作品タイトル不明
第67話:苦労
あのあと、一気に雰囲気が柔らかくなったキドニア侯爵との会談はスムーズに進んだ。
『真実の鐘』を使って本音をぶつけたことが知らず知らずのうちに琴線に触れていたようだが、俺は何も知らなかったし狙ってことではなかった。
それでも上手く事が運んだのだから、と自分を納得させる。
話を聞いたクリフも納得顔だったし、ランジュさんはどこかワクワクとした顔になって俺を見ていた。現役の学園生だし、 伝(・) 説(・) の再現を目の前でやってしまったのだ。貴族という立場を抜きにすればさぞ楽しい見世物だったに違いない。
キドニア侯爵からはカリンに話をしておくから、後日改めて屋敷に来て欲しいと言われてしまった。今日のところは何があってもいいよう、外出させて会わせるつもりがなかったらしい。
もしも屋敷にいて、俺に『カリン自体はどうでもいい。そちらとの交易のために必要なだけだ』なんて発言でもされては堪ったものではない、なんて考えていたのだろうか?
いくら貴族同士の交渉、婚約者候補としての結び付きとはいえ、情の欠片もないと言われたらショックが大きすぎる。というか俺、そんなことを言う可能性があるって思われていたんだろうか? あくまで俺の推測でしかないけどさ……。
「父上、お話があります」
そして、別邸に帰ってきた俺はその足でレオンさんの元へと向かった。ジョージさんはトーグ村にいるし、アイヴィさんが相手だと 例(・) の(・) 件(・) に関して上手く聞き出す自信がなかったからだ。
「戻ったか、ミナト。その様子だと…………あー……上手く、いったのか?」
執務室で書類を見ていたレオンさんが顔を上げて俺に視線を向け、予想外のものを見た、といわんばかりに目を見開く。どうやら俺が縁談を破談にして帰ってくると思っていたらしい。
「ええ、上手くいきました。俺が詳細を知らなかったことをうっかり再現しちゃいましてね?」
そう言いつつ、キドニア侯爵から渡された手紙を差し出す。内容に関しては軽く聞いたが、俺をカリンの婚約者候補として認める旨が書かれているそうだ。
レオンさんは手紙を受け取るとその場で内容を確認し始める。そして手紙を最初から最後まで読み、もう一度微に入り細を穿つようにじっくりと読み直し、俺を見た。
「これは……いや、ミナト……カリン嬢のこと、本気だったのか?」
貴族としての顔を脱ぎ捨て、父親としての顔を見せる――どころか、多分、素の顔を覗かせながらレオンさんが尋ねてくる。それぐらい予想外のことだったのか? でもどこか違和感があるような……。
「その質問に答える前に父上、俺に話すべきことがありますよね? 何故お爺様とお婆様の件を俺に教えてくれなかったんですか?」
まあ、今は話を進めよう。俺も怒っているわけじゃない。結果的にカリンと婚約者候補になれそうだし、結果オーライってやつだ。
ただ、ジョージさんが仕出かした 伝(・) 説(・) の(・) 告(・) 白(・) は孫である俺も知っておいた方が良いはずである。不意打ち過ぎてビックリだよ。
そうやって抗議する俺をどう思ったのか、レオンさんはどこか遠くを見るように目を細めた。
「お前も話自体は聞いたことがあっても、具体的な個人名は聞いたことがなかった……そうだな?」
「ええ、そうです」
前振りのような話に俺は素直にうなずく。するとレオンさんは手元にあったティーカップを口元に運んで中身を飲むと、盛大に顔をしかめた。
「お前だから正直に聞くが……父上のその話、美談に思えるか?」
「身内のそういう話を聞きたくない、なんて話じゃないですよね? 演劇でやれば盛り上がりそうなぐらい美談に思えますが……」
「やってるぞ、演劇。昔から定番だ」
「あ、やってるんだ」
思わず敬語を捨てて素で反応する俺。そっかー、演劇でやってるんだ。そういえば『花コン』でもそういう描写があったような、なかったような?
「話がズレたついでだが、演劇では名前を変えているから世間だとそっちで広まっているみたいだな。ただ、実際に王立学園に通ったことがあるなら知っている奴は知っている。そんな話だ」
ほう……知る人ぞ知るってやつか。ただ、ジョージさんが学生の頃だから既に三十年以上前の話である。今の世代だと知っていてもごく僅か、レオンさんが学生の頃ならそれなりにって感じだろうか。
(インターネットもないし、人伝に広まるとしても限度がある……演劇が人気ならそっちの名前で広がりそうだし、ジョージさんが当事者だって情報を知る人は世代を経るごとに少なくなってそうだな)
俺は納得したように頷くが、肝心の俺に伝えなかった理由は教えてもらっていない。そのため視線で促すと、レオンさんは深々とため息を吐いた。
「まず最初に、その件で俺は苦労をした……それはもう、とんでもなくな……学園でも あ(・) の(・) 伝(・) 説(・) を実行した者の息子だって知れ渡った」
「それは……あー……お疲れ様です?」
どんなリアクションを返せば良いかわからず、とりあえず労う。親の因果が子に報いたってわけだ。いやうん、貴族的にアウトな行いってだけで犯罪じゃないけどさ。
「そして、父上と同じことをやって失敗した馬鹿共から何度も決闘を挑まれてな。まあ、その時は全員叩き伏せたが」
吐き捨てるようにレオンさんが言うが……そっか、以前王立学園では決闘なんてよくあることって言ってたけど、当事者だったのか。
あと、ジョージさんと同じことをやって失敗したってことは、『真実の鐘』の前で告白して鐘を鳴らせなかったってことか。
本人が望んでやったのか、伝説に憧れた婚約者候補に強請られてチャレンジしたのかはわからないが、レオンさんとしてはそれで逆恨みされても困るわけで。
(レオンさんがいない年代の学園でも似たようなことが起きていたとすれば……『花コン』でサンデューク辺境伯家が滅ぶルートが大量にあったのって、実は恨みを買ってたってオチか?)
いくらミナトが盛大にやらかしたとしても、発生した『魔王』やモンスター相手に奮戦した家が潰される理由。それもコハクやモモカという家督を継げる人物が生き残っているにも関わらずサンデューク辺境伯家が潰された理由に思い至り、俺は静かに冷や汗を流す。
伝説に挑んで失敗した貴族は、はたして何人になる? それが原因で不利益を被った家は? 逆に成功していれば婚約者候補同士で強い結び付きを得られそうだが、成功と失敗のどちらが多いか……。
「演劇が広まったおかげもあって、『真実の鐘』の前で告白したのが父上だと知っている世代はだいぶ限られるようになった。それでも知っている奴は知っているだろう。その上でお前に教えなかったのは、お前を守るためだ」
「……俺を守る、ですか?」
むしろ知らなかったことで不意打ちを喰らったんだが。そんな思いを込めてじとっと見つめると、レオンさんは視線を逸らす。
「親ならまだしも、お前にとっては祖父がやったことだ。そこでお前が何も知らなければ相手も追及はできん。まともな貴族なら 何(・) も(・) 知(・) ら(・) な(・) い(・) 孫(・) 相手に何を突っかかっているんだ、と我に返るだろう」
「まともじゃない貴族なら?」
「侮辱してきたら決闘に応じれば良い。現役ならともかく、今のお前相手に勝てるぐらい腕を磨き続けている奴は滅多にいないだろうし、そんなことができる奴は侮辱などせん。ミナト、お前は身に覚えがないことで侮辱を受けたらどうする?」
「斬ります」
舐められたら殺す。前世基準で考えると物騒だが、それが貴族としての生き方だ。それにランドウ先生の教え子として決闘から逃げるわけにはいかない。斬る相手は選べと教わったが、面子がかかれば斬るに足るのだ。
「そうだ、それでいい。そして相手を斬ったとして、それこそ『真実の鐘』を使えば侮辱された時に何も知らなかったと証明できる」
そう断言するレオンさんだが、なんか俺の剣の技量が高く見積もられている気がする。たしかに『召喚器』による身体能力の補助があるし、レオンさんと同年代かそれ以上で訓練をしなくなった者が相手ならどうにかなるだろうけど……。
(ああ、そうか。何も知らないけど侮辱されたから決闘に応じた子どもを斬ったら、それはそれで相手が詰むのか。俺が勝つって見込んでいるんだろうけど、負けたとしても相手を追い込める、と)
父親としては酷い話だが、貴族としては納得ができる話だ。ついでに言えばこの話を俺が聞いても怒らず、感心する性格だってレオンさんは理解しているわけか。
「なるほど……しかし、父上の話を聞いて思ったのですが……それは鐘を鳴らせなかったのが悪いのであって、逆恨みでは?」
言(・) い(・) 方(・) を(・) 変(・) え(・) て(・) 鳴らせば良いと思う俺は性根が曲がっているんだろうか?
「俺もそう思う。実際、腹が立ったからそう言い返したこともある」
そりゃそうだろう。俺でも同じことを言う。
「どうなりました?」
「顔を真っ赤にして斬りかかってきた。いくら本当のこととはいえ、言ってはいけないことがあると学んだよ……返り討ちにしたけどな」
そりゃそうだろう。俺でも同じことをやる。
(うーん……まあ、レオンさんが黙っていた理由はわかったけど……どうにもなぁ)
自分が苦労をしたから俺にはその苦労を負わせたくなかった。要約すればそんな感じになるが、俺としては腑に落ちない部分もある。
「父上、仮に決闘に発展したとして、俺が負けたらとは考えないんですか?」
そう、それは俺が勝つことが前提で、仮に負けても 貴(・) 族(・) と(・) し(・) て(・) は(・) 問題がないようになっているという点だ。決闘で負けるってことは死ぬ可能性も大きい……いや、ほぼ死ぬと思うんだが。
そんな俺の疑問に対し、レオンさんは目を丸くする。そして何度か首を傾げたが、最後には納得がいったように頷いた。
「そうか……そういえば対人戦は初陣の時だけになるのか。こう言えばお前が自惚れて……いや、それはないか」
一人で納得したように呟くレオンさん。一体何事かと思っていると、レオンさんは苦笑するように言う。
「お前ぐらいの歳であれだけ剣を使える子は早々いないし、お前の場合は身体能力を強化する魔法を使わず、『召喚器』を発現していない状態でもあれだけの速度で動けるんだ。よーいドンの決闘なら真正面から不意打ちを仕掛ける形になるぞ」
「そう言われると……そうなるんですかね?」
たしかに、『召喚器』によって強化された身体能力は並の大人を遥かに上回る。それだというのに 強化(バフ) の魔法もなく、『召喚器』を手元に出すこともなく、瞬時に斬りかかってくれば相手はどう思うか。
決闘の相手が大人なら相手も警戒するだろうが、俺はまだ子どもである。決闘なら開始の合図があるし、レオンさんが言う通り真正面から斬りかかるだけでも速度差で不意打ちになりそうだ。
(つまり、決闘に発展しても負ける確率が限りなく低いから伏せておいたと……)
レオンさんから見て、 そ(・) れ(・) が俺の剣士としての評価なのだろう。思ったよりも高いが、既に人を斬っているし中規模相当のダンジョンのボスモンスターも倒していると思えば妥当か。
(……ついでに、俺が自分自身の強さを客観視できていないことへの指摘か、こりゃ)
自惚れても良いってわけじゃないが、自分の強さは正確に把握しておけってことだろう。『真実の鐘』とジョージさんの件に関しては、レオンさん自身本当に嫌だったし話したくなかったっていうのもありそうだけど。
(まあ、そこは触れないでおくか)
詳しい話をした時にレオンさんが浮かべた、苦虫を嚙み潰したような顔。それを思い返しながら俺はそう思う。
――レオンさんが苦く思ったのはジョージさんの仕出かした件に対してか、 別(・) の(・) 何(・) か(・) に対してかは、わからなかったが。