作品タイトル不明
第95話:思った以上に その1
大規模ダンジョンでのモンスター相手の実戦も終わり、俺はダンジョン傍の駐屯地へと戻ってきた。
中級どころか上級モンスターのコカトリスと戦うことになったのは予定外だったが、状態異常に特化していて相性が良かったから助かったわ。身体能力の差があったけど、基本的に中級モンスターのバジリスクと同じ戦法で倒せたからな。
倒した死骸はランドウ先生が手配していたのか、上級冒険者達が回収に来たため渡してある。
コカトリスとバジリスクは錬金術の材料に使えるものが多いらしい。特に頭に生えていたとさかが石化を治すポーションの材料になるんだとか。他にも内臓などが毒消しのポーションの材料になるらしく、それなりの値段になるらしい。
解体の技術はないし、売りさばく伝手もないため、ランドウ先生と一緒に材料を回収してもらった。ランドウ先生と一緒に渡せばネコババしたり売った金を持って逃げたりはしないだろう、と判断してのことである。
しかし、モンスターを倒したら金になって、実戦の経験も積めるとは……『花コン』のアレコレで嫡男でいられなくなったら冒険者になるのもいいかもしれない。
ダンジョン内での立ち回りや解体の技術は身につけないといけないけど、とりあえず相性さえ良ければ上級モンスターも倒せるとわかったんだ。今後も腕を磨き続けていけば、ランドウ先生ほどは無理だとしても食っていくのに困らないぐらいの金は稼げそうである。
(自分の腕一本で金を稼いで生きていく、か……いやぁ、ちょっと憧れるなぁ……無理だろうけどさ)
今の俺の境遇から考えて、何をどうすれば嫡男の立場から外されるような事態になるのか。今までの功績から無様な真似はできないし、嫡男でいられなくなるような失態をどう犯せばいいのか……素人のはずの『花コン』の主人公に負ける? 負けるとしても状況を整えればどうとでも言い訳ができるよな。
兎にも角にも、サンデューク辺境伯家の家督や家族、しがらみを全部放り投げて出奔でもしないと無理な話だろう。そんなあり得ない未来をちょっとだけ夢想し、俺は現実に帰る。
「おかえりなさいませ、わかさ……ふ、服に血が!?」
そして出迎えてくれたナズナが目を見開いた。あ、そうか。傷口は塞がっているけど流れた血の跡はそのままだわ。
「実戦なんだ。そりゃ血も出るし怪我もするさ」
慌てるナズナに苦笑しながら言う。負傷せずに勝つことができれば最善だけど、簡単にそれができれば苦労はしない。ランドウ先生だって……いや、ランドウ先生は無傷だったわ。火竜込みで俺以上にモンスターを倒していたのにかすり傷すら負ってなかったわ。
そんなわけでナズナに帰還の挨拶をして、濡れタオルで汗を拭ってから私服に着替え、夕食をとる。
なお、戦闘の際に使った服はあちこち破れてしまったため、ナズナが回収していった。訓練や実戦で使うものだし、どうせまた破れるのなら使い物にならなくなるまで使おうということで、あとで破れたところを縫ってくれるらしい。節約できるのならそれに越したことはないよな。
そして夕食だが、ナズナが城塞都市カールソンで色々と買い物をしてきたため、ナズナのお手製だ。買ってきたパンに焼いた肉と切った葉野菜を挟んだサンドイッチである。
ランドウ先生は今日仕留めた火竜の肉を焼いて食べる気らしい。いや、たしかにそんなことを言っていたけど、まさか本当に食べるとは……正直なところどんな味か興味があるけど、せっかくナズナがサンドイッチを作ってくれていたのでそちらを食べることにする。
そして、夕食が終われば自由時間だ。早めに休んでも良いし素振りをしても良い。騎士団の方で何も問題がなければ呼び出されることもない。フェリクスも俺が修行でここに来ていることを知っているため、俺の嫡男としての立場が必要になる案件がなければノータッチだ。
「あー……ナズナ。少しいいか?」
そのため俺は夕食の片付けが終わってからナズナへと声をかける。さすがにそろそろ面と向かって腰を据え、しっかりと話をするべきだと思ったからだ。あと、『俊足の指輪』のこともある。
「はい? どうかされましたか?」
ナズナは裁縫道具を用意しながら首を傾げた。
場所は俺が借りている部屋で、俺はベッドに腰を掛け、ナズナは椅子に座ってテーブルに俺の服を置き、破れたところを縫おうとしている。
なんで同じ部屋にいるのかといえば……いや、なんでだろう? 昔からこうだったし、ナズナが俺の部屋で裁縫をしようとしてもごく普通に受け止めてたわ。ナズナが部屋にいても話し相手がいて退屈しなくて良いね、ぐらいの感覚である。
それは家族とも恋人とも違う、独特の距離感。近すぎず遠すぎず、気付けば自然と傍にいるような関係だ。三歳の頃から常に一緒にいたんだし、コハクやモモカよりは若干距離が遠い兄妹みたいな感じである。
(まあ、幼馴染みってそんなもんか……)
そう考え、かつてのウィリアムの言葉が脳裏を過ぎる。
ナズナが俺の傍付きから外され、その理由を尋ねた際、『他の家臣にはできない諫言、主君の心を汲んだ行動をするべきだ』とウィリアムは言っていた。その時はナズナを傍付きから外された焦りでそこまで深く考えなかったが、今ならその発言の意味が理解できる。
そこまで親しくない者から何か言われるのと、ナズナから言われるのとでは受け止め方が大きく変わるだろう。
親しくないものが相手となると内容によってはムッとしたり、話半分で聞き流したりと受け止め方が軽くなる。しかし親しい相手からの忠告なら反発するよりも我が身を振り返り、そうだったのか、と納得して反省できる可能性が高い。
……うん、あくまで可能性が高いだけで、忠言を受ける相手の性格次第では親しいからこそ裏切られたと反発するかもしれないし、普段から小言ばかりで聞き入れない、といったことも起こるかもしれないが。
少なくとも俺はナズナが何かしらの忠告、諫言をするなら真剣に受け止めたいと考えている。そういった俺の性格、ナズナとの関係性を見抜いた上でのウィリアムの発言だったのだろう。
(そう考えると、ランドウ先生に連れられたとはいえ娼館に行くのを た(・) だ(・) 止(・) め(・) る(・) だ(・) け(・) で、それが無理なら怒って帰るっていうのは……一発でアウトか……)
当時はなんでそんなに厳しい判断をするのか、ナズナの年齢を思えば当然ではないか、と思ったものだが、ウィリアムがナズナに俺を何が何でも止めるよう期待していたのも理解できる。
以前も考えたが、コハクやモモカを引き合いに出すとか、辺境伯家の嫡男という立場を盾にするとか……あとは単純に、泣き落としでも良い。それをされたら俺も困ってしまう。泣く子には勝てないのだ。多分、ウィリアム的にはかなり評価が低くなる解決方法だろうけどさ。赤点ギリギリ回避できるぐらいかな?
「若様?」
おっと、いかん。話しかけたものの考え事をしていたからナズナが不思議そうな顔になっている。
「ああ、悪い。思えば長い付き合いだな、とふと考えてな」
俺は軽く苦笑しながら言う。なんだかんだで十年近い付き合いで、この体に生まれ変わってからは人生の大半で一緒だ。家族、幼馴染み、乳兄弟と関係を表す言い方はいくつかあるが、ウィリアムが言う通り、他の者とは違った対応ができるはずだというのもよく理解できた。
「ええ、本当に……わたし、若様と初めて会った時のことは今でもよく覚えています。すごく……ふふっ、すっごく緊張してました」
「自己紹介で噛んでたもんな……俺もよく覚えてるよ」
あの頃はこの世界が本当に『花コン』の世界かわからなかったし、原作のキャラだ! と驚いたのをよく覚えている。あと、噛み噛みだったのも。
「も、もうっ! 若様ったらそんなところは覚えていなくていいんですっ!」
「えー? だって初対面の挨拶だったし、忘れないって」
「三歳だったし忘れてくださいっ!」
「いやぁ、さすがに忘れるのは無理かなぁ」
恥ずかしそうに顔を赤くするナズナに、反応が良いからつい、からかうような言葉をかけてしまう。
しかし、『花コン』だと三歳の頃からナズナがミナトに仕えていたかはわからないし、よくよく考えてみると『花コン』から ズ(・) レ(・) た(・) のはアレが最初だったのかもしれない。コハクとモモカを猫可愛がりしていたのとどっちが先か、ってぐらいだ。
「今日の若様、ちょっとだけいじわるです……」
「おっと、そうか? そういう日もあるって。意地悪な俺はおかしいか?」
「い、いえ……それはそれでアリですけど……」
からかいついでに尋ねてみたら、反応に困ることを言われた。え? アリなの? 俺が意地悪でもオッケーなの?
そんな感じで首をかしげていると、ナズナは余計に顔を赤くしてしまう。
「もうっ! それはいいんです! 若様、何かお話があったんじゃないんですか?」
話を打ち切るようにそう言って、話すよう促してくる。それを聞いた俺は雑談はここまでと判断して本題に入ることにした。
「うん、いくつか話があるんだけど……どれから話そうかな」
真剣な表情を浮かべてそう言うと、ナズナは裁縫道具を机に置いて背筋を伸ばす。こちらの雰囲気から真面目な話だと察したのだろう。
「そうだな……最初にこれを聞いておこう。ナズナは俺の傍付きから外された時、実家でどんな教育を受けてきたんだ? 以前聞いた時は色々って言ってたけど、多分、俺への接し方とか、 精(・) 神(・) 的(・) な(・) 面(・) で(・) 指導を受けたと思うんだが」
以前聞いた時は執事やメイドさんがやるようなことを技術として学んできた、みたいなことを言ってたが、その際の反応が引っかかったため改めて尋ねる。するとナズナは僅かに視線を逸らし、左下を見た。
「それは……その、従者として一から礼儀作法を学び直したり、料理や給仕、掃除や洗濯といった家事を学んだりしまして。この裁縫もその一環で……」
「うん。それもあるんだろうけど、 そ(・) れ(・) 以(・) 外(・) の(・) 部(・) 分(・) について聞きたいんだ」
俺が重ねて問うと、ナズナは視線を左上へと移動させる。
「それ以外、となると……ですね……い、言わなきゃだめ、ですか?」
「話せない内容なら話さなくてもいい。でも、聞けるのなら聞きたいんだ」
パストリス子爵家の秘伝みたいなものがあるのなら主君が相手だろうと話せないだろうし、無理矢理聞き出すつもりもない。だが、話せることなら聞きたかった……主君からこう言われたら脅しみたいだけど、あくまで俺の本心である。
ナズナはあちらこちらに視線を彷徨わせ、困ったように眉を寄せる。しかし最後には大きく深呼吸をして、じっと俺の目を見てきた。
「最初にお母様に言われました……貴女は今後、若様にとってどんな存在でありたいのか、と」
「アンヌ母さんが?」
「はい。今まで通り、ただ傍に在るだけなのか。若様に盲目的に仕えるのか。若様に頼られる存在になるのか。頼られるとしても、どの程度まで頼られるのか」
ウィリアムはナズナを実家に送ると言っていたが、母親であるアンヌさんが自ら指導をしたのか。アンヌさんの指導なら間違いはなさそうだが……。
「若様の傍にいて従者として侍る道。お母様のように、嫡男の教育を任される乳母としての道。お父様のように、若様を守る盾となり剣となる道。あるいは若様の 隣(・) に(・) 立(・) っ(・) て(・) 、それら全てを成す道……細かいところは省きますが、それらの中からどれを選ぶのか、と」
そう言って真剣ながらも複雑そうな表情を浮かべるナズナ。
(だから以前、俺に危険が迫れば盾になって、敵がいれば剣になるって言ったのか。それ以外に道はないって……でも、その選択は……)
少なくともアンヌさんみたいに、将来の辺境伯に信頼されて乳母となる道は選ばなかったってことだ。
ナズナぐらいの年齢だと想像がつかないのかもしれないが、嫡男の乳母として教育も任されたアンヌさんは本当にすごい女性である。俺も育ての母として慕っているし、俺が身に着けた会話法や礼儀作法の基本はアンヌさんから教わったことだ。
ある意味、実の両親以上に影響を与えるのが乳母という立場である。当然ながら主家を裏切らない人物でないと任せられないし、何かあれば実の我が子よりも優先して守り抜く忠誠心が必要だ。もちろん、それに見合った信頼と報酬を与えられる立場でもある。
アンヌさんの場合、夫が騎士団長のウィリアムということもあり、レオンさんの統治下においてはパストリス子爵家が武官の中でも筆頭、家臣全体で見ても一、二を争う重臣だ。
ウィリアムは学園に通っていた際の国王陛下の後輩でもあるし、陪臣として見れば上澄みも上澄みである。
ゲラルドがいる以上、よっぽどのことがなければナズナは嫁に行く立場だが、嫁に行ったからと俺の従者を辞める必要はない。さすがに他家の貴族のところに嫁いだのなら話は別だが、『花コン』を考慮せずに順当に考えればサンデューク辺境伯家の家臣同士で結婚するだろう。
そうなると妊娠や出産で長期的に休むことはあるだろうが、そのまま俺の子どもの乳母という立場にスライドできるのがナズナの立ち位置なのだ。
そ(・) れ(・) を捨ててまで、ウィリアムのような立ち位置を望む理由。どちらかといえば乳母の道を捨ててそれ以外の役割を全て兼ねるような振る舞いをしている、その理由。
乳母という 誰(・) か(・) に(・) 嫁(・) ぐ(・) ことを拒否してでも俺の傍にいようとする理由を、確認だけはしておかなければならないと思った。