作品タイトル不明
第88話:大規模ダンジョン その1
この世界において、ダンジョンというのは非常に厄介な存在である。
人間の負の感情が溜まると出現すると言われているが、出現する場所に規則性は見当たらず、出現すればモンスターが現れてダンジョン内の人工物を破壊し、人が住んでいれば殺して回る。
そんなダンジョンだが、外界との境目が明確に存在するわけではない。ドーム状のバリアで覆われていたり、木々が生えていたりと、目で見てわかる境界線は存在しないのだ。
俺がこれから挑む大規模ダンジョンも同様で――しかし、その考えには間違いもある。
(いや……見た目はともかく、境目はわかるだろ、コレ……)
『王国北部ダンジョン異常成長事件』の際は異常成長したダンジョンの中に囚われ、中にいる状態でボスモンスターを倒して破壊したため、ダンジョンの境界を超えることはなかった。
そのためどんな感じなのかと興味深く思っていたが、ここまで顕著なのかと軽く驚く。
目で見える変化があるわけではない。地面に線が引いてあるわけでもない。だが、境界をまたいだと認識できるほどに外界との違いがあった。
(うわぁ……なんだこりゃ。異常成長したダンジョンも強烈だったけど、大規模ダンジョンはここまでやばいのかよ……)
――空気が変わった。
即座に俺の感覚がそう認識し、同時に粘つくような威圧感、殺気を感じ取る。獰猛な 肉食獣(モンスター) に囲まれ、こちらの一挙手一投足を常に見張られているかのようだ。
「大規模ダンジョンの空気はどうだ?」
「……正直なところ、ここまでとは思いませんでしたよ」
ナズナを駐屯地に置いてきて正解だった。あの子が望むままに連れてきていたら、ダンジョンに足を踏み入れるなり気絶していたかもしれない。
そう判断する俺をどう思ったのか、ランドウ先生はどことなく満足そうに頷く。
「よし、思った通り平気そうだな。それじゃあ早速行くか? モンスター狩り」
「ちょ、ちょっと待ってください。さすがにそれはきついです。まずは空気に慣れさせてください」
多分冗談だと思うけど、行きますと言ったら本当に連れていかれそうだ。なんというかこう、俺の弟子だから無茶ぶりしても大丈夫だろ、みたいな信頼? を感じる。
「そうか……ま、それなら仕方ないな」
落胆したわけではないのだろう。自分の状態を素直に吐露したことが正解だったのか、ランドウ先生は素直に引いてくれる。
だが、あまり木々が生えていない、ちょっとした広場になっている場所へと足を向けたかと思うと、俺に対して向き直った。
「慣れるためにもまずは実践だ。ほら、かかってこい」
「あはは……相変わらずスパルタですねぇ」
剣を抜け、と告げてくる先生に思わず笑う。いやぁ、相変わらず過ぎて大規模ダンジョンの中にも関わらず逆に安心するわ。
俺は笑いながら『瞬伐悠剣』の柄に手をかけ、ゆっくりと抜き放つ。そして普段通りスギイシ流の構えを取り――違和感を覚えた。
(ん? なんだこれ……周囲の気配がごちゃ混ぜというか、混線しているみたいに上手く読み取れない……ただの気配? それとも殺気? そこら中にモンスターが伏せているような……)
ランドウ先生相手に斬りかかろうとしたが、周囲が気になり過ぎて動くことができない。視線を巡らせて目視で確認してもモンスターが本当に伏せているようには見えないんだが……。
「理解したか? まずは普段との感覚の違いを認識して、空気を 嗅(・) ぎ(・) 分(・) け(・) ら(・) れ(・) る(・) ようになれ。そうじゃないとモンスターの不意打ちをくらうぞ」
「……これ、本当にモンスターがいるわけじゃないですよね?」
「ああ。ただ、この広さのダンジョンでもモンスターの気配が充満しているってだけの話だ。数もそれなりに多いが、それ以上にモンスターの質が原因だと俺は思っている」
つまり、強いモンスターが多いからその気配が混ざり合っているのか。
強いモンスターはそれだけ気配も強く、距離があってもその存在を感じ取ることができる。そしてそんな強烈な気配を持つモンスターが複数、あるいは大量に存在することで気配が混ざり合い、この立っているだけで気疲れしそうな濃厚な威圧感を形成しているのだろう。
(ただの獣ならここまで気配を垂れ流しにすることはないだろうけど、モンスターだからな……それも強いモンスターなら逆に気配をばら撒くか)
モンスターを動物として考えれば、気配をばら撒いて自分の縄張りだと主張しているのかもしれない。ゲームみたいに何歩歩いたからエンカウント、みたいなことは現実ではあり得ないし、縄張りに足を踏み入れたから襲ってくる可能性もある。
逆に、その場から動かずともこちらの気配に気付かれたら向こうから襲ってくる可能性もある、か。
「気を付けろよ? ここにいるモンスター共はダンジョンの気配に自分の気配を混ぜて隠し、密かに近付いてくることもある。お前が慣れてない内はあの嬢ちゃんを連れてこなくて正解だったぞ」
「そう……なんですね? うっわ、なんだこれ……感覚がバグる……気持ち悪っ……」
これまでランドウ先生に鍛えられてきた結果、気配や殺気を感じ取る 感覚(センサー) が自然と磨かれてきた。しかし今はその感覚が誤作動を起こして違和感を訴え続けている。
(……でも、この感覚に慣れるというか、気配を読み取る能力に磨きをかければ剣士として更に一皮剥けそうな気もするな……)
普段と環境が違い過ぎるが、これまで以上に腕を磨くためには相応の環境が必要となるだろう。その点で考えれば大規模ダンジョンで訓練を行うというランドウ先生の選択も正しいように思えた。
(まあ、普通は大規模ダンジョンを修行場所にしようなんて思わないだろうけどさ)
そんなことを思いつつ、意識を集中する。普段通りランドウ先生と軽い模擬戦をするつもりで剣を構えて……構えて……。
「……先生」
「なんだ?」
「先生の気配がダンジョンの気配に紛れて、見分けがつきません」
「そりゃ狙ってやってるからな」
戦う際、相手の技の 起(・) こ(・) り(・) を読んで防御したり回避したりするが、ダンジョンの気配がそれを邪魔してくる。しかもランドウ先生が自分の気配をダンジョンの気配の中に混ぜて隠すため、まるで目隠しで向き合っているかのようだ。
もちろん本当に目を閉じているわけではないが、打ち込みの気配が読めないため反応するとしても一拍遅れてしまいそうだ。あと、さらっと言ってるけど、普通は自分の気配をダンジョンの気配に狙って混ぜて隠すなんてできない。
(あれ? でもダンジョンの気配に 隠(・) れ(・) る(・) ことができるなら、探索する時にモンスターに気付かれにくくなる……か?)
匂いや足音にも気を付けないといけないだろうが、モンスターに気付かれにくくなるのではないか、と思われた。つまり、ランドウ先生は大規模ダンジョンで行動するにあたって一番大切なことを最初に教えようとしているんだろう。
(気配を誤魔化しつつスギイシ流の技を……いや、難しいなコレ……いきなりは無理だぞ)
とりあえず実践しようとしたが、難易度が高くて上手くいかない。普段の戦い方に気配の操作が加わった形になるが、難易度が桁違いに高いのだ。
「準備はいいな? そろそろいくぞ」
俺が苦心していると、ランドウ先生が動き出す。手加減してくれているのか普段と比べるとゆっくりな……しかしながら気配が読めないため気持ち悪さすら感じる動きで斬撃を繰り出してくる。
「っ? っと!? あれ!?」
わざわざ刃を返して峰打ちで刀を振ってくれるランドウ先生だが、剣を合わせようとしてもいまいち噛み合わない。片目を閉じて遠近感が狂った感覚に近いだろうか。剣を合わせて受けようとしても芯や軸がズレ、違和感のある衝撃が両手に伝わってくる。
「ミナト、お前はたしかに一人前になった。ああ、それは認める。だが、そうなると師匠としては次の段階……世間じゃあ達人だとか一流だとか言われるんだろうが、 そ(・) の(・) 領(・) 域(・) を目指してもらいたくなるんだ。わかるな?」
「い、言ってることはわかりますがね? やってることはいまいち……っとぉっ!?」
眼前に迫る斬撃をギリギリのところで弾き、焦りから冷や汗が流れ出る。ランドウ先生は手加減に手加減を重ねているんだろうけど、それでも俺にとってはかなり厳しい。斬撃を受ける度、その不安定さから細い糸の上で綱渡りをしているような気分に襲われる。
「それと、目の前のことに集中しすぎるな。常に周囲の気配を探ることを怠るんじゃねえ」
軽い調子で俺を指導しつつ、ランドウ先生の右腕が一瞬ブレる。一体何事かと思えば、目で追うのもやっとの速度で放たれた『一の払い』……それも飛ぶ斬撃が、こちらを窺っていたモンスターの首から上を刎ね飛ばしていた。
「……先生、本で読んだことがありますが、アレは中級モンスターのキマイラでは?」
「そうだな。それで? ダンジョンで出会ったからには敵だぞ?」
獣系の中級モンスターであるキマイラ。それは個体によって大きさが変わるものの、前世でどこぞの伝承であったようにライオンの頭にヤギの胴体、尻尾が蛇というデザインのモンスターだ。
ついでに口から火を吐くらしいが、『花コン』だと中級の火属性魔法を使える点から再現されているらしい。
(おかしいな……少なくとも修行の片手間に処理されるようなモンスターじゃないはずなんだけど……ランドウ先生だしな……)
小規模ダンジョンならボスモンスターに選ばれてもおかしくないぐらい、強さと知名度があるモンスターだ。
そんなキマイラが気配を隠して忍び寄ってきていたようだが、ランドウ先生の目は誤魔化せなかったらしい。木々に隠れるようにして、抜き足差し足で接近してきたにも関わらず隠れていた木ごと両断されたのだ。
(あ、今になって木が倒れた……先生が使う『一の払い』だもんな。そりゃ切れ味もすごいよな)
頭の片隅でのんびりとそんなことを考えつつ、分割された思考の大部分は死に物狂いで剣を振るう。キマイラを片手間で処理した間に斬りかかってみても微塵も隙が見当たらず、それどころか俺が繰り出す斬撃を受け止めるランドウ先生はどこか楽しそうですらあった。
「しかし、凡才だろうと教育と環境次第じゃここまで化けるものなんだな……いや、お前が積み重ねてきた修練を認め、称賛するべきか? 徐々に重くなっていくお前の剣の重さを感じると、農家の気持ちが少しばかり理解できる気がするな」
「それっ! 俺が成長したら! 収穫されちゃうやつですか!?」
なんだろう、ランドウ先生は褒めているんだろうけど、俺がもっと強くなったら『俺の糧になって死ね!』とか言って斬られそうだ。いや、先生はそんな剣狂いというか、自分が強くなるために敵を育てる、みたいな悪役ムーブはしない人だけどさ。
「褒めてるだけだ。凡才だろうと凡人で終わらせるつもりはなかったが、こうも早く芽が出ると師匠としては感慨深いものがある――まだまだ甘いがな」
「っ!?」
必死にランドウ先生の斬撃を凌いでいたが、太刀筋に緩急をつけられるとそれだけで俺の処理能力を超えた。フェイントをかけられて剣を絡めとられ、『瞬伐悠剣』が宙を舞って離れた場所の地面に突き刺さる。
「途中で俺が 余(・) 所(・) 見(・) をしたんだから、その隙を突くぐらいのことはやってみせろ。もう一本だ」
「は、はい!」
呼吸が乱れる俺と違い、平然とした様子で告げるランドウ先生に大きく返事をする。
あまり大きな声を出すとモンスターが近付いて来そうだが……いや、敢えて呼び込んで先生が対処している隙に斬りかかるか? それで勝てるとは思えないし、勝てたとしても嬉しくもないが、それぐらいやらないと一本を取る見込みが立たない。
まあ、まずはダンジョン内の空気に慣れ、気配を普段通り読めるようにならないと。俺はそんなことを思いながら『瞬伐悠剣』を拾いに行き。
「……ん?」
ふと、近くの茂みに見慣れない物体が存在していることに気付いた。何かあっても対応できるよう、ランドウ先生に一声かけて『瞬伐悠剣』を拾ってから茂みを掻き分ける。
「マジかよ……本当にダンジョンにあるのかよ」
ゲームではある意味定番の代物――宝箱を見つけた俺は、そんなことを呟くのだった。