軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第68話:王立図書館 その1

色々と――本当に色々とあって疲れた俺だったが、数日も経つと落ち着きを取り戻した。

そして今日、王城から使者が来訪して一通の書状を届けてくれた。その書状こそが以前申請していた王立図書館への入館許可証であり、許可証を確認した俺は久しぶりにワクワクと、明るい感情を抱いて外出することができた。

入館許可を求めた際の理由は、過去に発生したダンジョンの異常成長に関して調べるためである。しかしその実態は『花コン』の隠しキャラに会えるかを確認することが目的だ。

ただし、過去に発生したダンジョンの異常成長に関して、モンスターの出現数や鎮圧に当たった者達の被害がどれだけ出ているかは是非とも確認しておきたいところである。王城に問い合わせても確認できるが、かなり昔のことのため詳細は図書館にある本の方が詳しく載っているらしい。

そのため図書館を訪れる大義名分を得ていざ、と外出したのが俺である。そんな俺を複雑そうな顔をしながらレオンさん見送ってくれたが……何かあったっけ?

馬車にガタゴトと揺られて王都を進むことしばし。許可が出たのは俺だけだが途中までの護衛ということでついてきたゲラルドと駄弁っていたが、目的地に到着した俺は馬車から降りて思わず見上げるように顔を上げた。

そこにあったのは、デカい金属製の門である。破城槌か攻撃に特化した『召喚器』でも用意しなければ突破できなさそうなほど大きく、分厚い門だ。その門の傍には明らかに手練れと思しき兵士が複数立っており、こちらを訝しそうに見ている。

そのため俺は身分を明かして入館許可証を提示し、施設に入らせてもらえるよう声をかけた。ゲラルドは俺を待つついでに付近の散策をするらしい。是非とも羽を伸ばしてきてくれ。

さて、そんなこんなで門を少し開けてもらい、王立図書館の敷地へと足を踏み入れる。

「おお……」

そして思わずそんな声を上げていた。『花コン』をプレイしている時に見た外観そっくりな建物がそこに在ったからだ。

石材をふんだんに使って作られたいくつもの巨大な柱、外観を維持するだけでも大変さが想像できるコンクリート製の白い壁、柱と同じく石材で作られた屋根は高く、正面から見たその建物は図書館というより神殿のようだ。

前世でいうところの修道院のような外観で、荘厳さすら感じさせるその建物を見た俺は観光地として解放すれば大量に人が訪れるのではないか、という俗っぽい感想を抱く。

しかし気軽に大勢で足を踏み入れることができる施設ではないため、この王立図書館を見られただけでも王都を訪れた甲斐があったというものだ。

――そもそも何故図書館なのにここまで厳重に管理されているのか?

前世と比べれば本が貴重だから利用者を制限している? それはある。

本が貴重ということは本に記された情報も貴重だから殊更利用者を制限している? それもある。

建物自体が貴重? それも大きな理由だ。なにせ建設から三百年は経過している。

王立図書館は学園に隣接された施設で、王都から見ると北西に存在する。学園から見れば南東にあり、学園と王都で挟み込むような形になっていた。図書館なら王都の中に建てれば良いのに、なんとも不思議な立地である。

王都は当然ながら学園も四方を石壁に囲まれ、王立図書館もまた石壁に囲まれている。その石壁は高く、分厚く、硬く、壁の上に大勢の歩兵が展開できるよう作られており、まるで王立図書館をいつでも攻撃できるよう備えているかのようだ。

――まあ、実際に攻撃できるよう備えているんだが。

この王立図書館……というよりも図書館の地下深く。そこには と(・) あ(・) る(・) も(・) の(・) が存在する。『花コン』の舞台である学園の真下にも広がるソレは、端的に言ってしまえばダンジョンだ。しかも高難易度のラストダンジョンである。

『花コン』で初めてその話を聞いた時、正直に言えば俺は理解が追い付かなかった。スタート地点の足元にラストダンジョンがあるのはゲームとしてある意味 お(・) い(・) し(・) い(・) 展開なのかもしれないが、いやおかしいだろ、とツッコミを入れたくなるのもまた人情だろう。

その辺り、一応『花コン』では解説がされていた。

このラストダンジョン、実は前回『魔王』が発生した際の出現地点なのだ。

当時はパエオニア王国の王都も別の場所にあり、人類に気付かれにくいよう地上ではなく地下に深く作られたダンジョン――『花コン』では『最深ダンジョン』と呼ばれたそのダンジョンにて『魔王』が発生し、溢れんばかりのモンスターの群れと共に地表に侵攻。そしてパエオニア王国を内側から食い破っていった。

それでも辛うじて『魔王』を長期間『封印』することに成功し、めでたしめでたし……とは残念ながらならない。『魔王』が初めて発生したこともあり、パエオニア王国は周辺国家の多くから責められたのだ。

『魔王』を発生させた責任を取れ、『魔王』を作り上げたのはパエオニア王国で世界に混乱をもたらすのが目的だったんじゃないか、多くの被害を出したことに対して賠償をしろ。

パエオニア王国側からすれば身に覚えのない言いがかりだ。勝手に『魔王』が発生し、最も被害を受けたのもパエオニア王国である。しかし、そんな説明で止まるのなら最初から文句を付けてこないだろう。

パエオニア王国は対『魔王』戦で国力を大きく損耗しており、周辺国家の多くを敵に回して勝ち切ることは不可能だった。ただし周辺国家も疲弊があったため、やろうと思えば半数以上の国をまとめて道連れにできたらしい。

苛烈な戦いを乗り切ったことで一致団結していたパエオニア王国の貴族達は血気盛んであり、仮に周辺国家が攻めてくれば力尽きるまで全力で暴れ続けるぐらい覚悟が決まっていた。

だが、それをやればすぐに負の感情が溜まって『魔王』が再度発生し、今度こそ人類が滅ぶ。それを当時のオレア教の前身――というよりオレア教を興した人物が突き止め、周囲に知らせた。

それを聞いた当時のピオニー王家は人類滅亡の引き金を引くことになりかねないと危惧し、貴族達を押し留め、それまでは緩い形でのつながりだった国家をまとめ上げ、今のパエオニア王国の形になったのだ。

そして周辺国家に対しては自分達に非はないと謝罪こそしないが、同じことが再度起きても良いように対策を講ずる旨を通達する。

『魔王』を『封印』したことで活動を止めた『最深ダンジョン』に蓋をするべく、出入口を塞ぐ。そして年単位で観察してもモンスターが現れないことを確認し、仮に『魔王』が再発生したりモンスターが溢れ出したりした場合に備えて周囲を壁で囲む。

あとは周辺国家向けに何かあれば自分達が矢面に立つ、これはその覚悟の表れだといわんばかりに『最深ダンジョン』の傍に王都を造ることにしたのだ。

それでもと言うのなら最早是非もなし。かかってこい、相手になってやる。『魔王』が再度発生して人類が滅ぶより先に滅ぼしてやる、とピオニー王家が啖呵を切り、辛うじてのところで人間同士の戦争は回避された。

人類全てで盛大な自殺をするぐらいなら、向かってきた相手を速攻かつ全力で、一撃で粉砕して負の感情の発生をできる限り抑え込み、残った時間で『魔王』対策を講じる。当時のピオニー王家は『魔王』との戦いの後に開かれた周辺各国を招いた会談でそう宣言したのだ。

アイリスを見ると想像できないけど、当時のピオニー王家の方は中々にロックというか 傾(かぶ) いているというか……まあ、パエオニア王国の領主貴族八十八家の頂点に立つに相応しい家というのは間違いないだろう。

そんなわけで、パエオニア王国は『魔王』との戦いの後に誕生したオレア教と協力し合い、『魔王』の対策方法を模索しつつ、周辺各国に飴と鞭をチラつかせて戦争にならないようにしつつ、今に至る。

まあ、そんなアレコレがあったとしても、『花コン』のプレイヤーの中には『最深ダンジョン』は完全に破壊されたため、二度と『魔王』やモンスターが発生することがないという確信があったから王都を傍に造ったとか、本当に『魔王』の発生にパエオニア王国が関与していたから好きなようにコントロールできるのでは、なんて推察する人もいたが。

現に、王国の未来を担う貴族の子弟や有能な子どもが入学する王立学園を『最深ダンジョン』の傍に造ったというのは無視できない。有事の際は王都側と挟撃できるよう頑丈に作られているが、安全だという確証がなければ中々できることではないだろう。

仮に『最深ダンジョン』から『魔王』が現れてモンスターが侵攻してきた場合、学園にいる子ども達にも犠牲が出るだろう。そうなった場合、『魔王』を撃退できたとしても将来パエオニア王国を牽引していく貴族の子女が大勢消えることになる。

幼い頃から貴族教育を受けてきた身としては、家によって教育の度合いに差があるとしても上は各地の領主、下は文官や武官になり得る程度には教育が施されている。

学園に通っている三学年分の生徒が全員命を落とすようなことがあれば、パエオニア王国は将来に渡って大きな、それも徐々に効いてくるような痛手を負うことになる。

(まあ、そんなことはほぼあり得ないんだけどな……)

『花コン』において『最深ダンジョン』が 稼(・) 働(・) す(・) る(・) のはグランドエンドのルートだけである。あとはグランドエンド後に周回プレイで最初から『最深ダンジョン』を解放することも可能だが、そっちは考えなくてもいいだろう。

グランドエンドを目指す場合、パエオニア王国の東西南北に存在する大規模ダンジョンの全てを破壊する必要があり、それによって中央の『最深ダンジョン』が開かれるのだが――中規模相当のダンジョンでさえあの有様だったのだ。『花コン』の三年間で大規模ダンジョン全てを破壊するのは無理じゃないか?

俺はそんなことを考えつつ、コツコツと規則正しい足音を立てながら王立図書館へと足を踏み入れていく。『花コン』の舞台となった施設の一つということもあり、周囲を見回しながら進むが『花コン』で表示された背景のグラフィック通りだ。

木製の本棚が立ち並び、本棚には様々な色合いの背表紙で綴られた本が収蔵されている。その数は……うん、数えるのも面倒というか、数えるだけでどれだけの時間がかかるかわからないほどだ。

この世界において本は貴重な代物である。活版印刷自体はあるけど前世のように本屋に行って安ければ数百円も出せば購入できるものではない。それだというのに大量の本が集められているのを見ると、それだけで圧倒されそうになる。

「いやぁ、すごい数の本だ……この光景を見れただけでも入館許可を申請した甲斐があるなぁ」

とりあえずわざとらしくならない程度に呟いてみる。王立図書館という名前の割に利用可能な者が少なく、今のところは俺以外に人影はないし気配もない。

『花コン』だと学生の利用者がそれなりにいるって描写されていたはずなんだが……あ、今は日中だし、授業中なのか。

王都側からは色々と面倒な手続きが必要だったが、一応、王立学園の生徒の場合は簡単な手続きで利用することが可能だったりする。『花コン』の主人公が訪れるためにその辺りはそうせざるを得なかったんだろうけど……アイリスが召喚した相手ということで特別な許可が出た、という描写はあったけどさ。

(部屋の奥は……アレが『最深ダンジョン』の入口か。ダンジョン特有の気配はないし、今はまだ 死(・) ん(・) だ(・) 状(・) 態(・) で間違いないな)

俺は本を探す素振りをしつつ、視線をさりげなく周囲へ向ける。図書館には相応しくない、巨大な両開きの金属扉がそこにはあった。

(『花コン』だとあのデカい扉の近く、そこにあの子がいるんだよな……)

『花コン』における隠しキャラ――メリア=アルストロ。

外見を一言で形容するなら、小柄な銀髪美少女である。年齢と比べると少々幼い感じがするものの綺麗系の顔立ち、女性というよりは少女というべき身長や体付きに、真っすぐ伸びた長い銀髪と青い瞳が特徴的なキャラだ。

性格は大人しいというか、知識はあっても人間関係に関しては無機質かつ何も知らないタイプで、主人公との交流を通す内に徐々に人間らしくなり始める。

隠しキャラという立場ながらそのキャラビジュアルや性格、シナリオにおける活躍や強さから女性キャラの人気投票で一位を取り、総合でもランドウ先生に次いで二位を取った人気キャラだ。

そして魔王を倒し得る可能性を持つ人物の内、 最(・) も(・) 可(・) 能(・) 性(・) が(・) あ(・) る(・) のがメリアである。

もちろん、プレイヤーが操作するのなら『花コン』の主人公の方が可能性がある。周回プレイをしたり、レベルを上げて挑んだり、便利なアイテムを揃えたりとできることが多いからだ。

だが、初回プレイや周回の回数が少ない場合、あとは『花コン』での設定を考えるとメリアの方が安定して魔王を倒し得る。倒すといってもゲームである以上、倒すためのルートに入らないと倒せないけどね?

魔王を倒し得る可能性を持つ者は三人、主人公の性別が男女でわかれることも含めれば四人。その四人で戦い合えば勝つのはランドウ先生だろうけど、魔王が相手ならメリアの方が 勝(・) ち(・) や(・) す(・) い(・) 。というか、ランドウ先生はレアケース過ぎる。

メリアの立場はオレア教の秘蔵っ子である。『花コン』での設定、語られた描写で言えばオレア教が作り上げた対『魔王』用の 決(・) 戦(・) 兵(・) 器(・) だ。

オレア教は様々な知識や道具を世界に広めて人類の生活を豊かにしたり、生活が楽になるようにしたり、娯楽を充実させたり、『想書』を配ったりと、負の感情の蓄積を少しでも減らそうと努力してきた。

その傍らで『魔王』の発生は不可避だと考え、稼ぎ出した長い時間の中で作り上げたのがメリアである。作ったといっても実はロボットだった、なんてことはないし、前世の創作物でも登場したようなホムンクルス、あるいはそれに類似した存在でもない。

ただ単に、その時代ごとにオレア教で優秀な男女を育て上げて子どもを産ませ、次の代になれば更に優秀な子どもを、次の代も、また次の代もと繰り返してきたのだ。

そうして偶然か運命か、『魔王』が発生する年代に歴代でも最高かつ最強と呼ばれるほどの素質を備えたメリアが生まれた。故にこそ 彼女(メリア) はオレア教の決戦兵器と呼ばれる。

――そんなメリアが何故、王立図書館にいるのか?

(あそこか……)

その答えが遠くに見えてきた。『最深ダンジョン』につながる扉の横に建てられたのは、男女三人を模した石像――オレア教が祀る、かつて『魔王』が発生した際に『魔王』を『封印』するための決定打を与えたという三人の像だ。

石像のため正確な顔立ちはわからないが、一人は中年手前ぐらいの男性、一人は年若い男性、一人は年若い女性の石像がまるで門を守るように置かれている。

『花コン』の主人公が王立図書館を訪れた場合、メリアはあの石像の傍に設けられた読書用のスペースに常駐しているのだ。

(前世の神社だったかお寺だったかで見た、狛犬とか狐の像みたいな扱いなのかね?)

なにせ『魔王』を『封印』した三人の像だ。霊験あらたかというか、御利益がありそうである。

そして、そんな三人の像が置かれている理由は簡単だ。この王立図書館、実はオレア教の施設なのだ。王立って名称がつくのにオレア教が建てて管理しているという裏話が『花コン』にはあった。

メリアのような対『魔王』用の戦力を育てている場所というのもあるが、もしも『最深ダンジョン』から『魔王』やモンスターが出てきても即座に対処できるよう、備えてのことである。

(あの門の向こう、『最深ダンジョン』に入る前にあるんだよな…… ア(・) レ(・) が)

この場所にメリアがいる最たる理由。それは世界各地から集められた『想書』が門の向こうに収蔵されているからだ。門より手前には普通の書籍が置かれてあるが、門の向こうには一面ずらっと『想書』が並んでいるはずである。

メリアは己の『召喚器』と『想書』を用いて戦うため、『最深ダンジョン』で『魔王』が発生すればオレア教としては好都合なのだ。まあ、そのせいでメリアはあまり王立図書館から離れられないんだが。

(……いるはずがないんだけど、いてくれれば……)

俺はそんなメリアの姿を一目見たいと、歩を進めていく。

心臓がドキドキと高鳴る。会える可能性は限りなく低い――というか、会えないだろう。

『花コン』ではメリアは別世界から召喚された異邦人たる主人公だからこそ興味を惹かれて姿を見せた。その点、俺は転生こそしているが肉体はこの世界の人間である。若手貴族の中では優秀だという評価をもらっているとしても、メリアからすれば何の興味も湧かないに違いない。

それでも『花コン』の主人公が召喚されなかった場合、 彼女(メリア) こそがこの世界の救世主になり得るのだ。ランドウ先生もいるけど、あの人は死んだ想い人の『召喚器』が入手できないと単独で『魔王』を倒すための必殺技が使えないしな。

そんなわけで俺はゆっくりと、一歩一歩踏みしめるようにして進んで行く。その歩みに合わせて心臓が脈打つ速度が上がっている気さえした。

メリアがいることを確認できたとしても、何かが変わるわけじゃない。ただ、この世界にとっての 命(・) 綱(・) の存在を見ることができれば、俺の肩に圧し掛かる不安とプレッシャーも少しは和らぐんじゃないか、なんて思えたのだ。

今の俺の立場で王立図書館を訪れるなんて、周囲から見ればおかしく見える可能性がある。それでも少し……ほんの少しでいいから、安心したいのだ。

――だって、そうだろう?

俺が守ったトーグ村は奇跡的に死者数ゼロで、ボスモンスターも辛うじてだが倒せた。しかしあのデュラハンでさえ『魔王』と比べれば雑魚なのだ。もちろんモンスター全体で見れば強い部類だったが、大規模ダンジョンにいけば見つかる程度の強さである。

『魔王』が発生すれば、そんな強さのモンスターが群れとなって津波のように襲ってくる。そこには弱いモンスターも含まれているだろうけど、数は力で、そこに強くて凶悪なモンスターが混ざるのだ。

今の俺にはその恐ろしさが明確に想像できる。デュラハンと戦ったことで、想像できるようになってしまった。

だからこそ、メリアの姿を一目で良いから見たかったのだ。現れるかわからない『花コン』の主人公ではなく、特定のイベントをこなさなければ強化されないランドウ先生でもない。

現時点でも『魔王』に勝てる可能性があるメリアを見て、たとえ空虚な慰めだろうと自分自身を安心させたかったのだ。

ここを訪れたのもそれが理由で――。

「っ……?」

不意にズキリと、頭が痛んだ。それと同時に拭い難い違和感が沸き上がるが、ストレスによる頭痛か何かだろうと頭を振る。

「すぅ……ふぅ……」

目的地まであと数歩というところで大きく息を吸い、戦闘中のように早鐘を打つ心臓をなだめるように酸素を送り込む。そして表情を取り繕い、何気なく訪れました、といわんばかりの足取りで俺は図書館の最奥へと到着した。

(…………いない、か)

そこにあったのは、誰も利用者がいない一人用の机と椅子だ。『花コン』の主人公が訪れた場合はメリアが座っており、本を読んでいる姿を見ることができるのだが。

メリアは主人公が王立図書館を訪れると現れ、一回目に自己紹介、二回目以降は出会ったことがある攻略可能なキャラクターの現時点の好感度を教えてくれる、お助けキャラでもある。その後に特定の行動を取ると攻略可能なフラグが立つようになるのだが――。

(そう、だよな……俺は主人公じゃねえ。ミナト=ラレーテ=サンデュークだ……)

予想した通りの結果だというのに、心が落胆に沈む。

会ってどうするのか、一目見ただけで本当に安心できたのか、そもそも会えたとしても『花コン』に悪影響を与えたのではないか。そんな、自らの行動を咎めるような言葉が今になって脳内に浮かんでくる。

(はぁ……どうにも気が弱ってるな……周りに怪しまれるだけだってわかってるのに……)

建前上、過去に起きたダンジョンの異常成長に関して調べて、あとは別邸に帰ろう。空振りするのも当然だが、肩透かしで一気に疲れが出てきた感じがする。

図書館には司書がいたはずで、ダンジョンの異常成長に関する資料がどこにあるか尋ねれば教えてもらえるだろう。俺はそう思い、踵を返す。

「……?」

ふと、何かの視線と気配を感じ取った。そのため無意識の内にそちらへと視線を向ける。いや、そもそもこの辺りに俺以外に気配なんてなかったはずだが。

「…………は?」

そこには、本棚の陰からこちらを覗く、銀髪の少女の姿が――。

「っ!」

「あっ、ちょ、待ってくれ!」

俺と目が合った銀髪の少女は驚いた様子で即座に姿を隠してしまうが……姿を隠すまでのほんの一瞬でその表情に浮かんだ感情は、一体何と評すべきだろうか。

興味か、恐怖か、絶望か、切望か。様々な感情がごちゃ混ぜになったような、不思議な表情だった。

(なんでそんな顔を……ええいっ!)

図書館の中だが、構わず床を全力で蹴りつける。走ったり騒いだりは当然ながら厳禁だが、今は緊急事態だ。俺は自分にそう言い聞かせ、メリアと思しき銀髪の少女が隠れていた本棚へと瞬時に駆け付ける。

(っ!? えっ!? いない!?)

そんな馬鹿な、と思いながらも周囲の気配を探る。それと同時に視線を上下左右へ動かしてどこかに隠れていないか探すが、それらしい姿はどこにも見当たらない。

まさか、メリアに会いたいという思いが暴走して幻覚でも見せたのか? 仮にそうだとしたらどれだけ会いたいんだよと自分自身にひくわ。でも会いたいのは事実だし――なんて困惑と混乱をしていた時。

「――館内ではお静かに」

「っ!?」

背後から感情を感じさせない女性の声が響き、俺は瞬時に床を蹴って声の主から距離を取った。そして同時に得体の知れない、不可思議な気配を感じ取る。そのため剣士としての直感が働き、いつでも剣を抜けるよう柄に右手を伸ばしつつ振り返り。

「ここは容易に剣を抜いて良い場所ではありませんよ?」

俺の右手に手を乗せられ、抜くよりも先に抜剣を封じられてしまった。俺の動きに即座に追従してきた相手に驚くが、その顔を見て更に驚愕する。

外見は二十歳になるかならないか。身に纏う黒一色の衣服はオレア教の修道服に似ており、それでいてただの修道女が身に着けられるとは思えないほど質が良い。

顔立ちは美しく怜悧さを感じさせるものの、同時に冷淡そうな印象も受ける。特に目が冷たいというか無機質だ。俺を見ているもののきちんと認識しているのか怪しい眼差しだった。

「……何者だ?」

至近距離から尋ねる。右手を押さえられているが、スギイシ流は剣だけに 非(あら) ず。打撃、投げ技、締め技、投擲術とランドウ先生に仕込まれている。

仕込まれているのだが――。

(動くに動けねえ……なんでこんなところにこんな手練れが……)

俺が僅かにでも動くと押さえた右手越しに重心を揺らされ、姿勢を崩されそうになる。そのため迂闊に動けなかった。

「他人に名を尋ねる時はまず自分から……そうは教わらなかったのですか? ミナト=ラレーテ=サンデューク殿」

「ははっ……これは失礼、 貴婦人(レディ) 。御存知の通り、ミナト=ラレーテ=サンデュークと申します。是非ともお名前をお聞かせいただけますか?」

俺のことを知っている相手にわざわざ名乗りつつ、左手に魔力を集中させていく。威力は低いが至近距離なら『火球』を使った自爆が可能だ。図書館は火気厳禁だが、その判断を戸惑わせないほどに眼前の相手が脅威に感じる。

「オレア教の教主、オリヴィアと申します」

だが、集中させた魔力は霧散してしまう。相手の肩書と名前を前に、自爆覚悟で攻撃をするという選択肢はなくなってしまった。

オレア教の教主――つまり、パエオニア王国のみならず大陸全土に影響を及ぼしかねない相手を前に、俺はやばいことをやってしまったと全身から冷や汗を流すのだった。