軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第54話:ボスモンスター その3

大剣が迫りくる。

馬上から振るわれた刃は俺の胴体を捉えて両断し、間違いなく致命傷となる。

こちらの体勢、技量、虚を突かれた硬直。それらを加味して脳内に浮かぶのは回避不可能という結論。剣で受け流す時間はなく、剣で受け止めようにも押し切られて自らの剣が俺の体を両断するだろう。

終わった、という諦観。二度目の死を迎える恐怖。

そして、 そ(・) れ(・) ら(・) の(・) 感(・) 情(・) を知覚できている時間的な余裕と矛盾。

それが一体何なのかと自問し、答えを見つけた俺は思わず苦笑したくなった。

剣と魔法のファンタジー世界らしく、命の危機を前にして時間の流れを操る特別な能力に目覚めた――なんてことはあり得ない。『花コン』の主人公ならまだしも、ピンチで覚醒なんてミナト=ラレーテ=サンデュークたるこの身に起こり得るわけがない。

デュラハンの大剣はじわじわと、ゆっくりとした速度で迫ってきている。これで俺の体が機敏に動いて大剣を回避できれば特別な能力だと思えるが、加速した思考に反して体は遅々としか動かせない。

前世で聞きかじった話だが、おそらくは 走馬灯(そうまとう) と呼ばれる現象だろうと当たりをつける。

死ぬ間際などに見る、これまでの人生の情景が瞬時に脳裏に過ぎることを指して走馬灯と呼ぶ。現に今の俺の脳内でも今世前世問わず様々な情景がパノラマのように次から次へと流れていくのが感じられた。

俺の胴体目掛けて迫る大剣をどうにかしたいのに、視界の情報に重なって過去の画像が次から次へと脳裏に映し出されていく。

走馬灯は目前に迫った命の危機を脱するべく、自分が持つ記憶の中から助かる方法を探し出そうとする現象とも聞く。

だが、デュラハンが振るう大剣から逃れるための方法なんて前世の記憶込みで探しても見つかるはずがないだろう。前世の記憶もゲームや漫画、ドラマや映画ならまだしも、実際に刃物でどうこうされたのは不審者に刺された時だけだ。役に立たない。

それでも俺は必死に思考する。間延びした世界の中で懸命に、起死回生の一手を模索する。

胴体を両断されたらさすがに即死だろう。いや、斬られた瞬間にポーションをかければ助かるか? 今の状況からポーションを手に取り、蓋を外し、斬られた端から傷口にかけられる速度と器用さがあるならデュラハンの斬撃もどうにかできるわ。つまり無理だ。

ポーションの蓋を開けずとも、胴体と一緒に両断させて中身をぶちまければワンチャンあるか? ないか。運頼み過ぎるし、自分の運ほど信じられないものもない。

今から大剣が胴体を薙ぎ払うまでにどこまで体を動かせる? 手甲と片腕を盾にすれば胴体は無事か? 一緒に斬り飛ばされるだけで終わりそうだ。仮に胴体が無事でも追撃で死ぬだろう。

五体満足で切り抜けるのは不可能だ。そうなるとどれだけ被害を抑えて攻撃をやり過ごせるか。即死を重傷ぐらいに抑える方法はないか。仮に重傷で済んでも、デュラハンを倒す方法がない以上はどうしようもない。

斬られた後にポーションで俺の体を治したとしても、勝ち目がないのは――。

(っ!?)

そこまで考えた時、思考をかすめるものがあった。 重(・) 要(・) な(・) 何(・) か(・) に指が引っかかったのを感じ、加速する脳内で次から次へと前世の光景が浮かんでいく。先ほど役に立たないと断じたゲームや漫画などの記憶が片っ端から無作為に抽出される。

『花コン』におけるデュラハンは死霊系モンスターである。通常は中級のモンスターでここまで強くはなく、中規模ダンジョンで戦うなら強めの雑魚敵だ。弱点は光属性の魔法で『花コン』の主人公ならそこまで苦戦する相手ではない。

そんなデュラハンを倒す方法はレベルやステータスの差で押し切るか、アイテムや魔法、必殺技を駆使して倒すか。そんな真っ当な手段しかないが、その中に答えがあった。

だが、 そ(・) れ(・) を実行しようにも眼前の危機を乗り越えなければ意味がない。モリオンが魔法で助けてくれればと思うものの、今のモリオンでは無理だろう。そうなると自力でどうにかするしかない。それがたとえ博打のような手段だとしても、だ。

俺はデュラハンが飛ばしてきた土塊を防ぐために剣の柄から離していた左手を動かす。大剣を防ぐためではなく、少しでも胴体に近付けるために。

そして、加速する思考の中で願った。

――どうか間に合ってくれ、と。

『ッ!?』

僅かにデュラハンが動揺した。顔がないはずだというのに、その雰囲気が動揺を伝えてきた。

それもそうだろう。俺が移動させた左手の先に、本の『召喚器』が出現したのだから。

この状況で俺ができたのは、普段は役に立たないもののやたらと頑丈な『召喚器』を盾にすることだった。冗談で盾にでもするかと思ったことがあるが、今はその頑丈さに俺の命を懸ける。

可能な限り毎夜発現させていたからか、過去最速といえる速度で発現して辛うじて差し込むことができた『召喚器』に大剣の刃が直撃する。しかし『召喚器』は表紙を切り裂かれることすらなく斬撃を押し留め、防いでくれた。

「――が、ぁっ!?」

俺の口から勝手に声が漏れる。それと同時に両足が地面から離れ、体の中からメキメキともバキバキとも取れる異音を響かせる。

大剣による一刀両断を『召喚器』が防いだものの、勢いや衝撃までは防げない。斬撃の威力が本の面積に分散され、大きなハンマーで殴られたように俺の体が浮き上がって吹き飛ばされる。

それまでの走馬灯のように俺の視界が勝手に流れていく。走馬灯と違うことがあるとすれば過去の記憶ではなく、リアルタイムで視覚が映し出す光景だってことだ。ジェットコースターにでも乗ったように重力や遠心力を感じながら俺の体が宙を飛んでいく。

数秒間の空中遊泳ののち、民家の壁に叩きつけられた俺の体はそのまま壁を貫通する。そして棚やら雑貨やらを巻き込みながら床を転がり、反対側の壁にぶつかったところでようやく停止した。『金剛』の魔法がなかったら最初の壁は貫通せずに潰れていたかもしれない。

「ごぼっ……ぐ、が……げぇっ……」

胴体が泣き別れすることは防げた。しかし中身はグチャグチャだ。呼吸をしようとしたら激痛と一緒に口から血が飛び出してきた。どの臓器かわからないが潰れたか、折れた肋骨が傷をつけたか、その両方か。

激痛と呼吸困難で乱れ、今にも途切れそうな意識の中で俺は必死に体を動かす。そして 中(・) 品(・) 質(・) の(・) ポ(・) ー(・) シ(・) ョ(・) ン(・) を取り出すと蓋のコルクに噛みつき、強引に外して中身を呷った。

血と一緒に吐き出しそうになるが懸命に堪える。折れた肋骨が綺麗にくっ付く保証はなく、内臓と癒着する危険性もあったが今は無視する。

「っ……ぁ……ぐぅ……ふ、ぅ……」

耐えること数秒。急速に痛みがひいて体が楽になっていく。しかし急場を凌いだだけで痛みは残っているし、吐き出して失った血はそのままだ。

低品質のポーションではこれだけの重傷は治せないし、できれば高品質のポーションを使いたかった――が、それは駄目だ。今から使う必要がある。

(あー……くそ、いってぇ……生まれ変わってから一番いてぇ……)

ランドウ先生に腕を折られた時も痛かったが、今回は痛みの質が違った。このまま目を閉じ、意識を失ってしまいたいぐらいだ。そうすればさぞ楽なことだろう。それでも俺は永眠の誘いを断ると、ゆっくりと立ち上がる。

両足できちんと立てるし、腕も動く。これだけは手放すまいと握り締めた剣もしっかりとあった。中品質のポーションだけでは回復しきれなかったのか体のあちらこちらに痛みがあるものの、戦闘に支障はなさそうだ。

自分の体の状態を確認すると、先ほど飲み干したポーションの瓶を手に取った。そして 今(・) 後(・) の(・) こ(・) と(・) を考え、口内や喉に残っていた血を吐き出して溜め込み、コルクで蓋をするとポーションを差していた革のベルトに戻す。他のポーションは……よし、無事だ。

「……っと、助かったよ。ありがとう」

早く戻らなければ、と思ったが床に本の『召喚器』が転がっていたため感謝の言葉と共に拾い上げた。まさか本当に盾代わりに使う羽目になるとは思わなかったし、あれほどの一撃を防ぎきれるとも思わなかった。肋骨は根こそぎ圧し折れたけどさ。

『召喚器』は俺の血を浴びて汚れていたが、消して再召喚すれば汚れも消える。身体能力を向上させてくれるものの他の用途が見当たらないこの『召喚器』に、俺は初めて心から感謝した。

(…………ん?)

ふと、何か心に引っかかるものがあった。しかしそれに構うよりも先に外から轟音が響いたため、瞬時に意識を切り替える。

ここまで破壊してしまったのなら誤差だと割り切り、民家の扉を蹴り開けて表へ出た。そして今しがたの轟音が何かと視線を巡らせてみれば、『土槍』で自分の体を弾き飛ばして強引にデュラハンから距離を取りながらも魔法を叩きこむモリオンの姿が見える。

デュラハンの追撃を防いでくれたのか、俺の敵討ちのつもりだったのか。憤怒の形相で魔法を操るモリオンの姿には魔法使いとしての未来の大器を予感させるものがあった。体調が万全でMPが無限にあるならボスモンスターと化したデュラハンすら倒せそうなほどである。

そんな感想を抱きつつ、俺は自らの存在を誇示するように大きく一歩踏み出した。するとそれに気付いたのかデュラハンはモリオンを追うことをやめ、存在しない馬首を返してこちらへと向き直る。

「ぶ、無事だったんですか!?」

民家の屋根に着地したモリオンが目を見開いているけど、それも当然か。本の『召喚器』で即死を防げたけど、傍目から見たら高速で民家の壁に叩きつけられたんだ。こうして立ち向かえるのはモリオンがかけてくれた『金剛』のおかげである。

「おう。無事じゃなかったけどなんとかな。正直なところ今も痛ぇし回復しきってないけどさ」

貴族としての体裁を保つ余裕はさすがになく、素の言葉を返してからデュラハンを睨みつける。よくもやってくれたな、という怒りを視線に込めるがデュラハンに反応はない。

死霊系モンスターだからリアクションが薄いのか、俺が本の『召喚器』で斬撃を防いだことには気付いていたから驚く必要がないだけか。

それでも俺が余裕を持った足取りで進んでいくと、僅かに警戒したのが雰囲気で伝わってくる。その反応を見た俺は土を飛ばしてきたことを踏まえ、ボスモンスターという存在は実力だけでなく知性もあるのだろうと判断した。

そんなデュラハンを前にして俺が余裕の 体(てい) を見せているのは警戒させたいのと、あとは虚勢である。走馬灯を見たついでに 思(・) い(・) 出(・) し(・) た(・) こ(・) と(・) があったが、確証がないため時間稼ぎを兼ねた虚勢だ。

俺が思い出したこと――それは回復用のポーションに関してである。

ゲームによっては回復アイテムや回復魔法を敵に使うと 回(・) 復(・) せ(・) ず(・) に(・) ダ(・) メ(・) ー(・) ジ(・) を(・) 受(・) け(・) る(・) モンスターがいるのだ。それは俗に言うアンデッドモンスターで、蘇生アイテムを使えば即死するゲームすら存在する。

『花コン』もその類のゲームで、死霊系モンスターに回復アイテムや回復魔法を使うとダメージを与えることができた。さすがに蘇生アイテムで即死させることはできなかったが、死霊系モンスターに対しては回復用のポーションが武器になるのだ。

ここまで追い込まれて、こんな状況になってようやく思い出せるポンコツな記憶力と頭が嫌になるが……まあ、思い出せたから良しとしよう。光明が見えた。

手元には高品質と低品質のポーションが一本ずつ残っており、死霊系モンスターに対してゲーム通りの効果を発揮するなら強力な武器になる。それこそ今の状況においては生半可な魔法を使うよりよっぽど頼りになるだろう。

問題があるとすれば、ゲームと同様の効果を発揮するかどうかが未確定な点だ。

この世界に生まれてから死霊系モンスターに回復アイテムや回復魔法が効くなんて聞いたことがない。ただしそれは貴重な回復用のポーションを死霊系モンスターに使用する人がおらず、回復魔法に関しても使い手が希少だからだと推測する。

『花コン』では金さえ出せるのなら所持数の上限までアイテムを購入できるが、現実ではそうはいかない。在庫がある分しか買えないし使用期限もある。そもそも回復用のポーションは低品質だろうと貴重品だ。

俺はランドウ先生が持ってきてくれるし、立場上購入する機会もあったが、普通は持ち歩いても一本程度。何かあった時の命綱ぐらいの扱いだ。

そんな貴重品を自分の治療ではなく死霊系モンスターに使うなんて、何も知らなければあり得ないことだろう。俺だって今の状況になっていなければ思い出すことはなかったかもしれない。

それでも、今の俺にとってはこれ以上ない情報だった。これでポーションがデュラハンに何の効果ももたらさなければ死ぬだけだが、それは今までと変わっていない。

「魔力はまだ残っているか!?」

これから行う 賭(・) け(・) の確率を少しでも上げるべく、モリオンへと叫ぶ。援護の魔法とデュラハンの注意を引くために中級魔法を撃てるだけのMPが残っていれば最高なんだが。

「残り僅かです! 『疾風』か『金剛』の一回なら可能です!」

「……上等だ」

俺は虚勢を張ってそう返す。残念ながら中級魔法は撃てないらしい。そして援護の魔法を一回だけとなると失敗は許されないし難易度が高くなる。

何をするかといえば単純だ。デュラハンに接近戦を挑み、ポーションを叩きつけるだけである。それも最初は効果を確認するために低品質のポーションを叩きつけ、効果を確認出来たら高品質のポーションを追加で叩きつける。接近戦を挑むのは避けられないようにするためだ。

たったそれだけでデュラハンのHPを半分以上――希望的観測込みなら七割から八割削れる。それで倒せなかったら剣で斬ればいい。

楽観的すぎるし実現できるか怪しいプランだが、先ほどまでの倒す手段が見つからない持久戦よりは遥かにマシだった。なにせ希望が持てるのだから。

「援護は『疾風』を頼む!」

チャンスは『疾風』の効果が持続する三十秒。その間に勝負を決める。そう決意して俺は一気に駆け出す。

――短くて長い三十秒の始まりだった。