作品タイトル不明
29-07 一日目終了
時刻は崑崙島時間で午後5時。
「そろそろ本日の会議は終了といたしましょう」
司会のデウス・エクス・マキナが宣言し、出席者たちはほぅ、と小さく溜め息をついた。
「いや、有意義な時間でした」
「また明日、ですな」
「まったくもって、このような時間が持てるとは、『崑崙君』に感謝ですよ」
ゆっくりと立ち上がる人たち。
ぞろぞろと会議室を出て行くが、立ち止まっている者が2人。
「マキナ殿、その節はお世話になった」
ショウロ皇国中佐、フリッツと、
「ここでお会いできるとは思わなかった」
クライン王国近衛女性騎士、グロリアであった。
2人とも、過去に危ないところをマキナに救われているので、この機会に改めて礼がいいたかったようだ。
「ジン殿と師が同じとはな。まあ、頷けるところではある」
フリッツはそういうと、
「まだまだゆっくり話をしていたいが、護衛の任務があるのでな。これで失礼する」
と一礼し、女皇帝たちの後を追った。
「マキナ殿、私も同じだ。貴殿がいてくれたから、今私がここにいる。では、また後ほど」
グロリアもクライン王国一行の後を追った。
(律儀な人たちですね)
とは、操っている老君の感想である。
* * *
夏の夕方、空はまだ明るい。
『館』の方でお湯を浴び、さっぱりした仁は、夕涼みがてら、『五常閣』に来ていた。
縁側に座り、庭を眺める。隣には、まだ洗い髪が乾いていないエルザ、そして礼子とエドガー。
招待客は、全員が『翡翠館』に宿泊しており、こちらは静かそのもの。
「ジン兄、お疲れ様」
エルザがぽつりと呟くように、労いの言葉を口にした。
「ああ、ありがとう。エルザもご苦労さん」
準備を整えておいたおかげで、モノレールと圧力鍋、 魔力素(マナ) スタンドに関してはおおよそ思ったとおりの流れになってくれた。
加えて、公衆衛生だ。
こちらは実感しづらいだけに、受け入れられるかどうか半々と思っていた。
だが、一定の理解は得られたと思う。
「シュウキ・ツェツィは苦労しただろうな」
彼の過去を知れば知るほど、苦難の連続だったのではないかと思われる。
「……ん、でも、そんな中にも幸せは感じていた、と思う」
最愛の妻、アドリアナとの出会い。そして全てを託せる愛娘アドリアナの成長。
「後を託せる者がいる、というのはやはり幸せなんだろうな」
「そう、思う」
先代は、どういう経緯の末かはわからないが、結果的に孤独となってしまっていた。
「ジン兄には、私がいる。みんながいる。だから、大丈夫」
肩と肩を触れさせながら、エルザが囁いた。
「お父さま、『お祖父様』だって、何年もかかって知識を広めました。焦ることはないと思います」
「うん。……え? 『お祖父様』?」
「はい、『 賢者(マグス) 』、シュウキ・ツェツィ様はお母さまのお父さま。ですからわたくしの『お祖父様』ですよね」
「ああ、そうか。確かにな」
礼子にしてみれば確かにそういうことになるだろう、と仁は納得した。
そこへ、女将であるレファから声が掛かった。
「ご主人様、お客様がお見えです」
「お客?」
庭を見ると、クライン王国の女性近衛騎士、グロリアが立っていた。
「休憩中のところ、失礼する」
軽く頭を下げるグロリア。
「護衛の方はいいんですか?」
と仁が問えば、グロリアは頷いた。
「うむ、今は殿下方も部屋で寛いでいらっしゃるのでな。許可をもらってこちらへ来た」
そしてエルザに向き直り、
「エルザ殿、ご無沙汰している、傷を治して下さったこと、いつも感謝しています」
と頭を下げた。
久しぶりなせいか、固い挨拶に仁は苦笑する。
「グロリアさん、知らない仲じゃなし、公式の場でもないんだから、もう少し砕けた調子でいきましょうよ」
仁が苦笑しつつ声を掛ける。
「今回の主催者である『崑崙君』にそう言ってもらえると光栄だな」
それを境に、ふ、と、雰囲気が柔らかくなった。
「あれ? グロリアさん、髪、伸ばしてます?」
「ん? あ、ああ。この冬からずっと、な」
1月の大怪我以来、伸ばしているという。
確かに、ベリーショートだった髪が、毛先を整えるくらいはしているのだろうが、ショートボブくらいまで伸びていた。
「ジン兄、気付くの、遅すぎ」
「え?」
「『コンロン3』に乗る時、気が付いた」
「そ、そうなのか」
エルザに言われ、仁は少し狼狽気味。そこへグロリアが、
「……まあ、ジン殿はエルザ殿以外の女は眼中にないということだろう。婚約者としては喜ぶべきところではないのかな?」
などと言ったものだから、エルザまで顔を赤らめた。
「……と、いう話をしに来たのではないのだ」
「でしょうね」
仁は、グロリアのことだから、また剣の話ではないかと、顔を見た瞬間に思っていたのだが、それを口に出すことまではしない。
「……で、だな。実は、エルザ殿に話があるのだ」
「……私、ですか?」
グロリアはわずかに頬を染めて頷いた。
「そ、その、ショウロ皇国のフリッツ殿のことなのだが。彼は、エルザ殿の兄君なのだろう?」
「はい」
「……その、だな。……フリッツ殿は、国元に、そ、その、なんだ、こ、こん、婚約者、という方がいたりするのだろうか?」
「いないと、思います」
即答である。
「……まさか、その、だ、だん、男色、ということもないのだろう?」
「……もちろんです」
エルザにも、もちろん横で聞いている仁にも、グロリアがどんな思いでここに来たのか、察しがついてきた。
「グロリアさん、兄さまのこと……?」
と、聞いてみると、グロリアの顔が真っ赤になった。
「そ! そんなことは……い、いや、そう……なのだ……」
そして項垂れる。
「今年の冬に共に旧レナード王国で行動し、次いでセルロア王国まで……その時はこの気持ちが何なのか自分でもわからなかったのだが……今回、再会してみてやっとわかったのだ……」
「そうでしたか」
仁は、こんなグロリアを見るのは初めてであった。
「……それで、グロリアさんはこれからフリッツさんに告白するわけですか?」
だが、仁の言葉を聞いたグロリアは全力で首を横に振った。
「そ、そんなこと、できるわけないだろう!!」
「……やっぱり、立場の問題ですか?」
「いや、それ以前に私はもう24だしな」
「はい?」
仁としては本気でわけがわからない。
「……フリッツ殿にはもっと相応しい娘が似合いなのではないかと……」
「エルザ、フリッツさんって今年幾つだっけ?」
「26、のはず」
「ならまったく問題ないじゃないですか」
「そ、そうだろうか……」
仁とエルザは、グロリアの顔を見ながら悩むのであった。
「と、とにかく、聞いてもらえて心が軽くなった。それでは、また!」
「あ……」
仁たちに打ち明けたことで気がすんだのか、あるいは恥ずかしかったのか、グロリアはそそくさと立ち去ってしまった。
残った仁たちは、顔を見合わせて呟く。
「……フリッツさんのことだから、グロリアさんのこと、あまり気にしてない気がするんだがなあ」
「ん、それ、正解だと思う」
「まずは明日の会議を終わらせることが第一で、それが済んでから改めて今のことを考えてみようか」
「……賛成」
崑崙島の空には気の早い星が瞬き始めていた。