軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第73話:デート その1

さて、キドニア侯爵やランジュさんとの会話を終えた俺は、カリンをエスコートしながら馬車へと乗り込んだ。

そして改めてカリンの姿を確認する。

カリンが身に纏っているのは外出用のドレスだ。貴族の令嬢なら着ていてもおかしくない、フォーマルとカジュアルの中間といった塩梅のデザインのドレスである。

前世でいうところのワンピースドレスが近いだろうか。派手過ぎず華美過ぎず、かといって地味過ぎない絶妙なバランスだ。

カリンの真紅の髪に対し、補色となる青系統のドレスである。青いドレスって何か意味があった気がするけど……前世で小耳に挟んだぐらいでしっかりと覚えてないんだよな。今世だと意味が違ったりもするしさ。

俺達が乗り込んだ馬車がゆっくりと動き出す。ガタゴト音が鳴るし、馬車自体大声を出さないと外に聞こえない程度には防音性がある。そのためここからはカリンと一対一だ。

「先日はダンジョンの中で褒める暇もありませんでしたが、こうして着飾ったカリン殿を見ることができて嬉しく思います。そのドレス、よくお似合いですよ」

馬子にも衣裳……は褒め言葉じゃなかったな。美人が綺麗な服を着た時の褒め言葉って何になんだろう? 字面が厳めしいけど鬼に金棒とか虎に翼かな、なんてどうでも良いことを考えつつ、カリンと談笑をすることしばし。

不意に会話が途切れて沈黙が訪れたかと思うと、カリンは上目遣いをしながら聞いてくる。

「その……ミナト様は、お姉様みたいな女性が好みなのでしょうか?」

……なんか、すごい質問が飛んできたな。いや待て、俺はレオンさんからの疑いにも長年気付かなかったへっぽこだ。これも何か深い意味があるのかもしれない。

「カリン殿? 申し訳ないが、質問の意図がいまいち……」

素直にどういうことかと尋ねる。さっきの俺とランジュさんのやり取りを見て、俺の好みがランジュさんみたいなタイプだと思ったんだろうか?

(『花コン』を優先するなら、ランジュさんみたいにしっかりとして気が強そうな女性が好みだとでも答えるべきなんだろうけど……)

これまでならすぐにそう判断していただろう。だが、今までの付き合いから、カリンの『花コン』での性格がミナトに対抗するための演技だった可能性が高いため、無理にそちらへ誘導する必要は……ない、か。

「カリン殿とは婚約者候補という関係になったわけですが、ランジュ殿はカリン殿よりも遠い関係になりますからね。そちらの方が気軽に話せることもあるといいますか…… 近(・) い(・) 立(・) 場(・) になったからこそ、逆に話しにくくなったところがあるといいますか……」

最後に曖昧な物言いになってしまったが、実際にカリンと婚約者候補同士になってから抱くのは困惑の感情だ。

まずは前提として『花コン』関係なく、俺が婚約者候補なしで学園に入学するとまずいことになるだろう。自画自賛のようで恥ずかしくなるが、『花コン』のミナトと比べて評判が良く、実績も積んでしまった俺がフリーとなると……うん、想像の段階ですら恐ろしい。

婚約者候補がいない女子生徒からは色々な意味で大人気になりそうだ。俺も男だし、異性に騒がれて悪い気はしないが――それ以上に胃が軋むに違いない。女子生徒同士の鞘当て、牽制合戦に巻き込まれて軋むどころが胃が溶けそうな未来が見えてしまう。そこで頭空っぽにして楽しめる精神は持ってないよ……。

そして、婚約者候補がいる男子生徒からは毛嫌いされるだろう。

知っている者がどれだけいるかはわからないが、俺は あ(・) の(・) ジョージさんの孫だ。そこにどんな意味があるか孫である俺でさえ知らなかったが、婚約者候補を奪われたら、なんて警戒される可能性がある。女子生徒に加えて敵意に晒され、胃が痛んで傷んで穴が開くこと請け合いだ。

そして『花コン』込みで考えると、俺の第一目標は『魔王』を完全に『消滅』させるグランドエンドだ。そこに至るための条件を満たすには、召喚された主人公とカリンの仲を相応に良くしていくつかイベントを起こさなければならない。

ただ、カリンだけでなく他のメインキャラも同じように仲を深めてイベントを起こさないとグランドエンドには辿り着けないから……あー、ハーレムエンドみたいに告白まではいかなくていいからまだマシだけど、人数が多いから難易度が高すぎて眩暈がしそう。

そしてまずは主人公が召喚されなければどうしようもない、というところに戻ってきてしまうわけで。

俺はその可能性から目を逸らすように、別のことを思考する。

(しかし、『魔王』をどうにかできたらこの子と結婚するのか……)

オリヴィア――ひいてはオレア教も『魔王』が発生すると予測していたため、『魔王』の発生自体は既に予定調和と言える。

そのため『魔王の影』を倒し、『魔王』すらもどうにかできたのなら。俺という異分子が存在する以上、『花コン』の通りには進まないとしても。 上(・) 手(・) く(・) い(・) っ(・) て(・) 生き残ることができたのなら。

(ははは…………はぁ……今更だよ。本当、今更だ……後になって気付くことが多すぎる。やっぱり精神的に追い詰められて頭の回転がおかしくなっていただけ、かなぁ……)

眼前のカリンを妻として迎えるわけだ。そうなるとやっぱり、『花コン』がどうとか意識して誘導するのは不義理が過ぎるだろう。

ただし、『花コン』で発生したものと同様のイベントが起こるかの確認はしておきたい。いつ、どこで、誰が原因で起こるかはイベント次第だが、『花コン』で起きたイベントが発生するのなら イ(・) ベ(・) ン(・) ト(・) で(・) 得(・) ら(・) れ(・) る(・) 成(・) 果(・) も同じものになる可能性があるはずだ。というか、同じじゃないとランドウ先生の強化イベントも起こせなくなるしな。

これで『花コン』の主人公が召喚されたとして、イベントなども起こるとして、だ。主人公の性別が女性ならカリンとの仲に頭を悩ませる必要もそこまでなかったり、ランドウ先生の強化イベントを起こせたりと楽なんだが。

(ま、『花コン』のことはいったん横に置くとして……エミリーを斬った件もあるし、まずは普通に話せるぐらいの仲を目指すか)

異常成長したダンジョンでの防衛戦という、割と濃い付き合いがあったが俺とカリンは出会ってからそこまで経っていない。そのためまずは気兼ねなく話せるようになるぐらいが妥当だろう。

「カリン殿……いや、これは他人行儀だな……カリン」

「は、はいっ」

敬称を付けずに呼ぶと、カリンは僅かに身を跳ねさせるようにして背筋を伸ばした。いや、元からしっかりと伸びていたんだけどね?

「誤解を招いたのならすまない。何か思うところがあってランジュ殿と話していたわけじゃないんだ。たしかに話しやすさはあったけど、未来の義姉と思えばな……ほら、俺って長男だからさ。兄も姉もいないから新鮮だったんだよ」

今世ではコハクとモモカという可愛い弟妹がいるが、前世含めて兄や姉がいたことはない。そのため本心として伝えると、カリンははっとした様子で口元に手を当てる。

「そ、そうでした……わたしったらそんなことも思い浮かばず、つい……」

「カリンは兄も姉も両方いるし、思い浮かばないのも当然といえば当然だよ。それとこうして呼び捨てにしちゃったし、カリンももう少し砕けた呼び方をしてくれると嬉しいんだけど」

「え、と……それはまだ難しいです」

え、なんで? と反射的に聞きそうになったがギリギリのところで思い留まる。わざわざそう答えるってことは相応の理由があるはずだ。

「あー……そうなると俺の呼び捨ても馴れ馴れしかったな。ごめん」

この年頃の女の子とどう接すれば良いか、前世でどんな風に接していたか。前世だと既に二十年以上前のことになるし、あまり覚えていない。接し方の模範解答なんてないだろうけどさ。

身近なところだと……ナズナは小さい頃から一緒だったし、モモカも妹だから例外か。

「い、いえっ! わたしのことは呼び捨てで構いませんから!」

(えぇ……これってどんな反応をするのが正解なんだ? このまま呼び捨てで良いの? それとも駄目? どっち?)

カリンの反応が読めないわ。せめてヒントが欲しいけど、本人に聞くのはさすがに憚られる。

「それじゃあ公的な場ではこれまで通りに。私的な場ではカリンと呼ばせてもらうよ」

そのため俺が取ったのは折衷案というか、婚約者候補同士なら割と普通の提案だ。

「ではそれで……わたしの方は、その……そうお呼びしても良いと思えたら、呼びたいな、なんて」

「…………」

遠慮がちに微笑みながら告げるカリンに、俺は思わず沈黙で返す。

(それはアレか? 俺がまだランドウ先生を師匠って呼べないのと似たような感じか? それなら……まあ、仕方ないか)

これで単純に、俺のことを呼び捨てで名前呼びするような仲になるのが嫌だ、なんてオチだったら家に帰ってから全力で凹むが。そこだけは『花コン』と一緒なのかよ、と慟哭するだろう。

ただし、カリンの様子を見た感じだとそんな気配はなかった。自分にはまだその資格がないと言わんばかりで、俺としても共感できる部分があったためこれ以上は言わないことにする。

(カリンが陥ったっていう 曖(・) 昧(・) な(・) 状(・) 態(・) ……それに関しては買い物が終わってからでいいか。今すぐしなきゃいけない話でもないしな)

そう考えた俺は遠慮混じり、ぎこちなさ満載ながらもカリンと言葉を交わし合い、頑張って会話を弾ませることしばし。王都第二層へと移動した馬車が大通りにある大きな店舗の前で停車する。

カリンに相談に乗ってもらおうと思っていた、モモカ向けの土産を扱っていそうな店だ。主に女性向け商品を扱っているとのことで、カリンが何度か利用したことがある店らしい。

護衛の兵士が馬車の扉を開けてくれたため、俺が先に降りる。そして続いて降りてくるカリンに向かって右手を差し出した。

「お手をどうぞ」

「あ……ありがとう、ございます」

少し照れた様子だったが、俺の右手に自分の手を重ねて支えにして降りてくるカリン。少しは婚約者候補らしいことができているだろうか、なんて少しばかり不安を抱きつつも、笑顔を浮かべる俺だった。

(おお……さすがは王都。大した品揃えだな)

店に入った俺は店内を軽く見回し、そんなことを考える。

前世でいうところのファンシーショップ……というには化粧品や香水、色とりどりの布地や染料、錬金術で作られた染髪剤やらも扱っているが、幅広い年齢層の女性向けの店と考えれば間違いはないだろう。

主に女の子向けの雑貨やぬいぐるみ、可愛らしい置き物やドライフラワー、レターセットや意匠を凝らした羽ペン、手鏡や絵本や衣服などがところ狭しと並べられており、普段の俺なら立ち寄ることがないタイプの店ともいえる。

「それで、ミナト様? 欲しいものがあるとのことでしたが……」

馬車での会話が功を奏したのか、これまでと比べると言い淀むことなくカリンが尋ねてくる。それを聞いた俺は軍役に出発する前、見送りに来てくれたモモカの顔を思い出した。

「妹のモモカに王都土産は何が良いか聞いたら、部屋に飾る人形が欲しいって言われてね。できれば動物の人形が欲しいらしいんだけど……」

どんな人形にするかは俺のセンスに任せるとも言っていた。あれ? 少し違うか? でもまあ、選ぶのは俺だから大して変わらんか。

「動物の人形……可愛らしい妹さんですね」

「少しお転婆なところもあるけどね?」

本当、なんであんなにお転婆に育ったのやら……うん、俺が甘やかした影響だってわかってはいるんだけどさ。

カリンと違って『花コン』でミナトと関係があるイベントがミナトが悪堕ちしたルート……グランドエンド以外でしか大きな影響がないからとつい、甘やかしてしまう。

その結果、コハクはまだしもモモカは『花コン』と違う性格に育っている。曲がったことが嫌いで、嘘はつかず、腹芸が苦手で、何かあれば素直に喜んだり悲しんだり謝ったりできる子に 育(・) っ(・) て(・) く(・) れ(・) た(・) 。屋敷で働く人達からの評判も上々だ。

コハクも良い子に育ってくれてるけど、モモカはなんだろう。あの子は大物になるな、なんて思ってしまう。コハクは安定感があり、モモカは爆発力があるタイプといえばいいだろうか。

同時に、将来の結婚相手がどうなってしまうのか不安に思うところもあったりで……いやいや、せめて俺に勝てる相手じゃないと認めないけどさ。父上が許可を出しても断固として反対してしまいそうだけどさ。

(本当にさ、せめて俺に勝てるぐらいじゃないとあの子に振り回されて大変なことになるだろうしな……)

複雑な兄心も多分に混ざっているが、純粋な心配としてもそう思う。

そんなことを考えながら店内を物色することしばし。貴族が女性連れで訪れることも珍しくないのか落ち着いた様子の店員に話を聞きつつ、何か良い物がないかと探していく。

モモカがリクエストした動物のぬいぐるみに関しては、幸いなことにいくつもの種類が置かれていた。

犬や猫、うさぎといった定番の動物に、ビスク・ドールっぽい人形……いや、陶器じゃないからビスク・ドールって呼ぶのもおかしいのか? さすがに市松人形みたいに和風の人形は置いていない。

「うーん……中々選ぶのが難しいな……」

本人がいるのなら選んでもらうんだが、俺のセンスで選ぶとなると困ってしまう。コハクに贈る予定の短剣とかなら自分でもそれなりに選べるんだがなぁ。

「……ん? どうかしたか?」

俺が一つ一つ手に取って選んでいると、隣にいたカリンからまじまじと見られていることに気付く。何か気付いたことがあるのか、それともアドバイスをしてくれるのか、なんて思っているとカリンは小さく微笑んだ。

「いえ……真剣に選んでいらっしゃったので、きっとご兄妹の仲がいいんだろうなぁ、なんて思いまして」

「んー……仲は良い方、かな? 弟も妹も両方可愛いし、昔から可愛がってきた自覚があるしなぁ。ただ、双子だからなのか弟と妹は仲が良い時もあるけど割と喧嘩もしてね」

「まぁ、そうなんですか?」

「そうなんですよ。で、なんで喧嘩をしたのか理由を聞いたり、なだめたり、叱ったり……そんな感じでやってるんだ」

そう言いつつ笑うが、そんな俺を見てカリンも笑みを深める。

「失礼に聞こえるかもしれませんが、兄というより父親みたいな顔をされてますよ?」

「ははははははっ! そうか、父親か!」

たしかに、 中(・) 身(・) の年齢を考えると兄としてではなく父親として見てきた部分もあるかもしれない。甘やかすだけでなく叱る時は叱ってきたし、教えられることがあれば何度も教えてきた。

そのため、的を射た感想だ、と俺は笑う。

「でもまあ、俺は父上みたいにはなれそうにないからなぁ。やっぱり兄貴が精々ってところだよ……ん?」

甘やかすだけならできるが、レオンさんみたいに息子のことを長い間信じつつ疑いつつ、それでいてギリギリまで表に出すことなく過ごすなんて無理だ。そう思って答える俺だったが、ふと、目についたぬいぐるみの前で足を止める。

「これは……ウサギのぬいぐるみか」

少しデフォルメされているが、中々に可愛らしいウサギのぬいぐるみが棚の中から俺をじっと見ていた。そのため手に取って確認してみるが……うん、造りも悪くない。値段は相応に張るが、それに見合った質の良さが感じ取れる。

「カリン、これはどう思う?」

「まあ……いいと思います。ただ、この子ひとりだけだと寂しいでしょうし、もうひとりかふたり、一緒に買ってあげた方がいいんじゃないかな、と」

本心からの提案なんだろう。そう思えるカリンの言葉に俺は納得したように頷く。

(ぬいぐるみだけど、寂しい……それにひとり、ふたり、か……俺にはない感性だったな。やっぱり一緒に来てもらって良かったわ)

なんとも女の子らしい提案だと思ったが、これは性格によるところが大きいのだろう。

「それなら ふ(・) た(・) り(・) ……いや、うちの三兄妹にあわせるか」

俺はぬいぐるみを三つ手に取る。それぞれ俺、コハク、モモカと三人の髪の色に合わせ、赤色、黄色、桃色のウサギ達だ。モモカのことだし、その辺りを説明せずに渡したら何も気づかないかもしれないが。

そう思ってぬいぐるみを手に取った俺だったが、カリンが僅かに躊躇したような様子を見せ、それに何事かと思っていると自分自身に気合いを入れるように大きく頷いた。

「で、では……ミナト様、こちらのぬいぐるみも……これはわたしから、モモカさんへのプレゼントです」

カリンはそう言って、同じ棚にあった黒いウサギを手に取る。

「いや、それはさすがに悪いというか……一応、理由を聞いてもいいか?」

モモカへの土産をカリンに買わせるのはさすがに気が咎める。そのため理由を聞こうとする俺だったが、カリンは視線を彷徨わせ、首筋から顔に向かって肌が徐々に赤く色付いていく。

「……その……婚約者候補になったわけ、ですし……将来、ミナト様と結婚すれば、四人兄妹になるわけ……ですから……」

「…………あー」

困った。思わずリアクションが単調になってしまうぐらい困った。そりゃそうなんだけどさ。カリンの言う通り、そうなるんだけどさ――その未来まで辿り着ければ、だが。

「……嬉しいけど、なんで黒色?」

俺は胸中に浮かんだ暗い感情を誤魔化すように尋ねる。するとカリンは照れたままで微笑んだ。

「ミナト様が選んだもの以外でわたしの髪色に近いのがこの子だったので……同じ赤色を選ぶのはさすがに、その、恥ずかしさがですね……」

ぬいぐるみの棚を見るとたしかに、俺の赤色とモモカの桃色は赤系統の色だし、それを避けてとなると選択肢が少なかった。俺と同色の赤色を避けたのも本当に恥ずかしいだけなのだろう。

(ペアルックが恥ずかしい、みたいなもんか……ペアルックって死語だな、うん。この世界にも死語があるのかは確認してなかったけどさ)

照れた様子のカリンを見ると、俺も少しばかり気恥ずかしい。そのため俺は恥ずかしさを誤魔化すように、そんなことを考えながら頬を指で掻くのだった。