作品タイトル不明
第89話:大規模ダンジョン その2
――宝箱。
それは『花コン』に限らず、様々なゲームで登場する代物だ。
中には金属製の物もあるが大体の場合木材で作られ、ゲームによっては鍵がかかっていたりトラップが仕掛けられていたりする。それらを解除するためのスキル、解除に向いた職業なんかが設定されているゲームもある意味定番といえるだろう。
(うーん……これがリアル宝箱……やばい、なんか感動するな)
横幅は約一メートル、縦幅は五十センチ程度、高さも五十センチ程度とやや大きく感じられる宝箱を前にして、そんなことを思う。
『花コン』だとダンジョンで見つけた宝箱は鍵がかかっておらず、トラップが仕掛けられていてダメージを負うこともない。ただ、トラップがない代わりに低確率で宝箱に擬態したモンスター……ミミックと呼ばれる存在と戦闘になることがあった。
ちなみにミミックは闇属性の中級モンスターで素早さも高く、宝箱を開けたら『暗殺唱』でパーティが全滅するというのも『花コン』のプレイヤーが一度は通る道である。
なお、中級モンスターということは小規模ダンジョンだとミミックが出現しないということでもあり、初めて挑んだ中規模ダンジョンでこれまで通り何も警戒せず宝箱を開け、ミミックに襲われるというのもプレイヤーあるあるだ。
(ミミックが出現する確率は……たしかダンジョンによって変わるけど、五パーセントから十パーセントだったか? 確率的には低いはずなのに、実際にゲームで遊んでいると確率以上に遭遇している気がするんだよなぁ……)
命中率九十パーセントは当たらないし、逆に命中率十パーセントは当たる……これもゲームあるあるか。百パーセント以外信頼できないんだよな。
「先生、宝箱が落ちているんですが……俺、初めて見ましたよ」
「何か良い物が入っているかもしれないし、開けてみたらどうだ?」
そう言ってにやりと笑うランドウ先生。中身がミミックなら俺の訓練になるとでも思っているのだろう。
(えーっと……『花コン』だと宝箱を開けたタイミングで中身が抽選されたはず……ここは大規模ダンジョンだけど入ってすぐだから、そこまでレアなアイテムは出ないか?)
あくまで『花コン』を基準とした話だが、挑んでいるダンジョンの規模、そしてダンジョンのどこまで潜っているかで宝箱の中身が変動したはずだ。
小規模ダンジョンの浅い場所なら中身が空ということもあり得るが、大規模ダンジョンならどこで開けてもハズレはなし。ただしダンジョンに入って徒歩数分の場所だから、運が良くても中品質の回復用ポーションが出るぐらいだろう。
『花コン』における宝箱の中身は低品質から高品質の回復ポーション、マジックポーション、HPとMPを回復するエリクサー、毒や麻痺、睡眠や盲目、石化や魔法封じを治すポーション、一時的にステータスの向上させるポーション、蘇生薬、闇属性魔法の即死を肩代わりする身代わり人形、装備すると何かしらのステータスを上げるアクセサリーなどが出る。
この世界だと確かめようがないものの、出現する確率が高い順から状態異常を回復するポーション、回復ポーション、マジックポーション、バフになるポーション、エリクサー、蘇生薬、身代わり人形、アクセサリーの順だったはずだ。
余談だが、『花コン』はローグライクのためセーブとロードを駆使して宝箱の中身を厳選しようとしても、ロードした時点で宝箱が消滅するか別の場所に出現するため無意味だったりする。
つまり、この宝箱も開けずに放置しておくといずれこの場所から消えるかもしれない。現実的に考えると何故消えるのかは謎だが、もっと人目に付きやすい場所に移動するんじゃないだろうか。
そもそも、ダンジョン内で宝箱が見つかるというのも普通に考えればおかしな話だ。だが、『花コン』だと宝箱は外部から人間を呼び込む誘蛾灯の役割を果たしており、一攫千金を狙う人間を呼び込んでモンスターで殺し、負の感情をばら撒かせるのが目的だったはずだ。
そのためダンジョン内で見つかるアイテムは人間にとって有用なものばかりで、言い方は悪いが人間を呼び込むための 釣(・) り(・) 餌(・) である。『魔王の影』なら何かしらの罠を仕掛けそうだが、人間を呼び込むという目的があるためこの辺りには手を付けることがないようだった。
また、ダンジョンやモンスターが人間の負の感情によって生まれるのなら、ダンジョン内で見つかるアイテムは人間の正の感情によって生まれたもの――ダンジョンやモンスターへの対抗手段ではないか、という考察をする『花コン』プレイヤーもいた。だからこそ人間にとって害のあるアイテムが宝箱から出てこないんじゃないか、と。
まあ、その辺りは最早確かめようもないのだが。
(さてさて……何が出るかな、と)
俺は『瞬伐悠剣』を右手に握り、左手を宝箱にかける。剣には魔力を通しているため、仮に中身がミミックで『暗殺唱』や『黒弾』を撃たれても『一の払い』で無効化すれば大丈夫だろう。
つまり、俺やランドウ先生にとっては宝箱の中身がミミックでも大して恐ろしくないのである。そのため気楽に宝箱を開け――すぐに距離を取って剣を構える。
(…………ミミックじゃない、か)
魔法が飛んでこず、宝箱が動くようなこともなかった。そのため中身がミミックじゃないと判断し、俺は宝箱に少しずつ近付いていく。
「チッ……ミミックじゃねえのか。ハズレだな」
「いや先生、当たりですよ」
本当にミミックが出ることを期待していたのか……なんて思いながら宝箱の蓋を大きく開ける。すると宝箱の大きさに対して小さな、試験管のような瓶に液体が入っているのが見えた。液体は薄い赤色をしており、それを見た俺は落胆する。
(低品質の回復ポーションか……いや、確率的にはそんなものなんだろうけど、初めての宝箱だからもうちょっと良い物が欲しかったな……)
ワガママな感想だと理解しているが、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時も宝箱と遭遇しなかったのだ。こうして初めて開けた宝箱の中身が低品質の回復ポーションというのも、ミナトらしいといえばらしいが。
「ん? 珍しいもんが出たな……たしかに当たりといえば当たりか」
だが、何やらランドウ先生が気になることを言い出す。
「当たりですか? これって低品質の回復ポーションじゃ……」
「いや、低品質なのはたしかだが、そりゃミストポーションだな」
そう言われて俺はもう一度入手したポーションを見る。
(ミストポーションってあれか、味方全体を回復するポーションか)
ミスト……つまり霧状になって味方全体を回復できるアイテムだ。ただし、効果が味方全体になった分、回復力は通常の回復ポーションと比べるとやや劣る。
『花コン』だと死霊系モンスターの群れに投げ込む爆弾として使われていたため、ポーションを見てもいまいちピンとこなかった。
また、ミストポーションを錬金術で作れるようになる頃には魔法で味方全体を回復できるようになっていることが多く、回復量も魔法の方が優れていることからあまり使う機会がなかった。
(便利っちゃ便利だけど、周回プレイをしてたり回復魔法を覚えるキャラが育ってきたりすると使うことがないアイテムか……ま、まあ、ただの低品質の回復ポーションよりはマシだな)
くじ引きをして、末等かと思ったら5等だった、ぐらいの嬉しさだ。
(せっかくだし記念に取っておくか? いや、珍しいのはたしかだし、スグリに送ってミストポーションを作れるようになってもらうのもアリ……か?)
低品質だと使い道に迷うが、スグリが中品質以上のミストポーションを作れるようになってくれれば『花コン』が始まってから楽になるだろう。
今まで見たことがなかったぐらいには希少なため、大量生産ができればサンデューク辺境伯家の騎士団の備品として集めても良い。低品質なものならうちで雇っている錬金術師でも作れる可能性もあるか?
そう考えてみると案外当たりだったかもしれない。そう結論付けて、先ほど開けた宝箱へと視線を向け――ん?
(ちょっと目を離した隙に宝箱がなくなってる……)
茂みの中にあった宝箱は影も形もなく、それを確認した俺はダンジョンという場所の理不尽さをまた一つ学んだのだった。
宝箱の発見という予期せぬ事態も起きたが、それも一段落すると再びランドウ先生との修行に戻る。
時折モンスターが寄ってきてはランドウ先生に両断されて死体を積み上げていくが、流れ作業のように処理されていくモンスターを見ると少しばかり同情してしまう。でもまあ、大規模ダンジョンの空気に慣れたらモンスターとも戦うんだろうな、と思うと同情も失せるが。
(えーっと……中級のワイルドベアにキマイラ、グリフォン……出現モンスターは『花コン』と同じで獣系モンスターか。そうなると上級モンスターで出てくるのはケルベロスとかドラゴン系とか……上級魔法がいきなり飛んでくるかも、と思うと修行に集中できねえな……)
ダンジョンの浅いところで修行をしているからか、今のところ中級のモンスターばかりが姿を見せる。これがダンジョンの奥深くに潜れば上級のモンスターも出るんだろうなぁ、とか、向こうから浅い部分に出てきて不意打ちを受けたら死にそうだなぁ、なんて思う。
中級のモンスターは中級魔法を、上級のモンスターは上級魔法を使ってくるが、気付くのが遅れれば『一の払い』で防ぐのも困難だ。まあ、俺はともかくランドウ先生の警戒を突破するのは困難極まるだろうけど。
「はぁ……はぁ……」
そんなことを考えていた俺だが、普段と比べて遥かに短い時間で疲労が溜まりつつあった。常にプレッシャーに晒され、警戒し続けることで肉体的にも精神的にもどんどん疲れていくのだ。
「ふむ……ダンジョンに入って二時間ってところか。初めてにしちゃあ上出来だな。異常成長したっていうダンジョンで一週間以上戦っていたからか?」
そう言いながら刀を鞘に納めるランドウ先生。俺と違って疲れた様子はなく、普段通り平然としている。
「そう……なん、ですかね? これで……上出来、ですか……」
ランドウ先生は無駄に褒めることをしないし、そもそも普段からあまり褒める方ではない。最近はちょっと多めに褒めてくれていたけど、それは俺が剣士として一人前になったからだ。褒めるところがなくなれば無理に褒めることはしない。それがランドウ先生である。
だから、途中でちょっとした休憩や会話、宝箱の開封等の時間込みで二時間程度……普段ならその程度で、と鼻で笑う短さで限界がきても上出来の部類らしい。
(肉体的に、というよりは精神的な負担がデカいな……体がだるい……)
ランドウ先生相手に剣を振るっていた疲労もあるが、それ以上に精神的な疲労が大きかった。ずっと緊張し続けて、気を張り続けて、その結果普段よりも早い速度で疲労が溜まったのだろう。
疲労は疲労でも、寝て休みたいというよりは風呂にでも入ってリラックスしたいって感じだ。だからやっぱり、肉体ではなく精神が疲れてしまったんだろう、と思う。
「良い感じに疲れてるみたいだし、手頃なモンスターがいれば……チッ、こういう時に限っていやしねえ」
すごい、疲れ切ってる俺を見て、モンスターと戦わせる気満々だよ。いや、たしかに常に万全で戦えるとは限らないし、こういう疲れ切った状態でモンスターと戦う訓練も必要だろうけどさ。
(『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時に疲れ切った状態で戦ったし、相手次第じゃ戦えるとは思うけど……ん?)
強くなりたいのはたしかだが、手頃なモンスターがいないのなら仕方ない。そんなことを考える俺だったが、相変わらず押し寄せてくるダンジョンの気配の中に異物が混ざったように感じられた。それも複数だ。
「これは……先生? 複数の気配が近付いてきているような……」
「お、早速慣れてきたか? 複数とはいうが、正確な数はわかるか?」
「二……三? そこまで多くないとは思うんですが」
必死に気配を探るが、周囲に漂っている物騒な気配に押されて正確には読み取れない。それでもなんとか気配を読み取ろうと意識を集中していると、やがてかすかな足音が聞こえてきた。
「っと……あれ? スギイシの旦那、なんでこんな浅いところにいらっしゃるんで?」
そんな声をかけてきたのは、武器も防具もバラバラなものを身に着けた四人組である。大規模ダンジョンに入ってきただけあって身のこなしは相応に達者だが、明らかに兵士とは違う足運びだった。バラバラながらも装備の質の良さ、それにここにいるってことは上級の冒険者だろう。
「おう、お前らか。丁度良いタイミングだ。回収してくれ」
そう言ってランドウ先生が視線を向けたのは、さっきからことあるごとに斬られては屍を晒しているモンスター達である。
「そうしやすが……そっちのガキ……いや、お坊ちゃんは?」
「俺の弟子だ」
「弟子ぃ!? 旦那、弟子なんか取ってたんすか!? はぁー、そりゃビックリだ」
冒険者の中でもリーダーと思しき男性が気さくにランドウ先生へ話しかけ、残った三人がモンスターの死体から 剝(・) ぎ(・) 取(・) り(・) を始める。武器や防具、錬金術の材料として使えそうなものを回収しているのだ。
「先生、彼らは?」
「ん? 俺がこのダンジョンに潜っている時に素材を回収しにくるんだ。面倒だから放置してたんだが、勿体ないっていうんでな」
「倒すだけ倒して お(・) 宝(・) は放置してたんで、こっちで集めて換金してんでさあ。あ、旦那。これは前回の分っす」
そう言ってランドウ先生に小袋を差し出す冒険者。割とずっしりと重そうだが、中身は金貨だろうか?
「あとは金を渡して俺が求めているものの情報を集めさせてもいるが……まあ、そっちはレオンがいるからな。こっちはついでだ」
どうやら修行のために倒したモンスターを活用し、金を稼いだり情報を集めたりしているらしい。
「……先生、そのやり方だと 中(・) 抜(・) き(・) されても気付けないと思うんですが」
いくらランドウ先生にとっては修行のおまけで出たモンスターの死骸とはいえ、然るべきところに持ち込めば相応の金になる。その手間暇の代金を徴収するのは当然の権利だが、必要以上に抜かれても気付きようがないだろう。
そう警戒する俺に対し、冒険者達は全員が真顔になる。
「見くびってくれるなよ? 俺達にスギイシの旦那を騙して上前をはねる度胸があると思うのか?」
「それをやって旦那が敵に回ったらどうするんだ? 死ぬぞ?」
「旦那の性格的に放置すると思う……が、万が一気が変わって追ってきたらどうなると思う?」
「いいか、坊主。そんな真似しなくても金が手に入るのに、無駄に欲を掻くのはただの馬鹿だぜ」
要は、ランドウ先生が怖いからそんな真似はできないってことらしい。うん、気持ちはわかる。
「そうか……いや、疑ってすまない。謝罪する。そうだよな、下手な真似をしてたら既にここにいないもんな」
傍から聞くと情けなくも思えることを堂々と告げる冒険者達だったが、相手がランドウ先生となるとそれも仕方ないな、なんて俺も思ったのだった。