軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第72話:お誘い

翌朝、寝付くまでは心臓と胃に酷い痛みを感じていたが、起きてみると意外とすっきりとした目覚めを迎えることができた。

自分自身に対して色々と思うところはあるが、オリヴィアに『花コン』に関して少しは話せたこと、父親であるレオンさんと和解できたことなど、気が抜けた部分もあるのだろう。

レオンさんが頼れる――それも想像を遥かに超える頼もしさを目の当たりにして、息子として甘え込みで安堵してしまった面もあった。

そのため晴れ晴れとした気持ちを抱きつつ、ゆったりと朝食をとってレオンさんやアイヴィさんと談笑し、今日は何をしようかと思考を巡らすことしばし。

剣を振るかコハクやモモカへの土産を買いに王都を散策するか、なんて思っていたらキドニア侯爵から使者が送られてきた。

なんでも今日はカリンも予定がなくて暇なため、俺さえ良ければ王都に連れ出してやってほしいとのことである。

『王国北部ダンジョン異常成長事件』で従者であるエミリーがカリンを庇って命を落としてからというもの、手持無沙汰になるとエミリーのことを思い出して気落ちしてしまうそうだ。だからこそ、 婚(・) 約(・) 者(・) 候(・) 補(・) と(・) し(・) て(・) カリンを励ましてはくれないか、という提案だった。

(……俺を婚約者候補として認めてくれた、か)

『魔王の影』ではなく人間だとオリヴィアが証明してくれたからか、キドニア侯爵は俺をカリンの婚約者候補だと認めてくれたらしい。これで『花コン』が始まるに当たって最低限状況が整ったわけだが――。

(いかんいかん……そうやって『花コン』のことばっかり考えすぎるとおかしくなっちまう。『魔王』を『消滅』させることが最優先だけど、同じ轍を踏まないようにしないとな)

カリンの婚約者候補になっている時点でその資格はないかもしれないが、せめて一人の人間としてカリンと接し、関係を築いていかなければならない。

そうなると、ある程度気安く接した方がいい……か? でも、ゾンビ化していたとはいえエミリーに と(・) ど(・) め(・) を(・) 刺(・) し(・) た(・) のは俺だ。そう考えると俺の婚約者候補になるっていうのはカリンにとって酷な気もするが……。

(ああ、そうか……エミリーを斬った俺が、カリンの婚約者候補になることを熱望してるんだ。そりゃレオンさんからも疑われるわな)

冷静になって考えれば酷い話だ。いや、エミリーを殺したのはリッチだし、俺はゾンビを斬っただけでエミリーを斬ったわけではない、と開き直ることもできる。できるのだが、さすがに俺の心情的にもそれはちょっと、といったところだ。

(……そんな状況でもカリンの婚約者候補を希望したんだ。錬金術の素材っていうメリットはあったけど、 そ(・) れ(・) 以(・) 外(・) の(・) 目(・) 的(・) があるってレオンさんは考えたのかもな)

俺が取った様々な行動から違和感を見出し、推測して結論付ける。それができるからこその辺境伯で、王国東部の要なのだ。

(国王陛下もレオンさんは傑物だって言ってたもんな。貴族の全員が全員レオンさんみたいに頭がキレるわけじゃないと思うけど……さ、さすがにないよな?)

もしもそうだったら、百に一つ生き延びたとしても家督を継げる気がしないんだが。正確にいうと、家督を継いでもサンデューク辺境伯家を没落させてしまう気しかしないんだが。

(コハク……兄ちゃん、冗談抜きで『花コン』関係なくお前に家督を継いでほしくなってきたぞ……)

あの子なら優秀だし、俺よりも領主に向いているだろう。ただ、求められる能力の高さはともかく、苦労する立場だろうから本当に任せるわけにはいかないが。

(おっと、思考が逸れたな。今は目先のカリンの件だ)

レオンさんの領主としてのすごさを目の当たりにした結果、今の立場から少しばかり逃げたくなってしまった。しかしコハクに託すとあの子が苦労するからと踏み止まり、目の前のことだけに注力することにする。

つまり、カリンと会うかどうかだが。

(思考が曖昧だった件……俺がボケただけなのか、プレッシャーで精神がヘタってたのか、何か原因があるのか。カリンから詳しく聞いてみたいしな)

会うための理由もあるし、申し出を受けることにした。もちろん、婚約者候補として仲を深めるという目的もある。

将来、『花コン』の主人公が召喚された後に仲を深めるための障害とならない程度に親しくなる分には問題もないだろう。グランドエンドに入るには別にカリンが主人公と恋仲になる必要はないし、純粋に仲良くなって絆を深められればそれでいいはずだ。

(そうだ、モモカへの土産についても相談させてもらうか)

女の子のことは女の子に尋ねるのが一番だ。そう判断した俺は、キドニア侯爵からの使者に承諾の旨を伝えるのだった。

そして、その日の午後。

俺は礼服と呼ぶには堅苦しくない、シャツにズボンに薄手の上着と派手過ぎない程度に抑えた服を着て、当家が保有する家紋を隠したお忍び用の馬車に乗っていた。

夏が近いと言っても現代の日本と違い、多少着込んでも暑さにやられて倒れるなんてことはない。そのためある程度は着飾れるし、その上から剣を帯びれば剣士として違和感がない装いでまとめることができる。まあ、さすがに防具はつけていないが。

(とりあえず向こうさんの屋敷でカリンに会って、馬車で王都巡りでもするか)

キドニア侯爵の使者が来て当日の内に会うのは性急な気もしたが、向こうさんがいつでも良いって言うし、それだけ早く会いたかったんだと前向きに捉えてもらえるかもしれない。

あとは実際に会って馬車で商店を見て回れば半日ぐらい容易に潰せるだろう。

ちなみに、前回はキドニア侯爵家が馬車を出してくれたが今回はサンデューク辺境伯家が保有する馬車での移動になる。

お忍びというわけではないから護衛がいるが、王都の中ということで最低限。ゲラルドが馬車の外で指揮を執り、状況によっては騎兵と歩兵を組み合わせて周囲の警護をしてくれる。

もっとも、警護と言ってもゲラルドの指揮官としての練習を兼ねている面もあった。何かあれば俺か同行を申し出てくれた騎士の一人が指揮を引き継ぐが、騎士団長たるウィリアムは休養を兼ねて休ませているぐらいだ。

俺の傍付きとして軍役に同行したゲラルドだが、本来はウィリアムの後継者として部下の指揮を執るのが仕事になる。今までがイレギュラーであって、こうして騎士や兵士を与えて指揮を執らせるのは将来のための勉強かつ実践ってわけだ。

「てなわけで、今日の俺とカリン嬢の安全はお前に託したからな?」

「なんでいきなりプレッシャーをかけてきたんですか!? というか、若様は普段通り剣を携帯しているから戦えるじゃないですか!」

馬車の小窓を開けてからかうように声をかけると、すぐさまリアクションが返ってくる。どうやら緊張していたようだが、これで少しは気がまぎれるだろ。

護衛対象に戦わせるなよ、というツッコミを入れてあげようか。そう思った俺だが、ゲラルドから不思議そうな視線を向けられて首を傾げた。

「ん? どうした?」

「いえ、どうしたと言われると困るのですが……昨日といい今日といい、普段と比べて若様の雰囲気が違い過ぎて……昨日は張り詰めていましたが、今日は妙に柔らかいといいますか」

なんか緩いです、と告げてくるゲラルドに俺は苦笑を浮かべる。

「ま、色々とあったのさ。気が抜けてる自覚があるから護衛は頼んだぞ」

「そう言って、何かあればすぐに対応しようとするんですよね?」

「いやいや、今日はカリン嬢のエスコートがあるからな。そっちには気が回らんだろ」

それに何かあったとしてもここは王都だ。見回りの兵士がすぐに駆け付けてくるし、場合によっては手練れの騎士がすぐにやってくる。つまり後詰が存在するわけで、ゲラルドが部下の指揮を執る練習としては絶好の機会だろう。

そんな感じで時折ゲラルドをいじりつつ、先日訪れたキドニア侯爵家の別邸へと到着する。今回は向こうさんが誘ってきた通り、カリンと会うことができるはずだ。

――そう、思っていたんだが。

「先日以来ですわね、ミナト様」

「ええ。先日以来ですね、ランジュ様」

キドニア侯爵家の別邸で真っ先に俺を出迎えたのはキドニア侯爵でもカリンでもなく、カリンの姉であるランジュさんだった。

おかしい、先日の初顔合わせはともかくとして、また学園から抜け出してきたのか? 実家の一大事って言えば休めるかもしれないけど、なんでまた……。

そんな俺の疑問が伝わってしまったのか、ランジュさんは俺を応接室に向かって案内しながら苦笑して言う。

「可愛い妹に 正(・) 式(・) な(・) 婚約者候補ができるんですもの。立ち合いたくなるのが姉というものではなくて?」

「そんなものですか……いえ、俺も可愛がっている弟や妹が婚約者候補を連れてくるって聞いたら、学園を休んで待機しますけどね?」

前回会った時は俺とカリンが婚約者候補という関係になることに対し、言外に反対していたと思うんだが……いやまあ、『魔王の影』かもしれない相手と妹が婚約者候補にって聞いたら反対するのも当然だけどさ。

俺はそんなことを考えていたが、ランジュさんがまじまじと見てくるため首を傾げる。

「何かありましたか?」

「……いえ、先日お会いした時と比べて雰囲気が違いましたので、つい」

さっきゲラルドにも似たようなことを言われたな。そんなに雰囲気が変わったように感じるんだろうか? いや、それこそ自分自身じゃ気付けないことなのか。

「そうですか……昨日、色々とありましてね。それが影響しているんでしょう」

内容に関しては隠すが、何が影響したかは簡単に伝える。するとランジュさんは数度瞬きをしたかと思うと、優しげに微笑んだ。

「なるほど……きっと、ミナト様にとって大切なことがあったんでしょうね」

「…………」

俺は思わず沈黙を返す。俺の反応がわかりやすかったのかもしれないが、レオンさんといいランジュさんといい、頭か勘か察しか、あるいはその全部が優れている人が多くてビックリするわ。

「そんなにわかりやすいですかね? いえ、ここはランジュ様の御慧眼を称賛するべきか……貴女の婚約者候補は幸せ者だ」

本心としてそう告げると、ランジュさんは虚を突かれたように視線を彷徨わせる。というか、やっぱり婚約者候補がいたのか……将来尻に敷かれるかもしれないけど、お相手は本当に幸せ者だろうさ。

俺がそんなことを考えていると、ランジュさんはどこか複雑そうな表情を浮かべる。

「ミナト様は お(・) 世(・) 辞(・) が(・) 上(・) 手(・) なタイプだと思ったんですが……本心から相手を褒めることもあるんですね」

「いやいやそんな、女性を前にした時は常に本心ですよ」

今度はお世辞混じりで笑って返す。お世辞を言う時は大体の場合でテンプレートみたいなものがあるし、相手もそれをわかって対応してくる。気分は時候の挨拶だ。相手の性別や年齢、外見や出身地から適切なものを選んで口にするだけである。

そのためお世辞が上手というのは褒め言葉かどうか迷うところだ。しかも本心で褒めたことを驚かれるとは……前回会った時はキドニア侯爵やクリフ相手に色々話したし、そう思われるのも仕方がないか。

でも、『真実の鐘』を鳴らすことなくカリン以外を婚約者候補に選ぶつもりはないって宣言したし、本音でも話していたはず……いや、嘘はつかなかったけど本音を隠したまま鳴らさなかったっていうのが正解だし、それを見抜かれた?

それでもまあ、見抜かれても問題ない部分は見抜かれてもいいか。そう気軽に考え、ランジュさんに応接室へと案内されて談笑していると、カリンを連れたキドニア侯爵が姿を見せる。

「カリン、こちらはお前の婚約者候補になったミナト殿だ。改めてご挨拶をなさい」

「はい……お久しぶりですミナト様。カリン=プセウド=キドニアでございます。これからは婚約者候補として、より親しいお付き合いのほどをお願いいたします」

そう言って、外出用ながらも整った意匠のドレスの裾を摘まみ、綺麗な一礼を見せるカリン。それに応じて俺も胸に手を当てながら一礼を向ける。

「お久しぶりです、カリン様。ミナト=ラレーテ=サンデュークでございます。これよりは婚約者候補として、貴女の隣に立たせていただきたく存じます」

少しばかり仰々しかったかな、とは思ったがこういうのは形式も大事だ。徐々に崩すとしても最初はしっかりと、礼儀に則ったやり取りが必要なのである。

「あら……二人とも、堅苦しいわね。婚約者候補になったのならもっと気軽に接してみたら?」

俺とカリンのやり取りを見ていたランジュさんだったが、何故か楽しそうに言ってくる。可愛い妹をからかうのが楽しいのか。

「おや、その仰りよう。ランジュ様は婚約者候補の男性と気軽に、親しくされているのですね」

「……将来の義弟殿は中々に言いますわね」

「将来の 義姉君(あねぎみ) に失礼でしたか?」

「いえ、 そ(・) れ(・) で(・) こ(・) そ(・) だわ」

どこか楽しそうに笑うランジュさん。気が強いというよりも精神が強いというか、人間性が頑丈というか……俺としては話していて気が楽なタイプだ。

そんなことを思いつつ、正式にカリンの婚約者候補になれたことに安堵する。いくら『花コン』を意識しすぎないよう心がけても、こればかりは。

(仮に……俺にとっては幸運だろうけど、主人公が 周(・) 回(・) し(・) て(・) い(・) る(・) なら俺とカリンの関係性が違えば何事かと思うだろうからな。これで最低限、か)

『花コン』の主人公が召喚されるかどうかも問題だが、『花コン』は周回前提のゲームだ。

もしも主人公が周回しているとして、本来の『花コン』同様俺とカリンが婚約者候補という関係が正しいのか、あるいは破綻した形で『花コン』の舞台を迎えた状態で周回しているか、それすらも謎だが、俺としては多少は知識が役立つよう状況を揃えておきたい。

(……周回している主人公なら最初から強いし、 前(・) 提(・) が(・) 狂(・) え(・) ば(・) 向こうから接触してくるか。それならむしろ楽だと思えるけどなぁ……)

俺にとってそんなに都合の良いことが起きるだろうか。これまで同様、予想外のことばかり起きそうだし、楽観視はできないしするつもりもないが。

そんなことを思考する俺だったが、ふと、ランジュさんが安心したように息を吐いたのが見えた。

「これならカリンを託せそうね。正直なところ、先日の件があったからあなた以外の選択肢は厳しいし、家に残して婿を取るというのは……もう、無理でしょうし」

そ(・) れ(・) を本人の前で口にしたのは厳しさか、あるいは優しさか。カリンが僅かに目を伏せ、キドニア侯爵がほんの少し、俺だけにわかるよう表情を変えたのが見えた。

(……これは、アレだな。レオンさんが伝えたのか、本人が見抜いたのかはわからないけど、侯爵にもバレてるな)

ということは、先日のやり取りも全て演技だったのか。それとも俺と会話する内に見抜いたのか。あの時使った『真実の鐘』も、オレア教の方からではなく侯爵自身から借りに行って確かめた可能性すらある。

(父さん……俺はやっぱり、『魔王』をどうにかできたとしても跡を継ぐのが不安でならねえよ……)

貴族として経験を積んでいけば自然とこうなれるのか。それはわからないが、なろうと思わなければ切っ掛けすら得られないだろうと悟り、諦観を混ぜた笑みを零すのだった。