軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第84話:驚愕

驚愕――そう評すべき事態を前に、俺の思考は完全に硬直する。

なんで? どうして? 何があった? 何をどうすればそんなことに? え? 俺を裏切る前振り? なんか変なフラグを踏んだ?

そんな疑問が脳裏を乱舞し、まだ幼さが残るものの女騎士という表現が似合うようになってしまったナズナを前に、俺は絞り出すようにして言う。

「ずい、ぶんと……見違えたな……」

いつ屋敷に戻ったのか、パストリス子爵家が領有するブルサの町での教育は終わったのか、その格好は何なのか。そんな尋ねるべきことは口から出ずに、感想とも感嘆ともつかない言葉が零れていた。

「な、ナズナ? お前、一体何が……」

俺と同じく、ナズナの兄であるゲラルドも困惑した様子である。ちらりとウィリアムを見てみれば、表情は平静を保っているがその裏で驚愕しているように感じられた。

「お久しぶりです、兄上。何が、とはどういう意味でしょうか?」

「いや……どういう意味も何も、そのままの意味だが……お前、髪はどうした?」

主君である俺、父親であるウィリアムとは距離感が異なるからか、ゲラルドが聞きたかったことを聞いてくれる。

「見ての通り切りました。若様の従者を務めるにあたり、特に必要なものでもありませんでしたから」

そんなナズナの返答を聞いて、ゲラルドが俺を見る。ナズナに何か言ってこうなったのかといわんばかりだが、そんな目で俺を見ないでくれ。俺も何もわからないし知らないんだ。

「ナズナ……それが若様に仕えるために必要だと思ったことなのか?」

「はい。どんな場所でも若様についていき、危険が迫れば身を盾とし、敵を前にすれば若様の剣となる。 他(・) の(・) 道(・) は(・) な(・) い(・) と判断しました」

ウィリアムの質問に対し、毅然と答えるナズナ。実家に送って教育し直すとは聞いていたけど、こんな方向で教育するなんて聞いていないし予想もしていなかったんだが。

(『花コン』に登場するナズナらしくなったのに、全然嬉しくない……なんだろうな、この感覚……)

身勝手な話だが、幼い頃から共にいたナズナの 変(・) 貌(・) に驚きを超えて愕然としている自分がいる。

どんな顔をすれば良いかまったくわからない。歓迎すればいいのか? 褒めればいいのか? 俺の方からも何か聞けばいいのか? 例えとしては間違っている気がするが、愛娘が非行に走ったのを目撃した父親の気分だ。

「他に道はない、とは言うがな……若様はお前に庇われるほど未熟ではなく、お前の剣に頼らなければならないほど弱くない。むしろお前の方が庇われ、守られることになるだろう」

ウィリアムの反応から判断するに、ナズナはどうやらウィリアムが求めていたものとは違う結論を出してしまったらしい。

たしかに、ナズナも俺と一緒に幼少の頃から剣を振ったり体を鍛えたりしていた。同年代の女性で限定すればパエオニア王国の中でも上から数えた方が早いぐらいには強いだろう。

だが、 そ(・) れ(・) だ(・) け(・) だ。俺が王都に行っている間に猛特訓をして鍛えたとしても、俺も強くなった。訓練だけでなくモンスター相手の実戦を何度も経験したし、ボスモンスター化したデュラハン、『魔王の影』を名乗るリンネと戦いもした。

ミナトの体で過信を抱くのは死亡フラグになりそうで怖いが、これは過信ではなく純然たる事実である。ウィリアムが言う通り、ナズナに守られるほど俺は弱くない。むしろ戦いになれば俺がナズナを守る側になるだろう。

俺はそう思った。

「いいえ、たとえ若様の方が強かったとしても、わたしが若様を守ります。身も心も、絶対に」

だが、ナズナはそれを否定する。

断言する言葉は力強く、その瞳に宿るのは決意――と、頑なな感情。そうあるべし、そうでなければならないといわんばかりの緊迫感がそこにはあった。

これ、絶対に若様が何かやったでしょう? なんてアイコンタクトをゲラルドが送ってくるが、本当に知らんぞ。何があったのか俺が知りたいぐらいだ。

「…………」

ナズナの言葉を聞いたウィリアムは無言で何かを考えている様子である。迂闊に触れるのも戸惑われるため、どうしたものかと本気で悩む。

「あああああーーーっ!」

そうやって悩んでいると、屋敷の方から何やら声が響いた。一体何事かと思って視線を向けると、モモカがこちらを指さして叫んでいるのが見えた。こら、人を指さすのはやめなさい。

「お兄様っ! おかえりなさいっ!」

俺がそんな注意をするよりも早く、モモカがダッシュで駆け寄ってくる。そしてそのまま両手を広げてダイブして――って。

「おっとっと……ただいま、モモカ。歓迎は嬉しいけどはしたないぞ? ドレスだし、本当にはしたないからな?」

満面の笑みを浮かべながらモモカが飛び込んできたため、勢いを殺すようにして受け止める。礼儀作法も何もかも放り投げた貴族の令嬢としてはゼロ点の出迎えだったが、兄としてはこれ以上ないほど嬉しくもあるのが困り物だった。

どうしよう、本気で叱った方が良いんだろうけど、こうも無邪気に喜ばれると叱りにくい。兄馬鹿と言われるだろうけど、本当に叱りにくい。叱ったらシュンってなっちゃうのが予想出来るだけに尚更だ。

「モモカ……この時間に兄上達が帰ってくるって聞いていただろ? それなのに飛び出して……」

そんなモモカに続き、コハクも姿を見せた。こちらはモモカと違って大人しいが、その表情や声色からは無事に俺達が帰還したことを安堵し、喜んでいることが感じ取れた。

「お久しぶりです、兄上……おかえりなさい。ご無事で何よりです」

はにかむようにして微笑み、コハクが帰還を祝ってくれる。そのため俺は抱き着いてくるモモカを抱えたままで移動し、コハクの肩に手を置いた。

「ただいま、コハク。心配をかけたな。屋敷と家族のことを任せっきりで……おや? 離れている間に身長が伸びたんじゃないか? 体も大きくなったよな?」

「兄上……三ヶ月と少しでそこまで変わるわけないじゃないですか」

苦笑するようにコハクが言うが、絶対に大きくなってるって。お兄ちゃんアイは間違わないって。

俺がそんな会話をコハクとしていると、モモカがじわじわと移動して背中によじ登り始めたためおんぶに移行する。もう小さな子どもじゃないんだし、ここは外だし、ドレスだし、さすがにやめてほしいけど久しぶりだから甘やかしちゃうわ。

そうやって空気をぶち壊してくれたモモカに内心で感謝しつつ、横目でナズナを見る。すると以前と同じように従者として俺の斜め後ろに控えているのが見えた。そのため今度はウィリアムを見るが、何やら難しい顔をしている。

教育の結果次第では俺と引き離してどこかに嫁がせると言っていたが、今のナズナは ど(・) っ(・) ち(・) だろうか。ウィリアムの目から見て合格か、不合格か。

(判断するとしても、すぐに結果が出るわけじゃないか)

ただ、筆記試験みたいに問題を解いて正解不正解で判断するわけじゃない。これからのナズナの態度、実践の結果次第で判断されるだろう。

(俺が軍役に行っている間にどれだけ変わったのか……いや、待てよ? 子どもの三ヶ月ちょいは長いし、期待してもいいんじゃないか?)

俺だってダンジョンで防衛戦をしたりリンネと戦ったりと、指揮官としても剣士としても成長する機会が多かった。それならナズナにも期待ができるんじゃないか、と思うのだ。

(髪をばっさり切って、つけてたリボンが鞘に結ばれていることには不安があるけどな……)

そんなことを思いながらも、ひとまずは無事に戻ってこれたことを喜ぼうと思うのだった。

サンデューク辺境伯家の屋敷に帰ってきた翌日。

昨晩はコハクとモモカに王都や軍役に関して聞かれたり、買ってきた土産を渡して喜ばれたり、帰還を祝って軽いパーティが開かれたりと少々忙しなかった。

ナズナに対してもお土産としてコハクと同じように短剣を渡したんだが……ありがとうございます、という返事こそあったが喜んでいるのかいないのか、わからなかった。やっぱり実用性重視ではなくモモカへのぬいぐるみみたいに、女の子向けの土産にするべきだったんだろうか。

(でも喜んでいた感じもしたし、悪い選択じゃなかったはず……)

ナズナは俺と一緒に訓練に励んでいたし、コハク同様適切な刃渡りの短剣を選びやすかったっていうのもある。渡したら早速身に着けていたし、大丈夫のはずだ。

「…………」

そんなナズナだが、屋敷内を移動すると無言で俺についてくる。元々傍付きとしてそんな感じではあったが、以前はもっと明るいというか、何かしら喋りながら移動することも多かった。

それだというのに、今のナズナは口数が少ない。話しかければ答えるし必要があれば話しかけてくるが、逆にいえば必要がなければ何も話さないのだ。

最初は気のせいかと思っていたが、時間が経つと気になるぐらいには喋らなくなっていた。

(うーん……困ったな。以前はどんな風に喋ってたっけ……)

話す期間が開いてしまうと以前のように話すのが難しくなってしまうのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、俺は屋敷裏手の練兵場へと向かう。

軍役から帰ってきたということもあって数日はゆっくりするつもりだが、それはそれとして開いている時間に剣を振っておこうと思ったのだ。そうしないと据わりが悪いというか、落ち着かないのである。

(ランドウ先生が来た時に腑抜けたところを見られたらやばいしな。そうだ、せっかくだしナズナと打ち合いでも――)

練兵場に到着し、そんなことを考えた瞬間だった。

「っ!?」

そ(・) れ(・) はほぼ反射的なものだった。気配を感じると同時に剣を抜き、背後に向かって一閃。『瞬伐悠剣』の能力を使う余裕はなかったが、剣に魔力を乗せた全力に近い一撃を反射的に放っていた。

「――ふむ」

繰り出した斬撃が受け止められた衝撃が右手に伝わり、それと同時に聞こえたのはこちらを推し量るような声。それだけで相手が誰かを悟った俺は剣を引き、残心を取ってから鞘に納める。

「いきなり無言で背後を取るのはやめてくださいよ……ランドウ先生」

やっぱりというべきか、相変わらずというべきか。振り返った先にいたのはランドウ先生だった。

自らの刀を抜いて俺の斬撃を防ぎ、手の中に残った衝撃の強さで俺の腕前を感じ取っている様子……いや、自分でも何を言っているかわからないな。なんとなくそんな感じで俺の成長ぶりを確認しているような気がしたのだ。

そんなランドウ先生は日中にもかかわらず兵士の目を搔い潜って練兵場まで来たらしく、相変わらず無頓着でボロボロになりかけの和装を身に纏い、肩には小さな荷物を下げている。

(……あー……こうして向き合うとわかるけど、やっぱりランドウ先生はバケモンだわ……どんな鍛錬をすればここまで……)

本人に聞かれたらかなり失礼な感想を抱く俺。一皮剝けてから初めて会うからか、以前と比べて遥かに明瞭にランドウ先生の強さを感じ取れたのだ。

以前の俺でもランドウ先生の強さがとんでもない高みにあることは感じ取れたが、実際にどの程度なのかは読めなかった。それはまるで高い山を見上げるようで、高いことはわかっても霧がかっていて詳細な高さがわからない……そんな感じだったのだ。

(俺の強さが十ならランドウ先生は七十……八十? 滅茶苦茶差があるのはわかるけど、本気で戦うところを見てないからな。感覚としては百まではいかない感じだと思うんだが……)

つまり、俺が十人いればランドウ先生にも勝てる――なんてことは当然あり得ないわけで。

前世で遊んだゲームでも、レベル十のキャラクターを十人並べたところでレベル百のキャラクターには勝てないだろう。あんな感じだ。

俺も結構強くなったつもりだけど、ランドウ先生は潜ってきた修羅場の数が違う。というか、俺が生まれる前から剣を振っていたような人なのだ。

才能、努力量、実戦経験の数。それらをひっくるめた場合、俺が十でランドウ先生が百っていうのも俺の自信過剰かもしれない。

「久しぶりだな、ミナト。三ヶ月と少しぶりか? 珍しくレオンの奴に呼ばれて何事かと思ったが……短い期間で随分と見違えたもんだ。初陣を乗り越えた時は半人前だと言ったが、きちんと一人前になったな」

だが、ランドウ先生はそんな俺を褒めてくれる。え? こんなに素直に褒めてくれるなんて偽物か? いや、さっき簡単に剣を止められたしな。さすがにランドウ先生に化ける命知らずはいないだろ。

「だが、あくまで剣士として一人前になっただけだ。ゴールじゃねえ。ようやくスタート地点に立っただけだ。それはお前も理解しているだろう?」

「はい。もちろんです」

あ、褒めてくれたのに叩き落とすこの感じ、本物だわ。

(でも、スタート地点に立っただけっていうのもよくわかる……ランドウ先生だけじゃなく、オリヴィアさんやネフライト男爵の強さを感じ取れるようになったのも、俺が彼らの領域に指一本引っ掛ける程度には強くなったからだ。つまり、まだ そ(・) の(・) 程(・) 度(・) ってわけだ)

過信でもなんでもなく、事実としてそう感じ取れるようになった。とんでもない 高(つよ) さの山の入口に立って、ランドウ先生達を見上げているんだ、俺は。

以前は山の入口どころか、山に向かって遠くから一歩一歩進んでいただけである。それがボスモンスター化したデュラハンとの戦いで一気に距離を縮め、山の麓に立てるようになった。

だから、次は少しでもランドウ先生達に近付けるよう、強くなっていかなければならない。

それは理解しているんだけど。

(……あ、駄目だ。理解はしてるけど褒められたのが嬉しい。普通に嬉しいぞ、コレ……)

今(・) 度(・) こ(・) そ(・) きちんと一人前になったと言われて、どうしても口元が緩む俺だった。