軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第74話:デート その2

あまり土産が多くても領地まで持ち帰るのが大変だろう、ということでウサギのぬいぐるみだけを購入した俺は店を後にしていた。

「あの、ミナト様……わたしにまでこんな……」

「アドバイスのお礼だよ。いらなかったらどこか邪魔にならない場所にでも飾っておいてくれればいいさ」

遠慮がちな言葉をかけてくるカリンの腕の中には、赤色のウサギのぬいぐるみがあった。欲しそうな顔をしていたためプレゼントである。話を聞くと、部屋にいくつもぬいぐるみがあるそうだ。

(モモカも欲しがるぐらいだし、貴族の御令嬢なら割とポピュラーな趣味になるのかねぇ)

カリンは前世ならぬいぐるみをプレゼントする年齢ではないのかもしれないが、前世と違ってぬいぐるみの一つ一つが手作りで、その質の良さや見栄えからコレクション性もある。職人が手掛けた世界に一つだけのぬいぐるみ、と思えば集めたくなる気持ちもわからないではない。

(しかし、『花コン』だとカリンにぬいぐるみをプレゼントしたら好感度が下がったはずなんだけどな……やっぱり性格の違いか? それとも年齢の違い? 渡す人間次第ってオチもありそうだけど、こっちが正しい反応なのか?)

ぬいぐるみをプレゼントした際のカリンの様子を思い浮かべ、俺はそんなことを考える。

『花コン』ではメインキャラに対してプレゼントを贈ることができるが、その際選んだプレゼントによって好感度の上昇量が異なる。中にはそのキャラにとっての 地(・) 雷(・) も含まれており、プレゼントすると大幅に好感度が下がる場合もあった。

その点、カリンにぬいぐるみをプレゼントするのは微妙なところである。好感度は上がらず、やや下がってしまう組み合わせだ。

カリンの反応が演技でなければ、俺が演技を見抜けない節穴でなければ、たしかに喜んでくれている……と思う。でも俺、レオンさんの疑いにずっと気付けなかった節穴だからな……そう考えると自信がないわ。

『花コン』なら相性が悪いプレゼントをカリンに渡すと、『一応受け取っておきますわ』みたいな不愛想な反応が返ってくる。そのため大丈夫だと思うんだが。

まあ、インテリアの一種としても飾れるぐらいには上質なぬいぐるみだったため、プレゼントとして問題もないだろう。さすがにお礼といって貴金属を贈るのは色々な意味で 重(・) い(・) だろうし。

そうしてモモカ向けのお土産を入手した俺はカリンに断りを入れ、王都でも評判が良い鍛冶屋へと馬車を向かわせる。女性連れで向かうにはやや不似合いだが、コハクの土産も買っておこうと思ったのだ。

もっとも、不似合いといってもカリンも領主貴族の娘だ。武具の大切さは知っているだろうし、護身用に短剣の一本ぐらいは持ち歩く立場である。そのため全く興味がない、なんてことはないだろう。

なんならぬいぐるみではなく短剣をプレゼントしようかと思ったぐらいだが――。

(さすがに短剣はなぁ……貴金属以上に重すぎるわ)

何かあればこれで身を守れ、守れなければ自決用に使え、ぐらいの意味がこの世界ではあったはずである。独占欲の塊かな? なんて思うぐらい重たい。兄から弟に贈る分にはそこまで重たい意味はないのだが。

「……うん。これだな」

鍛冶屋についた俺は店売りの商品を一通り確認し、すぐさまコレだというものを決める。

「そんなにすぐに決められるものなんですか?」

「ん? ああ……俺はコハクに剣の手解きをしているからね。コハクの身長や腕の長さ、手の大きさ、武器の重心の位置の好み……その辺りは理解しているつもりだからさ。それで成長期でもあるから、数年は使えそうなやつを選んだんだ」

服みたいに成長したからといって使えなくなるものでもないし、打ち直すことで多少なら重心の位置を変えることぐらいはできる。もっとも、短剣はあくまでサブウェポンだ。使う機会はそこまでないかもしれない。

でもまあ、コハクが好きそうな落ち着きのある装飾が施された短剣があって良かった。俺の土産なら悪趣味な外見でも使ってくれそうだけど、さすがに喜ばれる贈り物の方がこちらとしても嬉しいしな。

そんなわけでファンシーショップに鍛冶屋と、デートコースと呼ぶには微妙な組み合わせの店を巡り、さすがにそれだけじゃちょっと、ということで喫茶店へと立ち寄る。

その喫茶店は王都第二層の大通りにこそあるが、これまで立ち寄った店と違って大通りの中でもやや外れた場所に建てられていた。大通りとその周辺にある民家の中間地点で、大通りの行き帰りに立ち寄りやすい立地を選んでのことだろう。その証拠に喫茶店の中は盛況な様子で、外に設けられたオープンテラスも半数ほどが埋まっている状態だった。

「喉が渇いてきたし、何か飲んで行こう。手をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

カリンをエスコートするように馬車から下ろし、その足で喫茶店へ入る。王都に店を構えるだけあって店内は掃除が行き届いており、俺達に気付いた店員がすぐさま注文を取りに来てくれた。その態度は手慣れており、おそらくだがお忍びの貴族が訪れることも珍しくないのだろう。

「カリンは何にする? 俺はアイスティーにするけど」

「それではわたしも同じものを……」

夏場だし、せっかくだから飲みやすそうなものを選ぶとカリンも追従してくる。さすがに熱いのは嫌だよな。ついでに小腹も空いたからケーキも頼むか。

そうやって注文をしてから席に着くが、天気も良いし、外のオープンテラスを選ぶ。すると三分と経たない内にアイスティーとケーキが運ばれてきたため、カリンと雑談をしながら口に運んでいく。

そんな俺とカリンの周囲には護衛のゲラルド達がいるが、それもあってオープンテラスを選んだわけだ。さすがに店内だと邪魔になってしまう。

前世だったら違和感があって困るが、今世だと子どもの頃から護衛は必須だったし、カリンも似たような環境で育ったからか特に気にしていない。

アイスティーやケーキの味について話したり、王都の人の多さについて話したり、互いの好きな食べ物、嫌いな食べ物について話したりと、少しずつ、少しでも良いから互いのことを知ろうと言葉を重ねていく。

子どもらしく、というには迂遠で。貴族らしく、というには真っすぐに。思いつくがままに質問をぶつけては答えてもらい、ぶつけられては答えていく。

そうしてアイスティーとケーキがなくなるまで語らい、喫茶店を後にする。再び馬車へと乗り込み、次はどこへ行こうか――なんて考えているとカリンがどこか気まずそうに口を開いた。

「ミナト様……わたしに何か、聞きたいことがあるのでは?」

「あー……そんなにわかりやすかった?」

そこまで露骨に表に出したつもりはなかったんだが。いや、あるいはレオンさんと話をして気が抜けているのかもしれない。単にカリンが鋭いだけって線もあるけど。

「いえ、わかりやすいというわけではなく、なんとなくそんな気がしたんです」

「そっか。それはすごいな」

なんとなくで こ(・) っ(・) ち(・) の(・) 本(・) 命(・) を見抜いてくるなんて怖いよ。コハクとモモカの土産選びも、カリンと仲を深めることも、ついでだなんて言えるほど軽く扱うつもりは微塵もないけどさ。

「聞きたいことというか相談したいことというか……それはたしかにあるんだ。でも、君にとってもあまり気分が良い話じゃない。だからどう切り出したもんかな、ってね」

「構いません」

遠回しに断っても良いんだよ、と伝えるが、カリンは思わぬ語気の強さで断言する。しかしながら表情には僅かに緊張が漂っているあたり、俺の質問を想定していたのかもしれない。

「そう、か……カリン、君の優しさと強さに感謝を」

俺はカリンに対して頭を下げる。それを見たのか頭越しにカリンの慌てたような声が聞こえたが、きっちり十秒ほど経ってから頭を上げた。

「実は先日、奇妙なことを体験してね。普段なら気付けるようなことに気付けず、ギリギリの窮地になって自分が置かれた状態を理解する……表現に困るんだけど、自分の認識が 曖(・) 昧(・) に(・) な(・) る(・) 感覚、とでも言えばいいのか……」

先日のオリヴィアとの一件は、あと一歩踏み出せば崖から転落する直前で自分の状態に気付いたような、そんな驚きと衝撃があった。

そしてそこに至るまでの過程と、普段なら気付いていてもおかしくない情報の数々を見落としたこと。『魔王の影』だと疑われ続けている可能性に気付いてもおかしくないはずだというのに、瀬戸際のギリギリいっぱいになるまで自分のこととして捉え切れなかったこと。

さすがにその辺りまで伝えることはないが、オリヴィアを前にして死を覚悟するぐらいには衝撃的な一件だった。

「断言するけどカリン、君の心の傷を抉りたいわけじゃないんだ。ただ、 も(・) う(・) 一(・) 度(・) 同(・) じ(・) こ(・) と(・) が(・) あ(・) っ(・) た(・) ら(・) と思うと備えざるを得ない。それほどの事態だった」

カリンは『王国北部ダンジョン異常成長事件』に巻き込まれた際、軍役で王国北部へと向かう俺達の後を追うようにして移動してきた。

その移動はカリンが発端となったもので、普段ならやらないであろう行動で。急遽キドニア侯爵家の領地に帰ると言わなければ巻き込まれることはなかった、とクリフが言葉にしてしまうほどおかしな行動だった。

そして当のカリンはといえば、理由を聞いても『記憶が曖昧で覚えていない』と言っていた。

――さて、このカリンの発言だが、よくよく考えるとおかしな点がある。

(エミリーが死んだことでショックを受けて記憶が曖昧になった、なんて考えたけど……エミリーがカリンを庇って死んだ時、その前後の記憶が曖昧になったのならまだわかる。でも、 そ(・) の(・) 記(・) 憶(・) は王都を出発するよりも前のものなんだよな)

急に領地に帰ると言い出して、大急ぎで準備をして王都を出発して、俺達の後を追って王国北部に向かって。出発した時間差を考えても三日程度は経っているというのに、何故ピンポイントでその辺りの記憶が曖昧になっているのか。

自分が仕出かしたことを理解し、周囲から責められないよう『記憶が曖昧で覚えていない』という言い訳を作り出してしまったのか?

その可能性はゼロじゃないし、完全に否定できるものではない。だが、眼前の緊張しつつも覚悟を固めたようなカリンの顔を見ていると、その可能性は限りなく低いと思えた。

「君は軍役に向かう俺達の後を追う形で王国北部へと移動してきた……その理由、曖昧で覚えていないと言っていたね? でも、少しでもいいんだ。何か情報が欲しい」

カリンは記憶が曖昧だと言うが、俺はいつ、どうやって自分の認識が狂ったのか理解できていない。

『王国北部ダンジョン異常成長事件』で一週間以上死線に潜り続けていたし、ボスモンスターが襲ってきたし、そのまま殺し合ったし、ダンジョンが崩壊してからも後始末に一区切りがつくまで判断と決断の日々だった。

王都に戻ってきてからも落ち着いた生活とは言えなかったから、プレッシャーやストレスで頭や精神がイカれていて自身の危機的状況に気付けなかった、なんて可能性も否定はできない。

だが、しかしだ。仮に 外(・) 的(・) 要(・) 因(・) で俺の感覚が狂っていたのなら、対策を講じなければ再び同じことが起こり得てしまう。

何が起きたのか、自分自身だけで理解できるような頭があれば良かった。あるいは違和感を覚えた時点ですぐに疑問を覚えられる慎重さがあれば良かった。だが、それらも狂っていた。曖昧に、ぼかされたように。

「…………」

そんな俺の願いを聞いたカリンは無言だった。適当に馬車を走らせるよう頼んでいたから、ガタゴトという音が車内に響くだけになる。

「カリン、無理なら無理と」

「いえ、そうではないんです」

カリンは目を閉じ、額に自身の指を当ててコツコツと叩く。まるでそうすれば記憶がよみがえるのではないか、といわんばかりに。

「本当に……自分でも驚くぐらい、記憶が曖昧なんです。でも……」

そこまで話し、カリンが目を開く。そして馬車の外を見ると、御者に向かって馬車を停めるよう頼んだ。

「カリン?」

「たしか……そう、何か聞こえたんです」

馬車は大通りを離れ、第一層に向かって進んでいた。付近には住宅地が多いが夕方が迫っているからか、不思議と人通りが少ない。

カリンはそんな場所で馬車を停めさせると、馬車を降りてフラフラと歩き出す。

「ちょっ、カリン!?」

さすがに様子がおかしい。そう思って俺も馬車を降りるが、カリンはすぐに足を止める。そして俺に向かって振り返るが、その瞳にはしっかりと正気の色があった。

「あれはたしか……声、だったと思います。あの時もこうして馬車に乗っていて、それなのに外から声をかけられた気がして……気になって馬車を停めたんです」

場所はここではありませんでしたが、と呟き、カリンは視線を地面へと向ける。

「王都の中だから、護衛の人もそんなにいなくて……エミリーが一緒にいて、どうしたんですか? って……わたしは何か声が聞こえなかったのか尋ねたけど、誰も聞いていなくて」

カリンの表情に浮かんだのは、恐怖の感情だった。得体の知れない何かが起きていたと、それを思い出したことに恐怖しているのが見て取れた。

「わたしを呼んでいた……ような、気がします。その声は」

「――こんな声だった?」

不意に、声が響いた。

いつの間にそこに立っていたのか、夕焼けが迫りつつある王都の路上に一つ影が増えていた。

俺とカリンからほんの十メートルほど離れた場所に、腰ほどまで伸びた黒髪を風になびかせながら一人の少女が立っていたのだ。

小柄で身長は低く、百四十センチに届かないだろう。ランドウ先生と同じく、キッカの国の者が着る和服のような衣装を身に纏っている。それもこの世界にそんなものがあったのか、と思わせる巫女服のようなデザインだ。

それでいて顔には白いお面をつけているが――。

(お面に模様が……あれは……桜の、花?)

ソ(・) レ(・) を視認した瞬間、俺は全身に怖気が走るのを感じ取った。

まさか、そんな、と信じ難い気持ちが胸中から溢れ出て、そのまま口から胃の中身ごとぶちまけたい気さえ湧いてしまった。

(まさか……オウカ姫?)

俺の脳裏に浮かんだのは、ランドウ先生のかつての想い人にして守り切れなかった主君の名前。詳細なビジュアルは『花コン』でも出てこなかったが、ランドウ先生の回想として大まかな外見はCGとして表示されていた。

そのCGには、たしかに黒髪の少女が映っていたはずで。

「はじめまして? いえ、お久しぶり? そのどちらなのかしら?」

眼前の少女はこちらをからかうように、あるいは何か、こちらには測り知れない感情を乗せるようにして、言う。

「『魔王の影』の一人、リンネと申します」

――以後お見知りおきを、なんて言葉を。