作品タイトル不明
掴みかけた安息-8
「あれが……寄生虫か?」
その姿を目視して、セイジが來栖に問いかける。
「虫には見えないね。あれが一連の騒動の犯人なのかはわからないけど」
恐らく、地下にあるこの研究施設と地上を繋ぐ昇降機に紛れて入り込んで身を潜めていたのだろう。ダクトに繋がる天板が外れていることからそれが窺えた。
そこにいた存在をなんと例えれば良いのか、セイジと來栖は言葉を詰まらせた。
それは形を成さずにグネグネと動き、中心に核と思われる赤い点が浮かんでいる。スライムと呼んでも差し支えはなかったが、どこか、普段の研究からも見慣れている一つの生物の細胞にも見えたからだ。
そんな化け物が、目の前に二体。この地下深くにある研究施設内へと入り込んでいた。
「興味深い生命体だね。ミュータントというには、原型を失いすぎている。人を人として成り立たせている器官が一つとしてないことから……人間じゃないのは間違いない」
「冷静に分析しとる場合か! 我がなんとかする! 來栖! お前はサポートせい! お前のことだから懐に魔力銃器くらい隠し持っておるだろ!」
「リーシアも僕のこと、わかってきたみたいだね……了解」
言葉通り、何があってもある程度対処できるよう常に持ち歩いているのか、來栖は懐から魔力銃器を取り出すと、簡易転移装置と合わせてサポートしようと、席を立ちあがる。
「でも、迂闊に近付かない方が良い。仮に僕たちの推測が当たっているならば……」
來栖の忠告を素直に聞きいれ、リーシアは無言のまま静かに頷く。
「リーシア!」
直後のことだった。ライアンの叫び声が響き渡ると共に、來栖の言葉に反応して視線を逸らしていたリーシアの下へ、弾丸を射出する如き速さでスライム状の化け物が飛び出したのだ。
あまりの速さに、視線を逸らしていたリーシアは反応できず、その身体にスライム状のモンスターがへばりついてしまう。
「ぬお⁉ こ、こいつ……くそ! 離れろ! 離れんか!」
その瞬間、それまで落ち着いて冷静に現状を分析していた來栖の目が見開いた。それまで考えていた全てを忘れて。どうして急に、それまでの考えを捨ててしまうほどに心がざわついたのか、來栖自身にもわからなかった。
気付けば、來栖は魔力銃器を構えて引き金を引いていた。
仮に、自分たちの推測通りであるならば「リーシアの身が危ない」と、そんなのは認めないと、頭ではなく心が叫んでいたから。
しかし、撃ち放たれた魔力弾はスライム状の化け物にダメージは与えられなかった。全てゲル状のねばねばとした部分へと当たり、周囲に液体を撒き散らすだけでリーシアから離れようとしない。
「やっぱり……あの核を狙わないと駄目か! リーシア!」
來栖は既に弱点を予測していた。だが、その弱点をつけなかった。
核となる部分はリーシアの胸元の心臓部分へとくっついており、普段から銃を扱っているわけでもない來栖が下手に狙えば、リーシアを巻き添えにしてしまいかねなかったからだ。
「っく……離れろ! 離れんか!」
リーシアも必死にスライム状の化け物を振りほどこうとするが、へばりついたまま離れる気配はない。
「きゃぁあああああああああああああああ!」
その時、最初に飛びつかれたリーシアに皆が目を向ける中、再び叫び声が響き渡った。
残っていたもう一体のスライム状の化け物が、その場に居合わせた研究員の女性に飛びついたからだ。
「おい……來栖!」
引きはがす時間の猶予もなかった。吸い込むように全身から、スライム状の化け物は女性の体内へと入り込み、核と思われる部分も、リーシアとは違って一瞬のうちに心臓部分へと沈んでいったからだ。
直後、女性の皮膚は石化したかのように硬い物質へと変化し、固まってしまう。
「おい……どうなってるんだ?」
あまりにも一瞬の出来事に、ライアンは狼狽えながら言葉を漏らす。
「手遅れの者はいい! この後の展開なんて簡単に予想できる! リーシア! 早くそいつの赤い球体を破壊するんだ!」
「やっておる! でも掴もうとすると逃げるのじゃ!」
「別の方法で倒せばいい! 君は全身から炎を放出するヒーローと、電撃を放出させるヒーローの細胞を取り込んでいただろ⁉ どっちでもいいから早く! 魔法でもいい!」
「おお、そうか!」
様々なヒーローの細胞を取り込んでいるためすっかり忘れていたのか、リーシアは慌てて來栖の言葉通り、全身から炎だけではなく電撃をも同時に放出する。
全身から噴き出る炎と電撃の熱と衝撃に耐えられなかったのか、全身にへばりついていたスライム状の化け物は核毎四散し、残ったゲル状の液体が地面へと飛び散る。
「助かったぞ來栖……! 危なく我もあの化け物にとりこまれるところじゃった」
「いや……多分その心配はしなくても良かったと思うよ」
「ん? どういうことじゃ?」
「君より後に飛びつかれた女性が、君よりも早くあの姿になったからさ。僕も最初、君があの化け物にとりこまれてしまうと思ってかなり焦ったけどね。まあ、絶対にとりこまれない保証はないから、さっさと引き剥がしてもらったけど」
「そうじゃ! あの者は一体どうなったのだ……カチカチになっているようだが」
「さっきも言ったけど、簡単に予想できる。本来……あれが普通なんだ。あの速度で、ああなってしまうのが」
來栖はそう言いながら、警戒して魔力銃器を石のように固まってしまった研究員の女性へと向けた。
「…………そうか! おい! その固まった女に近づくな! 手のあいてる奴は今すぐ武器を持ってこい! 何でもいい! 急げ!」
そして、來栖が何を言わんとしているのかをいち早く察したセイジは、狼狽えてその場に立ち尽くしていた者たちに声をかけて退避させる、
「今まで犠牲にあった者たちは助けを求めてヒーローを呼んでいる。そのヒーローが駆け付ける時間は場所にもよるが、早ければ5分。その5分の間に犠牲にあった人が消えて……紫色の化け物がいたってことを考えれば!」
そこまで説明して理解したのか、リーシアも慌てて固まってしまった女性に向かって戦闘態勢をとる。
「来るぞ!」
直後、雛が殻を破って外へと出ていくように、硬くなってしまった皮膚を突き破って紫色の身体をした化け物が姿を現した。