軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第75話:リンネ その1

『魔王の影』は、俺が知る『花コン』には四体登場する。

一体は『魔王の影』達を統率するリーダー格のスイレン。『魔王の影』に性別は関係ないと思うが、一応は女性として描かれていた存在だ。

一体は性別可変にして外見も可変、『花コン』ではミナトを殺して 外見(ガワ) を真似て人類へのスパイ行動を行うこともあるアスター。

一体は『魔王の影』の中でもダンジョンの操作に特に秀で、『花コン』の主人公達を苦しめることになるバリスシア。こちらは男性体だ。

最後の一体はかつて人類とオレア教に大打撃を与えた 例(・) の(・) 爆(・) 破(・) 事(・) 件(・) を企んだ『魔王の影』の参謀役、スファレライト。こちらも男性体だ。

俺が知るのはその四体であり、リンネなんて『魔王の影』は知らない。ランドウ先生の想い人であるオウカ姫を彷彿とさせるような出で立ちと桜の文様を刻んだお面なんて、そんなキャラがいれば絶対に忘れていない。

(とうとう、恐れていたことが起きちまった……か?)

『花コン』ではダンジョンがランダムに生成されるように、俺が知らない『魔王の影』が誕生したか。あるいは『花コン』に登場しなかっただけで元々いたのか。

ゲーム的に考えれば『魔王の影』が四体、つまり『魔王』の四天王みたいな存在だと思えば五体目は存在しないはずである。いや、前世で聞いたどこぞの戦国大名の家みたいに、四天王なのに五人いる可能性もあるのか。

「チィッ! ゲラルド! 至急応援を――」

呆けるような思考を打ち切り、即座に戦闘へ移行。護衛として指揮を執っているゲラルドへ声をかけ――そこで気付く。

「……ゲラルド?」

いつの間にかゲラルドがいなくなっていた。それだけでなく随行していた兵士や御者の姿すら消えている。

それだけでなく、先ほどまでは多少なりいた王都の民の姿も消えていた。数が少ないとは思ったが、人っ子一人見当たらないのだ。

「み、ミナト様……」

近くにいたのはカリンだけだった。困惑した様子でリンネを見つつ、縋るようにして俺の傍に身を寄せてくる。

「……カリン、人を呼んできてくれ」

俺は腰元の剣を抜いて構えつつ、小声でカリンへ促す。王都の往来で剣を抜いた俺に目を見開きつつも、カリンも『王国北部ダンジョン異常成長事件』を潜り抜けた身だ。すぐさま頷く。

「ミナト様は?」

「ここで時間を稼ぐ。だから救援を頼んだ。でも何かあればすぐに戻ってきてくれ。あるいは声を上げてくれ。助けに向かう」

一対一とはいえ『魔王の影』が相手となると時間を稼ぐことすら困難だろう。ランドウ先生なら確実に勝てるだろうし、これまで出会った人物ならオリヴィアやネフライト男爵なら勝てる見込みがあるが、俺はその領域に到底届いていない。

それでもカリンを納得させるためにそう告げ、その背中を押す。

「……わかり、ました。ご武運をっ!」

カリンの判断は思ったよりも早かった。ドレスにもかかわらず素早い動きで駆け出し、それを見た俺はリンネがカリンを追えないよう、即座に立ちふさがって進路を潰す。

「…………」

だが、リンネは動かなかった。まるでカリンを見送るように視線を向け、カリンの姿が見えなくなってから俺の方へと視線を向けてくる。

「こちらに別動隊がいればあの女は今の時点で死んでいますね」

「――――」

そんな 当(・) た(・) り(・) 前(・) のことを告げてくるリンネに、俺は呆然とする。何かあれば駆け付けるつもりだったが、そんな暇があるとは限らないのだ。

そしてすぐさま理解した。

「ああ…… な(・) る(・) ほ(・) ど(・) ……そうか、そうか――お前か」

この、こちらの認識がおかしくなる感覚。当たり前のことを見落としてしまったことから逆算し、これまでの異常をもたらしたのが眼前の存在なのだと看破する。

そして同時に、『魔王の影』の言葉を信用するのも馬鹿らしいが今の発言の裏を考えるならば。

(別動隊がいれば……つまりいないってことか。そうなるとカリンが兵士達を呼んでくるまでしのげばなんとか……いや、これだけのことを仕出かす奴だ。近場からの助けは来ないって考えた方がいいな)

そうなると逃がしたカリンはどうなってしまうのか。ゲラルド達と同様にどこかに姿を消してしまうのか。それとも異変に気付いて戻ってくるのか。

それはわからないが、相手が本当に『魔王の影』だというのなら。

「……ふぅー……」

俺は大きく息を吐きつつ、向けていた剣の切っ先を僅かに下げる。するとその意味に気付いたのかリンネが眉を寄せた。

「おや……剣を引く気ですか? 『魔王の影』を前にして?」

「引く気はない……が、どうにも解せねえ。何故こんなことをする? 俺に何か用があるのか?」

『魔王の影』は『魔王』を発生させ、人類を滅ぼすことを目的として動いている。『魔王の影』は人間が持つ負の感情を基にして誕生しているため、その意思を覆させて人類の滅亡を止めるのは不可能だ。

殺意や怒りや悲しみや苦しみといった感情を世界中からかき集めて、一個の生命体として押し固めたような存在なのだ。そのため人類に対して絶対に諦めることなく暴れ続ける復讐者、とでも思えば間違いはないだろう。

個体ごとに性格や能力の違いがあり、こうして対話すること自体は可能だとしても人類を滅ぼすという根底が崩れることはあり得ないのだ。

それが『花コン』で知る『魔王の影』という存在だが、眼前のリンネは『魔王の影』と呼ぶには少々毛色が違うように思える。殺気も敵意もなく、こちらを観察するような気配を覗かせているだけだ。

「用……あなたに用、ですか……」

リンネは距離を保ったままで呟く。この距離なら俺も魔力を感じ取れるため、魔法の準備をしているってわけでもなさそうだが。

(この間合いの取り方……それにあれは……)

服装に気を取られてしまったが、よくよく見るとリンネは鞘に納まった剣を携帯していた。左手で鞘を掴み、こちらから見えにくいよう体の陰に隠していたのだ。

服装はキッカの国のものだが、握っている鞘の形状から判断する限り中身は刀ではなく剣。俺が使っているものと似たような、どこにでもあるような形状の鞘だ。

(『魔王の影』なら『召喚器』じゃない……いや、下手すりゃダンジョンで死人が落とした『召喚器』を使ってくる可能性はあるのか)

オリヴィアなら『 巧視魂動(こうしこんどう) 』で見抜けるんだろうけど、俺じゃあ『召喚器』かどうかしかわからない。それも感覚に頼った曖昧な見抜き方で、リンネ本人が発現した『召喚器』かどうかはわからないのだ。

それでも、自分で自分のことを『魔王の影』だと名乗るような者は貴族社会にはいない。俺みたいに疑われる奴はいたとしても、自分からそんなことを言い出せばどうなるか。

(剣術の心得があって、魔法は……魔力がある。『魔王の影』なら闇属性魔法か。それ以外もあり得るが……)

本当に『魔王の影』だとすれば、下手したら王都のど真ん中で最上級魔法を撃たれてしまうわけだ。それも、闇属性の最上級魔法ともなると50%の確率で即死する上に『致死暗澹』以上の破壊力がある。それ以外の属性だとしても最上級魔法なら被害は甚大なものになる。

(くそっ……そうならないよう、オレア教の面々が見張ってるはずなのに……どうなってんだ)

手っ取り早く負の感情を増やす方法としては、人が多い王都や町に侵入して強力な魔法を撃てば良い。それだけで甚大な被害が出て負の感情が一気に増える。

もちろんそれをさせないためにオレア教の者達がいるし、王国騎士団のような強者の集まりがある……が、こうして王都に侵入を許した時点で敗北したようなものだ。

(ミナトに化ける『魔王の影』……アスターなら戦闘能力は低いし、他者に化けられるっていう能力上、侵入を許すのも仕方ない……でも、こいつは別だ)

何の能力を所持しているのかわからないが、俺やカリンの認識や記憶を曖昧にし、こうして人払いのような技まで持っているんだ。化けることなく真正面から、普通に侵入して王都の中で魔法を撃てると思えば他の『魔王の影』よりも危険な存在である。

そのため、迂闊に斬りかかることができない。魔法を撃たれたら『一の払い』で無効化し、それが無理なら最悪、体を盾にしてでも止める。

(頼むぞカリン。できるだけ早く救援を……)

他力本願だが、最早それを願うしかない。簡単には救援が駆け付けられない可能性に目を瞑り、祈るしかない。

「ああ、そうだ。何か用でもないと、こうしてわざわざ声をかけたりはしないだろう?」

さすがに剣を鞘に納めるようなことはしないが、リンネを刺激しないよう注意しながら会話での時間稼ぎを狙う。何がきっかけで怒り出すか、あるいは俺に対する興味を失うか。俺は地雷が埋まった平原を目隠しした状態で走り回るような心境で会話の糸口を探る。

(ボケてる暇はねぇ……少しでも会話を長引かせないと)

仮に本物のオウカ姫が『魔王の影』となって 化(・) け(・) て(・) 出(・) た(・) というのなら、なんで俺のところに来る。俺じゃなくてランドウ先生に会いに行ってくれよ、と叫びたい内心を必死に抑える。

「興味が湧いたから、と言えばわかりますか?」

「……さあて、ねえ。わかるような、わからないような。興味が湧いたっていうのなら、喫茶店でお茶でもしながら話そうぜ。このよくわからない技を解いて、平和的にお茶しようや」

「ふふっ……それはそれで楽しそうですね。ええ、とっても楽しそうです」

心から笑っているのかわからないが、お面越しにくすくすと笑っている気配がする。

(本当にオウカ姫っていうなら 彼(・) 女(・) の(・) 『(・) 召(・) 喚(・) 器(・) 』(・) は……さすがに持ってない、か。『魔王の影』になってしまったから……か?)

ランドウ先生の強化イベントに必要となる、オウカ姫の『召喚器』。それは短刀型の『召喚器』で、こちらの大陸では珍しい形状になる。そのため一目見るだけでも所持しているかわかるのだが、手に持っているのは短刀とは似ても似つかない形状の剣だ。

(オウカ姫がここにいるってことは彼女専用のダンジョンも出現しない? 『召喚器』も駄目か? そうなったらランドウ先生の強化イベントは……ああもうっ! そんなのは後だ後!)

今の状況で考えても仕方がないことは後に回す。俺にできることは少しでもリンネの情報を得ること、そして話を引き延ばすことの二つだけだ。

「こうしてわざわざ声をかけてきたんだ……何か、興味が湧くようなことをしたんだよな?」

「ええ、それはもう」

そう言って頷き、リンネは右手の指を三本立てる。

「一つは、神童と呼ばれるほど優れていること。一つは、異常成長したダンジョンを死者数ゼロで切り抜けたこと。一つは、その歳でボスモンスターを倒したこと……ほら、興味を持っても不思議ではないでしょう?」

「は、はは……『魔王の影』にまで知られてるとは、俺もずいぶんと有名になったもんだ」

『王国北部ダンジョン異常成長事件』を切り抜けたことが、ここでも俺の首を絞めてくるとは……でも、『魔王の影』に興味を持たれるようなことか?

(待てよ……『花コン』で主人公が『魔王の影』に認知されるのは初めて中規模ダンジョンをクリアしてからだ。そこから『魔王の影』や『魔王』に関して情報が出るようになって、フラグを踏んでいくと『魔王』の発生フラグが立つ……)

そうでなければバッドエンドに行き、エンドロール後に人類が滅ぶ描写が入る。主人公が中規模ダンジョンを攻略することがフラグとなるわけだが、中規模ダンジョンを攻略する……今回の場合はボスモンスターを倒せるぐらいの強者だと思われた?

実際はポーションがなければデュラハンに勝てず死んでいたわけだが、倒したという事実自体は変わらないわけで。

ゲーム的なメタ読みだと、中規模ダンジョンを攻略したことが『魔王の影』の興味を惹くこととイコールだっていうのは納得がいく話ではある、のだが――。

(それで興味を惹いたのは、主人公達が少数でダンジョンを攻略したからだ……たしかに俺はボスモンスターを一対一で倒したけど、あの件は全体的に見れば軍隊で対処したんだぞ?)

たしかに俺がボスモンスターのデュラハンを倒した。それは間違いないし否定できない。だが、俺が単身でダンジョンに突入して倒したのならまだしも、『王国北部ダンジョン異常成長事件』はサンデューク辺境伯家の騎士団が主体となって戦ったのだ。

『魔王の影』からすれば、軍隊よりも突出した強者の方が興味を惹くだけのことかもしれないが。

「……それで? こうして顔を合わせて喋ってみてどうだ? 幻滅したかな?」

どんな噂がどこまで広まっているかはわからないが、俺個人の実力は知れたものだ。少なくとも一定以上の強者ならばこうして面と向かって相対しただけでわかるはずである。

「いいえ、幻滅するなんてとんでもない。興味が湧きます――とっても、ね」

(なんでだよ……)

本当、なんでだよ。

『魔王の影』がお世辞を言うはずがないし、本当に興味があるとして、だ。一体何が興味を惹いている? こればっかりは見当がつかんぞ。

「み、ミナト様っ! だめです! 誰もいませんし助けを呼ぼうとしても体が途中で動かなくなりますっ!」

そうして言葉で時間を稼いでいたが、一度駆け去ったはずのカリンが戻ってきた。時間的に……一、二分程度。動きにくいドレス姿ってことを考えると、近場に救援を求められる者はいない、か。

それに加えて体が動かなくなる? リンネの能力か技かわからないが、まだ支配下にあるってことか?

「カリン、『召喚器』を出してくれ」

「えっ? な、なにを?」

「何も聞かずに出してくれ。頼む」

俺はリンネから目線を外さず、それでいて戻ってきたカリンからも意識を切らさない。ないと思う――あり得てほしくないことだが、戻ってきたカリンが本物だという保証がないのだ。それこそ他者に化ける『魔王の影』、アスターがカリンに化けて戻ってきた可能性もある。

それを見分けるためにも、オリヴィアが語っていた『召喚器』で見分ける方法を使わせてもらうしかない。『花コン』の通りなら、カリンはもう『召喚器』の発現ができるはずだ。

(もしもそうなら、何が起きてるんだって話だけどな……)

『魔王の影』が二体がかりで俺を殺しに来たのか。俺はそこまでして殺すような強者じゃねえぞ。二体がかりで挑むならランドウ先生のところに行ってくれ。

そんなことを内心で毒づいていると、カリンが困惑した様子で己の『召喚器』を発現する。

カリンが発現したのは、扇形の『召喚器』だ。外見は打撃武器としても使える 鉄扇(てっせん) だが、その実体は火力特化の『召喚器』――その名も『 尖片万火(せんぺんばんか) 』。

『花コン』で育ち切った場合、最終的には読んで字のごとく、尖った火片を万に至る数ほど生み出し、一斉に放つという文字通り 火(・) 力(・) 特(・) 化(・) の『召喚器』だ。

範囲攻撃に使うも良し、万の火片を単独の敵に全て叩き込むも良し。用途がシンプルだからこそ強力な『召喚器』と言えるだろう。

そして、カリンが持っているはずの『召喚器』を発現できたということは、間違いなくカリン本人だということだ。

「空に向かって魔法を撃て! そうすれば遠くからだろうと人が駆け付ける!」

本当は戻ってくる前にそうしてほしかったが、贅沢は言ってられない。俺が指示を出す余裕もなかったし、ここで撃ってもらうしかなかった。

「は、はいっ!」

カリンは手に持った鉄扇を開き、魔力を込める。すると鉄扇の周囲にいくつもの火球が浮かび上がり、数秒とかけずに上空に向かって発射した。

「――駄目ですよ」

「っ!?」

リンネが魔力を集中させたかと思うと、瞬時に剣を抜いて刃を宙へと奔らせる。すると斬撃に合わせて魔力の刃が放たれ、カリンが放った火球を全て両断して霧散させた。

「おいおい……マジか……」

そ(・) の(・) 技(・) を見た俺は、思わず呟いていた。

俺の目が狂ったわけじゃないのなら、今の技は。

スギイシ流――『一の払い』。

それも、俺ができない斬撃に魔力を乗せて飛ばす応用技だ。

「そんな顔をしてどうしましたか? わたしがこの技を使えるのが――そんなにおかしいですか?」

そう問いかけてくるリンネに、俺は頬を引きつらせながらも剣を構え直すのだった。