作品タイトル不明
第46話:トーグ村防衛戦 その2
「若様、休んでくださいと言いましたよね? それだというのにリッチを斬りに行く? お疲れだからそんなことを言うんです。今すぐ休んでください」
モリオンを連れてリッチ狩りに出ようとした俺だったが、マーカスに気付かれて即座に止められてしまった。というか疲れてるからこんなことを言うって……酷くない? いや、総指揮官がやることじゃないし、当然っちゃ当然か。
「休みたくても声がうるさくてな。これじゃあ村の者も眠れないだろ?」
「それはそうですが……敵の排除は我々に命じて、若様は指揮官として村にいてください」
マーカスの言うことは正論だ。指揮官が前に出て戦死したらまずいし、部下を使えっていうのも実に正論である。相手がリッチでなければ、だが。
「そうはいうけど、俺以外に剣で魔法を斬れる奴はいるか?」
職業軍人とでも呼ぶべき騎士のクリフが指揮を執ってなお、多くの被害が出たのだ。リッチの魔法を実際に斬って、リッチ自体も斬れた俺が出れば被害を抑えられるだろう。
武器で魔法を斬ることに関しても、魔法の才能がほとんどない割に魔力が多く、ランドウ先生に師事できた俺以外ではこの場にいないはずだ。ランドウ先生の言葉を信じるなら、 普(・) 通(・) に(・) 戦い方を学んだ者では『一の払い』に類似した技は習得できないはずである。
自力でランドウ先生みたいな戦い方を編み出したとんでもない才覚の持ち主がいれば話は別だが、そんな者がいればここまで苦労していない。
「中級魔法を使える者は多少いますが、魔法を剣で斬れる者はさすがに……そもそも剣で斬るようなものではないのですが……」
マーカスは渋い顔をしながら眉を寄せる。リッチや死霊系モンスターは声を響かせながらも襲ってくることはなく、暗がりに潜んでこちらの精神を削ってきているからだ。
「村まで攻めてこないのが逆に厄介だ。あの声を聞きながら眠れる者がどれだけいる? 回数が少ないとはいえ実戦をこなした俺でも眠れないんだ。実戦経験がない者では尚更だろう」
「いえ、それは理解できますし、可能なら排除するべきだと思います。しかし若様が出る必要はないかと」
敵を排除すること自体は賛成、と。でも俺が危険を冒す必要はないっていうのも正論だ。確率とはいえ即死する魔法をばら撒くモンスターでなければ、俺も素直に休んでいただろう。
「冒険者の話を聞いただろ? 相手を誘導する手段があって、魔法を撃たれても俺なら斬ることができて、もしもの備えに中級魔法を使えるモリオンを連れて行く。これなら危険も少ないさ」
命令して兵士や騎士を送り出して、それで死んだら? 時には指揮官として死ぬこと前提で兵に命令を下すこともあるが、補充のあてがない防衛戦で戦力を消耗したくない。
その点、俺ならリッチ相手に接近戦を挑めるし、あとは複数のリッチと遭遇した時の備えとしてモリオンに『水流陣』で周囲に水の壁を作らせて魔法を相殺させることも考えている。最悪、モリオンに周囲を薙ぎ払わせてから脱出すればいい。
安全面だけを重視するなら、リッチの声がした場所を魔法で薙ぎ払うのが手っ取り早くて安全だろう。リッチが隠れている場所目掛けて中級魔法を叩き込めば倒せる可能性が高い。
しかし中級魔法は下級魔法よりもMPの消耗が激しいし、使える者の数がぐっと減る。安全を確保しやすい代わりにいざという時の範囲攻撃ができなくなる可能性があった。
ないと思いたいが、こちらに高威力の魔法を撃たせてMPを枯渇させようとしている可能性もある。そのあとに物量で攻められると一気に不利になるだろう。
それらのリスクを踏まえた上で、死者が出れば明日以降に差し障ること、そしてこのまま眠れない者が続出するとまずいことになると危惧してのリッチ退治だ。俺は周囲に村人がいないことを確認してから声を潜め、マーカスに囁く。
「救援は早くても一週間はかかるだろう。それなのに初日からこれでは村の者達がもたんぞ。不安と恐怖で狂われたらまずいし、安全な場所に行きたいからと村から飛び出すかもしれん」
「それは……たしかに、あり得るかもしれません。ですがやはり、若様に危険な役割を担っていただくわけには……」
「死者が出たら士気が下がるし、手が回らなくなる部分が出る。それに、うちの軍にはいないと思いたいが、いくら鍛えていても恐怖が勝れば兵士から脱走者が出る可能性もある」
村から飛び出すよりも中にこもっていた方が安全だが、その辺りの判断ができなくなる可能性もある。その辺りの危惧を伝えるが、マーカスは渋い顔だ。そのため俺は声を更に潜め、モリオンにも聞こえないようにする。
「それと、これは貴族の家に生まれた者の義務でもある。村の者達の不安をそのままにしておくことはできんのだ」
「っ……」
俺の言葉を聞いたマーカスは小さく目を見開き、そして数秒経ってからため息を吐いた。
「詳細は知らずとも そ(・) の(・) 辺(・) り(・) の(・) 事(・) 情(・) は察しております。それほどまでに危険な状況だと?」
さすがベテランの騎士長だ。『魔王』の発生云々は知らずとも、これまでの経験から察してくれたらしい。
「あと、これから毎晩俺が死霊系モンスター相手に戦い続けるわけじゃない。安全な倒し方が確認できたら騎士や兵士達に伝えて交代で対処できるようにするんだ」
「なるほど……たしかに魔法を斬れる若様なら他の者より安全ですか。しかし……」
俺の話を聞いたマーカスは納得した様子だったが、その瞳には心配の色が浮かんでいる。単純に俺の身を案じてくれているのだろう。
「わかっているさ。本当は俺が出るべきじゃないし、部下に任せるべきなんだろう。でも……まあ、なんだ」
俺は困ったように頬を掻く。自分の立場は重々承知しているし、こんなところで死ぬわけにはいかない。それはわかっているんだが。
「格好つけて言うなら、指揮官として部下の見本になるためってことで」
「格好つけずに言うと?」
「騎士も兵士もこの村の民も、死んでほしくないんだよ。だから俺が身を張って安全を確保できるならやる。それだけさ。正直なところ、夜に死霊系モンスターに挑むなんて怖いけどな」
死んだら終わりなんだ。俺みたいに 二(・) 度(・) 目(・) の生があるなんておかしなことで、蘇生魔法や蘇生薬がなければ俺が斬ったエミリーみたいにモンスター化して動き出すぐらいだろう。
「……まったく、仕方がないですな。若様の代で家臣になる者達は振り回されて大変そうだ」
「なんだって? 俺が家督を継ぐことがあればマーカスも仕えてくれるだろ?」
何を他人事みたいなことを、なんて思っていたら、マーカスはおかしそうに笑う。
「既に振り回されておりますから」
あ、うん、ごめんね? 本当にごめん。主家の嫡男が指揮権ぶん投げて兵士がやるべきことをやってるんだから、振り回されてるよね?
「名代殿、是非とも私も同行したく」
そうやってマーカスと話をしていると、様子を見に来ていたクリフがそんなことを言い出す。その声には並々ならぬ感情が込められており、俺は思わずため息を吐きたくなった。
「クリフ殿……カリン殿を守らなければならない貴公がついてきてどうする。いや、俺が言うのもおかしな話だが……」
「若様、わかっているなら自重してください」
俺と同様に眠れず、ついてきていたゲラルドが冷たい目をしながらツッコミを入れてきた。最初はどうかと思ったが、本当、 こ(・) な(・) れ(・) て(・) き(・) た(・) な。いいことだ。
「エミリー殿を殺めたリッチは俺が斬った。今、村の外にいるリッチはエミリー殿の仇じゃない。それを前提とした上で聞くが、同行する理由は?」
「私怨で八つ当たりです」
俺が出した前提を丸々無視して答えたな。いや、無視したというより、前提を理解した上で我慢ができないというわけか。
(このまま鬱憤を溜め続けるよりはいい、か……)
ストレートに私怨で八つ当たりだと言えるあたり、まだ理性的だろう。これ以上カリンに当たられても困る部分もある。
それに共感できる話だ。リッチがいなければ、と思う気持ちは俺も抱えているのだから。
「指揮権は俺が持つ。突出したら殴ってでも止める。他の味方を危険に晒すなら貴公がキドニア侯爵家の騎士だろうとその場で斬る。それでもか?」
「はい」
「……わかった。それなら同行を許そう。マーカス、村の中からリッチの誘導を頼む。冒険者の話が本当なら安全に裏を取れるだろう」
クリフに同行の許可を出し、マーカスに村側の指揮を頼む。まずは本当にリッチが魔法に反応するか、そして魔法を使えば誘導できるかの確認だ。
「承りました……が、無理そうなら必ず退いてください。いいですか? 必ずですよ? 若様が討たれたら明日以降の防衛が一気に困難になりますからね?」
「わかってるさ。それじゃあ指揮を頼んだ」
そう言って頼み、俺はモリオンとゲラルドとクリフ、それと斥候の中から隠形と魔法に長けた者を選抜し、リッチの動きを見守るのだった。
前世と違い、電灯などの人工的な明かりが乏しいこの世界において夜の世界は本当に暗い。敵に気取らせないために松明なんかは持てないし、空に浮かんだ月からの光だけが頼りだ。
それでも、闇夜に目を慣らせば月明りだけでもそれなりに視界を確保できる。確認してみれば雲も少ないため、突然月光が途切れることもないだろう。
『カカカカ……クキキキ……』
『ヒヒヒ、ヒヒヒヒ……』
だが、月光が遮られる森の中は暗い。本当に真っ暗だ。しかもリッチの声が聞こえてくるからホラー映画染みた恐怖感がある。
(……本当に魔力に反応するんだなぁ)
トーグの村からリッチの声がする方向に魔法で風を送ると声が移動したため、その間に土の壁を越え、魔法で作られた 風(・) 下(・) へ移動した俺は感心したように内心だけで呟く。
それでいて斥候達に無言でハンドサインを送り、俺達よりも更に風下からモンスターが近付いてこないかを警戒させる。リッチの風下に回り込んだものの、体臭で獣系モンスターを引き寄せないとは限らないからだ。一応臭い消しを使っているが、警戒するに越したことはない。
音が鳴る防具は脱いできた。剣を抜く音で気付かれてはまずいと鞘も置いてきた。その上で全員無言で呼吸は息が乱れない最小限、気配も可能な限り殺してリッチの背後を取った。
(声と気配から判断するなら……リッチが二体、レイスが四体……いや、五体か?)
他にもいるかもしれないが、まずは目の前の敵だ。俺はクリフにリッチの一体を指さし、もう一体は俺が、残りのレイスはモリオン達が片付けるようハンドサインで指示を出す。
レイスは実体がないため俺が『一の払い』で斬るか魔法で片付けるしかない。その辺りはモリオンが上手くやってくれるだろうと判断し、指でスリーカウント。タイミングを合わせて一気に前へと出る。
「――ヒュッ!」
鋭く呼気を吐き出し、背後からリッチの首を薙ぐ。そして返す刃で縦に両断すると、俺と同じようにリッチへ斬りかかったクリフを見た。
「…………」
クリフは淡々と、無言でリッチへ剣を振り下ろしていた。表情が冷たくて無感情に見える――が、剣筋がやや荒い。リッチの肩から袈裟懸けに断ち割り、胴体の半ばで剣が止まる。
リッチは死んでいない。そう判断した俺はすぐさまカバーに入り、リッチの首を斬り飛ばした。
「っ!」
クリフは地面に落ちたリッチの顔面を睨みつけ、怒りを吐き出すように勢いよく踏み砕く。それによって大きな音が鳴ってしまうが……まあ、今回ばかりは咎めまい。その代わり、落ち着くようクリフの背中を軽く叩いてからモリオン達の方へと駆け寄る。
(やっぱり魔法を器用に使えるモリオンを連れてきて正解だったな)
抜群の連携とは言えないが、レイスの『黒弾』対策としてゲラルドが盾を構えて前衛を務め、モリオンが後衛としてレイスを一掃していた。『風刃』を使ってばっさりと一撃である。
「報告」
「近くにモンスターはいません」
小声で斥候達に報告を促すが、今のところ増援の気配はないようだ。そのため俺達はすぐさま移動を開始してトーグの村へと駆け戻るが、その途中で斥候の一人が慌てたように声を上げる。
「モンスターの追撃です! ファングウルフが四体!」
どうやら戦闘の気配に気付き、わざわざ遠くから追ってきたらしい。さすが獣系モンスター。鼻か耳かわからないが、よく利く。
「構わず駆けろ! モリオン!」
「はっ! お任せを!」
モリオンに声をかけると、すぐさま手に持った杖の『召喚器』を背後へと振った。すると闇夜を照らすような煌々とした火炎の波が奔り、ファングウルフ達を飲み込んでいく。
おそらくは即死だろうが、わざわざ立ち止まって確認することはない。土の壁を飛び越えて安全を確保してからで十分だ。
「被害確認!」
「こちらの被害はなし! 追ってきたモンスターは全滅した模様!」
よしよし、運が良かったのもあるだろうけど、死者どころか負傷者すら出なかった。風魔法でどうにかできるのなら死霊系モンスターの対処も難易度が下がる。
「モリオン、見事な『火砕砲』だった。ただし威力が過剰だな。仕留めきれないよりはマシだが、もう少し魔力の消耗に気を配ってくれ。この村を守り抜くには君の魔法が頼りなんだからな」
「っ……はい!」
とりあえずタイミングばっちりでファングウルフを焼き払ったモリオンに対し、軽く注意を挟みつつ褒めておく。するとモリオンは嬉しそうに頷いてみせた。
「クリフ殿、怒るのは当然の権利だが少しでいい。肩の力を抜いてくれ。貴公の腕ならリッチ程度、一撃で斬れるだろうに」
クリフにも声をかけるが、今はまだ、感情の制御が難しいらしい。妹や仲間を殺したリッチと同種のモンスターが相手と思えば仕方ないから、励ます方向でなだめよう。
「……申し訳ございません。まだまだ未熟なようで」
「なに、一撃では無理でもほとんど即死だった。俺が 横(・) 取(・) り(・) しなくても十分だったかもな。ゲラルドは……モリオンとの組み合わせも案外悪くなさそうだな?」
自覚があるようだから話の途中でゲラルドに矛先を変える。最初は仲が悪かったけど、タッグを組ませてみると中々良い塩梅だった。
「守り抜けばモリオン殿が魔法で蹴散らしてくれますからね。攻撃に意識を割かなくていい分、むしろ楽かもしれません」
「ゲラルド殿が防御を担当してくれる分、私は魔法に集中できますからね。蹴散らせなければミナト様の従者失格でしょう」
うん、ゲラルドはともかく、君は俺の従者じゃないからね? しかし死線を共にしたからか、モリオンとゲラルドはお互いに認め合った感じがする。
「二人とも、公的な場面なら仕方ないが、そろそろ他人行儀な呼び方をやめたらどうだ?」
そんな提案をすると、二人は顔を見合わせてからそれもそうか、といわんばかりに頷いた。
「ゲラルド殿が歳の差を気にしないと仰るのなら、私は構いませんが」
「年齢も立場も違うが、若様に振り回される者同士で気にすることもないだろう。いや、モリオンも俺を振り回す側か?」
ゲラルドがあっさりと承諾したが、俺に振り回されるってどういうことだよ。たしかに真夜中に安全な場所から飛び出してリッチを倒しに行ったけど……十分振り回してるか。ごめんね。
「それでは名代殿、私のこともクリフとお呼びください。指揮官が特定の騎士に気を遣っていては周囲に示しが付かないでしょう?」
おっと、内心でゲラルドに謝っていたらクリフから妙な提案が……納得できる理由だけど、他所の家の騎士だしなぁ。モリオンも似たような立場だけど、寄り子の家の次男だからまた別だし。
「剣を預けるに足るお方だと思いましたので、どうぞお気軽にお呼びください」
「その発言、誤解を招くから気を付けてくれ。それでいいならクリフと呼ばせてもらおうか」
この世界では剣は騎士にとっての魂、みたいな考えがある。
騎士として叙される時も主君から剣を授けられるし、『花コン』でナズナがミナトから贈られたリボンを髪ではなく剣の鞘に結ぶのも、髪に結びたくなかったのが大きいけど剣の鞘ならミナトもとやかく言わないと考えたからだ。
そんな 騎士(クリフ) が 剣(・) を(・) 預(・) け(・) る(・) に(・) 足(・) る(・) って発言するのは、割とギリギリだ。主君はキドニア侯爵だけど、今の状況から考えるとカリンに不満を抱いての発言としか思えない。
(仕方ないけど、人間関係でのゴタゴタは勘弁してくれ。ただでさえ大変なんだぞ……)
現状の責任者としてのプレッシャーで胃が痛みそうだが、魔法が斬れなくても比較的安全な死霊系モンスターの対処方法が確認できたのは大きいだろう。
『オオオオォォ……ォォォ……』
そうやって一息ついていると、遠くから再び死霊系モンスターの声が聞こえてきた。ただしそれは今しがた排除した方向ではなく、現在地から見て村の反対側からである。
「まだまだいそうだな……よし、対処の流れは掴んだし、村の住民達に安心して寝るよう伝えてからもう一働きといくか」
マーカスに言った通り、俺やモリオンがいなくても安全に対処できるよう同行する人員を入れ替えて慣れてもらおう。さすがに毎晩夜通しで対処するのは肉体的にも精神的にもきつい。
それでも、今夜ばかりは多少の無茶も仕方ないだろう。
――リッチに私怨込みで八つ当たりしたいのは、クリフだけではないのだから。