軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再び-6

アースクリアの住民がもれなく目を点にして静まりかえったと同時に、突如、背後で控えて見ていたティナに引っ張られ、鏡は壇上を降ろされる。

「何か言うことはありますか?」

「トイレに行きたい」

「本当は?」

「実はまだ我慢できそう」

そんな茶番を繰り広げたあと、ティナはかつてないほど落胆した溜め息を吐いた。

「え、これどうするんですか? 知っていましたか鏡さん、これ本番なんですよ?」

「本番中に乗り込んでくるティナたんの恐ろしさ」

「はいでた、鏡さんの十八番、責任転嫁」

「お二人共、申し訳ありませんが……」

醜い争いを始めた二人に、同じくその場にいたデビッドが宥めるように声をかける。その声に反応して二人が振り向くと、そこには撮影用のカメラを持ったデビッドの姿があった。

その隣では、カメラを手に持ってみたいのかピョンピョンと飛び跳ねてデビッドに纏わりつくピッタの姿もある。

「ふぉっふぉっふぉっ……この世界の文明の利器、科学の力とやらは凄いですな。こんな小さな玩具のようなもので、お二方の姿がバッチリと撮れていますよ」

その台詞を聞いて、ティナは青い顔を浮かべながら、コンピューターの前に複数表示してあるディスプレイへと視線を向けた。するとそこには、アースクリアの住民の様子を映しだしたものから、デミスに関する過去の映像を流しているもの、他にも鏡がガーディアンの地で戦った時などといった様々な映像が表示されていた。

その内の一つに、ティナと鏡だけが映っているものがあった。

「これ……もしかして映ってます?」

ティナの質問に、デビッドは親指を立てて返す。

ふいに隣に立っていたセイジに視線を向けると、「いまさら……中断できるわけがないだろう」と書かれたカンペをこちらに向けていた。その瞬間、ティナは途中で乱入してしまったことを後悔して頭を抱えながら膝から崩れ落ちる。

「そう落ち込むなよティナたん。これはこれで良かったぜ?」

「なんでそんな楽観的なんですか……! この情けないやりとりがさらされてるんですよ?」

「だからいいんじゃねえか」

壇上を降りても撮られていることに対して、慌てふためいているのはティナだけだった。

元々わざとふざけたのか、本当にトイレに行きたかったのかはわからないが、ふざけた張本人である鏡は落ち着いている。

「これが俺だ」

そして、少し笑みを崩した優しげな表情を浮かべて、鏡はカメラに視線を向けた。

「街の中を歩けばすぐに聞けそうな会話をしている村人のような、街の居酒屋でバカ騒ぎしているおっさんたちのような、広場に行けば遊びまわってる子供のような……そんなどこにでもいそうな普通の人格の男が、俺だ」

そう言いながら、再び鏡は壇上へと戻る。

「トイレに行きたくて仕方がないってのもマジだ。今こうして話をしているのも、やらされてるのに近い。いきなり話せって言われても、何を話せばいいかまるでわからないし、嘘だらけの言葉であんたたちに来てもらうってのも違う気がしてさ……だからまず、素の俺を知ってもらおうと思ったんだ」

するとそれに合わせて、鏡が何を言わんとしているのかに気付いたのか、デビッドは安心した顔つきでカメラを壇上だけが映る元の場所へと戻した。

意図に気付いてくれたのが嬉しかったのか、鏡も微笑を浮かべる。

「今さっきみたいに、ふざけて、怒られてるのが俺の日常だ。つまり普通なんだよ。きっと……多くの人間と俺は変わらないと思う。地位とか名誉もいらねえから、楽しく適当にマイペースにダラダラ日々を過ごしたいと思っている……そんな適当な男が、世界を救うために、さっき映像で見せた化け物に挑もうと思っているわけだ」

言葉にして、自分でもどこにでもいそうな人間だと思ったのか、鏡は苦笑する。

「しかも、俺は村人だ」

その言葉を放った瞬間、アースクリアにいた多くの人間が眉間に皺を寄せて、不快な表情を浮かべた。その反応に鏡は、「ま……そうなるよな」と、苦笑した。

「ここじゃステータスウインドウが開けないから……証明できないけどな」

だがそれは当然の反応だった。世界を救うために、魔王なんかよりも絶望的な存在に挑もうとしているのが、勇者でも賢者でも戦士なんかでもなく、村人となれば、ただ馬鹿にしているようにしか見えないからだ。

「でも、俺がここに立っているのには、ちゃんと理由がある」

しかし鏡は、そんな人々の反応に臆することなく、真剣な表情を浮かべて視線をセイジへと向けた。すると、そのアイコンタクトだけで何を求めているのか瞬時に理解したのか、「……なるほどな」と面白そうに笑みを浮かべると、セイジはコンピューターに操作を加える。

すると、アースクリアの全住民たちの目の前に、新たな映像が流された。

それは、アースクリアのメインコンピューターに記録された、鏡の戦いの歴史。

「ヴァルマンの街の皆や、サルマリアで俺と一緒に戦ってくれたやつ、あと……王都ヘキサルドリアにいる一部の兵士なんかは、俺のことを覚えてくれてるんじゃないかな?」

その映像は、一万のモンスターを前に、たった一人で戦ったところから始まった。

「きっかけは、本当に些細なことだったんだ。グリーンスライムを偶然倒してお金を初めて手にして……それで、こんな簡単に手に入るならモンスターを倒してれば楽に人生を生きられるんじゃね? ってさ、そんな考えから始まったんだ」

映像の悪魔を連想させる戦いを繰り広げる男とは、とてもじゃないが同一人物とは思えない情けない鏡の話に、多くの者が疑惑を抱いた。村人という話も合わさり、別の人物の映像を利用して、嘘を言っているのではないかと思ってしまったからだ。

「まあやっぱそういう反応になるよな……村人ってさ、知ってるとは思うけどめちゃくちゃ弱いからさ。でもな、村人だから。レベル1で、弱くてどうしようもなかったからこそ……この世界の理不尽に気付けたんだ」

鏡が最初に立ち向かった理不尽。それは、弱さだった。

どうしてそれに気付けたのか? その答えは簡単で、強ければ強いほど、アースクリアは暮らしやすい世界になっているから。逆を返せば、弱ければ弱いほど暮らしにくく、あまつさえ強い者を生み出すために配置されたモンスターに簡単に命を奪われてしまう。

「最初は、弱いことに何の疑問も抱かずに生きていた。それが当然で、当たり前で、この世界の常識で……自分は、村人として生きていくんだなーって将来のこともぼんやりと考えてさ」

どうあがいても倒せない敵がいる。どうあがいてもそれ以上は強くなれない世界の仕組みがある。その『仕組み』が、その世界に住む人々の『常識』を作った。

「でも、親父がモンスターに殺された時、俺はこの世界の理不尽に気付いたんだ」

でも鏡は、それを常識と思わなかった。そんな常識なんて認めないと、その常識すらも恨んで憎しみを抱き、理不尽に感じた。

「村人は弱くて、どれだけ頑張っても大きな成長は見込めない。なんでなんだ? どうして村人だけがこんなにも弱いんだ? ってさ。……それはさっきセイジが説明した通り、俺に強くなる才能がなかったからだけど……それでも当時の俺は理不尽に感じたんだ。役割ってなんだよ? 誰が決めてるんだよ? どうして村人は怯えて生きていかなきゃいけないんだよってさ」

だから鏡は、全力で抗った。弱いという理不尽に立ち向かって、命を投げ出す覚悟で戦い続けた。だが、それでも鏡の目の前に立ち塞がる理不尽はなくならなかった。

「強くなってからは、よりその理不尽を強く感じるようになった」

強くなったからこそ、強い立場に立ったからこそ見えてくる世界もあった。

「一方的だったんだよ、このアースクリアって世界はどんなことに対しても」

鏡が見たのは、強い者が、弱い者をただ虐げるだけの世界だった。

その言葉だけでは秩序がないようにも聞こえるがそういうわけでもなく、強い者に対してより強い者が人々を守り、最低基準の生活を王国が作り上げてはいた。しかし悪く言ってしまえばそれは、自分の身を自分で守ることができない世界でもあった。能ある役割の者になんとかしてもらわなければ、安心して暮らせない世界。

しかも、その秩序は魔族に対しては適応されない。

「どんな奴でも……好きなように生きれる世界が欲しかった」

目の前に立ち塞がった理不尽は続いた。

世界を変えようとしても、その世界を常識として受け入れている者たちや、その世界で肥しを得ていた者たちからは煙たがられ、モンスターを生み出す以外に害はなく、自分から人間を襲おうとはしない魔族に対しても、共には過ごせないと無視され続けてきた。

何故か? ――世界がそういう仕組みだからだ。

世界が、強い者を生み出すために、魔族と、モンスターと戦うのが効率の良い生活を送れる世界になっているから。強くなることだけが、戦うことだけが優先される世界だから。

「世界を変えたかった。でも、一人じゃ無理だったんだ」

強さを得ても、力ではどうしようもなかった。村人だから何もできないという理不尽を破っても、今度は強いだけでは世界は何も変えられないという理不尽が待っていた。

求めていた世界を実現するには、人々の理解を得て、その世界の仕組みに抗おうと一人一人が動かなければ変えることができなかったからだ。

「でも、いつの日か俺は一人じゃなくなった」

その時、アースクリアの住民の目の前の映像で一人戦っていた鏡の下に、レックスたちが訪れる。さらには、サルマリアに住んでいた冒険者たちも混じって、果敢に戦う光景が映し出された。

「一度は諦めかけた。一人じゃ無理だって、誰も共感なんてしてくれないって諦めた。でも、仲間ができてからはその考えも変わった。少しずつでも理解してくれる人がちゃんといるって、世界は変えられるんだって、その可能性を信じようって――教えてくれた奴がいた」

そして、世界は少しずつ変わり始めた。

「俺たちなら変えられる、そう信じて立ち向かい続けた。不毛な争いを続ける世界を変えるために、王様のお城に魔王と一緒にのり込んだりもしてな。ヘキサルドリア王国の皆なら、そのあとどうなったかはわかるだろ? 突然魔族と一緒に暮らすようになったのって実は俺たちのせいだ」

その言葉と共に、お城の兵士に囲まれながら果敢に戦い続ける鏡たちの様子が映し出される。一国の王の住まう城に、魔王と共に乗り込むというあまりにも常識破りなその行動に、見ていたその事情を知る一部の者たち以外は信じられないといった表情を浮かべた。

「少しずつ変わっていってるに思っていた。でも、それは変わっているように見えていただけだった。それでも世界はまだ、変えられなかったんだよ」

それでも、理不尽は立ち塞がり続けた。

世界のリセット。本来、魔王を倒すことで行われる記憶のやり直し。どれだけ鏡たちがアースクリアを変えようが、リセットが行われればなかったことになる。それが、世界の仕組みだから。それが、アースクリアという世界の運命でもあったから。

どれだけが鏡が戦おうと、圧倒的な力を持つ旧文明の兵器に挑もうと、たった一人で一万人の到達者たちと挑もうと、アースクリアという世界は何も変えられない。

「どうしてこんな世界なのか、その答えを求めて俺はこの外の世界……アースクリアへと飛び出した。そして、遂に得た答えが……さっきセイジの説明であんたたちも見た……化け物だった」

そして、鏡は全ての元凶となっていた理不尽と出会った。

「俺は…………鏡浩二。村人……レベル999の村人だ」

レベル999という言葉を聞いて、改めて驚いた表情を見せた者はいなかった。

ここまで見せられた映像に流れた圧倒的な力を持つ男の説明は、そうでもなければむしろおかしいほどの力を持っていたから。

「今まで色んな理不尽と戦ってきた。そしてまた、今までなんかとは比較にならないほどの理不尽が立ち塞がってきた。……でも俺は逃げない。勝てる、勝てないとかじゃない……やるんだ」

そう言いながら、鏡は気迫迫る眼差しをカメラへと向け、握り拳を作る。

「でも、俺一人じゃどうしようもないのもわかっている。あの時と同じように……仲間の力を借りないとあんな化け物とまともに戦えない。俺にはもっと多くの仲間が必要だ」

力を貸してほしい。そんなニュアンスにも聞こえる鏡の言葉に、多くの者が困惑した顔を浮かべた。

それも、当然の反応だった。誰も、勝てるはずもない化け物に挑むために命を投げ出したくはない。たとえ勝てたとしても、自分の命が失われるかもしれない相手を前に、挑むなんて選択はしたくなかったからだ。

だが、鏡はその反応を見て当然かのように笑みを浮かべる。

「でも、別に俺のために来てくれなんてお前たちに言うつもりは微塵もない」

予想外なその一言に、セイジは眉間に皺を寄せる。その場にいたデビッドとティナとピッタも、演説の目的から逸れた発言に困惑し、不安な表情を浮かべた。

「俺はお前らにお願いなんかしない。一緒に戦ってくださいなんて頼んだりもしない」

それ以上にアースクリアの住民は困惑した。

つまり、結局どうしたいのか? それが、わからなかったから。

「俺と、同じ意見の奴。俺の考えに共感してくれたやつだけでいい。俺が次に吐く言葉、その言葉にシンプルに賛同できた奴だけ……立ち上がって、集ってほしい」

だが、その困惑と不安は鏡の放ったその言葉と、次に放たれた言葉によって掻き消える。

「俺はこの世界が気に喰わない。生まれた瞬間に生き方を決められて、希望のない戦いをずっと続けさせるアースクリアも、地下に籠るしか生き残る術のないアースも大嫌いだ。だから――」

村人だったから、弱くてみじめで、かつてはレベル1の村人だったからこそ、世界の理不尽を知っている。

そして、ここまで来たのは、その理不尽に一言物申すため。その理不尽がただただ許せなかったから。

だからこそ吐けた言葉。

だからこそ辿り着いた、レベル999になってからずっと目標にしてきたただ一つの目的。

鏡はそれを口にした。

「俺は、この世界を、こんな世界にしてしまった神をぶっ飛ばす」

そしてそれだけを伝えると、鏡は最後に不敵な笑みを浮かべて演説を終えた。