軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第76話:リンネ その2

ランドウ先生が使うスギイシ流は、その名前の通りランドウ先生本人が創始した戦い方だ。

剣を使った戦闘だけでなく、打撃、投げ技、締め技、投擲術と、剣が手元になくても戦えるようになっている。剣を主体に使うものの、技自体は素手で使うこともできるのだ――俺はできないが。

ランドウ先生なら手刀で『一の払い』を使えるし、そのまま魔力の刃を飛ばすことさえできる。なんなら俺が使えない『三の突き』を 貫手(ぬきて) で行い、相手の胴体を貫く、なんてこともできる。

そんなスギイシ流だが技を使うにはそれなりに魔力が必要であり、俺みたいに魔法の才能はないけど魔力量はそれなり以上という人間でないと覚えられない流派でもある。いや、覚えられないこともないが魔法を普通に使えなくなるというデメリットがある、というべきか。

そして、創始者のランドウ先生以外では一番弟子の俺以外使い手がいないはず――なんだが。

(うそ、だろ……まさか……まさか、本当にオウカ姫なのかよ……)

死に別れるまで常にランドウ先生と一緒にいたオウカ姫ならば、スギイシ流が使えてもおかしくはない。ランドウ先生が手解きしたのか、オウカ姫に見て覚えるだけの才覚があったのかはわからないが、目の前の存在が『一の払い』を使った事実は変わらない。

つまり、『一の払い』と同様の技を編み出したという偶然が起きていなければ、リンネがオウカ姫本人の意識を持った状態で『魔王の影』として生まれ変わった可能性は否定できないわけで。

(もしもそうだとして、なんでランドウ先生の方に行かない? 強者が目的なら俺よりランドウ先生の方だ。本当にオウカ姫本人の意識があるのなら、俺なんかよりもランドウ先生に会いにいくはず……)

あるいは、辺境伯家の嫡男にして『王国北部ダンジョン異常成長事件』解決の立役者という立場が厄介だと思われたのか。一個の戦力としてはランドウ先生が突出しているが、王国東部の貴族達の兵力を糾合して戦える可能性すら見込めば狙う理由にはなりそうだ。

よりにもよってランドウ先生の教え子である俺が、今も危険を顧みずに危険なダンジョンに潜り続けるランドウ先生が焦がれる程に求めた想い人――その 残(・) 骸(・) に狙われるなど。

(ああ、そうか……ダンジョンだけじゃなく、この世界がクソなのか)

かつて、カリンの従者であるエミリーを斬った時にダンジョンというものはクソだと思った。だが、なんてことはない。どこだろうと悪意が溢れていた。それだけのことだ。

それなら、こちらも相応の手段を取ろう。

「カリン、周囲の建物に向かって魔法を撃ってくれ。たとえ魔法が斬られてもいい。一発でも通れば 狼(・) 煙(・) 代(・) わ(・) り(・) になる」

仮に何かあってもサンデューク辺境伯家が責任を取る。そう断言すれば、カリンは戸惑いながらも頷いてくれる。近くに人がいないからこそ選べる手段だ。

「や、やりますっ!」

カリンが指示通り周囲の建物を狙って火球を放ち、それを見たリンネが刃を振るい――その隙に、俺は前へと踏み込んでいた。

「っ!?」

『一の払い』でカリンの魔法を全て両断した直後、剣を振り切ったタイミングで踏み込んだにも関わらずこちらの剣を防がれた。それでも辛うじて防いだ形になり、俺は体格差を利用して鍔迫り合いのまま押し潰さんばかりに力を込める。

「今だ! 空に向かって撃て!」

「あ……はいっ!」

俺の先ほどの発言がブラフだって気付いたんだろう。カリンが再度空に向かって火球を放つが、今度は俺が押さえ込んでいるから消されることはなかった。

こちらの位置を特定し、何事かと兵士や騎士が駆けてくるまでかかる時間はどれぐらいになるか。周囲一帯の人払いが可能だったとしても、 そ(・) れ(・) よ(・) り(・) 外(・) 側(・) からなら駆け付けることができるはず――という希望的観測に従えば、どんなに長くても五分とかからないだろう。

(五分は長いけどなっ!)

戦いにおける五分というのは、本当に長い。そのため心中で愚痴りつつ、こちらの重心を崩して距離を取ろうとするリンネを必死に押し留める。

ゲラルドがいたら二対一で接近戦を挑めた。

モリオンがいたら援護の魔法を頼みつつ、直接リンネを狙わせて削ることができた。

しかしここにいるのはカリンで、実戦経験などない。そのためこれ以上は頼りようが――。

「援護します! 『猛火(もうか』!」

そう思っていたというのに、背後から援護の魔法が飛んできた。

火属性の下級、 援護(バフ) の魔法の『猛火』だ。その効果は3ターン攻撃力を30%増加させる。この世界においては三十秒間攻撃力を上げる、程度に捉えておけば良いだろう。

ただでさえ『召喚器』で底上げされている身体能力が更に高まる。体格差があるということは、体重差があるということだ。それは人間の形をした生き物同士の戦いにおいて大きなアドバンテージになり得る。

「おおおおおぉっ!」

気合いの声と共に強引にリンネを弾き飛ばして体勢を崩し、隙を作り出す。

弾き飛ばして体が浮けば、どこにも逃げることができない。足が地面についていないのだから当然だ。それでも自分に向かって『風刃』を叩きつけるなりして強引に移動することはできるが。

俺は剣に魔力を込めつつ、離した距離を一気に潰す。仮に魔法を撃たれても斬れるように、そして魔法を使って逃げようとしても無効化できるように。

そう、思ったんだが。

「――『 疾風迅雷(しっぷうじんらい) 』」

リンネの足が僅かに地面についた瞬間、その姿が掻き消えた。それと同時に響いた声は、木属性の上級援護魔法である『疾風迅雷』の使用を告げている。

俺がデュラハンと戦った際、モリオンがかけてくれた魔法である『疾風』の上――の、更に上。速度を三ターンの間80%上昇させる魔法だ。

それがもたらす効果は、目にも留まらぬ速攻。

「ちぃっ!?」

振るわれた刃に辛うじて合わせ、眼前で火花が散る。こちらは本の『召喚器』による援護があってなお、相手の方が速い。それでもギリギリのところで防御が間に合う速度差で、俺は最小限の動きで迫り来る斬撃を弾いていく。

(この剣筋……本当にスギイシ流かよ!? ランドウ先生と打ち合ってるみたいだし、魔法も併用してくるとか冗談だろ!?)

スギイシ流独特の間合いの取り方に剣の振り方、そして魔力の込め方。いつでも『一の払い』を放てるよう剣に魔力を通し、それでいて隙があれば『二の太刀』を繰り出して一刀両断を狙う。斬撃だけでなく『三の突き』が飛んでくることも考慮しなければならない。

そして何よりも、スギイシ流を学べば魔法をロクに使えなくなるはずだというのに、上級の援護魔法を使って見せたその器用さも見逃せない。

(奥義の『 閃刃(せんじん) 』は? 使えるのか? 使われたらさすがに防ぎきれねえぞ)

『花コン』では最速で行動して攻撃力三倍に確定でクリティカル攻撃というとんでもない性能の技だったが、現実で同じことができるとすれば結果は目に見えている。

使われれば死ぬ――文字通りの必殺技だ。

俺も使えれば相殺を狙えるかもしれないが、まだ『三の突き』も習得できていない身だ。その更に先、奥義たる『閃刃』は模倣すらできない。

(……いや、本当にこの『魔王の影』がオウカ姫だとすれば、ランドウ先生と死に別れたのはかなり前……さすがに『閃刃』は使えないはず……)

俺の願望込みだが、さすがのランドウ先生といえど幼い頃は今のような人外ぶりは発揮していないはずだ。オウカ姫が命を落とし、それを悔やんだからこそ自殺染みた修行を何年も行い、今があるのだから。

ただ、それでも。『疾風迅雷』を使われた上にリンネは俺よりも技量が高い。一方的に斬られるほど実力差があるわけではないが、こちらが防戦一方になるほどに強い。

だが―― そ(・) の(・) 程(・) 度(・) で済んでいる、という違和感があった。

(手を抜いている? いや、単に他の『魔王の影』と違って育っていないだけか? 動きが速いし手数も多いけど、ボスモンスターのデュラハンよりはまだ)

戦いやすいと、そう思った瞬間だった。

それまで俺に向かって斬りつけていたリンネが急に動きを変え、カリンを狙う素振りを見せ始めたのだ。

(ちっ……そりゃ弱い方を狙うわな)

それを卑怯とは言わない。戦いにおいては当然の選択だ。そのため俺もカリンを庇いつつ、繰り出される斬撃を次から次へと捌いていく。

「み、ミナト様」

「動くな! 動くと守れなくなる!」

カリンもどうにか俺を援護しようとしているのだろう。魔法を撃とうとする素振りを見せるが、リンネの動きを目で追うことすらできていない。そのため撃てば逆に危険になると判断して制止する。

「正解で、不正解ですね」

「っ!?」

全力ではなかったのか、更にリンネが加速する。それによって僅かに予測とずれた斬撃を弾き損ね、切っ先が俺の頬をかすめて血が飛び散った。

「ふむ……ふむ……なるほど……」

不思議なことに、俺に傷を負わせたリンネが距離を開ける。そして剣の切っ先についた俺の血を眺めると、何の意味があるのか何度も頷いた。

「つぅ……悪いな、カリン。せっかく綺麗な服だってのに汚しちまった」

俺はといえば、そんなリンネを警戒しつつカリンに声をかけていた。少しだけ横目で確認してみると、飛び散った俺の血がカリンのドレスに斑点模様となって付着している。

「い、いえ、わたしのことはお気になさらず。タイミングを見て援護の魔法をかけ直します」

「ああ、助かる」

カリンが使えるのは火属性の魔法だけだ。そして火属性の補助魔法は攻撃力の増加に特化しており、速度に関してはほとんど影響がない。

(あともう少し、俺に速度があれば……)

そう考えた俺は右手で剣を構え、左手に『召喚器』を発現。続いて距離が開いている内にとページを開くが……何も変化がない。今はまだ、『召喚器』にページが追加されるような事態じゃないってことか。

(自力でどうにかするしかない、か)

『疾風迅雷』を使ってもこちらが辛うじてだが追従できる点から、リンネの身体能力自体はそこまで高くない。外見相応といったところだろう。それでも『疾風迅雷』を使っている状態で巧みに速度を加減してみせたことから、魔法を使っての戦闘に慣れていることがうかがえる。

(となると、闇属性の魔法がいつ飛んできてもおかしくはないし、『疾風迅雷』が使えるってことは木属性の上級、あるいは最上級の魔法もあり得る……)

その場合、カリンにできる限り強い魔法を撃ってもらって威力を減衰させ、『一の払い』で両断を狙うしかない。いくら人払いがされていたとしても、王都の中で強力な魔法を撃たれれば被害は免れないのだ。

―― だ(・) か(・) ら(・) こ(・) そ(・) 解せない。

「やっぱり、わからねえな」

「何がですか?」

剣を構えたままで呟けば、リンネから反応がある。何が解せないかといえば、リンネから殺気が感じ取れないのだ。

「何が目的かわからねえが、王都に侵入したにしてはやることが見えねえ。遊びにでも来たか?」

「…………遊び?」

僅かな沈黙の後にリンネが首を傾げた。そしてお面越しに口元へ手を当てると、楽しげに笑う。

「ふ……ふふっ、遊び……言い得て妙ですね。 残(・) っ(・) た(・) 時(・) 間(・) を考えれば余興みたいなものですし、噂のサンデュークの神童がどれほどのものかを見に来た 物見遊山(ものみゆさん) といえばそうですから」

その、俺の遊びという発言を肯定するような返事に、俺は小さく目を見開いた。

(残った時間……『魔王』が発生するまでの時間か? たしかにあと六年もしない内に発生するって考えると、永い時を生きられる『魔王の影』にとってはあっという間……『魔王』の発生を盛り上げるための余興と考えれば……)

この時期に王都を『魔王の影』が襲撃した、という事実だけで負の感情が増えるだろう。それこそ、今後行われる予定の『王国北部ダンジョン異常成長事件』の勲章の授与式を上回るほどに不安という名の負の感情が溜まりかねない。

『花コン』だと一般市民は『魔王の影』に関しては知らされていなかったはずだが、危険人物が王都に侵入して被害をもたらした、という事実だけでも十分だ。

つまり、この襲撃が実現した時点で『魔王の影』としては目標を達成したと言えるわけで。それを覆すには――。

「は……おいおい。なんだよ、おい……つまり、なんだ?」

残念なことに、曖昧さを失って明瞭になった思考は割とあっさりと最適解と思われる案を叩き出す。

たとえ『魔王の影』が王都で暴れようと――この場で倒してしまえば解決では?

勲章が授与される予定の人間が追加で勲功を稼いだ。それを成し遂げれば分不相応な評価が更に加算されてしまうが、今更だ。

実現の可否は横に置くとして、そんな結末にしてしまえば良いのではないか、と 自分(おれ) の思考が判断を下す。

そしてその判断を実現させるのに必要なものはといえば。

(っ……あれは……)

リンネと向き合っていたが、視界の端に映った人物を見て俺は僅かに目を見開いた。そんな俺の仕草に気を取られたのだろう、リンネも俺の視線を追うようにして横を見る。

「あらまあ……これはこれは。空に火球が飛んでいたから見に来てみれば、なんとも物騒な状況ねぇ」

コツコツと足音を立てながら姿を見せたのは、今の状況のみならず万事において頼りになるであろう 道化師(アレク) だった。