べるというのは大丈夫なのか?」

グロリアは、自国の国王が寄生虫……ジストマもどきに寄生されていたことを聞いて知っているので無理からぬことではある。

「その点は大丈夫。魔法で処理してあるから」

仁としては念のためにそうした異生物の検査を魔法的に、そしてゴーレムメイドによる目視検査を全数行ってから出していた。

仁もグロリアの目の前で、トロもどきやヒラメもどきを食べてみせる。

「……わかった」

あまり食が進まないグロリアを見て、熱処理したネタを使った方が受けがいいかも、と考える仁であった。

そもそもクライン王国には海がないので、あまり生で魚を食べる習慣がないのだ。クライン国王アロイス3世が変わっているのである。

その点、ショウロ皇国には海があるし、エルザやフリッツの実家、それに首都の近くにはトスモ湖という湖があるため、魚を食べる習慣があったので受け入れられやすかったのである。

(そうか、ファミリーにはクライン王国の人っていなかったっけ)

などと仁は考えながら、のろのろと寿司を食べるグロリアを見つめていたのであった。

「そういえばグロリア殿は髪を伸ばしているのだな。綺麗な髪をしているのだから、そっちの方が似合うぞ」

「んぐっ」

フリッツが発した突然の質問に、グロリアは驚き、寿司を喉に詰まらせたようだ。

「お茶をどうぞ」

十分冷めたお茶を指し示す仁。グロリアは慌ててそれを飲んだ。

「……ふう」

「大丈夫か、グロリア殿? 何をそんなに慌てている?」

貴殿がいきなり髪のことを褒めるからだ、とはいえないグロリアは、咽せたせいで若干涙目になりながらフリッツを睨んだ。

「な、なんでもない。大丈夫だ」

と言うに留めたグロリアであった。

その様子を見ていた仁は自分のことを棚に上げ、密かに溜め息をついたのである。

* * *

夕食後、一息ついてから仁は風呂へ向かった。

個室風呂ではなく、大浴場である。

これまでの報告によれば、誰も使っていなかったのだ。皆、各部屋に設けた個室風呂を使っていたようである。

仁の後からは、お腹をさすりながらフリッツが歩いて来ている。そしてエルザとグロリアが。

もちろん男女別なので、脱衣所で別れることになる。

「フリッツさん、そういえば今日は警護の方は?」

「ああ、陛下から直々に夜は自由にしてよいと言われてな。ここ数日で、ここがいかに安全かわかったし、それに……」

「それに?」

「……エルザが匿われていた島だと聞いて、な」

そう言ったフリッツは少し恥ずかしそうであった。かつて、エルザに辛く当たったことを思い出したのだろう。

それを聞いた仁は、今のフリッツなら、エルザが慕ったわけだ、と納得がいったのである。