軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第90話:大規模ダンジョン その3

そんなこんなで、冒険者達がモンスターの死骸から素材を集めるところを見届けたら今日の修行は終了となった。

わざわざ見届けたのは冒険者達が襲われないようにするためで、ランドウ先生としてもそのぐらいの情をかける関係性がある相手らしい。普段見ることがないランドウ先生の側面を見た気になって、ちょっと楽しかったのは内緒だ。

(しかし、本当に疲れたな……ナズナは上手くやってるだろうか……)

訓練初日にもかかわらず既に疲労困憊だったが、駐屯地に戻ったらナズナがきちんと環境を整えているか確認する必要がある。

( 駐屯地(いえ) に戻ってからやるから宿題ってか……まさか父さん、こうなるって読んでたわけじゃないだろうな? いや、読んでるか。そうじゃなきゃわざわざ宿題だなんて言わないもんな)

俺が何を求めているか伝えたし、それを実現するために必要な権限も与えた。あとはナズナがどこまでやれているかだ。

レオンさんからの宿題は家臣を 使(・) う(・) だけでなく、育てることまで意識しろってことだろう。ウィリアムが何も言わずにナズナの同行を許したのも、ナズナを認めたというよりは俺の教育に役立つから黙認したっていう方が正しいのかもしれない。

そして俺がナズナを教育した結果次第でナズナの今後も決まる、と。

(寝床の確保、食事の用意、風呂はさすがに無理としても体を拭くお湯と手拭いぐらいは欲しいが……さて、どうなってるかねぇ)

最悪、目標を達成するという面だけで見れば、騎士団長の娘という立場を使って兵士達を動かすという選択肢もアリといえばアリだ。まあ、騎士団長の娘より 嫡男(おれ) の従者っていう立場を出す方が手っ取り早いか。

そんなわけで選ぼうと思えばいくつも選択肢があるわけだが――。

「あっ! 若様!」

駐屯地に帰ってきた俺を見て、ナズナが以前のようにぱぁっと表情を輝かせながら駆け寄ってくる。しかしすぐに動きを止め、表情を取り繕ったかと思うと真剣な顔付きになった。

「おかえりなさいませ、若様。部屋と食事の用意ができておりますが、休憩と食事はどちらからにされますか?」

「……汗を流したいっていったら、何が用意できる?」

「兵士達との共用になりますが、蒸し風呂がございます。汗を拭くためのお湯とタオルならすぐにご用意できますが」

そう言って折り目正しく一礼するナズナ。そんなナズナの反応を見た俺は思った。

(あれ……なんか、普通に対応してるな。文句をつける部分が特にないんだが……)

大規模ダンジョン傍の駐屯地だし、お湯を張った風呂に入りたい、なんて贅沢は言わない。そうなるとナズナの言う通り蒸し風呂……サウナを狭くして蒸気を逃がさないようにした造りの蒸気風呂があるだけでも上等だろう。

「部屋はどんな感じだ?」

「屋根付きの部屋を借り上げました。元々指揮官用に用意されていたもので、空いた部屋があったのでそちらを使って良いとフェリクス殿からも許可をいただいています」

「……食事は?」

「騎士や兵士達向けの食事ならすぐに同じものを提供してもらえるよう、話を通してあります。それ以外でとなると……その……」

それまではきはきと喋っていたナズナだったが、言葉を濁して視線を彷徨わせる。一体何事かと首を傾げていると、自信がなさそうに言った。

「カールソンで購入した物資もありますし、わたしが作ったもので良ければ……食べますか?」

そわそわとした様子で尋ねてくるナズナ。俺はそんなナズナの態度に面食らうが、それはそれでアリだな、と頷く。

「場合によってはそれもアリだな。今後の訓練次第だけど、一日中ダンジョンにこもることもあるかもしれないしさ。その時は弁当を作ってくれよ」

「あ……はいっ! その時は腕によりをかけて作りますね!」

嬉しそうに微笑みながら返事をするナズナに、俺は内心で首を傾げる。いや、本当に問題といえる問題が見当たらないんだが。

(待てよ? 元々ナズナは俺の傍付きとして十年近くやってきたわけだし、この手の準備とか手続きとかは慣れたものか……そうなると領地に連れていかれてからは何の勉強をしてたんだろう? 花嫁修業?)

ウィリアムも場合によってはナズナを俺の傍付きに戻さず、そのまま嫁がせると言っていた。そしてその場合の花嫁修業というのは料理や掃除といった内容ではなく、子爵家の令嬢としての礼儀作法の習得や勉強などになるはずだ。

ナズナは俺の傍付きだけでなく、学友として一緒に勉強していた。そう考えると実家に戻ってわざわざ学び直す必要はないだろうし、何の教育を受けてきたんだろうか?

「あー……ナズナ? 部屋や食事の用意、ありがとう。話を聞いた感じだと不備もなさそうだ。その辺りも実家で学んできたのか? よければどんな教育を受けてきたのか教えてほしいんだが」

俺の方でナズナを教育するとしても、情報がなければどうにもならない。そう思って尋ねてみるとナズナの動きが止まり、薄っすらとした笑みを口元に貼り付ける。

「――色々でございます」

「色々?」

「はい。若様の従者として一から礼儀作法を学び直し、必要と思うことを学んできました。他にも色々と……それこそ料理や給仕、掃除や洗濯といった仕事に関しても学び直してきました」

なるほど、と俺は頷く。どうやらどこかに嫁がせるための勉強ではなく従者、いや、この場合はメイドや執事が習得するような技術まで学んできたのか。

(その辺りの技術は……まあ、必要といえば必要か? でもナズナが俺の傍付きを外されたのって、ランドウ先生が初陣を乗り越えたお祝いってことで俺を娼館に連れて行こうとしたのを止めきれなかった、そして職務を放棄して帰ってしまったのが理由としては大きかったよな……)

つまり、技術的な面で見ればナズナは従者として十分な水準にいたのだ。駄目だったのは従者としての振る舞い方で、どんな手段を使ってでも俺を止める姿勢を見せることができていれば今のようにはなっていなかったはずである。

(ナズナに必要なのは何かしらの能力よりも、本人の意識を変えること……か? じっくりと話して相互理解をして、今後のスキルアップを……なんかそれって人事面談みたいだな……)

ナズナとは三歳の頃から常に一緒にいたため、他の者なら必要としたはずの対話が足りていなかったのかもしれない。言わずとも通じるだろう、意図を汲んでくれるだろう、と甘えていた部分があったのかもしれない。

いや、俺の意図を汲んでくれるという意味ではナズナ以上に優れた者はいないだろう。幼馴染みとしてこれまで培ってきた関係性があるからだ。ただしレオンさんやアレクみたいに俺との関係性ではなく本人の能力で意図を見抜く相手は除いて、だが。

ランドウ先生に娼館に連れていかれた際、ナズナの駄目だったところは二つ。

一つは職務放棄して帰ってしまったこと。こればかりは俺も擁護できないし、レオンさんやウィリアムから指摘されたら素直に頷くしかない。俺を止めきれなかったからと怒って帰ってしまえば、そこで終わりだ。

一つは止め方が駄目だったこと。ただし、これも十二歳程度の子どもに完璧を求めるのはさすがに無理があると俺は思うが……それでも、無理だとわかっていても最善を尽くさなければならないのが勤め人の辛いところか。

レオンさんからの依頼でランドウ先生が俺を連れ出していると見抜ければ、たとえば、コハクやモモカが知れば教育に悪い、どう顔向けするのかと俺の情に訴えかけるか、辺境伯家の嫡男としてやってはいけないことだと理に訴えかけるか、方法はあったはずだ。

それらの理由を口にすることもなく、ただ屋敷に帰ろうと訴えたのが当時のナズナである。まあ、まだ幼さが残る 少女(ナズナ) が夜更けに娼館が建ち並ぶ通りへ行った際の反応と思えば妥当ではある……が、ウィリアムがそれで納得しなかったから今の状況があるわけで。

(んで、何か試されているって気付いたのに、ナズナに注意を促さなかった俺も同罪、と……この世界の貴族は大変すぎるだろ……他所の 貴族(おうち) の嫡男もこんな感じで教育されているのか? 俺が知ってる貴族の嫡男は……あっ、アレクか)

あれ? もしかして俺が甘く考えているだけで、アレクが育つような環境でしっかりと育ち切らないと貴族の嫡男失格なのか? 道化師の家系だから知能も知識も性格も何から何まで達者だと思ったけど、アレクが嫡男としての基準だとしたらレオンさんやウィリアムの期待も理解できる。

(待て待て……そんなことを言い出したら陪臣だけどゲラルドも嫡男じゃないか……でも従者としては教育を受けていなかったから微妙な時もあったけど、一皮剥けたら頼れたな……)

たまにポカをするというか、舌禍でやらかす時もあったが、ゲラルドも立場相応の教育を受けていたはずだ。そう考えるとアレクが例外なだけの気もするけど……こうして宿題を出されるということは、それが可能だと思われているってことだ。

(難易度が高い気がするけど、これまでとは違う接し方を心がける必要があるな)

レオンさんからの宿題をこなすべくナズナを 家臣(ぶか) と思って教育するとして、俺も上司として相応の振る舞いを心掛けなければならないだろう。

貴族として他者に 傅(かしず) かれる、上に立つ人間としての教育は受けてきたが、他者を育てて導くことに関しては教育を受けていない。政治的な意味で他者を誘導することはできたとしても、教師的な意味で育てる手法は学んでいなかった。

(当主を継がせる前に机上で教えることはもうないって言ってたから、その辺りは当主になってから学ぶことなのか? いや、必要になったら自然と覚えることかもしれないな)

前世の記憶もあるし、コハクやモモカ、ナズナに関しては家族や身内として教えられることを教えてきたつもりだ。だが、今回はこれまでとは違い、会社の上司と部下みたいな関係として教育を行うことを期待されている、と見るべきだろう。

そこにナズナの悩みを聞き出し、改善案を提示するという教師みたいな役割が加わって……いや、この場合はカウンセラーだろうか? 問題を解決するために複合的な教育、指導を行う必要があるわけだ。

(……いや……やっぱり難易度高いな……父さんの期待の表れか? 期待が重すぎて潰れそうだよ……)

それでもやるべきことをやらなければならない。ただ、この件に関しては性急に事を進めても拗れそうな気配がするし、まずはナズナと離れていた期間の分、距離を詰め直そうと思った。

「そうか……俺が王都に行っている間にナズナも頑張っていたんだな。でも、そのおかげと言ったらなんだけど、こうして色々と手伝ってもらえるのは助かるよ。ありがとう」

まずは褒めて感謝する。失敗すれば怒るべきだけど、過不足なくこちらの要望通り手配できたんだ。褒めて伸ばそう。

「ところで、ランドウ先生が寝泊りする場所は?」

「若様の剣の師匠ということで、若様と同じように手配していますが……天幕の方が良かったですか?」

うーん、特に指示はしていなかったけどランドウ先生に関しても手配ができている、と。どうしよう? この場合はどう教育すればいいんだ? というか、どんなパターンだとナズナが失敗するんだ?

「いや、わざわざ質が悪い方を選ぶ必要はないよ。そうですよね、先生?」

「ああ。寝られるならどこでも構わねえが、用意されたもんに文句をつけるほど礼儀知らずじゃねえよ。ありがとうな、嬢ちゃん」

うん、ランドウ先生としても問題のない対応だったみたいだ。そのため俺はもう一度ナズナに礼の言葉を伝えると、とりあえず汗を拭きたいからお湯の準備を頼む。するとナズナは嬉しそうに頷いて駆けて行った。

「ミナト」

すると、ランドウ先生が声をかけてくる。その声かけのタイミングから、俺は少しばかり嫌な予感を覚えた。

「……ナズナの対応、何かまずかったですか?」

そういう感じの声かけでしたよね、と思いながら尋ねると、ランドウ先生は小さく眉を寄せる。

「いや……あの嬢ちゃんというより、お前だな。剣の師というより、年長者として一つ助言をやろう」

「年長者として……拝聴します」

珍しいというより、おそらく初めてだろう。ランドウ先生がわざわざこんな前振りをするなんて、と思いながら俺は言葉を待つ。

「お前のことだ。あの嬢ちゃんのことはガキの頃から知っているし、どう接してどう教育していこうか迷ってるんだろ?」

「はい。その通りです」

こちらの内心を読んだように尋ねてくるランドウ先生に対し、俺は素直に頷く。すると、ランドウ先生は駆けて行ったナズナの背中を追うように視線を向け、遠くを見るように目を細めた。

「ガキの頃から常に一緒にいたから相手のことはなんでもわかっている……そう考えるのはやめろ。お前が知っていることなんざ表面のごく一部で、知らない部分は多いし日々どんどん増えていく」

その言葉には、普段のランドウ先生からは感じられない懐古と後悔の念が感じられ。

「特に、あのくらいの歳の女はそれが顕著だ。お前も歳の割にゃ賢しいが、女心ってもんは男にはどうにもならん。だから、初対面の相手を深く知ろうとするぐらいの気持ちで毎日接してみろ」

本人が言う通り、剣の師匠ではなく年上の男性としてのアドバイスだと思える言葉だった。

「助言、ありがとうございます」

そのため俺は深々と頭を下げる――と、ランドウ先生はどこか気まずそうに頭を掻いた。

「ただの気まぐれだ。俺は飯を食ってくる」

そう言って俺に背を向けるランドウ先生。僅かに耳が赤くなっているような気がしたが……照れているんだろうか? 俺としては助言をもらえることが本当に嬉しいから、恥ずかしがらなくていいと思うんだが。

(しかし、俺が知らないナズナか……それに先生、女心って……)

ランドウ先生に連れられて娼館に行った際のナズナの反発。その理由がナズナが年頃の女の子だから、仕えている相手が貴族の嫡男だから――ではなく、 俺(・) が(・) 娼(・) 館(・) に(・) 行(・) く(・) の(・) が(・) 嫌(・) だ(・) っ(・) た(・) から、という理由ならば。

(父さん……ウィリアム……前世だと中学生になるかならないかの年齢のガキに宿題として振るには、難易度が高すぎるって……)

ナズナと今後どう接していけば良いのか。そして、教育するとしてどんな方向性で教育すれば良いのか。

強くなるためには修業をすればいいが、この問題を解決するにはどうすれば良いのか。

修行と一緒に俺の頭を悩ませる日々の始まりだった。