軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 弐  14 次の町

シュウキ一行を乗せた馬車は、東へと進んでいた。

「お父さん、あのお花なあに?」

「お父さん、あの鳥はなんていうの?」

「お父さん、このきれいな石、なんて名前?」

アドリアナにとって、見るもの聞くものが珍しく、はしゃぎっぱなしの道中である。

レナード王国は治安がいいらしく、盗賊などに襲われることもなく、平穏に旅ができていた。

馬車の中での野宿さえ楽しく、一行の馬車からはいつも笑い声が絶えなかった。

それは、およそ1ヵ月に及ぶ旅にあって、シュウキたちが心穏やかでいることができた一大要因である。

「そろそろ腰を落ち着ける場所を考えるとするかな」

過ぎてきた村、町、都市は全部で14。

「そこそこ大きな町なんだそうだな」

「はい、師匠。名前はユルガノというそうです」

未舗装ではあるが、綺麗に整地された街道を馬車は往く。

「よし、そこに腰を落ち着ける前提で行こう」

住みづらかったら別の町に行けばいい、とシュウキは思った。

「わかりました」

講義の謝礼などで、家を借りる資金は潤沢にある。

シュウキは、アドリアナという後継者を得た喜びと共に、未だ見通しの付かない研究……『知識転写』と『空間移動』の完成を焦ってもいたのである。

(私も、いつまで生きられるかわからないしな……)

身体が魔素で補完されているので老化しないように見えるシュウキの身体ではあるが、ここ数年、時折刺すような痛みを背中に感じることがあった。

治癒魔法ですぐに治るのだが、シュウキとしては、この痛みは己への警告であろう、と思っている。

(時間がないぞ、時間を無駄にするな、と言われている気がするな……)

ふ、と気が沈んだシュウキであるが、次の瞬間、彼の背中に柔らかな重みが掛かった。

「お父さん、どこかいたいの?」

アドリアナである。彼女は、シュウキが沈んだ顔をしているのを目ざとく見つけ、心配して様子を窺いに来たのであった。

「ああ、大丈夫だよ、アド。ありがとうな」

シュウキは笑顔を浮かべ、優しい娘を褒め、その頭を撫でてやった。

そうしていると、安心したのだろう、アドリアナはシュウキの膝を枕に眠ってしまったのである。

「師匠、誰か来ます」

御者を務めているテンペスが声を上げた。

見ると、立派な服装の、紳士然とした男性3人が馬に乗ってこちらにやって来るところであった。

「失礼、『 賢者(マグス) 』シュウキ・ツェツィ様のご一行でらっしゃいますか?」

「そうですが、あなたは?」

「これは申し遅れました。私はユルガノの町の町長、センテイムという者です。あとの2人は護衛です」

「これはどうも。私がシュウキ・ツェツィです」

「おお、あなたが!」

センテイムは、隣町に『 賢者(マグス) 』シュウキ・ツェツィが来ているという情報を早馬で知り、自分の治める町へ招きたいと思っていたそうだ。

「宿舎や学舎もこちらで用意させていただきます」

工学魔法に興味津々、という町民が大勢いる、とも言った。

「先年、シャイア町から来た人に先生のお話をうかがいましてね」

馬車の横を馬でゆっくりと歩みながら、センテイムは事情を説明した。

「工学魔法『 変形(フォーミング) 』。あれ一つ見ても、魔法の可能性を教えてくれますな」

「我が町で、どうか講義を開いていただきたい」

「私の息子や娘も『 賢者(マグス) 』様のお噂を聞いて、お会いしたいと言っておりましてな」

センテイムは多弁だった。おかげで、ユルガノの町に着くまで、シュウキ一行は退屈せずに済んだのである。

町中は石畳で舗装されていた。乗り上げる際に馬車ががたん、と揺れ、アドリアナが目を覚ました。

「……んう?」

「アド、目が覚めたか。もう町に着いたぞ」

「うん……おなかすいた」

シュウキは笑ってアドリアナの背中を優しく叩いた。

「はは、じきにご飯にするからな」

「うん、お父さん」

そんなシュウキとアドリアナの様子を見て、センテイムは相好を崩した。

「おお、可愛らしいお嬢さんですな。これは失礼、まずは食事の用意をするよう言いつけるといたしましょう」

センテイムは護衛の1人に何ごとか指示を出し、その男は急いで離れていった。

* * *

町長が用意した宿舎というのは、町長の所有する別宅であった。

「これはまた、立派な……」

ユルガノの町は大きく、町長の権力も大きいらしい。

「わあ、おっきなおうち」

アドリアナは初めて見る大邸宅にはしゃいでいる。

「『 賢者(マグス) 』様のよろしいようにお使い下さって結構です。使用人が足りなければお申し付け下さい」

「これはかたじけない」

「本日はお疲れでしょう。また明日伺います」

町長はそう言うと一礼し、下がっていった。

「破格の待遇だな」

何か裏があるのか、それとも純粋にシュウキに心酔しているのか。

「ともかく、今は有り難く使わせてもらうことにしよう」

馬車での旅が長かったので、皆それなりに疲れてもいるし、身体も埃っぽい。

途中訪れた村や町で身体を拭いてはいたが、やはり水浴がしたいシュウキであった。

* * *

夕食を済ませたあと、浴室に案内してもらったシュウキは驚いていた。

「おお、これは……」

「わーい、きもちいいー!」

町長の別宅には、シュウキが驚いたことに『風呂』があったのだ。

湯船にお湯を溜め、そこに浸かる本物の風呂である。

3人も入れば一杯になってしまうくらいの大きさだが、間違いなく風呂。

この世界での一般的な風呂は蒸し風呂や水風呂なので、シュウキは久しぶりに、そしてアドリアナは生まれて初めて『お風呂』に浸かったのである。

「ああ、久しぶりだな……」

妻を亡くして以来、忘れかけていた感覚。

ティエラ家を出てからずっと、こうした風呂には入っていなかったのである。

「『アドリアナ』……」

思わず、最愛の妻の名が口からこぼれた。

それに反応したのは愛娘。

「お父さん、なーに?」

「ん? ……何でもないよ」

シュウキは照れたように微笑むと、娘の頭を撫でた。

「んふふー、お父さん、だいすき!」

アドリアナはシュウキに抱きついた。

まだ幼い娘の身体を抱きしめたシュウキは、今の幸せを噛みしめる。

お湯の中でシュウキは、心から寛ぐのだった。