作品タイトル不明
第56話:激戦を乗り越えて
ダンジョンを崩壊させた日の翌日。
ダンジョンが異常成長してから数えれば八日目になるが、昨日から今日にかけてこれまでの頻度が嘘だったようにモンスターの襲撃が減り、余裕を持って対処することができていた。
ダンジョンが崩壊したことを察知して逃げたのか、単純にモンスターを減らし続けた結果なのかはわからない。さすがに村から出てモンスターを掃討する余裕はなかったが、傷病者の数が洒落にならないぐらい増えている状態でさえ対処できたのは指揮官としては有難い限りである。
そしてようやくというべきか、思ったよりも早かったというべきか。
もうじき正午になろうかという時刻。街道の向こうから整然と隊列を組んで進んでくる集団を見張りの兵士が見つけ、それが王都からの援軍だとわかるとデュラハンを倒したって俺が宣言した時よりも大きな歓声が村中に響き渡った。
(本当に良かった……アルバの町がどうなってるか確認しに行かなきゃいけなかったけど、さすがに限界が近かったからなぁ……)
こ(・) ち(・) ら(・) は(・) 無(・) 事(・) だ(・) っ(・) た(・) が、ウィリアムが守るアルバの町の現状は不明だ。
トーグ村で防衛戦を行った結果、幸運なことに傷病者こそ出ているが死者は出ていない。ダンジョンが異常成長した直後にリッチによって殺されたキドニア侯爵家の者達以外、命を落とした者はいなかったのだ。
デュラハンの『致死暗澹』に巻き込まれた兵士達も運に恵まれたのか即死はしておらず、遮蔽物にしていた建物の崩壊に巻き込まれたり、ダメージで意識を失ったりはしていたが、最も重傷な者でも骨折程度の負傷で生き延びていたのである。
本当に、幸運に恵まれて万々歳だ――なんて素直に納得できれば良かったのだが。
(『致死暗澹』に巻き込まれたのに一人も死んでないってのはな……俺にとって都合が良すぎるだろ。運が良かっただけって可能性はもちろんあるけど……)
デュラハンと戦う際、あの場に駆け付けた兵士は一人や二人じゃない。十人ほどの兵士が集まっていたというのに一人も即死していないのだ。
33%の確率で即死するっていうのも『花コン』での話だし、距離を取っていたからギリギリ『致死暗澹』が命中せず、建物の崩壊に巻き込まれて負傷した兵士もゼロではないと思う。
だが、キドニア侯爵家の兵士達は『暗殺唱』で即死していたし、それよりも強力な『致死暗澹』で一人も死ななかったことを 運(・) が(・) 良(・) か(・) っ(・) た(・) で済ませていいものだろうか。
(仮に十人『致死暗澹』に巻き込まれたとして、全員が即死せずに済む確率は何パーセントだ? 計算上は二パーセントを切るぐらいだろうけど……絶対にないとはいえない微妙な確率だな)
ダンジョンの異常成長に巻き込まれるなんて不運なことに遭ったんだ。その揺り返しで幸運に恵まれたって考えた方が精神衛生上は良いかもしれない。まあ、こんなことを悠長に考えることができるのは援軍が駆け付けてくれたからだ。
死者を出さないようポーションも回復魔法に使う魔力も底を突く勢いで消費したから、到着が遅れていたら大惨事だったわ。
「ミナト! 無事だったか!」
指揮官が出迎えるべきだろう、と考えていたら援軍の中に祖父であるジョージさんがいた。動きやすさを重視した俺と違い、上半身や腕、腰回りや足の防御を重視したプレートアーマーを身に着け、マントを羽織っている。
重たい防具を身に着けているにも関わらず軽やかに手綱を操る姿は五十歳を超えているように見えない。厳めしい顔付きを安堵で崩しながら、心配した様子で馬を走らせて駆け寄ってきた。
まさか援軍にジョージさんが同行しているとは思わなかった。それもただ同行したわけではなく、兵士を率いてきたのだろう。サンデューク辺境伯家の家紋が描かれた旗を掲げている一団がいるが、おそらくは王都で別邸の警護を行っている者達だ。数はそこまで多くない。
「まさかお爺様が来られるとは……ええ、なんとか無事です」
「いえ、若様は無事ではありません。かなり無茶をしました」
驚きながら応対した俺だったが、俺と一緒に援軍を出迎えていたゲラルドが真顔で否定する。おいやめろ、ボスモンスターと戦う羽目になったのは相手の方から村に来たからで、俺としても真っ先に指揮官を狙うようなヤバいやつと戦う気はなかったんだ。
「名代殿、ご無事で何よりです。戻ってくるまで時間がかかり、申し訳ございません」
そうやって話していると、救援を呼びに王都まで行ったはずの軍監の男性が姿を見せた。援軍に同行してきたみたいだが、言葉の通り申し訳なさそうにしている。
「いえ、迅速に援軍を連れてきていただき感謝いたします。なんとか無事にしのげましたが、正直なところ色々と限界でしたので……ダンジョンも破壊してしまいましたし……」
デュラハンを倒さなければこちらが全滅していたとはいえ、ダンジョンが崩壊したことで四方八方に逃げたはずのモンスターの対処に関して考えると頭が痛くなる。
こういう場合、近隣の貴族に連絡してモンスターに備えたり、街道を行き来する商人や旅人に警戒を促したり、冒険者に依頼を出してモンスター退治に駆り出したりと大変だ。
その辺りの手間も 貴(・) 族(・) の(・) 義(・) 務(・) に含まれるし、サンデューク辺境伯家の近隣で似たようなことが起きれば同じように対応するが、迷惑をかける貴族には後々使者を出しておく必要があるだろう。
だけどまあ、今の状況では手土産の用意もできないし、早馬で状況を知らせるのとは別に使者を出すのは無事に王都に帰ってからである。今は傷病者の治療や戦闘で破壊された村の家屋、設備の応急処置、そして何よりもアルバの町がどうなっているかの確認が必要だ。
ジョージさんが来てくれたがサンデューク辺境伯の名代として、軍役の責任者として確認に向かう義務が俺にはあった。
「お爺様、お手数ですがこの村での後処理をお願いします。俺はあちらの――」
そう言いつつ、俺が視線を向けたのは援軍を率いてこの村に来た指揮官の男性である。というか、以前国王陛下の護衛として顔を合わせたネフライト男爵だった。王国騎士団副団長という立場にあるはずの人物が、何故か援軍に駆り出されているのだ。
以前見た通り鎧を身に纏い、それでいて部下に指示を出しながらも周囲へ視線を向ける姿には微塵も隙が無い。
(ダンジョンの異常成長って聞いて、すぐに動かせる強い人を送り出したのか? 兵士の数も重要だけど、強いボスモンスターがいるって考えたら数だけ揃えても厳しいしな)
軍を率いる身としては、突出した強さを持つ者でしか対応できない敵がいるっていうのは恐ろしい話だ。今回は相手がデュラハンでポーションを利用した 攻(・) 略(・) 法(・) があったからどうにかなったが、他の種類のモンスターがボスとして出てきていたら全滅していたかもしれない。
だが、それも今回は乗り越えることができたのだ。そのため俺は頼もしい人物が援軍に来てくれたことを素直に喜ぶことにする。
「ネフライト男爵殿に御助力を願い、アルバの町へ救援に向かう算段をつけたいと思います」
俺がジョージさんにそう言うと、名前を呼ばれたことに反応したのだろう。馬に乗ったネフライト男爵が近付いてくる。
「先日以来だな、サンデューク辺境伯名代殿。無事……というには傷が多いようだが思ったよりも壮健なようでなによりだ。祖父君との話はもういいのかね?」
「お気遣いいただきありがとうございます。お爺様との打ち合わせは終わりました。今回の戦いに関しては……まあ、何度か死にかけましたが生き延びましたよ」
ハハハ、と強がるように笑う。 一(・) 皮(・) 剥(・) け(・) た(・) からか、改めてネフライト男爵の前に立つと眼前の人物の強さがより鮮明に肌で感じられた。
(この国で一、二を争う強さって評判は伊達じゃないな。全然隙がねえや)
ランドウ先生は人類のバグ枠だから別として、パエオニア王国で一、二を争うってことはアーノルド大陸全体を見渡しても屈指の強者ってことだ。ネフライト男爵と一番争いをする強い人が他にもいるって考えると頼もしいやら恐ろしいやら。
そんなことを考えつつ、この場所で何があったかを簡潔にネフライト男爵に報告していく。
既に援軍の中にいた回復魔法の使い手や医者がこちらの傷病者の対応に当たってくれているし、運ばれてきた回復用のポーションなどもある。そのためトーグ村に関しては焦る必要がないが、アルバの町に関してはできれば今日中、遅くとも明日中には確認したいところだ。
「――と、いうわけでして。当家の兵は消耗が大きく、強行軍は不安が大きいのです。そのためネフライト男爵殿達に同行させていただきたいのですが」
手早く報告を終え、同行を頼み込む。王都からここまで移動してきたこともあってネフライト男爵達も休息を取りたいだろうし、ダンジョンの破壊自体は済んでいるためアルバの町も窮地は脱しているはずだ。
それでも被害がどれだけ出ているかわからない以上、少しでも早く駆け付けたいと思うのが人情であり、指揮官としての義務でもあった。
そんな俺の発言をどう思ったのか、ネフライト男爵がじっと顔を見つめてくる。
「ふむ……名代殿さえ良ければ同行などと言わず兵を貸すが? 騎兵を中心にして編成すれば日がある内にアルバの町に到着できるだろうしな」
「それは助かりますが……」
こちらから言い出したことだけど、思わぬ好条件を提示されて困惑する。最悪の場合、ジョージさんが連れてきた兵士を借りてアルバの町に向かうことも視野に入れていたが、実戦経験が乏しそうな兵士が多い感じだし、できれば避けたいところだった。
「なに、先日会った時の貴殿ならこんな提案はしなかったが、今の貴殿になら兵を貸せるとも」
「え? それはまた……何故ですか?」
反応に困ることを言われ、俺としては不思議に思いつつ首を傾げるしかない。するとそんな俺の様子にネフライト男爵は苦笑し、周囲の兵士をチラリと見る。
「以前は半人前だったが、今は一人前になった顔をしている。その若さで大したものだ。貴殿が指揮官なら連れてきた兵士も従うだろうさ」
その言葉に、この人もランドウ先生と同じような感性を持っているのか、あるいは世に知られる強者が共通して持つ感覚なのか、どちらなんだろうなぁ、と悩む俺だった。
そんなわけでネフライト男爵のご厚意に甘えさせてもらい、ポーションや薬を担いだ騎兵三十人を借り受けた俺はアルバの町へと向かった。
ダンジョンの異常成長で生えてしまった木々はそのまま残っているが、街道自体が消滅したわけではない。そのため時折木々を避けつつ、はぐれモンスターを警戒しつつ、アルバの町へ向かうこととなる。
幸いなことにモンスターの襲撃もなく、貸してもらった兵士もこちらが驚くぐらい素直に従ってくれたため、日が暮れる前にアルバの町へと到着することができた。
アルバの町は以前軍監から聞いた通りの外観で、高さが三メートルほどの壁で囲われている。
壁は石材を組んで作ってあるため、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしないだろう。下級魔法ぐらいなら耐えられそうだし、外周の三分の一程度だが堀が設けられている場所は獣系モンスターでも簡単には飛び越えられないはずだ。
(トーグ村で防衛戦をした今となっちゃあ三メートル程度の壁でも滅茶苦茶頼もしく見えるな……こりゃ無理して急いでくる必要はなかったか?)
ウィリアムが連れて行った騎士や兵士は俺の方と比べて少なかったものの、ここまで防衛設備が整っているのならモンスターの迎撃も容易だろう。元々いた守備兵や町の若者、それにオレア教の者達と協力すれば戦力は申し分ないはずだ。
激戦を乗り越えて、知らず知らずの内に気が緩んでいたのか。俺はそんな風に考えていた。
――甘く、考えていたのだ。
アルバの町は無事だった。そこに住まう人々も無事だった。防衛に協力した若い衆や守備兵も、怪我人こそ出てはいたが無事だった。
ただ、サンデューク辺境伯家の騎士と兵士に被害が――死者が複数出ていた。
「死者を出さずに守り切った若様と比べ、この体たらく……申し訳ございません」
そう言って頭を下げるウィリアムに一度視線を向け、 被(・) 害(・) 状(・) 況(・) が記された報告書へと視線を移す。
騎士二名、兵士十四名。合計十六名が死亡し、残った騎士と兵士も重傷者が多数。騎士を五人、兵士を五十人連れて行き、無事で済んだ者は数える程度。ウィリアム自身も先頭に立って奮戦したのか鎧や外套に汚れが目立ち、くたびれた印象があった。
「……いや、こちらは後先考えずに治療のリソースを継ぎ込んだ結果、たまたま上手くいっただけだ。これほど大きな町を、これだけの多くの民を、よく守り抜いてくれた」
トーグ村は死者こそ出ていないが、デュラハンとの戦闘で村の北部にでかい更地ができてしまった。自前の兵力以外で人命に犠牲を出さず、町自体も守り切ったウィリアムの手腕は称賛こそすれ責めるものではないだろう。
それでもウィリアムの顔を見た俺は、労う以上の言葉をかけなかった。敢えて事務的に今後の対応に関して話を行い、アルバの町の代官を交えて周辺のモンスターの駆除や怪我人の治療、王都からの援軍の受け入れ等の決めるべきことを決めていく。
アルバの町の状況を確認できたため、トーグ村の復興や街道に生えた邪魔な木々の除去も含め、対応の優先順位を大雑把にまとめる。あとはネフライト男爵と相談して援軍の人手をどう割り振るか、今回の一件の責任者として決定する必要があった。
戦いが終われば全て終わり、とはいかない。諸々の後始末を完了させ、王都に戻って報告するまでが軍役の代表者である俺の仕事なのだから。
のちに『王国北部ダンジョン異常成長事件』と呼ばれることになるこの一件は、こうして幕を下ろす。
『花コン』と比べた場合、 俺(ミナト) が王立学園に入る前に軍役へ参加するだけでも異常事態だった。それだというのにこんな事件が起きて、解決までして。
(でも解決しないと死んでたし、『魔王』の発生がもっと早まっただろうし……『花コン』でもある程度の影響力を持っておくのは悪いことじゃない……はず……)
ゲームなら主人公を操作することで物語が進んでいくが、現実にそんな機能はない。『花コン』の舞台が幕を上げたならば――性別はわからないが本当に『花コン』の主人公がこの世界に召喚されるのならば。
初陣を乗り越えるどころか異常成長したダンジョンの中で大量のモンスター相手に防衛戦を行い、ボスモンスターまで倒したなんて経験は非常に大きい。これから先の盤面を動かすのに影響力は必須だ。
俺は自分にそう言い聞かせる。
『花コン』におけるミナト=ラレーテ=サンデュークという存在と俺を比べた場合、既に別人と言えるぐらい変化してしまった。それでも『花コン』自体始まっておらず、始まってからのことを思えば 状(・) 況(・) を(・) 動(・) か(・) せ(・) る(・) 知名度や武力はあった方が良い。
俺は、自分自身を納得させるためにもそう考える。『花コン』が始まれば、そこからが本番だと。
そして事件から二週間後。
諸々の後始末をある程度終えた俺は王都へ召喚され、国王陛下と顔を合わせ、一つの提案を受けることとなる。
「――我が娘、アイリスの婚約者候補にならないか?」
申し訳ないですが陛下、『花コン』を根底から木っ端微塵にするような提案はやめてもらっていいですかね?