軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話:ボスモンスター その4

暴風のような風圧を伴いながら大剣の刃が迫る。

直撃すれば即死し、避け方が悪ければ容易に腕や足が斬り飛ばされる、防御や防具が無意味と思えるほどの斬撃が次から次へと飛んでくる。

「…………」

モリオンに『疾風』をかけてもらった俺は無言で、かつこれ以上ないほどの集中力を保ちながら斬撃を回避していく。時折防具や肌の表面に傷が刻まれていくが無視だ。致命傷どころか行動に支障がない傷まで気にする余裕はない。

騎乗した状態で大剣を振るってくるデュラハンだが、斬撃の威力とは裏腹に剣筋は非常に荒い。片手で二メートル近い大剣を振り回していると思えば驚異的な正確性といえるかもしれないが、足を止めた状態では斬撃は振り下ろしか薙ぎ払い、あとはあっても突きの三択程度。

俺は首無し馬が攻撃を仕掛けてくる可能性も考慮しつつ、現状において さ(・) れ(・) る(・) と(・) 負(・) け(・) る(・) こ(・) と(・) を防ぎながら斬撃を回避し続ける。

デュラハンに接近戦を挑んだ俺だったが、この場において最も困るのはデュラハンに距離を取られることだ。いくら『疾風』をかけてもらったとはいえ、馬の速度で逃げられたら追いつくのも容易ではない。その間に『疾風』の効果時間が切れたら詰みだ。

だからこそ俺はデュラハンが逃げないよう、至近距離で斬撃をかわしている。モンスターに意地があるかはわからないが、デュラハンとて当たれば勝ちという状況で逃げる選択肢を選ぶのは難しいだろう。

「…………」

振り下ろされた大剣を半身開いて回避する。大剣が鼻先を通り過ぎていくが構わない。振り下ろされた大剣が不自然に震えたのを目視し、即座にしゃがんで強引に切り返された横薙ぎを回避する。斬撃が頭上を通過した瞬間、すぐさまその場から離脱して少しだけ距離を取る。

(不思議な感覚だ……デュラハンの動きがよく見える)

そして、デュラハンの間合いギリギリで足を止めた俺は内心でそんなことを思った。

デュラハンの動きが遅くなったわけではない。『疾風』の効果が働いているとはいえ、俺の身体能力自体に大きな変化はない。

ただ、先ほどまでと比べるとデュラハンの一挙一動がよく見えた。走馬灯の状態が続いているわけではなく、視界に映る情報、肌で感じる空気、五感の全てでデュラハンの行動を読み取って回避へとつなげていく。

走馬灯を見るほどの死の淵に立ち、ギリギリのところで生き永らえたことで恐怖に対する感覚が麻痺してしまったのだろうか。あるいは、これこそが以前ランドウ先生が俺を 半(・) 人(・) 前(・) だと評した理由か。

前世では刺されて死んで、今世では初陣を乗り越えて。今はデュラハンに殺されかけ、それでもなお戦っている。剣士としての感覚が研ぎ澄まされ、一皮剝けたような爽快感があった。

まあ、だからといって眼前のデュラハンに勝てるほどではないが。

(避けられるけど攻撃力が足りん……自力じゃ倒すのは厳しいな)

ここに至るまでで十秒ほど。回避しながら二回ほど斬りつけてみたが、先ほどよりも多少深く斬れただけで大きなダメージは与えられていない。首無し馬は元気に動き回っている。

叶うなら首無し馬を潰してからにしたかったが、時間が限られているためこれ以上は無理だ。そう判断した俺は再び足を止めての振り下ろしが来るのを見て覚悟を決める。

それまで回避に徹していた俺だったが、頭上から降ってくる斬撃に対して右手でかざした剣を合わせた。そして僅かに剣先を逸らしつつ、フリーにしていた左手で低品質のポーションをベルトから抜いて親指の動きだけでコルクを飛ばす。

デュラハンの動きをほんの少しだけ乱すことができたが、こっちはそれ以上に体勢が崩れた。それでもここを逃せばチャンスはないと判断し、低品質のポーションを首無し馬の下半身――特に後ろ脚を狙って振りかける。

『ッ!』

その効果は劇的だった。それまで大きな反応がなかったデュラハンの乗騎が雷にでも打たれたかのように体を大きく震わせ、跳ねように暴れ出す。

「よし――おぉっ!?」

暴れた拍子に蹴り飛ばされ、一瞬体が浮いた。幸いにも防御が間に合ったが普通に痛いしガタがきていた左の手甲が砕け散る。

俺は地面を転がっている間に左手を開閉し、痛みはあっても動かすことに支障がないことを確認。転がりながらも冷静に確認できる自分がどこかおかしく思えて笑いたくなったが、今はそんな暇はない。即座に体勢を立て直し、デュラハンとの距離を再度詰めていく。

首無し馬にかけた低品質のポーションの効果は、思ったよりも大きい。まるで強力な酸でもかけたように後ろ脚が爛れ、これまでと違って機敏な動きができなくなっているようだった。

首無し馬の後ろ脚を狙ったのは偶然ではない。馬に限らず動物の多くは後ろ脚が発達しているため、 潰(・) す(・) な(・) ら(・) 狙い目だと判断してのことだった。

(予想以上の効果でビックリだけどな……)

ここまでダメージを与えられるとは、なんて思いながら距離を詰める俺を見てデュラハンが大剣を振るってくる。しかし足場が不安定になったからか今まで以上に狙いと剣筋が荒く、俺は余裕をもって回避することができた。

この様子なら首無し馬に乗ったまま逃げるのは無理だろう。馬と騎士のどちらが本体かわからないが、騎士の方だけ下馬して走って逃げても全身鎧が相手なら取り逃がす心配はなさそうだ。

もちろん、逃がすつもりは欠片もないが。

『――アアアアアアアアアアァァァッ!』

首無し騎士に魔力が集中し、口もないはずだというのに咆哮するようにして叫び声が上がる。放たれたのは『暗殺唱』だったが、魔力の集中を感じ取った瞬間、俺も剣に魔力を集中させた。

スギイシ流――『一の払い』。

『致死暗澹』と比べれば脆く、なんとも斬りやすい。至近距離から放たれた『暗殺唱』を両断した俺はこれ見よがしに左手をベルトへ伸ばし、 赤(・) い(・) 液(・) 体(・) で満たされた瓶を引き抜く。

「そら! こいつもくらえ!」

蓋を開けずにそのまま瓶を投擲すると、デュラハンは即座にその場から飛び退こうとする。しかし 馬(あし) が満足に動かないため大剣での迎撃を選択した。

斬撃で叩き斬るのではなく、大剣の分厚い刀身で瓶を叩くデュラハン。持ち歩けるよう頑丈に作られた瓶だったがさすがにその衝撃には耐えきれず中身をぶちまけるが、デュラハンは自身の体と首無し馬を庇うように防御態勢を取った。

――まあ、投げたのはポーションではなく、俺が吐き出した血を瓶詰めした代物なんだが。

ビチャ、という粘っこい音と共に首無し騎士の全身鎧が赤く汚れる。俺が内臓の治療のために飲んだ中品質のポーションも僅かとはいえ混ざっているから、まったくのノーダメージとはいかないだろう。

だが、首無し騎士は想像よりも痛みが少ないことに困惑したようで――その一連の動揺こそが欲しかった。

更に距離を詰めつつ、デュラハンが投擲した瓶の対処に追われている間に引き抜いた高品質のポーションの蓋を飛ばす。そして少しでも多くの面積にかかるよう、首無し騎士と首無し馬目掛けてポーションを一気に振りかけた。

『――――!?』

低品質のポーションと比べてもなお劇的な、それこそ劇薬でも振りかけられたように首無し騎士の 全身鎧(からだ) が溶解し、首無し馬は痛みから逃れるべく藻掻くように棹立ちになり、首無し騎士を振り落としたかと思えばそのまま糸が切れた人形のように横倒しになった。

首無し馬から振り落とされた首無し騎士が地面を転がる。モンスターながら大剣の柄から手を離すことはなく、少しでも体勢を立て直そうとしているのが見て取れた。

「ミナト様! もうすぐ『疾風』の効果が切れます!」

モリオンが叫んでいるのが聞こえたが、それに反応するよりも早く俺は踏み込む。

今この瞬間が最大の好機。この状況からでも『致死暗澹』を撃たれたら一発で逆転されかねない。だからこそ俺は油断も躊躇もなく、全力を以て首無し騎士を仕留めにかかる。

中品質のポーションを飲んだとはいえ体はボロボロで、これまでの戦闘で疲労も溜まっている。そもそも一週間近い防衛戦を行った上でのこの戦いだ。

それでも長年剣を振り続けたこの体は動いてくれる。剣に魔力を通し、必殺の意思を込めて刃を繰り出す。

スギイシ流――『二の太刀』。

地面に落下したことで 丁(・) 度(・) 良(・) い(・) 高(・) さ(・) になった首無し騎士の全身鎧を袈裟懸けに刃が食い破っていく。

本来『二の太刀』は技術だけで斬る技だが、相手は実体があるとはいえ死霊系モンスターだ。魔力を乗せて斬る『一の払い』と混ぜたような斬り方になったが斬れるならなんでも構わない。

剣を振り切った俺は両手に伝わる手応えを感じながら、全身鎧を斜めに両断できたことを確認する。両断した鎧の中身は空っぽで、残心をとりながら呼吸を整えるが首無し騎士が動き出す様子はない。

『疾風』の効果が切れ、体が重くなるのを感じる。それでも警戒を続けたが、ゆっくりと十秒数えても動きはなかった。

「ふぅー……」

大きく息を吐き、剣をひと振りしてから踵を返す。首無し騎士は両断したが、先ほど倒れた馬はかすかに動いている。なんだかんだで連戦続きだったため魔力が底を突きかけているが、とどめを刺すぐらいはできるだろう。

俺はポーションを振りかけたことで最早歩くこともできない首無し馬の前に立つ。モンスターとはいえ、俺も馬に乗る身だ。無用に苦しめるのは本意ではなかった。

剣に魔力を乗せ、上段から振り下ろした首無し馬の体を両断する。さすがに真っ二つに斬れば致命傷になったのか、首無し馬の体が僅かに震えてから完全に脱力する。

それでも俺は警戒を解かず、何があっても動けるよう首無し騎士と首無し馬の死体を交互に見た。ここから突然動き出して合体し、襲ってくることすら覚悟しながら。

「……お?」

そうして警戒することしばし。周囲を覆っていたダンジョン特有の威圧感や違和感が少しずつ薄れていくのを感じ取る。どうやらこのデュラハンがボスモンスターという見立てに間違いはなく、ダンジョンが崩壊しているのだろう。

それを感じ取った俺は疲労と全身の痛みで地面に座り込みたくなった。だが、ダンジョンが崩壊してこれ以上モンスターが出現しないとしても、既に出現しているモンスターはその限りではない。

座るどころか泥だらけの地面だろうと寝転んでしまいたいが、その結果モンスターの不意打ちを受けました、なんてことになったら笑い話にもならないだろう。

「若様っ! ご無事で――こ、これは!?」

ひとまず代官屋敷に撤収だな、なんて思っていると兵士を連れたマーカスが駆けてくる。そして地面に横たわるデュラハンを見て目を見開いた。

「遅いぞマーカス。ボスモンスターは俺とモリオンで倒しちまったよ」

指揮官としての仮面を被り直した俺は余裕ぶって言う。

いや、なんで指揮官がボスモンスターと真っ向から戦ってんだろうな? 初陣の時もそうだったけど、アレはランドウ先生からの試験だったから例外だし……『致死暗澹』で周囲一帯を吹き飛ばされたから仕方ない、と自分に言い聞かせる。

「申し訳ございません。思いのほか敵の数が多く、駆け付けるのが遅れてしまいました」

そう言って心底申し訳なさそうにマーカスが表情を歪めるが、それを見た俺は苦笑してしまう。マーカスは比較的軽傷だが、連れてきた兵士達の中には疲れと怪我で今にも倒れそうなほど顔色が悪い者もいる。

「冗談だ。マーカス達が他のモンスターの相手をしてくれたからこそ、横槍なしでボスモンスターと戦えた……もしも敵の援軍がいたらこっちが死んでたよ」

仮にデュラハンと連携して他のモンスターが襲ってきていたら、と考えると肝が冷える。それに加え、デュラハンが出現して倒すまでの時間はそれほど長くない。

現場に駆け付け、遠距離攻撃を仕掛けたら『致死暗澹』を撃たれ、そこからは戦い通しだ。戦った俺からすると長時間に渡る激戦だったが実際の時間で計れば短いだろう。モリオンから受けた援護の魔法の効果時間から計算すると十分もかかっていない。

そんな短い時間で遠距離攻撃が得意な者を送り出し、戦っていたモンスターを片付け、兵士をまとめて駆け付けてくれたんだ。村の反対側にいる騎士や兵士達なんて今頃伝令を受け、遠距離攻撃が得意な者を送り出している頃だろう。

「っと、もっと休んでいたいがそうもいかんな。デュラハンが撃った魔法に巻き込まれた兵士達の安否確認を頼む。それと代官殿の屋敷に兵を集めて防衛網を敷き直すぞ。ダンジョンが崩壊したのならこれまでと違って楽に守れるはずだ」

村の北部――今いる場所はデュラハンが『致死暗澹』を撃ったことで円形の更地になってしまった。そのためモンスターの侵入は最早防ぎようがないが、これまでのように大量に襲ってこないのならどうとでもできる。

まずは『致死暗澹』に巻き込まれて負傷した兵士の救出と、即死してしまったのなら遺体の回収が最優先だ。それと並行して疲労や怪我がマシな者を集めてこれからに備えなければ。一兵卒ならまだしも、指揮官にはやるべきことがいくらでもあった。

「モリオンもそろそろ屋根から下りてきてくれ……モリオン?」

MPが尽きたとしても、人材の配置や計算に関しては手を借りたい。そう思って声をかけるがモリオンは困ったような顔をした。

「……すいません、ミナト様、マーカス殿。屋根から下りるのを手伝っていただいても?」

そう言われて、何を言い出すのかと目を丸くする。しかしモリオンが登っている民家はそれなりに屋根が高く、MPが尽きている上に短時間ながらデュラハンと一対一で戦ったことで疲労や負傷があるのだろう。

高さが三メートルぐらいあるし、俺や騎士達、兵士達と比べると体を鍛えていないモリオンにとっては危険な高さだ。デュラハンとの戦いに向かう時は魔法の補助があったんだろうけど、魔力が尽きたら戦う手段も逃げる手段もなくなるのはまずいな。

ま、その辺りはモリオンにとって今後の課題だろう。そう思った俺は目元を緩めるようにして小さく笑う。

「あんなに魔法が達者なのになぁ……手を貸すよ。でも、今度からは体も鍛えないとな」

「実家でも鍛えていたんですが、実戦で戦い抜くには足りなかったようで……」

こうして 今(・) 後(・) のことを話せるのも、生き残ることができたからだ。それを実感しながら俺達は代官屋敷へと引き上げていく。

そして、代官屋敷が見えてくると油断なく周囲を警戒するクリフやキドニア侯爵家の兵士達の姿があった。ダンジョンが崩壊して空気が変わったとはいえ、油断はせずにモンスターに備えていたのだろう。

見れば村人の若い衆まで駆り出したのか、不慣れな手付きで剣や槍を持つ者もいる。しかし俺達の姿を見て不安そうな村人達の表情が一気に輝くのが見えた。

それを目視した俺は胸を張り、村人だけでなく代官屋敷で手当を受けている兵士達にも聞こえるよう大声で叫ぶ。

「ボスモンスターのデュラハンはこのミナト=ラレーテ=サンデュークが討ち取った! これ以上モンスターが増えることはない! あとは油断せず救援を待つだけだ!」

その宣言が浸透するまでかかった時間は、ほんの数秒ほど。

俺は爆発的な歓声が上がるのを聞きながら、ひとまずは山場を越えられたと安堵のため息を吐くのだった。