軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第91話:修行 その1

――人間という生き物は、何事にも慣れる生き物である。

前世のどこかで聞いたような言葉を、この二週間ほどで俺は強く実感していた。

「ハァッ!」

鋭い呼気と共に踏み込み、ランドウ先生に向かって繰り出すのは袈裟懸けの『二の太刀』。その一閃はイメージ通り、 普(・) 段(・) 通(・) り(・) の威力と鋭さで放つことができた。

「ふむ……」

まあ、片手で構えた刀で簡単に防がれたんだけども。俺の動きを観察するように目を細めるランドウ先生は、微塵も揺らぐことなくこちらの攻撃を防いでいく。

「剣よ。 悠(とおい) 敵を 瞬(またた) く間に 伐(き) るための力をこの身に宿せ」

斬撃を繰り出しつつ、握る剣に意識を集中。そしてタイミングを見計らって力を解放する。

「――『瞬伐悠剣』」

一気に加速する体と、威力が増す斬撃。それでいてうっかり踏み込んだ足が砕けないよう、ギリギリのところで ブ(・) レ(・) ー(・) キ(・) を(・) か(・) け(・) て(・) の一撃だ。

「……まあまあ、だな」

まあ、これもまた普通に防がれるんだけど。

俺が現状繰り出せる最速かつ最強の一撃だろうと、ランドウ先生は正面から防ぎきる。一応、片手だったのが両手で刀を握って防いでいることから、少しは脅威に思われている――と信じたいところだ。

「くっ!? そんなあっさりと!?」

それでもリンネにも通じた一撃を容易く防がれると、ランドウ先生と会う度にバキバキと圧し折れる過信が粉砕され、見るも無残なことになってしまう。増長せずに済むのは良いことだけど、たとえランドウ先生が相手でも負けたくないという気持ちも少し、浮かんでくる。

「このダンジョンの空気にも慣れたみたいだが、それはゴールじゃねえ。ようやくスタート地点に立ったんだ。いいか、ミナト。これからが修行の始まりだ。お前はようやくその準備を整えただけだ。わかるな?」

「わかりっ! ますけどっ! そんな! 簡単に! 防がれると! ですね!?」

俺の斬撃を受けるだけでなく、反撃としてかなり加減した斬撃を繰り出してくるランドウ先生。それを必死に防いでいくが、軽く放たれたように見える斬撃でも速いし鋭いし重い。手がしびれないよう衝撃を逃がしていくが、気を抜けば剣が弾き飛ばされそうだ。

「負けん気があるのはけっこうなことだが、一人前になったといっても俺から見ればまだまだ未熟だ。ほら、隙ができたぞ?」

「っ!?」

剣を跳ね上げられ、胴体ががら空きになる。あとは峰打ちで一撃叩き込まれて俺の負けだ。

「んにゃろっ!」

「お?」

繰り出される横薙ぎの一閃――の、 根(・) 本(・) 。刀を握ったランドウ先生の両手を狙って前蹴りを叩き込む。そうすれば刀を手放すだろうと思ったのだ。

「いいぞ。狙いは悪くない」

全力で蹴ったのに、ビクともしなかった。蹴った俺の足ごと両腕を振るわれ、引っ繰り返すみたいに強引に体勢を崩される。

「だが、不用意に蹴りは出すな。こっちを崩せる保証はないんだから、蹴るとしてもその勢いで距離を離すぐらいにしとけ」

「……はい」

反撃の手段がなくなり、眼前に突き付けられた刀の切っ先を見て動きを止める。するとランドウ先生は俺を見ながら刀を納刀し、どこか満足そうに顎髭を撫でた。

「このダンジョンに慣れるまで約半月、か……早いとは言わねえが、慣れてからの動きはそれなりに 見(・) ら(・) れ(・) る(・) ようになったな」

「一本も取れませんけどね……」

「ハッ、甘い甘い。俺から一本取りたいならもっと精進しろ」

そして俺が精進している間にランドウ先生も強くなって、距離が一向に近付かない、と。

それでもランドウ先生が 楽(・) し(・) め(・) る(・) 程度には剣を使えるようになった、と思えば成長を実感できないこともない。あ、そんな話をしている間にランドウ先生が『一の払い』でモンスターを狩った……あれはキマイラか。

「……俺もその斬撃を飛ばす技、そろそろ覚えたいですね」

飛ぶ斬撃なんて、男の浪漫と言えるだろう。男心がくすぐられて仕方がない技だ。正直、格好良いと思う。

そんな格好良さに惹かれる心とは裏腹に、俺の戦い方だと近付いて斬ることしかできず、まともな遠距離攻撃の手段がほしいという切実な気持ちもあったが。

「ん? あー……そうだな。このダンジョンの空気にも慣れたし、そろそろ頃合いかもしれねえな。 外(・) の(・) 空(・) 気(・) だと気配を掴みやすいだろうから、練習すれば使えるようになるはずだ」

「本当ですか? それなら後で試してみますよ」

どうやらダンジョン内での訓練が『一の払い』の強化につながっていたらしい。いや、まだ環境に慣れる段階だから、訓練とは呼べないのかもしれないが。

「はぁ……っ、はぁ……す、スギイシ様はいいとして、わ、若様も、なんでそんなに、平然と……」

そうやって俺がランドウ先生と話をしていると、息も絶え絶えの様子でナズナが話しかけてくる。模擬戦を行う俺やランドウ先生と違い、一人で素振りをしていただけなのだが既に疲労困憊といった有様だった。

(うーん……思ったよりも慣れるのが遅いな……初陣がまだだし、少し厳しいか……?)

俺がまだダンジョン内の空気に慣れていなかったが、ナズナがどうしてもと言うから同行を許して既に十日が経っていた。

しかしながらナズナは初日で一時間ともたず、十日が経った今日でも二時間ともたずに限界を迎えたらしい。

(いや、待てよ? 十日程度の鍛錬で二週間前の俺に追いついたって考えると早い気が……さすがは『花コン』のメインキャラってことか)

俺(ミナト) もやられ役としてはメインキャラだったはずだが、成長力の差が大きくて何も言えない。まあ、あくまでダンジョンの空気に慣れる速度の話であって、ナズナの実力自体が伸びたわけではないが。

それに、ナズナは俺みたいにランドウ先生と実戦形式で訓練をしているわけではなく、持ち込んだ剣で素振りをしているだけである。肉体的にも精神的にも消耗は少ないはずだ。

(それでも初陣未経験と思えば大したもんか……俺の初陣についてきたけど、本当についてきただけだったしな。この機会に実戦を経験させたらどれだけ化けるか……)

今はまだ、ダンジョン内の空気に慣れる段階でしかない。それに加えて大規模ダンジョンには中級以上のモンスターしかいないし、初陣の相手として戦わせるには難易度が高いだろう。

ナズナがランドウ先生の弟子なら、そんなことは知ったことかと中級以上のモンスターと戦わされそうだが……ナズナはサンデューク辺境伯家の騎士団で戦い方を学んだのであって、ランドウ先生の弟子じゃない。今の状況なら初陣の相手は俺が見繕うべきだろう。

(近隣で手頃な野盗でもいないかな……いや、さすがに初陣が対人戦はきついか? 大規模ダンジョン以外にもダンジョンがいくつかあったし、そっちに連れて行けば……)

危うく自分自身の初陣を基準として相手を探してしまいそうになったが、すんでのところで踏み止まる。あるいは、モンスターが相手だとしても俺と一緒に中級のモンスターと戦って初陣を乗り越えてもいい。強すぎる相手は危険だが、俺と一緒なら中級のモンスターが相手でも相応に危険で初陣にはうってつけだろう。

(あ、でもできれば人型の方がいいか? それなら人間相手に戦うことになっても戸惑わないだろ。東の大規模ダンジョンで人型となると……亜人系のサイクロプスがいたっけ? でもたしか上級モンスターなんだよな……)

『花コン』での外見で語るならば、サイクロプスは一つ目の巨人だ。一応上級魔法を使えるが、どちらかというとデカい体に見合った高いHPと身体能力を活かして戦うタイプである。

俺が戦ったボスモンスターのデュラハンよりは弱いはずだが、さすがに初陣の相手にするには厳しいか? そうなると近場のダンジョンでゴブリンでも探した方が無難かもしれない。

「ふぅ……申し訳ございません、若様。さすがにそろそろ限界が……」

「ああ、それなら先に帰って休んでいてくれ。途中まで送ろう」

大規模ダンジョンで修業を始めてから、さすがのナズナも何が何でも俺の傍にいる! というような発言はなくなっていた。

相変わらず俺の身も心も守るんだ、という意気込みはあるようだが、今の状況ではそれも難しいという現実に直面し、まずは自らを鍛えてそれを可能とするつもりらしい。

「…………」

そんなナズナを見るランドウ先生の目が、それとなく複雑そうというかなんというか……ランドウ先生の 背(・) 景(・) を知っている身からすると、主君を守ろうとして守り切れなかった自分の過去を思い出しているんじゃないか、なんて。

ただし本人の口から聞いたわけではなく、『花コン』をプレイしている中で知った情報のため俺の方から尋ねることはしない。ただ、そんなランドウ先生の様子を見ていると、そろそろこちらから尋ねないのも不自然かな、とも思う。

「ランドウ先生? 何やら複雑そうな顔をされていますが……ナズナがどうかしましたか?」

とりあえず軽く話を振ってみる。話してくれるなら何かしらの反応があると思うが……。

「……いや、このダンジョンについてくる気概は認めるが、本人の資質と希望が合ってないからな。お前を守ると言って剣を振っているが、剣より盾を持たせるべきだと思ったまでだ」

以前も言った気がするがな、と呟くランドウ先生。本音かどうかはわからないが、どうやらまだ話してくれる気にはならないようだ。

(ランドウ先生にとっては自分の根幹に当たる部分だし、弟子が相手でも話しにくいか……少し残念だけどな)

そんなことを思っていると、ランドウ先生は一度頭を振ってから俺へと視線を向けてくる。

「見送るなら行ってこい。近くにモンスターの気配もないし、お前ひとりで十分だろ」

「その間、先生はどうされるんです?」

「少し気晴らしにモンスターを狩ってくる」

そう言って、ランドウ先生は俺に背中を向けた。そんなランドウ先生にかける言葉が見つからなかった俺は、ひとまず言葉に従ってナズナをダンジョンの外へと連れ出すのだった。

ナズナをダンジョンの外まで送り、元の場所まで戻って再びランドウ先生相手に剣を振るうこと二時間ほど。

さすがに限界がきたため、俺もダンジョンから出て駐屯地へと戻ることにした。ランドウ先生はもう少し剣を振っていくつもりらしく、ダンジョンの奥へと向かったが……まあ、よくあることだし、単独で行動する方が身軽で強い人だ。俺が心配するだけ逆に失礼ってもんだろう。

そうして駐屯地に戻り、借りている部屋へと足を向ける。先に戻ったナズナが色々と準備をしてくれているだろう。

「あ……おかえりなさいませ、若様っ! お食事にしますか? お風呂にしますか? 少し休みますか?」

「…………」

出迎えるなり三択を突き付けてくるナズナに、この世界にも そ(・) う(・) い(・) う(・) の(・) があるのかと少しばかり悩む。だが、ナズナは嬉しそうにしながらも至って普通で、意識してのことではないのだろう。

(でも、どことなく嬉しそうにしているし、まったく意識してないっていうのも変かも……服も着替えてるし……)

ダンジョンの中では身に着けていた防具を脱ぎ、わざわざ持ってきていたのか以前みたいにメイド服を身に纏っている。髪が短くなったため少しばかり違和感があるが、見慣れた格好になったため俺としても落ち着くが……。

(以前プレゼントしたリボン、わざわざ手首に巻いてるんだよなぁ……)

アクセサリー代わりのつもりか、ちょっとしたおしゃれのつもりか、 そ(・) れ(・) 以(・) 外(・) の(・) 意(・) 図(・) があるのか。

使い古す度に白いリボンをプレゼントしていたが、剣の鞘に結んだものとは別の、少しばかり布地がくたびれたように見えるリボンを左手首に巻いているのだ。

しかも仕事の邪魔にならないよう、自分で切って縫製したのか適切な長さかつ外見のため、こちらから注意もしにくい。

(うーむ……雑談として触れても良いものか……触れたら触れたでなんかまずい気がするし……どうしよう……)

昔プレゼントしたリボンをわざわざ手直しして身に着けている理由とは、なんぞや。

もちろん、主君が贈ったものを大事にしているだけっていう可能性もある。贈ったものを粗末に扱われて良い気がする人はいないだろうし、手直ししてでも大事に扱っていますよ、とアピールしているのかもしれない。

そのため『そのリボン、まだ使ってくれてるんだな?』なんて気軽に話を振っても良いのかもしれない――いや、本当に? その話題、振っても大丈夫なやつか?

(……わからん……年頃の女の子への対応として何が正解なのか、わからん……)

俺の精神的には思春期を迎えた娘とどんな会話をすれば良いのか、という悩みに近いのかもしれない。だが、実態としては同年代の男女なわけで。ちょっとした会話がどんな影響をもたらすのかわからず、俺はランドウ先生が帰ってくるまで当たり障りのない会話を行うのだった。