作品タイトル不明
過去篇 弐 13 教育
アドリアナ5歳の春。
「アドなんかにつかまるもんか!」
「まてー、バル!」
「リアナちゃん、ここまでおいでー」
アドリアナは乳兄弟であるバル、フムンド、ロロラと遊んでいた。
3人はそれぞれ、アドリアナにお乳をくれた母親の実子である。アドリアナとは同い年になるので、4人はよく一緒に遊んでいた。
シュウキはそれを遠くから目を細めて眺めている。今は『鬼ごっこ』をやっているようだ。
「ロロちゃん、つかまえたー」
「あーん、またつかまっちゃった!」
小柄ではしっこいバル、太っているが走るのは速いフムンド、おっとりしたロロラ、そして明るいアドリアナは、本当の兄弟姉妹のように過ごしていた。
「……そろそろ、かな」
シュウキは、そんなアドリアナを見て、一つの節目に来たことを感じていた。
* * *
「お父さん、なーに?」
「おじさん、なんだい?」
「おじさん、なにかようがあるの?」
「おじさま、なにかごよう?」
ある日シュウキは、アドリアナたち4人を呼び集めた。
『 賢者(マグス) 』シュウキ・ツェツィも、子供たちからはおじさんである。
「今日は、お前たちの魔法適性を見てみようと思ってね」
「ほんと!? あたしもまほう、つかえるの?」
「おれもまほうつかえるのかな?」
「あたしもまほうつかいになれる?」
「ぼく、まほうつかえたらいいなあ……」
「それを知るためにも、調べてみるんだよ」
「うん! 早くしらべて!」
興味津々のアドリアナたち。
シュウキは、早速アドリアナたちの魔法適性を調べてみることにする。
「『 追跡(トレース) 』」
魔力の流れを調べることのできる魔法。もちろん使ったのはシュウキではなく、一番弟子のリーベスラウである。
「ふむ、バルとフムンドは残念ながら魔法の適性はないな」
「ええー……」
「ちぇっ!」
がっかりした2人は走ってどこかへ行ってしまった。
「ロロラは少し適性があるから、頑張れば初級魔法くらいは使えるようになるかもな」
「やったー!」
「そしてアドリアナ様は……うーん……」
「どうしたの?」
「どうした、リーベスラウ?」
愛娘に何かまずいことがあるのだろうかと、シュウキは顔色を青くした。
「いえ、師匠、悪いことではありません。むしろ朗報です」
「なに?」
「アドリアナ様の魔力は、既に大人並みなのです」
「リアナちゃん、すっごーい!」
確かにいい話であった。
「なに、そんなにか……!」
シュウキは考えた。もしかしたら、娘アドリアナなら、かつて彼の伴侶であったアドリアナが目指した工学魔法を完成させてくれるかもしれないと。
この時代、各国を回ったシュウキの尽力により、『工学魔法』というジャンルは、大陸各地で一応の成立を見、ジャンルとして確立されていた。
『 魔法工作士(マギクラフトマン) 』と名乗る魔導士がちらほらと現れ、その存在は日を追う毎に認知されつつあったのである。
そんな時代であったが、シュウキはまだまだ満足していなかった。
亡き妻との約束はまだ果たされていない。
だが、今ここに、名も同じ『アドリアナ』という魔法の天才が現れた。
嬉しい反面、少し不安でもある。
この才能を、歪ませずに真っ直ぐ伸ばすことができるだろうか、と自問するシュウキであった。
* * *
「見て、お父さん、できたよ!」
掌に灯る『 明かり(ライト) 』の魔法。
「いい、見ててよ……『 雷(サンダー) 』!」
彼女の指先から雷撃が飛んでいく。
アドリアナは瞬く間に魔法の基礎を覚えてしまっていた。
「すごいぞ、アド!」
「アドリアナ様、素晴らしいです!」
今、アドリアナに魔法を教えているのは、女性の弟子の中では古株になったカーラ。
「では、次は『 火の玉(ファイアボール) 』をやってみましょう。これは、まず『燃える』ということがどういうことかを理解するところから始まります」
「あたし、しってるよ! えっとね、くうきちゅうにある『さんそ』とね、『ねんりょう』がむすびついてもえるの」
「……はい、そのとおりでございます。ですが、魔法の火には『燃料』がございません。そもそも、『何かが燃えているのではない』ことが、火属性魔法を難しくして……」
カーラからの一通りの説明を受けた後、アドリアナは火属性の初級魔法を試してみた。
「『 火の玉(ファイアボール) 』!」
アドリアナの掌から火の玉が飛び出し、20メートルほど飛んで消滅する。
「ア、アドリアナ様! す、凄いです!!」
「えへへー、お父さん、ほめて!」
「アド、お前は天才だ!」
褒めたその裏で、シュウキは心配していた。
アドリアナはまさしく天才である。天狗にならないようにするにはどう躾けたらいいか。
初めて子供を育てるシュウキには難しい課題であった。
「うふふっ」
シュウキが頭を撫でてやると、アドリアナは気持ちよさそうに目を細めた。
(……愛情、だな)
シュウキは、己の愛情全てでアドリアナを育てようと決意した。
* * *
「あまーい! おいしい!」
「ははは、そうかそうか」
アドリアナは、パンにハチミツを塗って食べていた。
シュウキのアドバイスにより、『養蜂』が始められたのである。
レンゲソウやシロツメクサなど、花が多いこの土地は、養蜂には格好の土地であった。
これ以降、レナード王国では養蜂が盛んになるが、それはまた別の話で、シュウキは単に愛娘に美味しいものを食べさせてやりたいだけだったのだが。
そして毎日の魔法の訓練。
「師匠、アドリアナ様は凄いお方ですね。じきに、私ごときではお教えすることが無くなりそうです」
カーラは舌を巻いた。今のアドリアナは大人顔負けの使い手になりつつある。
「そう、か」
魔法ばかり達者になっても、アドリアナのためにはならないだろうとシュウキは考えた。
では、どうするか。
「……そろそろかな」
アドリアナに広い世界を見せてやりたい。
また、工学魔法をもっともっと世に広めなければならない。
そう考えたシュウキは、旅立つ決心をしたのである。
* * *
2345年6月1日、シュウキは5年を過ごしたシャイア村……今ではシャイア町……を発つことになった。
「師匠、付いていきます!」
「先生、もっと色々教えていただきたかったです……」
「アドリアナちゃん、元気でね!」
もちろん、『 賢者(マグス) 』シュウキ・ツェツィは人々から慕われ、尊敬されていた。
だが、それ以上に、アドリアナは人々から愛されていたのである。
特に、
「アディちゃん、元気でね」
「アドちゃん、しっかり勉強するのよ」
「アナちゃん、また遊びに来てね」
アドリアナにお乳をくれた3人の女性たちは、乳を分け与えたアドリアナを自分の娘のように思っていたのである。
同時に、
「アド、げんきでな!」
「アドリアナ、きっとまたきてくれよ?」
「リアナちゃん、またあえるよね? あたし、いっぱいいっぱいべんきょうしておくから!」
その女性たちの子供たち、つまりアドリアナの乳兄弟も、涙ながらに別れを惜しんだ。
「うん、きっとまた、いつかあえるよ! あいにくるよ!」
一行は新たに作った馬車5台を連ねて出発した。
アドリアナは見えなくなるまでシャイア町を見つめていたのであった。