作品タイトル不明
第65話:縁談 その2
キドニア侯爵からの提案を聞いた俺の心境を一言で表すなら、『どういうことなの?』である。
(カリンを婚約者候補にって話だったよな? それがなんでお姉さんの方に……キドニア侯爵家には嫡男がいるし、嫁に出すのは誰でも良い? いや、こっちが良くないよ。四歳年上ってことは俺が学園に入ったらその人はもういないじゃないか)
そうなったら学園で俺が婚約者候補なしの 独身(フリー) に見えてしまう。いやまあ、それは別に良い。四歳年上というのも俺の 元(・) 々(・) の(・) 年(・) 齢(・) から考えればどうせ年下だ。カリンと比べても誤差だ。
(俺が婚約者候補じゃなかったら『花コン』のカリンのイベントがいくつ潰れる? 主人公とカリンのラキスケイベントでミナトが決闘を挑んで負けたり、カリンに誘導されて主人公に決闘を挑んで負けたり、精神的に追い詰められて主人公に決闘を挑んで負けたり……うん?)
途中から俺としては発生させない方が良いイベントばっかりだった気がする。というか『花コン』だとミナトが勝ってもそのあとの描写で主人公に逆転負けするんだよな。酷くない?
そんなことを考えつつ、キドニア侯爵がこんなことを言い出した理由を推測する。
推測する……んだが。
(俺と同年代で、面識があるどころかダンジョンでの件を一緒に乗り越えて、婚約者候補にってこっちから言い出した……自分で言うのもなんだけど、断る理由があるか? わざわざ姉を連れてきたなると……カリンが俺の婚約者候補になるとまずいって考えられてる?)
自意識過剰、あるいは過信になりそうで怖いが、今の俺は同年代の中でもかなり高い評価を得られているだろう。
政治や内政関係だと目立ったことは何もしてないものの、初陣での野盗討伐に敵首領との一騎打ち、先日のダンジョンでの防衛戦、そしてボスモンスターの討伐など、軍事面では同年代の中でもトップクラスの功績を挙げたと断言できる。
同年代どころか王立学園の生徒、学園の卒業生で若手の者を含めても俺以上の功績を挙げた者は少ないだろう。
政治や内政に関しては不明瞭だが辺境伯という武力が必要となる家に生まれた者として見れば、その評判が低くなることは決してないはずだ。というか苦手なことはそれが得意な家臣に任せれば良い。
そう、自分で言うのは口幅ったく感じるが、婚約者候補として考えるなら相当な優良株だと思うのだ。そのためキドニア侯爵の言葉を全て信じるなら、領地や学園でも評判の器量 好(よ) しで頭も性格も良いカリンの姉の方が釣り合うと考えたのか?
キドニア侯爵家から見ればこちらは辺境伯で格下――なんてことはない。
東部貴族を武力面で取りまとめるのがサンデューク辺境伯で、『花コン』世界において辺境伯は侯爵にも匹敵する。
アイヴィさんが嫁いでいるから王家とも近く、領地が王国の最東端にあると言っても田舎ではない。前世の日本でいえば王都が東京ならサンデューク辺境伯家は東京以外の六大都市か、 札仙広福(さっせんひろふく) レベルだ。
キドニア侯爵家とサンデューク辺境伯家では距離があるため、交易を行うには少々難があるかもしれない。しかし様々な領地を経由しながら交易を行えばいくらでも利益は出せるはずである。
それらの条件があった上で、 こ(・) ち(・) ら(・) か(・) ら(・) 婚約者候補になってほしいと申し出ている。高品質なお買い得商品が半額ラベルを貼って差し出されたような状況だ。客観的に見れば本当にお買い得だと思うんだが。
(……いや、待て。それで駄目ってことは条件が良すぎて疑われている? 婚約者候補になった後、交易に関する話はまだだけど、カリン達を助けたことも踏まえると向こうさんはかなり譲歩を強いられると考えるはず……レオンさんが交渉を任せるって言ったのはそれが理由か?)
俺としては 俺(ミナト) がカリンの婚約者候補になれるのなら、交易の条件はそこまで厳しくない。カリンの婚約者候補としてちょっとばかり身内価格にしてもらって、先日の一件でカリン達を助けた分、 お(・) 勉(・) 強(・) してもらえれば嬉しいなって思うぐらいだ。
そう、それぐらいなんだ。
「はじめまして、ミナト様。カミーロ=プセウド=キドニアの長女、ランジュでございます。この度は我が妹カリンのみならず、当家に忠誠を誓う騎士や兵士をお助けいただき感謝いたします」
俺がキドニア侯爵の発言にどう返すか悩んでいた数秒の間に、カリンのお姉さん――ランジュさんが応接室に来て俺に挨拶してきたのである。
ランジュさんは華美過ぎないデザインのアフタヌーンドレスで身を包み、ドレスの裾を摘まみながら右足を引いて膝を曲げるカーテシーをしながら俺に挨拶をしてきた。
顔立ちはカリンの姉であることに納得するほど似ており、可愛いではなく綺麗系。美しく整った顔立ちと意志の強さを感じさせる瞳、そして 濃紺(ネイビー) のドレスとは 反(・) 対(・) 色(・) の真紅の髪が印象的な女性だった。
もしも彼女が『私がカリンです』と名乗ってきたら即座に信じただろう。それぐらい『花コン』で知るカリンを彷彿とさせる外見だった。
「はじめまして、ランジュ様。ご丁寧な挨拶、痛み入ります。レオン=ラレーテ=サンデュークの長男、ミナトでございます」
まさか本人を呼んでいるとは、と内心焦りながら挨拶を返す。いくら学園が王都のすぐ傍にあるとはいえ、俺に会わせるために呼んだのならキドニア侯爵の提案は本気ということだろうか?
「カリン様もそうでしたが、姉君のランジュ様も美しい真紅の髪がドレスに良く映えておいでですね。それにその気品。さすがは北部貴族の雄たるキドニア侯爵家の御令嬢だ。貴女を前にすれば花も恥じらい月も隠れることでしょう」
「まあ……お上手ですこと。東部貴族の若き俊英は兵の指揮や剣術だけでなく、女性への褒め言葉も巧みですのね?」
「いえいえ、全てこの口から自然と勝手に出てきた言葉なれば。それすなわち本音ということでしょう」
アンヌさんに叩き込まれた女性への褒め言葉を適当にペラ回しつつ、その裏で必死に俺は思考する。貴族として異性への褒め言葉は最早条件反射みたいなものだし、そっちは考える必要もない。本当に口から勝手に出てくるのだ。
(最初からランジュさんに会わせるつもりだったからこそ、カリンが同席しなかったのか? この人がカリンだったら俺もノータイムで頷いたけど、この人はカリンじゃないんだよなぁ……どうしよう……どうすればいい?)
カリンの姉、長女、四歳年上、俺が学園に入った時には既に卒業している、マジで見た目はカリン、どうしよう、どうしよう、性格もカリンっぽい、どうしよう。
そんな言葉の数々が焦りと共に脳内を飛び交う。いや本当にどうしよう。ここまでばっちりドレスを着込んで挨拶をしてくる相手、どうやって断ればいいんだろう。
(……ん? いや、待て……いきなりのことで焦ったけど、さすがにおかしいだろ……)
俺はこっそりと深呼吸をして気を整える。こういう時こそ冷静に、だ。
「まさかランジュ様本人を呼ばれているとは……突然のことで驚きましたよ侯爵閣下……?」
こちらの意表を突くためだとすれば見事なものだった。そんなことを思いながらキドニア侯爵へ視線を向けると、いつの間に用意されたのか机の上に見慣れない物体が置かれていることに気付く。おそらくは俺がランジュさんに挨拶をしている間に置いたのだろうが――。
(……それ、『真実の鐘』じゃない? 形が似ているだけ? え? こっちの言葉を制限しにきた?)
机の上に置かれていたのは、 舌(ぜつ) がない小さな鐘の置き物だ。
「――どうかしたかね?」
そして、俺を真っすぐに見ながらキドニア侯爵が尋ねてくる。
「…………いえ」
なんだこれ、嘘は言わないっていう宣言か? それとも『真実の鐘』に外見が似ているだけのフェイク? いや、そもそも真実と嘘のどっちに反応するやつだ?
(学園の『真実の鐘』は心からの想いを込めて告白したら鐘が鳴る……つまり真実に反応するタイプ。オレア教で見たやつは嘘をつくと鐘が鳴るタイプ……どっちだ? ど(・) っ(・) ち(・) で(・) も(・) な(・) い(・) 偽物って可能性もあるけど……そもそもこういう交渉の場で使用するのは……)
『真実の鐘』は言わなくて良いことは言わない、返答を誤魔化す、質問に対してズレたことを言えば回避することができる。その辺りのテクニックは貴族として当然のものだが、逆にいえばそれをするとこちらの意図もバレるわけで。
こちらのことを信用できないのか、なんて怒ってみたとしても、アレがただのインテリアの可能性も残っている。こうしてこちらの発言を制限し、慎重にさせるだけでも効果は抜群だが。
そうやって悩む俺だったが、キドニア侯爵はそんな俺の葛藤に気付いたのだろう。すぐさま苦笑するに表情を緩めた。
「なるほど……コレについても知っているというわけだ。サンデューク辺境伯は既に君を後継者と考え、色々と教えているようだね」
いえ……それは俺が本型の『召喚器』を発現してしまったことから連鎖的に知る機会があっただけでして。そんなに感心したように言われると訂正もしにくいじゃないか。
「それならば明言しておこう。これは嘘をつくと鳴る。たとえば……そうだな。まずは本音で話してみようか。こうして会談の場を設けたわけだが、君にならどの娘を託すことになっても私は後悔はしないだろう」
カーン。
真剣な表情で発言したキドニア侯爵だったが、『真実の鐘』が高らかに音を立てる。それはつまり、本音で話すと言いつつも今の発言に嘘があったということだ。
「ふぅ……言い訳をさせてほしいんだが、いいかな?」
「どうぞ」
なんとも言い難い顔で深呼吸をし、言い訳の許可を求めるキドニア侯爵に俺は真顔で頷く。
「これは侯爵ではなく、一人の父親の言葉として聞いてほしい……いくら恩人が相手とはいえ、可愛い娘を婚約者候補として差し出すことに何も思わないのは不可能なのだよ!」
拳を握り締めて力説するキドニア侯爵。今度は鐘が鳴らなかったから本音なんだろう。なんだこの人、面白いな。
でも、この状況で『真実の鐘』に引っかかることを言うのは違和感があるような……気にしすぎか?
「わかります。俺に娘はいませんが、可愛い妹が嫁に行くとなったら何も思わずにはいられませんから」
腕白に育ったモモカのことを思い浮かべ、そんなことを言う。そもそも嫁げるんだろうか、とか、婚約者候補が出来たとしても相手が心労で倒れないだろうか、とか。お兄ちゃんは心配なのだ。
コハクに関しては心配していない。あの子なら俺が死んでサンデューク辺境伯家を継ぐことになっても良いお嫁さんを捕まえてくるだろうし、百に一つ俺が生存したとしても学園で素敵な女性を射止めてくるに違いない。『花コン』の主人公を差し置いてアイリスと結婚することになっても俺は驚かないぞ。そうなったら『花コン』が詰んで俺の心臓が止まりそうになるけど。
(……侯爵もだけど、俺の今の言葉を聞いても鐘が鳴らない。ということは本当に嘘で鳴るタイプか)
チラ、と『真実の鐘』を見ながらそんなことを思う。嘘を言わずに会話するのなら大丈夫だろう。
(あれ、待てよ? 『真実の鐘』ってオレア教以外で所持してたっけ? 『花コン』でもそのあたりは描写がなかったし、俺も習ってないぞ?)
少なくともサンデューク辺境伯家の屋敷にはなかった。つまり、この場所に『真実の鐘』があるのはおかしいわけで。
(……裏にオレア教が絡んでる?)
今回の件、オレア教が協力しているのかもしれない。『真実の鐘』はそれなりに希少だが、王都には教会の本部があるため貸し出せる程度には数が揃っているだろう。
問題は、仮にオレア教が協力しているとして、何故『真実の鐘』を貸し出したのか、だが。
(ダンジョンでの件、俺が『魔王の影』だって疑われてる? いやでも、俺はボスモンスターを殺したし、死者数ゼロで切り抜けたから違う……よな? 単純に俺の本音を探るためにオレア教に頼んだ……でもこっちからそれを確認して大丈夫か?)
背中に嫌な汗が浮かぶのを感じ取る。なんでカリンを婚約者候補にするための話し合いにきて、こんな頭脳戦を仕掛けられてるんだと思わないでもない。しかし思うだけで言葉にはせず、俺は相手の意図と打開策を模索する。
というか、こうなるとわざわざ俺を単独で送り出したレオンさんの意図も読めなくなってしまった。
アイリスの婚約者候補の件で俺に思うところがありそうだったし、俺を試している? カリンが好きだからアイリスの婚約者候補にはなれないって匂わせたから、『真実の鐘』でその裏付けを取ろうとしているのかも……やばい、考えたらいくらでも可能性に思い当たるぞ。
いくら小さい頃から貴族として教育を受けてきたといっても、俺は凡人だ。相手の意図の推察、言葉に込められた 含(・) み(・) 、ちょっとした仕草、その全てに理解可能な上限がある。
「……恥を晒すようですが、閣下の意図が読めません。この若輩者にもわかるようにしていただければ嬉しいのですが」
色々と悩んだが、結局は真正面からぶち当たることにした。わからないものはわからないし、そっちの方が本音で話せるし、『真実の鐘』に引っかかることもないと思ったのだ。
すると、それまで護衛として部屋の隅に控えていたクリフが一礼して会話に入ってくる。気のせいでなければ俺に向けられた一礼はずいぶんと丁寧で、敬意を感じさせるもので。
その表情は、とても真剣で。
「私が御当主様に報告いたしました。カリン御嬢様ではミナト様の婚約者候補は務まらない、と」
そしてそのまま、そんな爆弾発言を炸裂させるのだった。