作品タイトル不明
掴みかけた安息-7
後に、その考え方は間違いだったと思い知らされる。仮にこの段階で気付けたとしても無駄ではあったが、もっと早くに動けていたと、己のマイペースな考え方を改めるきっかけとなった。
時には、思いたった瞬間に行動しなければ手遅れになることがあるのだと。
「ヒーロー6人がかりでやっと倒したのか? 一体どんな能力を使ってきたんだ?」
それから二週間後、再び地下にある研究施設内の休憩所で集まり、「そういえばあの時の事件はどうなったんだ?」とリーシアに紫色の化け物と戦った時のことを聞いて、ライアンが目を見開いて驚き声をあげた。
当時、ヒーロー6人がかりで戦う相手ともなれば、ヒーローの実力にも左右するが、一つの組織を築き上げるほどに力をもった超人クラスの相手だった。
「能力らしき能力はなかったのぉ……身体能力が以上に高いだけだった」
「そんな奴に苦戦したのか?」
「いやいや、すごかったのだぞ? 身体を硬質化させる超越者ヒーロー、ロックダンディーさんの身体を貫かん力をもっておってな? それだけではなく、まるで格闘漫画に出てくるキャラクターみたいな素早い動きで翻弄されたのじゃ。粘着質な物質を生成するミュータントヒーローのプリズンさんがいなければ、身動きを封じて倒すことはできなかったぞ」
言葉半分に聞いているのか、ライアンは「身体能力が高いだけの相手なら、いくらでも対策はとれるさ」と笑い飛ばす。その隣でいつものテーブル席に座りながら、來栖とセイジは気難しい顔を浮かべていた。
「來栖……お前はどう思う?」
ふいに、セイジが來栖に問いかける。
「さあ? 専門分野じゃないし、情報が少ないからなんとも? そもそも僕たちの仕事じゃないし、気にする必要なんてないんじゃない?」
「そう言う割には、ライアンみたいに笑い飛ばしたりしないんだな。まるで気にしていないようにも見えない」
「なんでだと思う?」
「決まっている。お前は自分に関係のないことには興味を示さないか、今のライアンみたいに話半分に適当に流す。だけど今のお前はそのどちらでもない……今回の事件、自分にも関与してくる可能性があるとみているんじゃないのか」
「さすがセイジ、君は僕のことを良く知っている。ファンなのかな?」
「馬鹿言うな。お前に関わってくるということは、俺にも関わってくる可能性があるということだ」
そう言いながら、セイジはテーブルの上に自分が読んでいた新聞紙を叩きつける。そこには、『行方不明者続出、原因わからずヒーローお手上げ』と書かれていた。
「行方不明者がいた場所には、この前、リーシアが見せてくれた映像にいた紫色の化け物と同じ奴がいた現場もあったそうだ」
「どうして君がそんなことを知っているのかな?」
「ふん……ヒーローの知り合いくらい。リーシア以外にいくらでもいる。気になった情報をすぐに提供、そして協力を得られるようにな。ハッキリと言ってやる。來栖、俺はこう見えてもお前を評価している。仮にお前も同じことに気付いているなら俺の考えにも確信がもてる……そう思ってこうして聞いているんだ」
セイジは切羽詰まった顔つきで來栖に視線を向け続ける。暫くして、視線をそらさないことに來栖は溜め息をつくと、ライアンと談笑するリーシアに声をかけた。
「例の……農場の主さんとやらは、あのあと見つかったのかい?」
ライアンとの談笑に笑顔を浮かべていたリーシアも、來栖の真剣な顔つきを前に、徐々に顔を強張らせて首を左右にゆっくりと動かす。
「いや、まだ見つかっておらん。今話題になっている行方不明者と同じでな、皆、消息を絶っておるのだ」
「だってさ」
リーシアの返答を聞いて來栖はセイジに視線を返す。
「だってさ、で片付けるな。つまりお前はどう考えているんだ?」
「僕が考えつくようならセイジにも考えつくだろ? …………紫色の化け物、それ自体が行方不明になった人たちって考えるべきだろうね」
その言葉に、楽観した様子で聞いていたライアンが身体を前に乗り出して來栖に詰め寄り、「はぁ⁉」と叫び声をあげた。あまりの唾の飛びように、來栖は目に見えてげんなりとした顔をみせる。
「どういうこった? じゃあリーシアが戦った化け物は偽物で、黒幕が別にいるってことか?」
「そこまではわからないよ。可能性はいくらでも考えられる」
危機的な表情を見せるライアンとは逆に、落ち着きのある顔でコーヒーを飲みながら來栖は返した。
「最も厄介なのは……細菌兵器である可能性だ。既に犠牲になっている者たちに一貫した関連性はない。場所も不特定……となれば、標的を選ばない細菌兵器によるテロである可能性がある。放置すれば……パンデミックが起きるぞ」
そして、セイジが顔を強張らせながら、事の大きさを語る。
「パンデミックって……仮にそうだったとしたら、とっくの昔にもっと被害が出ているんじゃないか?」
「発症の速度が人によって違う……と考えれば、場所を選ばずに各地で紫色の化け物が発生している理由になるだろう? もしそうなら、早急に対策をうたないと俺たちにも被害が及ぶぞ?」
「その可能性はないと思うよ」
しかし、セイジが懸念していた事態はハッキリとないと確信しているのか、これまた來栖が落ち着いた様子でそれを否定した。
「忘れたかい? 農場の主は紫色の化け物になってしまう前に、ヒーローたちに助けを求めているんだ。つまり……紫色の化け物になってしまう前、彼の目の前には何かがいた」
「何かって……何なのだ來栖?」
自分が考えている以上に大きな事態だと感じたのか、リーシアは恐る恐る問いかける。
「それがわからないから、僕も何も言わずに黙ってたんだよ。少なくとも何かがいたのは間違いないはずさ。ヒーローが他の紫色の化け物を発見できているということは、犠牲にあった人たちが助けを求める連絡をしているということだからね。紫色の化け物が、ヒーローが来るまで大人しくしていたことも含めて考えれば……ほぼ確定的だ」
「何かがいて……そいつのせいで、身体を化け物に変えられてしまった?」
來栖の言葉を素直に聞きいれ、セイジは深く考え込む。「そんな馬鹿な」と否定するには、整合性のとれた考え方だったからだ。
「そういう能力を持ったミュータント? もしくは新人類か?」
「それも考えにくい。今の時代、ヒーローたちの力だけじゃなく、科学による追跡能力も驚異的だ。さすがにそう何件も一切の痕跡も残さず、事件現場に現れては逃げるなんて芸当、透明人間、それも……熱源感知すらも防ぐような力でもなければ無理だ」
「複数人による犯行という可能性は?」
「それも考えられるけど、それよりも可能性としてありえそうなのがもう一つある」
「……なんだ?」
「……寄生虫」
「寄生虫……だと?」
「被害者の目の前に確かに居て、被害にあったあと、その場に居た痕跡なく……紫色の化け物だけが残っているとするなら。そこにいた何かは、被害者と一つになったと考えた方が……色々と辻褄が合う」
「なるほど……被害者と加害者、二つが合わさったことによる産物が紫色の化け物となって現場に残っていた。確かにそれなら、被害にあった者がいない理由も、加害者が痕跡すら残していない理由も……紫色の化け物がいない理由にも説明がつく」
その説明を聞いて、先ほどまで談笑していたライアンとリーシアの表情からは笑顔が消え、事態の重さを感じさせる深刻な表情となっていた。
仮に、それが事実で――
「既に地上にその寄生虫が大量にばらまかれているのだとすれば……僕たちも地下の研究施設にいるとはいえ、高みの見物をしていられない状況になる。もしかしたら……連絡がないだけで、既に紫色の化け物になってしまった人たちが大多数存在しているかもしれないね」
推測通りだとするならどういう状況なのか? それを來栖は淡々と言葉にして語った。いつもの落ち着いた雰囲気ではなく、『ありえる』一つの可能性と判断し、危険視した真面目な表情で。
「だとしても……一体だれが? 何の目的で?」
頬に汗を垂らしながらライアンは焦りを見せる。
「さあ? そもそも僕の推測も、所詮推測でしかないからね。もしかしたら全然違うかもしれないし」
ただの推測で、可能性でしかなかったが、來栖の話し方には信憑性があった。最早、その可能性しかありえず、既にとんでもない被害が出ている状況なのではないかと、思い込んでしまうくらいに。
「…………なんだ?」
その時、普段は明るく、周囲からは談笑しか聞こえない休憩室に女性の悲鳴が響き渡る。
突然の悲鳴にセイジは眉間に皺を寄せて声の聞こえた方向に立ち上がって振り向き、遅れて立っていたライアンとリーシアが、最後に訝しげな顔つきになって來栖が視線だけを向けた。
その瞬間、ただの推測は、確信へと変わる。
事態はあまりにも早い展開を見せ、その場にいた未来の運命を背負う三人の研究者たちは、如何に自分たちが平和ボケしていたのかを悟った。
取り返しのつかない危機というのはいつだって、突然やってくるのだと。それに備えるには、危機がやってきてからは遅いのだと。