作品タイトル不明
第85話:師事
「それで? レオンからはとにかく屋敷に来てくれって連絡があったからとりあえず来たが……なんだ、お前が帰ってくるから顔でも見にこいって話だったのか?」
久しぶりに会ったランドウ先生とひとしきり再会の挨拶をして、場が落ち着くとそんなことを尋ねられる。
あー……さすがにその辺は話してないのか。たしかに今より強くなりたいって言ったのは俺だし、俺の方からランドウ先生に頼むのが筋ではある。それに、リンネのことを話すなら俺から直接話したかったし、その辺をレオンさんが汲んでくれたのだろう。
俺は呼吸を整え、背筋を伸ばして真っすぐにランドウ先生を見る。さすがに殺されるようなことはないと思うが、内容が内容だけにランドウ先生の反応が読めないから少し……いや、本音で言えばかなり怖い。
「父上が先生をお呼びしたのは、俺がそう頼んだからです。お忙しいところをお呼び立てして申し訳ございません」
「そろそろ数日休養を取ろうと思っていたから別に構わねえが……何があった?」
俺の様子から理由があってのことだと察したのだろう。ランドウ先生が話の続きを促してくるため、俺は簡単に『王国北部ダンジョン異常成長事件』やボスモンスター化したデュラハンとの戦いに関して話していく。
軍役で小規模ダンジョンを破壊するはずが、異常成長した中規模相当のダンジョンに飲み込まれたこと。
ダンジョンに取り残されたカリン達を助けたものの、ゾンビ化した者がいたため 剣(・) 士(・) と(・) し(・) て(・) 斬ったこと。
そこから一週間以上続いた防衛戦のこと。
何故か襲ってきたボスモンスターのデュラハンと戦い、倒したこと。
これまで様々な相手に何度も報告してきたこともあり、時系列順にまとめて簡単に話していく……ん?
(なんか、ナズナの様子が……)
最初は目を輝かせて聞いていたナズナだったが、途中から胸を押さえるようにして、痛みを堪えるような仕草が何度か見えた。そのため気になったものの、今はランドウ先生への説明を優先する。
「なるほど、お前が戦ったのはデュラハンか。それも異常成長したダンジョンのボスとなると、お前が一皮剝けたのも納得だな。他にも色々なモンスターと戦えたのなら良い経験になったじゃねえか」
俺の話を最初から最後まで、どことなく楽しそうに聞くランドウ先生。なんでそんなに楽しそうなんだろう? いやまあ、俺も話してて少しばかり楽しかったけどさ。
「で? そ(・) れ(・) だ(・) け(・) ならわざわざ俺を呼ばねえだろ。その後何があった?」
「その後、なんですが……」
そう言いつつ、俺はナズナをチラリと見る。下手するとランドウ先生の内面に踏み込む話になりかねないため、席を外してもらうと思ったのだ。
でも何だか気負ってるし、どうかな、素直に従ってくれるかな? なんて思っていたらこちらの意図をすぐさま汲んだのか、ナズナが一礼してから距離を取る。
そんな、俺の意図を汲んで動く姿が以前のナズナの姿に重なり、俺は思わず頭を振った。
(気張っちゃいるが、以前のままなのかもな……髪をばっさり切ったから驚かされたけどさ)
良くも悪くも変わっていないところもあるのだ。そう自分に言い聞かせると、俺はランドウ先生に王都でリンネと名乗る『魔王の影』に遭遇したことを話していく。
「『魔王の影』? 話には聞いていたが、本当にいたんだな。強かったか?」
「強かったですけど、俺でもなんとか互角の勝負に持ち込めたんですよね。まあ、友人の援護があってこそでしたけど」
「そんなもんか……レオンの予想だと『魔王』には劣るが相応に強いって話だったんだがな」
顎髭を撫でつつ、どこか落胆したように呟くランドウ先生。戦闘狂というわけではないが、一人の剣士として強者なら戦ってみたいと思っているんだろう。でも、リンネが相手だったら一太刀で勝負がつきそうだ。
「上級の援護魔法を使っていたんで、俺からすれば厄介でしたよ。それで……あー……それで、ですね」
ここまで話しておいて、どうしたものかと迷う。ただ強くなりたいってだけなら、リンネのことをランドウ先生に報告する必要はないんだが――。
(そりゃ不義理ってもんだろ。オウカ姫って確証はないけど、伝えるだけ伝えておかないと)
かつての想い人の遺品を探してダンジョンに潜り続けるランドウ先生に、リンネに関して隠すという選択肢は選びたくなかった。それは理屈じゃない。感情からの判断だ。
「その戦った『魔王の影』……リンネと名乗っていたんですが、腰より下まで黒髪を伸ばした少女の外見をしていまして……服装は先生みたいにキッカの国の人が着ていそうな感じで、身長は百四十センチに届かないぐらいでした。多分、外見の年齢だけで判断するなら俺と大差ないんじゃないかな、と」
「…………」
隠し事はしたくないんだけど、無言で話を聞くランドウ先生を見ていると怖い。俺の様子から 何(・) か(・) が(・) あ(・) っ(・) た(・) と察しているのか、目が笑っていないのが余計に怖い。
俺は懐に手を入れると、一枚の紙を取り出す。いつランドウ先生と会ってリンネの話をしてもいいように、リンネがつけていたお面を絵に描いておいたのだ。特に、桜の花の部分はしっかりと描いてある。
「それと、顔にはこんなお面をつけていまして……花のような柄が特徴的でしたね」
「花? 一体なんの……花……」
キッカの国には桜が生えているが、アーノルド大陸にはなかったはずだ。少なくとも俺が知る限りでは聞いたこともない。そのため桜という単語は出さず、紙をランドウ先生に差し出すに留める。
「それで、ですね。その『魔王の影』、スギイシ流の技を使ってきたんです。構えや太刀筋が明らかに俺やランドウ先生とそっくりで、『一の払い』と『二の太刀』を使って」
「っ!?」
その瞬間、ランドウ先生から濃密な殺気が溢れ出し、抜く手も見せず放たれた刃が俺の首を刎ね飛ばして宙を舞って意識が消え――。
「……ト! おい、ミナト!」
「はっ!?」
あれ? 今、どうなった? 首が飛ばなかったか? なんかランドウ先生にぶった切られて首を刎ね飛ばされたような……え? 錯覚? 首……あ、あるわ。つながってるわ。
ペタペタと首を触ってみるが、きちんとつながっている。デュラハンみたいになってない。
「スギイシ様! 若様に何をしたんですか!?」
距離を取っていたからか、慌てた様子でナズナが俺とランドウ先生の間に飛び込んできた。そして俺を庇うように両手を広げてランドウ先生の前に立ちふさがる。
「……いや、悪いな嬢ちゃん。今のは俺が悪い。謝罪する」
そう言って素直に頭を下げるランドウ先生に、ナズナは驚いた様子で俺を見てくる。いや、俺を見られても困るよ。何が起きたのか脳が理解し切れていない部分もあるし、ランドウ先生が素直に謝罪するのも珍しいし。
(昔……いや、前世の漫画だったかアニメだったかでもあったな。強烈な殺気を浴びたせいで殺されたって錯覚するやつ。アレって本当に起こるんだ……)
やばい、少しは強くなったって思ってたのに、おそらくは本気に近いランドウ先生の殺気を浴びただけで死にかけたんだが。無意識の内に芽生えていた自分の強さに対する過信を根こそぎ刈り取られたわ。意識が飛んでいた間に斬られてたら抵抗もできずに死んでいたな、こりゃあ。
「顔を上げてください、ランドウ先生。それで……えーっと、お見事な殺気です?」
いかん、何か言葉をかけなきゃと思ったけどズレた発言をしてしまった。なんだよお見事な殺気って。
ただ、そんな俺の発言で僅かとはいえ気が抜けたのだろう。顔を上げたランドウ先生からは濃密な殺気が薄れつつあった。
「話の続きを聞く前に、少し待ってくれ」
ランドウ先生はそう言うと、目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。それは怒りか、あるいは興奮か、吐く息に乗せて激情を無理矢理体内から追い出しているようだった。
「……よし、少しは落ち着いた」
そう語るランドウ先生は表面上は普段通りに戻ったようだ。少なくとも突然殺気をぶつけられる心配はなさそうである。
「それで、ミナト。そのリンネとやらはスギイシ流の構えや太刀筋をしているどころか、『一の払い』や『二の太刀』を使ったって言ったな」
「ええ。『一の払い』にいたっては、俺も使えない 飛(・) ぶ(・) 斬(・) 撃(・) でしたよ」
見間違いでも勘違いでもなく、アレは『一の払い』だった。斬撃を飛ばすことはできないが『一の払い』は俺も使える技だし、スギイシ流自体は何年も学んできた。今更見間違えることはあり得ない。
「最初は同門かと思いましたが、『魔王の影』ですし、ランドウ先生に師事したのは俺だけって聞いていましたから……一応の確認ですけど、俺の後にスギイシ流を教えた人はいませんよね?」
そしてその人が死んで、『魔王の影』になって復活して、スギイシ流の技を使って俺を襲ってきた……さすがにないか。というか、俺より後にスギイシ流を教わったのに俺よりも達者に使えるとか凹むわ。そりゃ 俺(ミナト) は凡才だってランドウ先生からもお墨付きだけどさ。
「そんな奴はいねえよ。俺が剣を教えたのはお前以外にいない……ああ、 生(・) き(・) て(・) い(・) る(・) 人(・) 間(・) ではな」
「その言い方だと、亡くなっているものの知っている人、教えてはいないけど技自体は知っている人がいそうですね」
俺はランドウ先生からオウカ姫について聞いていないし、知っていたらおかしいためぼかした言い方になってしまう。それでも普段と比べれば平静ではいられないからか、ランドウ先生から何かしらの指摘が入ることはなかった。
「……ああ。さすがに俺の技を見たことある奴がゼロとは言わねえよ。しかし、そうか……長い黒髪で、小柄な女……それで名前がリンネ、か。リンネ……リンネねぇ……」
「はい……それで、その。俺と戦っていると、教えてもらったことを実践できるから楽しい、とか、誰か思い出す人がいる、みたいなことを言っていてですね」
「……そう、か……」
俺が言いたいことは単純だ。リンネが言っている人ってランドウ先生ですよね? なんてストレートにぶつければいい。
だが、目を伏せて思い出を振り返るように、噛み締めるように話すランドウ先生を見ていると戸惑われる。そのためランドウ先生の方から話してくれるのを待つ。
「それで? お前はそのリンネって女が言葉にした奴が俺だと思ったわけか」
「はい。といっても俺は誰にもスギイシ流を教えていませんし、消去法ですけどね。あとはリンネに剣を教えた人、あるいは見せた人が、偶然スギイシ流に似た戦い方を編み出した可能性も」
「本当にあると思うか?」
「やっぱりないですよね……」
多少似るぐらいならあり得るとしても、『一の払い』と『二の太刀』まで同じなのだ。これで本当に偶然だったらどれだけ奇跡的な確率なんだと笑うしかない。
「だけどまあ、俺としては興味深い……いや、是非とも聞いておきたかった話だ。ミナト、お前がわざわざ俺を呼んだのも、この話をしたかったからか?」
ランドウ先生にとってはオウカ姫に関係する可能性が高い話となると、何が何でも聞きたいだろう。それを『花コン』で知っているため頷きたいところだが、今回俺がランドウ先生を呼んだのは別件の方が本題なわけで。
「リンネについては先生に心当たりがあるか聞きたかったですが、本題は別でして」
「そうなのか?」
「ええ。先ほど話したダンジョンでの件と、リンネの件。この二つを解決したことで国王陛下から二つの勲章を贈られ、名前が売れてしまいました。これが思った以上に影響が大きいようで、このままだと過剰な名声に殺されかねません」
首を傾げるランドウ先生に対し、俺は片膝を突いて頭を下げ、弟子として最敬礼を向ける。
「先生は俺が一人前になったと言ってくださいました。正直なところすごく……言葉にできないぐらい嬉しいです。でも、今のままだと強さが足りません」
そう言って顔を上げ、ランドウ先生をじっと見る。
「現状、貴族として修めるべき教育は全て修めたと父上からも言われました。だからもう一度、俺に修行をつけてはくれませんか?」
以前は他の勉強との兼ね合いもあり、ランドウ先生との鍛錬に使える時間が限られていた。だが、今回は違う。レオンさんから許可をもらったし、修行だけに時間を割くことができる。
「…………」
ランドウ先生が無言で見てくるため、俺も無言で見つめ返す。またリンネが襲ってくるかもしれないから一緒にいると会えるかもしれませんよ、なんて言葉は口に出さない。たとえランドウ先生がそれを求めているとしても、弟子として、自分の方から取引材料にするのは憚られた。
「――もっと強くなりたいんです」
だから、シンプルに願いを口にする。
今のままでは膨れ上がった英雄の虚像に押し潰されて死にかねない。それを避けるには名声に見合うぐらい強くなるしかない。そんな単純で、しかし単純だからこそより強く願う。
そんな俺の願いをどう思ったのか、ランドウ先生は俺から視線を外して何かを考えるように遠くを見た。
「お前を鍛えるのは別に構わねえ。弟子が強くなりたいって言うのならそれを鍛えるのも師匠の役目だろうよ。ただ、お前はもう一人前だ。そこから更に強くなるには地道に時間をかけて強くなるか、多少危険で 手(・) 荒(・) な(・) 手(・) 段(・) をとるかの二択になるが」
「……身勝手で申し訳ないですが、ある程度時間を確保できたといっても学園への入学もあるのであまり時間がかかりすぎるのは厳しくてですね……地道に時間をかけて強くなるっていうのは、具体的にどれぐらいの時間がかかるんですか?」
「そりゃ一生を懸けて、だ。毎日剣を振り、少しずつ強さを積み上げていく。真っ当で地道な方法だな」
剣士としてはある意味正道というか、なんというか。しかし今は一日でも早く、もっと強くなりたいのだ。
「では、後者でお願いします」
俺は残った選択肢を選ぶ。内容はまだ聞いていないが、ランドウ先生が多少とはいえ危険って口にするぐらいだ。真剣を使ってランドウ先生と模擬戦をし続けるぐらいのことはやりそうである。
「そうか……なら行くか、大規模ダンジョン」
「はい! ……はい?」
だから、勢いよく頷いたあとに首を傾げることになったのだった。