作品タイトル不明
29-12 揉め事と仲裁
それからも、2、3の、これは軽い質問に答えた仁。
リースヒェン王女は、その間、レファといろいろ話をしていたようだ。
「そうですか、王女殿下の下には、わたくしの姉妹がいるのですね」
「うむ、ティアという。 妾(わらわ) が小さい時にはいろいろと世話になったのじゃ。その後、ひどく調子が悪くなって動かなくなってしまっておったのじゃが、ある日ジンが来て直してくれたのじゃ!」
「そうでしたか」
レファはその話は仁から聞いて知っているが、リースヒェンが嬉しそうに話すので、初めて聞いた風を装い、聞き役に徹していた。
そうこうするうちに、アーネストの方も質問を終える。
「ええと、そのくらいでいいかな? また何かあったら答えるから」
「うん、ありがとう、ジン。疑問が解けてよかったよ。……リース、ほっといて悪かったね」
最後にリースヒェン王女への気づかいを口にできる程度には、アーネスト王子も付き合い慣れてきたようだ。
「いえ、ネスト様、 妾(わらわ) も楽しゅうございました」
リースヒェンもそう答え、去っていくレファを、小さく手を振って見送った。
「さて……」
と、仁が何か言い出そうとした時、庭園の方が何やら騒がしくなった。
「何じゃ?」
「何だろ?」
アーネストとリースは顔を上げてそちらを見た。
「……あれ? 1人はライラじゃないかな?」
使用人と護衛兵たちが何か騒いでいるようだ。その中の1人は、間違いなくアーネスト付きの侍女、ライラ・ソリュースであった。
「ちょっと見てくる」
世界会議のホストとして、揉め事を放っておくことはできないと、仁は立ち上がった。礼子もそれに続く。
「僕も行ってみるよ」
ライラの主人として、アーネストは立ち上がる。
「それでは 妾(わらわ) も」
当然、リースヒェンも立ち上がった。
仁たちがその場に行ってみると、やはり 諍(いさか) いであった。
聞こえてくる罵声から察するに、すれ違う時に肩が触れたとか、目が合ったとか、そういう理由らしい。
「君たち、止めた方がいいよ」
「で、殿下!」
現場に着いたアーネストからの一声に、ライラが振り返った。
「ライラ、どうしたの?」
「はい、あの、いえ……」
「殿下、こ奴らが我等にいちゃもんを付けてきたのです」
そう答えたのはブルーノ・タレス・ブライト近衛騎士隊副長。ゴーレム 園遊会(パーティー) の際、王族を守って奮戦した騎士である。
「何を言う。我等の行く手を塞いだのは貴様等ではないか」
言い返したのは、名前は覚えていないが、服装から見るにセルロア王国の兵士である。
エゲレア王国とセルロア王国は長年いがみ合ってきた間柄である。
指導者たちが和解をしても、下の者たちがわかり合うにはまだ時間が掛かるようだ。
「この場で揉め事を起こすなぞ愚の骨頂。そなたたちの主人の顔に泥を塗るだけじゃぞ」
揉め事に割って入ったのはリースヒェン王女であった。一応この場の諍いにおいては第3国となる。
そんなリースヒェン王女の叱責に、まだ不満は残るものの、双方引き上げることにしたようであった。
「ありがとう、リース。助かったよ」
第3国としての立場にいるリースヒェン王女からの言葉だったので、双方引いたことを理解しているアーネストは礼を言った。
「いえ、殿下、何ほどのこともございませぬ」
既に内助の功を発揮しつつあるリースヒェンであった。
「殿下、お騒がせして申し訳もございません」
アーネスト第3王子に、ブルーノとライラが頭を下げた。
「それは……あまりよくないけど、まあいいや。で、結局何が原因だったの?」
「はい……」
ライラによれば、五常園の端で、遠くからアーネストたちを見守っていようと思い、庭園の端に向かおうとしたところで、セルロア王国の一団と出会ってしまったという。
その際、向こうは3人、こちらは2人。道は2人がすれ違える程度の小径。どいてくれるのを期待して立ち止まっていたら、向こうが邪魔だ、と言ってきたという。
「困ったもんだね」
「……済みません」
アーネストの言葉を叱責だと思ったのか、ライラがその小柄な身体を一層縮こまらせた。
「いや、ライラのことじゃないよ。国同士の諍いって、根が深いなあと思うよ、まったく」
「ネスト様、お顔が老けますぞ」
「あはは、リースもきついなあ」
そんな仲睦まじい2人の様子に、落ち込んでいたライラも思わず笑みを浮かべた。
そんな時、礼子が仁にそっと囁いた。
「お父さま、翡翠館の方でも何か揉め事があったようです」
「……行ってみるか」
今度は仁と礼子だけで向かう。
そもそも、この時刻、翡翠館にはエルザがいるはずだし、護衛のランド隊も大勢いる。
とはいえ、流血沙汰にでもならない限り、ゴーレムたちはお客たちの揉め事には不干渉という指示が出されている。
仁に迷惑が掛からない限りは、基本的に自分たちで何とかしてくれというスタンスだ。
そんなことを考えながら、林を抜けた仁は翡翠館前の庭にやって来た。
そこには、フランツ王国の護衛と、クライン王国の護衛が。
(ああ、この国もつい最近まで仲が悪かったんだっけな……)
仁は心の中で溜め息をつきながら、更に歩を進めた。
「……ん?」
確かに人が集まってはいるが、様子が少しおかしい。というか、諍いが起きている様子がない。
「あれは……フリッツさん、か」
クライン王国とフランツ王国の護衛たちに混じって、ショウロ皇国の軍人であるフリッツの姿が見えた。
そしてその隣には見覚えのある明るい茶色の髪をした女性。
「グロリアさんか?」
事情がよくはわからないが、先程の諍いから推測するに、こちらでも護衛同士が何か揉め事を起こし、その中心はグロリアだったのだろう。そこへフリッツが仲裁に入ったのだ、と仁は推測した。
そしてそれは当たらずといえども遠からずだったようだ。
既に話はついたらしく、舌打ちをするものもいたものの、お互い詫びを言って立ち去って行ったのだから。
「フリッツ殿、何だ、その、済まない」
グロリアがフリッツに詫びた。
「なに、気にするな。我が妹の婚約者殿が主催するこの集まりで無粋な揉め事など起こされたくないからな」
「そ、そうか」
その素っ気ない返答に、少し鼻白むグロリア。だが。
「うん? フリッツ殿、頬に血が 滲(にじ) んでいるぞ?」
先程の 諍(いさか) いで、誰かの拳が掠めでもしたのであろうか。
少し心配そうなグロリアに、フリッツは軽く返答する。
「なに、痛くも何ともない。こんな傷、舐めときゃ治る」
「……貴殿は自分の頬を舐めるのか?」
「何?」
「……ぷっ」
仁の耳に、誰かが吹き出す声が聞こえた。見ればエルザである。
「兄さま、それはちょっと無理だと、思う。……『 手当(ベハンデルン) 』」
「お、済まんな」
エルザの治癒魔法によって、フリッツの傷が瞬く間に癒えた。
「ん、……揉め事を収めてくれて、ありがとう」
「はっ、気にするな」
そう言ってエルザの頭を撫でるフリッツ。エルザはわざとらしく膨れてみせる。
「もう。……子供扱い、しないで」
「はは、済まん済まん」
傍でその様子を見ていた仁は、もう2人の間にはわだかまりが完全になくなったことを悟ったのである。