軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第93話:修行 その3

火竜相手に刀一本握って距離を詰めていくランドウ先生に背中を向け、俺は剣を構えながら生い茂る木々の中を注視する。

むせかえるように濃厚なダンジョンの気配の中、ほんの僅かに漂う異物の気配。それはかすかな臭いや音、肌で感じ取る感覚が知らせてくるもので、俺は静かに呼吸を整えながら相手が姿を見せるのを待つ。

背後からは自身を鼓舞するように大きな咆哮を上げる火竜と、そんな火竜に向かって歩いて距離を詰めていくランドウ先生の気配があるが……今は自分の戦いに集中だ。

(ランドウ先生が俺に任せたっていうことは中級のモンスターだろうな……ワイルドベア? グリフォン? キマイラか? その辺りなら十分対処が――)

そこまで考えた時、遠くの木の陰からモンスターが顔を覗かせた。木の陰に隠れていることから体は大きくなく、精々一メートル半ばといったところだろう。

鶏を巨大化させたような体に、頭には王冠のようなとさか。尻尾は巨大な蛇が鎌首をもたげている。

(――バジリスクか!?)

その姿を確認した俺は、即座に剣に魔力を乗せていた。

東の大規模ダンジョンに現れる中級モンスター、バジリスク。

その特徴は他の中級モンスターと比べて小柄な体と、 状(・) 態(・) 異(・) 常(・) に特化していることだ。

前世でも外国の伝承だったり『花コン』以外のゲームだったりで登場するが、『花コン』におけるバジリスクは状態異常として毒や猛毒、石化を魔法で付与してくる。

毒は最大HPの五パーセントのダメージを五ターン継続して与える。

猛毒は最大HPの十パーセントのダメージを五ターン継続して与える。

そして石化が一番厄介で、くらってしまえば石になって行動不能になる。

毒や猛毒、石化は状態異常を回復する魔法やポーションで治すことができるが――。

(毒消し用のポーションは以前ランドウ先生にもらったけど、石化を治すポーションは持ってねえぞ!?)

50%の確率で毒を付与する『 毒牙(どくが) 』、50%の確率で猛毒を付与する『 猛毒牙(もうどくが) 』。石化に関しては30%の確率で付与する『 石縛(せきばく) 』、50%の確率で付与する『 石化縛(せきかばく) 』と、単体に限るが面倒な状態異常を付与するのがバジリスクというモンスターだ。

東の大規模ダンジョンにはバジリスクよりも更に上、コカトリスという敵全体に毒や猛毒、石化をばら撒く厄介な上級モンスターもいたはずだが……一対一で戦おうとしている現状、単体への状態異常に特化したバジリスクでも十分厄介である。

救いがあるとすれば、バジリスクはリッチほどではないが中級モンスターの中ではHPが低く、簡単に倒せる部類だ。その代わり、石化を許せば一撃で負けるが。

『ケエエエエエエエエェェェッ!』

バジリスクが嘴を開いて咆哮する。それと同時に目が怪しく光り、こちらに向かって魔力の波が迫りくる。『石縛』か『石化縛』のどちらかだろう。

「っ!」

スギイシ流――『一の払い』。

事前に剣に魔力を乗せていたのが功を奏した。俺は迫りくる魔力の波に向かって剣を振り下ろし、たしかな手応えと共に魔力を両断する。

(よし、問題なく斬れっとぉっ!?)

石化を防げることに安堵したのも束の間、それまで開いていた距離を瞬時に詰めたバジリスクが跳躍。ゴツい 鉤爪(かぎづめ) が生えた後脚で飛び蹴りを仕掛けてきた。

俺は咄嗟に横に避けて回避するが、通り過ぎたバジリスクはそのまま生えていた木の幹に着地。衝撃と勢いで木の幹を削りながら止まり、再度こちらに向かって弾丸のように跳躍してくる。

『ケエエエェェッ! ケエエェッ!』

怪鳥のように鳴き声を上げながら繰り出される鉤爪。それは俺の顔面を引き裂くような軌道で放たれ、後ろに跳んで回避すると翼のような前脚を羽ばたかせて方向転換。まるで 独楽(コマ) のように回転しながら後ろ脚での蹴りを繰り出してくる。

「ちっ! こんのっ!」

剣で鉤爪を弾くが、一息に斬るには硬い。『召喚器』である『瞬伐悠剣』とぶつかり合って火花を散らすが、一体どれほどの硬度があるのか。鉤爪ではなく足の部分を斬ろうとするものの、蹴りの速度が速くて中々上手くいかない。

『シャアアアアアアアァァッ!』

蹴りに加えて、尻尾として生えた蛇が牙を剥いて襲い掛かってくる。噛まれたら腕を貫通し、更に毒でも送り込まれそうな鋭い牙だ。

そのため俺は左手を剣の柄から離し、蛇の顎を手首でかち上げて強制的に口を閉じさせる。ランドウ先生なら手刀で『一の払い』を叩き込めるけど、俺には無理だからあくまで打撃だ。

「っと!」

至近距離から魔力――針状になっているためおそらくは『毒牙』か『猛毒牙』が放たれたため『一の払い』で斬り払い、素早く後退して距離を開ける。

(小柄なモンスターだけど手強い……いや、小柄だからこそか? 速度で負けてるな……)

バジリスクは俺よりも若干小柄なぐらいだが、その速度は俺を超えている。外見は本当に巨大化した鶏って感じなのに、尻尾が蛇だしその暴れぶりはモンスターらしい凶暴さだ。

(って、まずいな……気配がもう一つ近付いてきてる……)

戦闘中ではあったが、遠くから気配が一つ近付いてきているのを感じ取った。おそらくこちらの戦闘音に気付いたのだろう。

(……仕方ない、か)

俺は両手で『瞬伐悠剣』を握り締め、意識を集中する。

「剣よ。 悠(とおい) 敵を 瞬(またた) く間に 伐(き) るための力をこの身に宿せ――『瞬伐悠剣』!」

体に負担がかかるから避けたかったが、増援が到着すれば一気に押し切られてしまうかもしれない。そう判断した俺は『瞬伐悠剣』の能力を開放し、軽くなった体で瞬時にバジリスクとの距離を詰める。

『ケッ!?』

それまでを大きく上回る速度で踏み込んだからか、バジリスクから驚きの感情が伝わってきた。しかしそれに構わず踏み込み、晒した隙を遠慮なく突く。

咄嗟に反応して距離を取ろうとしたバジリスクの蛇の頭を刎ね、バランスを崩させる。それによってたたらを踏んだように体勢を崩したバジリスクへと、更に踏み込む。

スギイシ流――『二の太刀』。

一撃必殺の意思を込め、回避する余裕のないバジリスクの首を横薙ぎに刎ね飛ばす。『瞬伐悠剣』の能力によって加速した体、威力が増した斬撃だからこそ繰り出せる一撃だ。

「剣の力は使わず自力で倒したかったが……まだまだだな」

首を刎ねたバジリスクの体が数歩あるき、最後には力尽きたように地面に崩れ落ちる。それを最後までしっかりと見届けた俺は大きく息を吐き――振るった剣が飛来した魔力を切り裂いた。

(新手か……ん? またバジリスク……じゃない!)

荒い足音を立てながら駆け寄ってくるモンスターの姿に、俺は剣を構え直す。

その外見は今しがた倒したバジリスクに似ていたが、頭や胴体が鶏で尻尾は蛇のままなのに、翼が竜と思しき頑丈そうな外見になっていた。体躯もバジリスクより大柄で、頭から爪先まで二メートル近い高さがある。

バジリスクの更に上、上級モンスターであるコカトリスだ。前世の伝承によってはバジリスクと同じ存在だとされるが、『花コン』では別の存在であり、上級モンスターだけあってバジリスクよりも強い。

ただし、能力的には単体への状態異常に特化したバジリスクと全体への状態異常に特化したコカトリスといった、単体か全体かの違いがあるぐらいだ。

バジリスクと同様に、同じ等級のモンスターの中ではHPが低めで、ステータス的には強めの中級モンスターぐらいでしかない。俺とランドウ先生にとっては『一の払い』で魔法を斬れる分、対処がしやすい部類のモンスターだ。

(コイツが『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時に出たらやばかったけどな……)

敵全体に毒や猛毒、石化をばら撒けるとなると、こちらの数が多ければ多いほど被害が増える。その点は死霊系モンスターが確率で即死する魔法をばら撒くのと一緒だ。

「先生! コカトリスです! なるべく防ぎますがそっちに魔法が飛んでいくかもしれません!」

「お、そうか。今夜は鶏肉……いや、こっちのドラゴンの肉の方が美味いか?」

「なるほど余裕ですね!」

相手が上級モンスターだし、ランドウ先生に一応警戒を促すが反応が軽すぎた。そのため俺はこっちのことだけに集中していればいいな、と気合いを入れ直す。

『瞬伐悠剣』の能力は発動したままだ。速攻で仕留めるべく全力で地面を蹴りつけて一気に加速し――視界の先で、コカトリスの姿が消えた。

(っ!? は、やっ!)

二本足とは思えない急加速で、残像が残りそうな速度で地を駆けるコカトリス。時折竜の翼を羽ばたかせて加速したり、急角度で曲がったりと、こちらの視界から消えることを意識した動きをしながら一気に距離を詰めてくる。

そして繰り出される蹴り、竜の翼での打撃、僅かに遅れて蛇の尾の噛みつきと、こちらが回避し辛いようバラバラかつ僅かな時間差をつけて攻撃を繰り出してきた。

――だが、捌ける。

俺がここ一ヶ月ほど訓練の相手として戦ってきたのは、ランドウ先生だ。もちろんランドウ先生は本気は出さず、その実力の半分も発揮していなかった。

それでも、コカトリスが繰り出す攻撃の数々よりも手加減したランドウ先生の斬撃の方が速く、重く、防ぎ辛く。余裕をもってとはいかないが、剣一本で全て防げる程度には目も体も慣れていた。

(さすがにこの剣があってこそだけどな!)

ただまあ、全部が全部自力で防げていたのなら格好もついたのだが。残念ながら今の俺では『瞬伐悠剣』の力を借り、一対一の状況に持ち込んでようやく拮抗できる程度でしかない。

もしもコカトリスが状態異常に特化したモンスターではなく、何かしらの属性の攻撃魔法に特化したモンスターだったならば拮抗状態に持ち込むことすら難しかったかもしれない。斬った手応え的に、状態異常の魔法は通常の属性魔法と比べると柔らかくて斬りやすいのだ。

時折攻撃が体をかすって血が噴き出るが、痛みはあっても致命傷ではないし深手にも程遠い。派手に出血しているだけだと判断し、俺も少しずつコカトリスに傷を与えていく。前世の伝承通り視線や吐息に毒があったらヤバかったが、幸い魔法にかからなければ悪影響はないようだ。

コカトリスは魔法を使っても意味がないと判断したのだろう。至近距離での戦闘に注力し、俺を叩き潰そうと蹴りを、翼での打撃を、嘴での刺突を、尻尾での打撃と噛みつきを仕掛けてくる。

蹴りは剣で弾く、翼での打撃は避ける、嘴での刺突も避ける、尻尾での打撃と噛みつきはバジリスク相手にやったように左手で封じる。

そうして弾いて避けて殴ってと繰り返し、互いに血を流しながら削り削られ。そろそろ勝負を付けなければまずいと判断した俺は大きく距離を取って剣を構える。

『ケエエエエエエエェェッ!』

「ふぅ……」

バジリスクに似た奇声を上げるコカトリスに対し、俺は静かに息を整えた。心臓の鼓動に合わせて傷口から血が出るが、構わず前傾姿勢を取る。

そして、駆けた。『瞬伐悠剣』の力を借り、一歩で間合いを潰し、二歩目で踏み込む。ただし踏み込んだ位置は剣が届かない、少しばかり手前だ。

『ケケッ!』

間合いを測り損なった俺にコカトリスが小さく笑った気がした。だが、それに構わず振りかぶった剣を振り下ろす。

剣が届かない位置で振り下ろしたため当然剣は届かず――『一の払い』で伸ばした魔力の刃がコカトリスの胴体を大きく切り裂く。

『ケケェッ!?』

何故斬られたのかわからない、と言わんばかりに悲鳴を上げるコカトリスだが、その悲鳴を聞く頃には更に前へと踏み込んでいた。

踏み込んだ左足の腱からプチプチと音が鳴ったが、それに構わず横薙ぎに剣を繰り出す。初撃の痛みと衝撃で反応ができないコカトリスの首を刎ね飛ばし、悲鳴を上げたままの顔が宙を舞った。

俺はコカトリスの体が地面に倒れ、動かなくなるまで剣を構え続ける。そしてしっかりと絶命したことを確認してから大きく息を吐いた。

(いてて……こっちの動きと間合いの広さを 覚(・) え(・) さ(・) せ(・) て(・) ようやく、か……)

上手く 嵌(はま) ってくれて助かった、と俺は安堵する。『一の払い』で斬撃を飛ばすことはできないが、伸ばすことはできるようになったためぶっつけ本番で試してみたのだ。

(リッチ相手に覚えたての『一の払い』を使えた時といい、案外本番に強いのかね……それなら助かるわ)

我がことながら、覚えは悪くても覚えたこと自体は相応に扱える自分自身に少しだけ喜ぶ。そうして喜びつつも低品質のポーションを取り出し、頭からかぶるようにして傷口に振りかける。すると数秒かけて傷口が塞がり、血も止まってくれた。

周囲の気配を探るが、増援の気配もない。

(ランドウ先生は……ああ……)

ランドウ先生はどうしているのかと振り返り、思わずため息にも似た声を内心だけで漏らす。

無事だとは思っていたが、丁度振り返ったタイミングで火竜の首がズレて落下するところが見えたのだ。

コカトリスも上級モンスターだが、ドラゴン系のモンスターと比べると様々な面で劣る。少なくとも同じ上級のコカトリスを倒せたからと挑む気持ちがわかないぐらいにはドラゴンは強いはず、なんだが……。

「悪いな、ミナト。コイツが逃げ回るから思ったよりも時間がかかった」

「い、いえ……」

息一つ乱さず火竜を仕留めてみせたランドウ先生に対し、俺はどんな反応をすれば良いか迷ってしまった。上級の中では弱い方とはいえコカトリスを倒せたのだから、喜びたいところだったんだが。

(まあ、以前倒したボスモンスターのデュラハンも強さ的には上級の中でも上の方だったはずだし、これぐらいで喜んでる場合じゃないか)

そんなことを思い――それでも自分自身のたしかな成長と手応えを感じ取り、小さく拳を握り締めるのだった。