作品タイトル不明
過去篇 弐 12 養女
「……アドリアナ、か」
シュウキ・ツェツィは、腕の中で眠る赤ん坊の重みを感じながら呟いた。
「このバルボラ村の唯一の生き残り……」
かつて愛した女性と同じ名前の赤子であり、シュウキが看取った母親から託された子。
子供を望むことのできないシュウキは、この縁を大事にすることに決めたのだった。
「よし、今日からお前は、アドリアナ・バルボラ・ツェツィだ」
ミドルネームに出身村の名を入れ、シュウキは赤ん坊を自分の子供として育てることにしたのである。
赤痢の被害が広がらないよう、バルボラ村とその住民は火葬にした。
シュウキたち自身も感染を広げないよう、身体と服、持ち物に、念入りな『 殺菌(ステリリゼイション) 』を行う。
「さて、それでは帰るか」
* * *
シュウキたちがシャイア村に帰ったのは11日になった。
弟子たちはバルボラ村のことを聞くと、残念そうな顔をした。
だが、唯一の生き残りである赤ん坊を、師匠であるシュウキが養女にすることを知ると、
「お世話はお任せ下さい!」
弟子の中で唯一の女性であるカーラが声を上げた。そして他の弟子たちも、できうる限りの協力をすることを申し出る。
「まずはお乳をもらえる方を捜しませんとですね」
ここまでの道中は、フルーツジュースと砂糖水で凌いできたが、何といっても生まれたばかりの赤ん坊である。
できるだけ母乳で育ててやりたかった。
が、幸いなことにその相手はすぐに見つかった。
半年ほど前に出産している母親が3人おり、赤痢から救ってもらったお礼にと、わざわざ申し出てくれたのである。
「ありがとう、ありがとう……」
シュウキとしては助かった。
粉ミルクなどある世界でもなく、重湯を作ろうにもこちらの地方には米がない。
ミツホの南部には米があったが、レナード王国に来るまでに、種籾も含め、無くなってしまっていた。
必然的に、シュウキの拠点はシャイア村ということになる。
シュウキはハビオネからここに移り腰を落ち着け、アドリアナを育てることにした。
『 賢者(マグス) 』の噂を聞き、各地から人々が集まってくる。
内弟子となれた者もおり、この地にも『知識』が浸透していった。
その一方で、シュウキは工学魔法と治癒魔法の更なる完成を目指していく。
アドリアナは夜泣きをすることもなく、シュウキはほっとしていた。
彼女は3人の『乳母』……一般的な意味ではなく、文字どおりの……から、乳と愛情を分けてもらい、すくすくと成長する。
汚れた 襁褓(むつき) を綺麗にするため『 浄化(クリーンアップ) 』が大活躍したのは言うまでもない。
* * *
4ヵ月でアドリアナは首が据わり、10ヵ月でハイハイを始めた。
シュウキが腰を落ち着けたため、部屋は和風に改造されており、絨毯敷きではあるものの土足厳禁なので、安心してハイハイをさせられる。
もちろん定期的な『 浄化(クリーンアップ) 』が掛けられ、衛生面の対策もなされていた。
余談だが、このハイハイをさせずにいきなり掴まり立ちをさせてしまうと、転んだ時に咄嗟に手が前へ伸びず、地面に顔をぶつける子供になるという説がある。
また、掌の感覚が育たないため、熱いコップを持った時にいきなり口へ持って行き、火傷をするという説も唱えられていた。
その点では、アドリアナは安心であった。
* * *
ちょうど1年でアドリアナは掴まり立ちをし、それから2ヵ月で歩き始めた。
「ほーらアド、ここまでおいでー」
シュウキは、弟子たちへの講義の合間には必ずアドリアナをかまいに来る。
「だー」
「ほらほら、アドリアナちゃん、おねーさんのところへおいでなさい!」
よちよちと歩くアドリアナは、女性の弟子たちに特に可愛がられ、愛情を一杯に与えられて育っていった。
* * *
アドリアナの乳離れはおよそ1年半後。
それ以前からシュウキは近隣の果樹園を回り、リンゴや桃に似た実、すなわちアプルルとペルシカをすり下ろし、ペースト状にして離乳食を作って食べさせていた。
「うまー」
口の周りをペーストまみれにして笑うアドリアナを見ていると、シュウキは子育ての苦労も忘れるのである。
「アドリアナ、いい子に育てよ」
抱き上げた腕の中の温もりは、シュウキの孤独を癒してくれていた。
* * *
「おと……ちゃ」
アドリアナが喋り始めたのは少し遅く、2歳になった頃だった。
「おお! アドがしゃべったぞ!!」
シュウキの喜びようは大変なものであった。
その日は弟子たちを集めて講義をしていたのであるが、それを途中で放り出したほどだ。
弟子たちも、師匠がどれだけアドリアナを大事にしているか知っているので、笑ってその様子を見ていたのである。
「アド! もう一度言ってごらん! ほら! おとうさん、って!」
「おとー……ちゃん」
「うおおお! アドリアナあああ!」
余程嬉しかったのだろう、アドリアナを抱き上げて跳ね回るシュウキ。
そのうち、抱き上げていた手が濡れてきた。
「あ、やったな」
慌ててアドリアナを下ろし、おしめを取り替えるシュウキ。最近は手付きも慣れたものだ。
「ほーら、気持ちいいだろう?」
洗いたてのおしめに取り替えてもらったアドリアナはきゃっきゃと笑い、ご機嫌だった。
* * *
はしかやおたふくかぜといった通過儀礼もこの世界にはあったのだが、シュウキとその弟子たちが付いていたので、どれもアドリアナは軽く済んだ。
そしてアドリアナは4歳になった。
「おとうさーん!」
講義が休みの日は、アドリアナを外に連れ出して遊ばせるシュウキである。
シャイア村の周辺には山、川、森、草原といった豊かな自然があり、シュウキはアドリアナを遊ばせながらも、さまざまな知識を授けていった。
「きれいなお花がさいてたよ!」
「これはレンゲソウというんだ。こっちはタンポポだな」
「れんげそうとたんぽぽ、うん、おぼえた!」
アドリアナは、大抵のことは一度聞くと覚えてしまう聡明な子であった。
シュウキは、花咲く草原で遊ぶアドリアナにかつての愛妻の面影を見たような気がした。